【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百三九幕 幻夢境の人探し

 

 

 

 ――その日の夜。

 湊友希那は、寝る前に将軍猫の言葉を思い出していた。

 就寝前に猫の街を脳裏に思い浮かべながらベッドに横になる。少し期待しながら目を閉じていると、やがて心地よい眠気に誘われた。

 

 ……白昼の街。眠らない夜、明けない夕暮れから景色が一切変わる気配はなく。

 湊友希那は、いつの間にか自分が寝間着姿のまま、街の中に呆然と立っていることに気づく。

 夢だというのに、意識はハッキリとしているし。身体の感覚もあった。

 

「此処、は……?」

 猫の街ウルタールだということは間違いない。だが、場所がわからなかった。

 自分が逃げ込んだ場所ではなさそうだが……、戸惑いながらも歩き出そうとした友希那の足元に一匹の三毛猫がすり寄ってきていた。

 かがみこんでみると、尻尾をゆらゆらと揺らしながらその場に座り込んでいる。

 

「……こんばんは」

 みゃおん。

 友希那が声をかけると鳴いて答えてみせた。そして、道案内でもするかのようにのんびりと通りの真ん中を歩き出したその後ろについていく。

 道案内された先は、やはり噴水広場。その一角に存在するオープンカフェには、夕方と変わらずに大魔導師が座っていた。読書は終えたのか、今はただ椅子に背を預けて空を仰いでいる。

 そのテーブルにはやはり将軍猫が香箱座りでリラックスしていた。

 友希那の姿を見て、大きく欠伸と伸びをしながら身体を起こす。

 

「おや、ゆきな様」

「こんばんは、将軍」

 猫が喋るというのはまだ慣れないものの、此処ではそれが普通なのだと思うことにした。そして、盗み見る大魔導師は昼寝?でもしているのか目を閉じている。

 

「ああ、こちらの方でしたらお気になさらず」

「そう」

 言われた通りにあまり気にしないことにした。椅子に座ると、その膝に向かって三毛猫が跳んでくる。太ももを前足で整えてから丸くなって落ち着いていた。喉を鳴らしている姿に向かって手を伸ばして撫で始める。

 

「こんばんは。またお会いしましたね」

「ええ……」

「今はゆきな様の意識だけが、夢を見ている状態。明晰夢のようなものです。現実の肉体は就寝していることでしょう」

「…………」

「その割に身体の感覚もハッキリとしていることに驚くのも無理はありませんが、ここはそういう場所なのです。しかし、無防備な意識というのは危険なものです。もし此処でゆきな様の身に危険が及べば、現実の方でも影響を受けることでしょう。ですが、ご安心ください。この猫の街ウルタールの管理者“将軍”として貴方様の身の安全を保証します」

 横目で大魔導師を見つめる友希那の言いたいことは、コレを相手に危険が及ばないという状況がまったく想定できないことだ。

 しかし、その視線に応えるように大魔導師が片手を挙げて振ってみせる。

 

「ただの人間に興味はない。見飽きている」

「……そう」

 起きていたのか、ということに驚きつつ、すぐに視線を外した。

 大魔導師にとって人間とは、そこらの草木とさほど変わらない。

 

「私がいては話しにくいだろう。どうせ用事を片付けなければならないのだからな。此処を離れるぞ、将軍」

「ええ。お気をつけて、大魔導師」

 椅子から立ち上がり、気だるげに去っていく大魔導師の背中が通りの角を曲がってから友希那はその場を包んでいた妙な緊張感が解れていくのを感じていた。

 

「……あの人、本当に魔術師なの?」

「間違いなく。類稀なる才能の持ち主であることは間違いありません。なにせ、この猫の街に我らの案内なしに辿り着いた御仁ですから」

 それだけでなく、このドリームランドと呼ばれる国の中を単身で踏破している。レン高原に始まり、北の山岳地帯に留まらず、狂気山脈ですらピクニック気分で踏み入れていた。それがどれほどの危険度かは言わずもがな。現地には常人の手に負えない神性生物の群れがいる。調査隊が壊滅するほどの場所に行きながら、素手で捕獲しては持って帰っているらしい。正気を疑うし感性も疑う。

 

「思えば、あの方との交流も大分長いですなぁ。ほっほっほ、懐かしいものだ。一度だけ、あの方が弟子を連れて街に来た時は大変な騒ぎになりましてな」

「そう」

「しかしながら、どうもあの方は――自らが連れていた弟子の記憶がないようでして」

「……」

「弟子の方は覚えているようですが、どうにも互いに記憶違いを起こしている。少々奇妙な状態となっていますが、あの方が私の友人であることに変わりありません」

 義理堅い将軍猫が友希那の前まで近づくと、テーブルの上で寝転がり、お腹を見せる。

 

「――――」

「ですが私は隠居も同然の身。それについては内密に」

「え? ええ……」

 将軍のお腹のモフモフに見惚れていて話を聞いていなかったとは言えない。

 

「さて。では大魔導師も街を離れたことですし、本題に入りましょう。ゆきな様、最近地球の様子がおかしいことはご存知ですか?」

「そうね」

「実のことを言えば、地球は“最初から”どこかおかしかったのです。ですがそれを隠し続けていたものがいます。それは地球だけでなく、火星も、土星も。言うなれば、宇宙そのものが」

「……?」

「いささか話が壮大になりすぎて理解が追いつかないのも無理はありません。しかし、事実なのです。例えば、宇宙そのもの、銀河系をひとつの“箱庭”と想定してください」

 ぽんぽん、と前足でテーブルを叩きながら円を描く。そこにあるものを仮に、箱庭と仮定したものとする。それに向けて、もう片足で外側から叩く仕草を見せる。

 

「この箱庭を手中に収めようとする“外敵”がいます。これが“邪神”と呼ばれるものであり、同時に“旧支配者”とも。その上で、地球には数多くの眷属――彼らの仲間が存在しているのです」

「オオカミ男とか?」

「まぁ、記憶に新しいのはそうでしょう。彼らもまた邪神の眷属。だからこそ、我らの対敵でもあります」

「でも、急にどうして……」

「ふむ――この“箱庭”に、亀裂が入ったものとしましょう。あるいは、異物が入り込んだものとして考えてください」

 将軍が爪を立てて、箱庭に突き刺す。爪楊枝ほどの、ほんの先端程度。

 

「小さなものであれば、抑止力が働いて修正されますが。これがもし、大きな物になるとここから入り込んでくる。バイ菌のようなものだと思ってください。そうなるとだんだん、段々と繁殖を重ねていき……現人類は、たちまち汚染されてしまう。これが、邪神による災害。いわゆる“邪神災害(ヘルハザード)”と呼ばれるものです」

 てしてし、と。前足で箱庭を叩く将軍の説明を半分くらい右に流してしまっていた。老齢の猫ながら、その毛並みは整えられており威厳がある。長く伸びたヒゲも、振る舞いもまるで英国紳士のようだ。猫のカリスマ、とでも例えるべきか。

 長年愛されてきた高級アンティークのような趣が将軍にはあった。

 

「ゆきにゃ、失礼。ゆきな様。今の地球は、邪神にとって格好の標的です。人類を守護するには相応の人手と技術が必要になりますが……それも失われて久しい」

「魔術のこと?」

「ええ。それを扱えていた最後の人類も、今は行方を眩ませていまして」

「名前は?」

「それは明かせませぬ。名を広められてもあの方のためになりませんし」

「そう……でも、魔術師ならいるわよ?」

 地球の人間ではないけれども。だが、その友希那の言葉に将軍猫は顔を逸らした。

 

「存じております。しかし、言うなればあの方の弟子は少々……」

「役不足かしら」

「事実、神殺しを成就している手前何も言えません。何のために邪神狩りなどをしているのかも一切目的も不明のまま、我らに助力している状態です。どこまで信用していいものか」

「仲間じゃないの?」

「同盟を結んでいる協力者、という体裁です。信用しているわけではありません」

 その辺りは当人たちも複雑な状況なのだろう。

 友希那の膝の上でくつろいでいた三毛猫が仰向けに寝転がると、垂れている髪の毛に向けて前足を必死に伸ばしていた。

 

「でーもさー、将軍様ぁ。あの魔術師、いいヤツですよー。ちゃんと人間に紛れて生活してますし、極力それを乱さないように頑張ってるんですしー。にぼしくれるしー」

「これ。お前はすぐ餌付けされる。そんなことだから軍属猫の威厳が」

「にゃーい」

「…………」

 驚きのあまり、友希那が硬直する。

 なにも喋る猫は将軍だけではなかったらしい。

 

「あにゃ? 驚いた?」

「とっても……」

「やー、本当は喋るなーって言われてたんだけど息苦しくてさー」

「そ、そう」

「にゃんか、おねーさんはあの魔術師嫌いみたいだけど、なんでー?」

「……理由は同じよ。信用ならないわ」

 あんな魔術師の何処がいいのかわからない。なのに、リサも紗夜も味方する。

 あの人がいるから、みんなが危険に晒されるのに。

 あの人がきてから、世界中がおかしいのに。

 胡散臭い、怪しい、危険人物だと一目でわかるというのに。

 どういうわけか、紗夜が一番味方していることが不思議でならなかった。

 友希那の言葉に、将軍猫も、軽い調子で喋っていた三毛猫も押し黙る。気まずい空気に首を傾げていた。

 

「どうしたの?」

「……ゆきな様。あなたは、恐らくあの魔術師のことを勘違いされておられる」

「信用ならないって、どうしてー?」

「だって――」

「本当に魔術師なのにー? ()()()()()()()()()()()()()()、肝心の人間にそれを言われちゃそれこそ本末転倒ってなもんだー、にゃはー」

「…………」

「言わせてもらっちゃ悪いけど、おねーさん。動物ってのは群れで行動するようにできてる。一匹狼なんて、聞こえはいいけど結局は群れに混ざれないだけの弱いやつ。ま、人間のフリにしては随分と――」

「おい」

 三毛猫が口を閉ざし、将軍猫に気圧されて友希那の膝の上から飛び退く。

 

「それ以上余計なことを話すと、貴様を群れから追放するぞ」

「……にゃーい。でも将軍、言わせていいんですかー? アレが何を守ろうとして、あんなに傷ついているのか」

「それはお前が気にすることではない、おせっかいというものだ」

「にゃいにゃい、わかりましたー。見回り戻りますー」

 どこか拗ねたような口ぶりで三毛猫が走り去っていった。

 

「勘違い?」

「あの魔術師は、確かに信用なりません。ですが、ただ一点。『人類を守護する』ということだけは一貫しています。どうか、そこだけはご理解を。あれはただ、誰かの隣に寄り添いたいだけの哀れな魔術師なのですから」

「……考えておくわ」

「ありがとうございます。私にとっても、あの魔術師はどこか孫のような心境でして」

 朗らかに笑う将軍猫に、友希那はふと思い出したことがあった。自分が連れてきたロシアンブルーはどうなったのか、と経過を尋ねる。今は怪我の治療で安静にしているという言葉に胸を撫で下ろした。

 

「夜明けまで、存分にウルタールを堪能なさるといいでしょう。私で良ければご案内しますが」

「気持ちだけ受け取っておくわ。明日も早いもの」

「そうでしたか。では、ごゆるりとおやすみくださいませ。大変お疲れな様子」

「……ええ。そうね。本当に、今日は疲れたわ」

 

 

 

 ――ドリームランドより行方不明となった鍛冶師。大魔導師はその捜索に乗り出していた。

 だが、この夢と現し世の境界が曖昧な夢の世界において、行方不明となって帰らぬ人となるのはそう珍しいことではない。しかし、鍛冶師。

 それが誰を指しているのか、大魔導師は知っていた。

 かつて、ウルタールに住んでいた鍛冶師の本当の名を、大魔導師は知らないし、誰も知らなかった。ただ、その鍛冶師は同じ名を襲名している。

 名を、賢人バルザイ。その弟子はウルタールに在住しているが、互いに顔を合わせたことは一度もなかった。

 しかしながら――行方不明となって久しかったはずだ。話によれば、ハテグ=クラ山の頂で神隠しにあって以来、姿を消している。となれば、行方不明となった鍛冶師とは――ウルタールの弟子とは別に、バルザイが連れていたはずの弟子の方だ。

 大魔導師がハテグ=クラ山を登り、その傍らにある村を訪れる。歓迎を受けるものの、それにさして興味もなかった。

 賢人バルザイの弟子がいる、という話を出すと、住人たちが一斉に口を閉ざす。

 その捜索願をウルタールの猫たちより受けた、という話を切り出すと渋々といった様子で語り始めた。

 

 初代・賢人バルザイの弟子がウルタールより離れなくなったのは、彼とハテグ=クラ山を登頂してからだ。師が神に連れ去られるのを目の当たりにして以来、ウルタールの教会から出ることは稀となってしまった。だが、その彼と同じくもうひとりの弟子が存在していたことを知っているのは、この村に住む者たちだけだ。

 とあるものが訪れた。そして、彼を連れて去っていった。

 村の者たちの言葉は、それだけだった。それが何者だったのか、語ろうとするものは誰もいなかった。

 ただ、目の当たりにしたのは――光。一条の光。

 禁忌の霊峰より現れ、そして彼を連れて去ってしまった。それを引き止めるものは、たちまち灰にされてしまった。

 その証言を聞きながら、大魔導師は顎に手を添えて考える。

 ――あまりに堂々とし過ぎた神隠し。だが、その弟子を連れて行った理由が不明だ。

 何者が、何者を連れて行ったのか。目的も理由も不明なまま、調査に駆り出された。それがどれほど危険なのかを理解していたからこそ、自分を頼ったのだろう。あの将軍猫め、ヒゲでも切り揃えてやろうか。そんなことを大魔導師は考えながら、ハテグ=クラを見上げる。

 

 賢人を連れ去り、そしてその弟子を連れ去っていったものが何者なのかは、おおまかに心当たりがある。間違いなく、審神――“外なる神々”だ。

 師弟ともどもに運のない。

 その神隠しにあった弟子の話を尋ねると、口々に彼らは語った。

 

 ――つまらない少年であった、と。

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