【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百三八幕 青薔薇と残光

 

 

 現実離れしたこの空間において、友希那の心の平静を保っているのは足元だけでなく膝にもテーブルにも群れている猫達だけだった。一心不乱に撫で回していると、魔術師がティーカップを置いた。

 

「さて。それで、だ――お前はどうしてこんなところに来た?」

「……え?」

「この街には、特定の手順を踏んだ“抜け道”というものを通らなければ人間は来れないはずなのだがな。魔術師でもなければ、何の変哲も面白みもない人間がどうやって此処に来た。偶然というわけでもないだろう」

「ふむ、それについてはやはりあのドラ息子が関係しているかと。おおかた、邪神の眷属に追われて逃げ惑っていたところを彼女に助けられてなし崩し的に見るのが妥当では?」

「なるほど。将軍の言い分は納得ができる。だが、猫の助言を聞いて疑いもなく従うのはよほどのバカか、純粋な心の持ち主くらいだぞ?」

「私は怒られているのかしら……」

 猫を撫でながら友希那が首を傾げる。怒っているようでもなければ、呆れているわけでもなさそうだ。しかし、それはどちらかというと単なる好奇心にも感じられる。

 暇人と名乗っていた。通りすがりの魔術師だ。このドリームランドと呼ばれる異世界で猫と茶会を開くほどに退屈を持て余している。

 

「でも、そうね。声が聞こえたの」

「なら間違いはなさそうだ」

「ええ、そのようで。あのドラ息子にはキツく言っておきます」

「ほどほどにな。また脱走されて捜索願を出されてはかなわん」

「……それで、ここはどこ? 地球、なの……?」

「ふーむ、ではそこからお話を――」

「年寄りは話が長くてたまったものではない。簡潔に述べるなら、お前の住んでいた世界とは別な場所だ」

 どこから用意したのか、新たなティーカップに紅茶を注いで友希那に差し出していた。それを避けるように猫たちが横に座り込んでいる。礼儀正しく、人懐っこい猫の群れに思わず頬が緩んでしまっていた。

 んみゃ。

 一声鳴いて、前足で紅茶を飲むように催促してきていた。

 

「……あ、ありがとう。いただくわ」

「ニホン……ふむ、聞いたことがない地名だな。将軍」

「ええ、ええ。あの星は我々の管轄ですから。その話は追々いたしましょうか」

「そうしてくれ」

「……ところで、あの。ここから帰るにはどうしたらいいのかしら」

 煎れて貰った紅茶を冷ましながら口に含む。豊かな風味が喉を通っていく。走り続けて水分を失った身体に心地よい。素直に感心できる上質な茶葉を使用されていることがわかる。それに心奪われていた友希那へ向けて魔術師はスコーンを差し出していた。

 

「それは、遠慮しておくわ」

「手土産にでも、と思ったがそれはマズイか」

「食事程度ならば構いませぬが、持ち出されるのは少々問題が出ますなぁ」

 尻尾を揺らしながら将軍猫がスコーンをじっと見つめている。食べたいのかと思い、友希那がおずおずと差し出してみる。鼻を鳴らして他の猫たちが目を丸くして頭を近づけてきていた。

 

「さて、貴方も先を急いでいるでしょうし。お召し物の洗濯もそろそろ終わるようです」

 そこで、友希那がようやく自分が膝を擦り剥いていたことを思い出す。ふと自分の足に視線を向ければいつの間にやら傷口の殺菌消毒から絆創膏まで貼られていた。しかもネコ柄の。

 広場の向こうには救急箱を咥えて立ち去っていく猫達がいる。恐らく医者の猫達なのだろう。

 

「お嬢さん、もし、よろしければお名前を伺っても? 我々もこう見えて義理難い猫の一族。かの御仁と同郷の星の出身とあれば、こちらも無下には扱えません。丁重に御礼をご用意させていただきます」

「……湊、友希那よ。あなたは?」

「ほっほっほ。私はしがない将軍猫。気さくに将軍、とでもお呼びください。さて、貴方様は名乗られますか?」

「名乗れ、と言われてもな。私は名前すら忘れている始末だ。だがそれでも私の名を知りたいのならば――“大魔導師(グランドマスター)”とでも呼ぶがいい。私を知る者はみなそう呼んでいる」

「大、魔導師……? 魔術師、ではないの?」

「どちらもさほど変わらん」

 その定義を魔術理論で解説するのが面倒だったからか、説明を投げた。

 大魔導師と名乗った相手を、友希那は観察する。

 見ているだけで背筋が凍るような、何をしても様になるような。まさに別次元の存在と言っていい。生物として立つ舞台が違いすぎる。

 垂れる前髪も、揺らめく後ろ髪も。まるで絵画の世界の住人のように思えてならない。

 

「さて、それではゆきにゃさま。……失礼を。ゆきな様」

 将軍の一声に、危うく友希那が卒倒しかけた。

 

「――地球は、邪神に狙われているのです。我ら猫の一族が陰ながら守護してきましたが、些かその活動範囲が我らの手に負えない事態となってきております」

「それって……」

「ええ。まぁ。魔術師を名乗る者が面会を求めておりましたが、生憎と夢の合間にしか顔を合わせることが叶いません。それに、彼の連れている番犬は我らの土地とは相容れない。そこで一つ相談に乗ってもらおうと、こちらの方を」

 将軍の視線の先には、紅茶を置いて読書を始めている大魔導師。

 

「ご覧の通り、猫に負けず劣らず奔放な方でして」

「その話については、この人間を無事に帰してからにしたほうがいい」

「それもそうですな。あまり不安がらせるのもよろしくないでしょう。これ誰か」

 将軍の鳴き声に、使いのものがすっかり綺麗に折りたたまれた制服を持ってきた。血の汚れは何処にも見当たらず、まるで新品同然となって返された制服に袖を通す。

 

「ゆきな様。最後まで責任を持って我らが送迎いたします。道を逸れなければ無事に日本へ戻れることでしょう」

「……ありがとう」

「いいえ、お気になさらず。人類を守るのは猫の務めですから。ああ、それと――何か話があれば、また夜にでも。夢の中でお会いいたしましょう」

「できるの?」

「少々コツは必要ですが、難しいことではありません。私のことを思い浮かべていただければこちらからお伺いいたします」

「そう」

 それは、少し期待してもいいのだろうか? 友希那は顔に出さず胸を踊らせながら席を立つ。すると、自分を囲っていた猫たちがジッとまんまるい目で見つめてきている。まるで自分を引き止めたいかのように。

 

「これこれ、若い衆。お客様のお帰りだ、あまり引き止めるものではない」

 将軍の声に渋々といった様子で若い猫たちが道を譲っていた。一匹くらい持ち帰ってもいいだろうか、と悪魔の囁きが脳内に響く。一度だけ屈んで、手短な子猫の頭を撫でた。

 

「またくるわ。それじゃあね」

 なーお。

 愛くるしい鳴き声に見送られて、友希那は自分を先導する猫の揺れる尻尾を見つめながら歩き出す。

 ――その背中を見送った大魔導師が、再び書籍に視線を落とした。

 

「……将軍、あの人間をどう思う」

「ふむ。警戒はしておりましたが、どこをどう見てもただの人間ですな。普通の、どこにでもいるような一般人です」

「なんだつまらん。邪神が擬態しているのならばもう少し私の退屈も紛れていたものだがな」

「ウルタールを壊滅でもさせる気ですかな。やるのならレン高原でお願いしたいものです」

「あんな荒涼とした高原地帯、破壊したところで何の面白みもない」

 単に破壊活動がしたいだけでは? 将軍猫の疑問は聞き流される。

 

「邪神に狙われている天体の住人か。それはそれで興味があるが、あの程度ではたかが知れているな」

「貴方の住まう世界に比べれば、そうでしょう」

「……あの男と出会ったのも、ここだったな」

「立ち去ってから随分と長いものです。今は何処にいるのやら」

「まぁ、いい。本題に入ろう、将軍」

「ええ、そうですな。かのランドルフ・カーター御仁の帰りを気長に我らは待つばかり。では大魔導師。実は、とある鍛冶師が最近所在不明になりましてな。その話を少々――」

 

 

 

 ――エヌラスが街を駆け抜ける。リサ達につけておいたハンティングホラーのおかげで場所は手に取るようにわかった。

 学園を出てから、まっすぐ駅に向かっていたようだ。しかし、途中で寄り道でもしたのか立ち止まっている。

 その一団を目視すると、ビルの上から飛び降りた。それを感知した悪心・影の残党が迫るものの空中で倭刀によって八つ裂きにされて人知れず消えていく。

 

「うぉひゃぁ!?」

「リサさん、すごい声出てますよー?」

「そ、そりゃあ驚くよ!?」

 リサ達の近くに着地したエヌラスが自分の影に倭刀を収納した。スーツは羽丘女子学園で交戦していたせいで裾がほつれている。

 

「怪我してる……」

「俺のこたぁいい! 友希那はどうした!」

「猫ちゃん連れて、あの路地に」

「路地?」

 リサ達が立ち止まっていた場所から、ビルの隙間の路地に視線を向けた。だが、何か違和感のようなものを覚える。リサが握っているスマホの画面を覗き込んだ。

 

「ぅ、ひゃ……!?」

「……こんな場所に路地なんてあったか?」

「そうなんです。だから、どこに繋がってるのか全然想像もつかなくて……なのに」

「しゃーねぇ。俺が行ってくる。ここで待ってろ」

「あの。友希那……本当に、大丈夫?」

「猫を連れてたんなら大丈夫だろうが、必ず連れてくる」

 不安に怯えるリサの頭を軽く撫でてから、エヌラスが路地に向かって駆け出す。その背中を見送ってから、撫でられた自分の頭に手を当てる。

 

「…………」

「……リサさーん? なんだか乙女の顔してますよ~?」

「ちょ!? いや、そりゃー、その……照れるじゃん。いきなり頭撫でられたらさ?」

「あ、エヌラスさん戻ってきた」

「えっ、もう!?」

 見れば、路地の角を曲がってからなにか大騒ぎしている。ドタバタとゴミ箱やらゴミ袋やらを蹴り飛ばして足をとられているが、もつれながらも走って来た道を引き返してきていた。

 その後ろには、殺気立つ猫の群れ。エヌラスの足目掛けて三匹が飛びかかり、重心のバランスを崩すと転倒する背中に総攻撃開始。あとはもう、酷いもので。

 

「イデデデデデ! なにすんだ! いや悪かった! 俺が悪かった! まさかお前達の“抜け道”だとは思わなくて不用意に足を踏み込んだのは本当に悪かっ、鼻噛んだのどいつだオラァ!! いま超痛かったぞクソが、晩飯にしてやろうか!!」

 ふぎゃー!!!

 フシャー!!

 

「やんのか野良猫どもがぁ! うがーっ!」

 

『………………』

 この人、本当にさっきまでの人と同一人物だろうか?

 野良猫の群れに向けて割と本気で威嚇している。

 

「猫に本気で喧嘩売ってるし……」

 エヌラスと猫の喧嘩を冷たい目で見ながらも、友希那が路地から姿を見せるとリサの顔が一気に明るくなった。

 

「友希那ぁー!」

「……リサ」

「よかったぁ、いきなり知らない道に入るからどうしたのかと思って……!」

「その、ごめんなさい。猫に、誘われて……」

「え? 猫?」

「……なんでもないわ」

「あれ、さっきまで抱えてた猫は?」

「その……、」

 どう話せばいいのだろう。なんて伝えればいいのか、困惑する。

 

「猫の街に辿り着いて、将軍猫に預けてきたからもう大丈夫よ」

「…………」

 リサが額に手を当てて熱を確かめる。蘭達からも冷ややかな視線を向けられていた。エヌラスは耳を猫にかじられて悶絶している。

 通りすがりの人々も何事かと視線を向けるが、顔を見るなり「なんだ、ねこあつめの人か」と日頃の行いからかさほど気にされることなく通過していった。

 

「友希那、大丈夫?」

「? ええ、無事だけど……?」

「あれ。湊さん、膝でも擦り剥いたんですか……? かわいい猫の絆創膏つけてますけど」

「これは、手当されたから……」

 蘭に指摘されて、一斉に膝の絆創膏に視線が殺到する。あまり見かけない形の絆創膏だ。

 エヌラスはまだ野良猫に噛まれている。引き剥がしても引き剥がしてもやたらめったらしつこく噛みついてくるだけでなく爪を立ててしがみついてきていた。

 

「だーもー、ちくしょう。だがこれでハッキリした。俺が“猫の街”に行けない理由は全部ハンティングホラーが悪い」

 昔連れて行ってもらった時は、まだハンティングホラーを使役していない頃だ。

 ボロボロになりながら立ち上がりつつも全身に猫をくっつけたままリサの足元の影に視線を向ける。

 猟犬の性質を持つ怪異を引き連れている以上、生身で立ち入ることはできない。その臭いも含めて、近づくことは固く禁じられているのだろう。犬派なので別に気にしていないが。

 

「あの……エヌラスさん、怪我大丈夫なんですか?」

「確かに。そんな血だらけになって……あと猫まみれで」

「軍属の猫はこれだから嫌いだ……いででで、爪を立てるな君等」

「……悪い人じゃないわ。離してあげて?」

 なんとなしに、友希那がエヌラスにひっついたままの猫達にお願いをしてみる。すると、やや間を置いてから野良猫達が一斉に離れた。最後の一匹だけは顔を足蹴にしていたが。

 

「くぉの糞猫どもが……いつか見てろよ」

「猫ちゃんに嫌われてますなー」

「俺も嫌いだ、あんな野良猫共。やっぱ犬だな、犬。人類の友。うん」

 一人、深く頷く姿をジッと見つめて、友希那は先刻であった魔術師と比較する。

 ――あまりに俗っぽすぎる。アレとは違い、あまりに人間臭すぎる。だからこそ、親しみやすく馴染みやすい。本当に魔術師であるのかどうかすら、怪しかった。

 

「と、とにかくエヌラスさん。怪我もひどいですし、手当しないと」

「病院……?」

「つぐの家でいいんじゃないかな。迷惑かもしんないけど……」

「ううん、大丈夫。それじゃ、行きましょう」

 

 

 

 ――羽沢珈琲店。

 

 傷だらけのエヌラスを見て、驚かれた。当然なのだが、それをどう話すか考えていた蘭達を差し置いて、本人曰く。

 

「いやぁ野犬の群れに絡まれまして!」

「……街の中で?」

「懇意にしている野良猫が襲われていたもので、これはイカンと止めに入ったら、犬からも猫からも追い回される始末でこんな怪我をしてしまいました。それを見かねてつぐみさんが家で手当を、とのことでしたので」

「あの、シャツ真っ赤なんですけど?」

「ちょっと古傷が開いただけなんで大丈夫です」

「は、はぁ……」

 つぐみの母親は、話を聞いて真偽の程を疑っていたが、娘とその幼馴染達の顔を見て信じることにした。流石に店先でそんなけが人を放っておくわけにもいかず、居間の方まで案内される。

 リサと友希那も心配でついてきてしまった。

 救急箱を開けて、傷口の消毒をしようとしていたつぐみ達だったが、血を拭ったエヌラスの身体には傷跡しか残されていない。そこには真新しい傷口など何処にもなかった。

 

「……別に手当必要なかったんじゃ」

「まぁな。だが腰を落ち着かせて話すことができる場所が欲しかった」

 エヌラスはすっかりボロ雑巾となったスーツを見て肩を落としている。こんな調子で服を買い替えていたのでは財布にいくら入っていても間に合わない。

 ひとまず、飲み物でもとつぐみが人数分のコップを持ってきた。

 

「あの、オオカミ達はなんだったんですか?」

「……リサと友希那は見覚えあるよな」

「え? あー……、もしかして。あの時の?」

「そう、あの時の。アレの同族と言っていい」

 逢魔が時に出会った人狼。日本に逃げ込んだ一匹。『Roselia』が初めて出会った怪異でもある。その仲間であるという。

 

「そうだな。蘭達にわかりやすく説明すると……悪い神様を崇める宗教団体だ」

「……」

「狼男の姿をしているが、実際は食屍鬼。つまりは死体を食らう鬼だ。本来はどっかの国から繋がってる地下魔界に潜んでたんだが、俺が乗り込んで暴れまわった。その残党だな、あれは」

 全部悪いの貴方では? 蘭達の視線に、エヌラスが頷く。

 

「こっちから出向いて潰そうとも思ったが、なんか妙だったな」

「今以上に妙な出来事なんてありませんよ」

「それもそのとおりだが。組織が根城ほっぽりだして宗主もろとも猫一匹追いかけ回すなんておかしな話だ。そこで、だ。友希那」

「……私?」

「そう、お前。あの猫は何処に置いてきたんだ」

「だから、猫の街よ。そこの将軍猫が引き取ったわ」

「いや~、いくら友希那が猫好きだからってそんな話」

「……本当の話よ」

 決して、嘘は吐いていない。だが、蘭達からは呆れられいた。無理もない話だが、どうしたら信じてくれるだろう。

 

「友希那に渡したのは、将軍猫の跡継ぎ。つまりは将来、猫の街を統括する猫の王子様だ。それが邪神の眷属――あの狼男達に狙われていた。それで、友希那が逃げ込んだ先が猫の街で、軍属の猫達が狼男達を蹴散らして無事に帰ってきたってところか?」

「……え、ええ。だいたい貴方の言う通りだわ」

「抜け道の通り方も、おおかた猫に教えてもらったんだろ。本来は人間と言葉を交わしてはならないって話だが、若いらしいし」

 あのロシアンブルーは一族の掟に逆らってでも、自分を助けようとしてくれたのだ。そう考えると、友希那は途端に申し訳ない気持ちにあった。今夜、夢の中で御礼を言おうと決める。

 

「だったらエヌラスさんが連れて逃げた方がよかったんじゃ」

「ひまりの意見はもっともだ。だが、俺は猫の街に入れない。無条件で門前払いを食らう。その理由が、俺が犬を飼ってるからだ。俺の連れてる犬も、あの狼達と同じような猟犬だからな」

 巴がそこで思い出すのは、いつだったか見舞いに行った際に見た漆黒の大型自動二輪。あれを連れている限り、エヌラスはウルタールへ入れない。

 

「大体、猫を連れて庇いながら戦えるほど俺は器用じゃない」

「もうアタシ達、あの狼達に狙われたりしませんよね?」

「ああ、大丈夫だ。綺麗さっぱり、一匹残らず消し飛ばしたから。猫の街で生き残りがいるかどうかわからんが」

 友希那が静かに顔を逸らす。

 思い出すだけでも寒気がする。

 あんなのは、普通の死に方ではない。あれは、普通の殺し方ではない。あんなものは――存在していいはずがない。

 

「貴方のせいで、酷い目に遭ったわ」

「友希那、ちょっと」

「次のライブに向けて練習もしようと思っていたのに。時間が惜しいの」

「そりゃ悪かった」

 あっけらかんと、まるでさも当然のように自分が悪いと受け入れているエヌラスを見て友希那が睨む。

 

「そんな適当な調子でいるのなら、今後『Roselia』には関わらないで頂戴。いい迷惑よ」

「湊さん、そんな言い方しなくても」

 確かに事の発端はこの人かもしれない。だが、この人がいなかったらどうなっていたか。それなのに、そんなキツイ言い方をしなくてもいいだろうに。仮にも助けてくれた恩人だ。

 

「ああ、そうだな。俺はこんな調子で適当やってる奴だよ。お前みたいに、真っ直ぐ自分の夢に向かっていける奴からしたら、絶対に許せないだろうよ」

「だったら」

「だけど、それくらいでいいんだよ。俺が適当やって、こんな調子でいられるくらいに地球は平和で、日本はいい場所なんだから。俺が本気でやらなきゃならんことなんて、バケモン退治くらいだからな。だから俺は、お前がなんと言おうと『Roselia』は助けるし、『Afterglow』も、ポピパもパスパレもハロハピも全部。バケモンに襲われそうになったら命がけで化物を殺して回るつもりだ」

「……」

「それで納得がいかないって言うなら、お前の言う通り『Roselia』のメンバーには近づかないつもりだ」

 その言葉に、リサが面食らった顔を見せている。友希那はそれに眉をつり上げたままだ。

 

「音楽一辺倒のお前を納得させろ、って話なら簡単だ」

「どうするつもり? まさかライブでもやるの?」

「まさか、御冗談を。俺は歌わないし、歌いたくもない。だからその代わりに――次のライブで『Afterglow』を優勝させるってのはどうだ?」

「えっ……!? あの、あたし達を……ですか……?」

「ああ。元々サポーターをしてくれないか、という話だったしな。いい機会だ」

 『Roselia』の実力は本物だ。それは、掛け値なしに評価して。

 

「『Roselia』が勝ったら、友希那の言う通り俺は今後関わらない。『Afterglow』が勝ったら、これまで通り。それでどうだ?」

「……それでいいかしら、美竹さん」

「……」

 これは、恐らく真っ向から挑む形になる。

 ライブハウス合同イベントで行われる『Roselia』と『Afterglow』の対決だ。

 湊友希那の視線を真っ直ぐに受け止めて、美竹蘭は息を整える。

 今の自分達が、どこまで辿り着けるかの挑戦でもある。

 “いつも通り”の日常と風景から、自分達はどこまで来たのかを。

 

「……ひまり」

「うん。蘭がいいなら!」

「巴は?」

「アタシもオッケーだ」

「つぐも?」

「蘭ちゃんに任せる!」

「……モカは、聞かなくてもいっか」

「えー? もちろん、面白そうだしーいいよー」

 不安になっていたのは、自分だけだった。聞くだけ野暮というものだ。

 もう一度だけ、真正面から友希那の目を見る。

 綺麗な、金色の瞳。咲き誇るマリーゴールドのように煌めく目を見つめ返す。

 

「わかりました。受けて立ちます」

「話は決まりね。それじゃあ、当日のライブを楽しみにしているわ。リサ、練習しましょう」

「え、これから!? ん~、でもまぁ言った手前仕方ないかぁ……」

「ごちそうさま。お邪魔したわね」

 話が決まるや否や、席を立つ友希那に遅れてリサも立ち上がる。それを見送りに向かうつぐみの背中が消えてから蘭は息を吐きながらエヌラスを見ていた。

 

「……本当によかったんですか?」

「なにが?」

「湊さん……というか『Roselia』の実力は本物ですよ?」

「俺がサポートに入るんだから負けるわけねぇだろうが」

「す、すごい自信ですね」

「当たり前だろうが。こちとらローカルスリーピースバンドをメジャーデビューまで送ってった元カメラマンだぞ。後はそちらの実力次第だ」

「あたし達も負けてませんけど」

「なら、予定合わせておくか。一度曲を聞いておきたいし、俺もライブイベントの詳細把握しておきたいしな」

「ひまり。次のスタジオ練習、いつだっけ?」

「ちょっと待ってね! えっとー……週末!」

 週末――エヌラスは、確かその日は天文部の合同企画に拉致される予定があった気がする。しかしそれは日菜とこころに話してスケジュールを調整すればいいだけだ。そもそも天文部の活動なので時間帯はどうしても夜になる。

 

「よし、わかった。『CiRCLE』でやるのか?」

「はい! よーし、それじゃ次のライブに向けていつも以上にがんばろーっ。えい、えい、おーっ!」

「…………」

「…………」

「……お、おーっ」

 声がしぼむひまりがいたたまれなくなって、エヌラスが右手を挙げた。

 

「ノッてやれよ可哀想だろ……」

「いや、だって恥ずかしいし……」

「そもそもつぐの家だしな」

「表にまで聞こえてたりしてー」

「ひまり、迷惑かけちゃダメだよ?」

「うわーん、巴ー!」

「そこでなんでアタシに泣きつくんだ!?」

 

 

 

 ――羽沢珈琲店から商店街を通って、巴が帰宅する。

 

「ただいまー」

 なんか、どっと疲れた。今日だけで三日分は疲れた。

 玄関ドアを開けて、巴を出迎えたのは両親でもなければあこでもなく、拾われた少年こと、るーだった。

 玄関前に立っていたものだから巴が驚いてショルダーバッグを落としてしまう。

 

「うわっ!? び、びっくりしたぁ……」

「…………」

 何をするでもなく、ジッと立っていた。バッグを拾い上げながら巴はるーと視線の高さを合わせる。

 

「えーっと……アタシのこと、待っててくれたのか?」

「…………」

 やや間を置いてから、静かに頷いた。

 

「そ、そっか。ありがとな。でも黙って立ってると驚くから、座って待っててくれると助かる」

 頭を撫でながら補足すると、やはり首を縦に小さく振る。

 ――悪い子ではない。決して。

 

「うん。いい子、いい子。ただいま、るー」

「…………?」

「あー、えっと……ただいま、っていうのは、家に帰ってきた時の挨拶なんだ。そう言われたら――」

「お姉ちゃん、おかえりー! 見て見てこれ! あこの名前、るーくんに書いてもらったの! 呪文みたいでカッコよくない!? りんりんにも写メ送ったんだー!」

「……あー、ははは。うん、おかえりって言うんだ。ただいま、あこ」

 一足先に帰ってきていた妹に迎えられて、巴は靴を脱いで上がる。

 

「――――」

 るーが、そこで初めて口を開いたが声を発することはなかった。すぐに口を閉じると、あこに手を引かれて夜の食卓に連れて行かれている。

 弟ができたようで、すっかりあこは懐いてしまっていた。その仲睦まじい様子を見ながら、荷物を置きに巴が階段を上がる。

 家族が一人くらい増えたところで、いつものように日々は過ぎていくだけだ。

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