【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百四三幕 甘い誘惑

 

 

 

 蘭達が帰ってから、リサとモカの休憩を回し、エヌラスはそれから店長と世間話。特にこれといって問題ないのでできればバイトとして今後も来てくれないか、という話に持っていかれたが全力で断っておいた。これ以上仕事を増やしてたまるものか。

 コンビニのバイトを終えてから、エヌラスは二人を送っていく。

 『Roselia』と『Afterglow』の対バン。とはいっても普段とやることは変わらない。いつもの通り、目の前の音楽に全力を出すだけだ。しかしそこに条件がひとつ加わっている。

 それでも、エヌラスは気楽に振る舞っていた。モカもそれを気にしていないらしい。リサだけはどこか居心地が悪そうにしている。

 

「……」

 夜道を歩いていると、不意に思い出す。

 初めて会った時も、こんな夜だった。

 いつもの街並みがどこか不気味に思える程の静けさと、暗闇からこの世のものではない物が覗いてきているかのような不安。

 

「どうした、リサ」

「えっ。あー、ううん。なんでも」

「気にするな」

 それは、何を指して忠告していたのか。

 

「……でも、モカ達が負けたら『Roselia』とは関わらないって」

「言い出した手前、約束は守る。俺としても手間が省けるからな」

「手間? なんの?」

「別れの挨拶」

 あっけらかんと言うもので――思わず聞き逃しそうになった。だが、夜闇の静けさはあまりに澄んでいて。二人が聞き漏らすはずがなく、立ち止まっている。

 

「……、お別れって?」

「まぁボチボチ俺も日本出ていかねーとなって話。お前達だって嫌だろう、いつまでもこんなわけのわからんオカルトに付きまとわれて。気が気じゃないだろうし」

 突然、という程でもない。だがその実感が湧かないというだけの話。

 いつの間にか自分達の日常に紛れ込んでいて。それが当たり前のように感じられて、この先も続くんだという根拠のない確信のようなものがあって――だが、そんな夢のような話は続かないと告げられた。

 そう遠くない、いつの日か。自分達の目の前から姿を消すのだと。

 別れの挨拶を告げる前に、その切っ掛けができて都合が良かった。

 何度繰り返しても、親しくなった人達から離れるのは胸が苦しくなる。

 

「だから、そろそろ旅支度を進めないといけなくてな。いつまでもこんな夢のような毎日繰り返してたらそれこそ平和ボケしちまう」

 日本はあまりに、居心地が良すぎた。だからズルズルと、甘く微睡んだぬるま湯に身を浸してしまう。

 激辛カップ麺の入ったレジ袋を揺らして、エヌラスは肩をすくめた。

 

「これ以上、お前達を巻き込むわけにはいかねーし」

「……」

「学校も学園生活も滅茶苦茶にしておいて言えた義理じゃねーけどよ。ほら、お前ら若いし? この先の何年、何十年と何事もない平穏無事な日々を送れたらそれに越したことないだろ。喜びも悲しみもない穏やかな雑草のような生活とは言わないが、危ない目には遭ってほしくない」

 教職に就きたいとだけは絶対に思わない。

 誰かの人生を背負ったり、面倒を見たり、将来や未来の夢を守るなんてことだけはできない。

 いつかは必ず――()()()()()()()と知っている。

 

「……寂しくない?」

「寂しいさ、そりゃあ。自分が築き上げたもの全部置いていくんだからな」

「次は何処に行くの?」

「さぁな。どこ行っても、やることは変わらない」

 殺して殺されて、恨まれて――それの繰り返し。

 視線を外したエヌラスがレジ袋をリサに差し出す。

 

「ちょっと、持っててくれ」

 おずおずと手を差し出して、リサが受け取った直後。足を引いて、その地面と影の隙間からハンティングホラーが倭刀を差し出した。柄を握り、鞘走らせると自分の背後へ向けて一閃する。そして、返し刃でリサとモカの背後に切っ先を突き出した。

 瞬きする暇もなく、黒い獣の一匹が倒れる。だが、もう一匹。二人の背後から迫っていた黒い獣は爪で刀を弾くと地面に着地した。

 それは、邪教集団の残党。しかし、敵意らしいものは感じられなかった。

 

「……まだ生き残りがいやがったか」

『ま、待て。待ってくれ――! 頼む、どうか、お願いだ!』

 平伏し、頭を下げる黒い獣にエヌラスが刃を止める。

 

『俺は、逃げてきたんだ。辛うじて、あの怪物の目を逃れることができた!』

「…………話せ」

『魔術師! 奴を――あの邪神を、殺してくれ! 我らが黒き仏の仇を、どうか頼む!』

「虫が良すぎる話だ」

 言われるまでもなく、邪神は例外なく皆殺しだ。

 

「場所は」

『もう、すぐそこまで来ている。海を越えた先の隣国で、奴は怪異狩りをしている! もう沢山だ。奴の言いなりで、犬のように使い走りをさせられるのは!』

「テメェ等が手引したんじゃねぇのか」

『違う! 黒き仏に誓って! 奴は――、()()()()()()()()()()()!!! この星に! この宇宙に! 存在してはならない、邪神だ! だからこそ黒き仏は彼の神を追放し、この星を隔離した! 我ら《悪心・影》は御仏に祈りを捧ぐことでその行いを讃えていただけだ!』

 教団に所属する者にとって、それは耐え難い屈辱の日々だったのだろう――相手が邪神狩りを行っていた魔術師であろうと縋りたくなるほどに。

 

『だからどうか――』

「ご苦労」

 エヌラスが音もなく刃を振るう。頭部を両断された黒い獣は横たわり、静かに息絶えていた。そのまま地面の影に溶けるように輪郭が薄れていく。

 ぱちん、と鯉口を鳴らして倭刀を収める。

 教えに背いて生き長らえる事ほど崇拝者にとって地獄はない。ならば此処で、殉教者として終わらせてやることが唯一の慈悲というものだ。それがどれほど無慈悲な宣告であったとしても。

 

 一部始終を目の当たりにしていた二人は、呆然と立ち尽くしている。

 エヌラスにとってはあまりに慣れた日常であっても、彼女たちからすればかけ離れた異常でしかない。“こんなもの”に慣れた日々は、あってはならないはずだ。

 頭を掻いて、ハンティングホラーが擦り切れたサイバネコートを渡してくる。

 袖を通すのも『天雷』以来だ。すっかり機能は失われているが、無いよりはマシだろう。

 足元から突如現れた大型自動二輪に跨って、エヌラスはハンドルを掴む。

 

「思ったより早かったな、チクショウが。こりゃマジで夏が来る前に終わりそうだ」

「……あ、」

「心残りがあるとしたらリサとモカの水着が見れないってことくらいか。朝には戻る、それじゃあまた明日な」

 引き止める暇もなく、呼び止めようとする手を無視してエヌラスはハンティングホラーを走らせる。夜空を翔ける大型自動二輪の姿に、リサは渡されたレジ袋の行き場を失った。モカはのんきに走り去る後ろ姿を見送っている。

 

「おー、最近のバイクってハイテクですな~」

「……モカはさ。エヌラスさん、いなくなったら寂しい?」

「ん~……なんとも言えないかも。いたら面白い人だけどー、どちらでも」

「そっか」

「……リサさんは聞くまでもなさそうですけど」

「だ、だってそうじゃん。あんな、突然お別れなんて言われたらさ」

「でも今日明日の話じゃないみたいですし。その時が来るまではいいんじゃないですかー?」

「そうなんだけどさー。なんだろ、なんかアタシの中でモヤモヤするっていうかー……」

 確かに、怖いのは嫌いだ。だけど、あの人が嫌いなわけではない。なら好きなのかどうか――そこで、リサは頭を悩ませていた。

 そして、それが自分のいつものお節介だと気づく。

 放っておけない。誰かが引き止めなければ、どこまでも一人で行って、消えてしまいそうで。

 

(今の話、多分紗夜とかは知らないよね……ちゃんと教えてあげたほうがいいのかな)

 そんな事を考える。だから、自分の顔を覗き込んでいるモカのニヤケ面に気づいた瞬間には思わず声を上げてしまった。

 

「うひゃあ!? な、なにモカ! 驚かせないでよ!」

「わぁ。それはこっちの台詞なんですけど。んー、リサさん的には一緒にいたい感じなんですかね?」

「アタシもそこはまだちょっと、心の整理がついてないっていうか。と、とにかく帰るよ! なんだか今夜は不気味だし!」

「そうですねー。こんな夜にはー……」

「モーカー! やめてってばホント! そういう話、聞きたくないんだから! 無理!」

「……まだ何も言ってないのに」

 ところでそのカップ麺、どうするのだろう。ぼんやりと考えながら、二人は家まで寄り道せずに帰ることにした。

 

 

 

 ――宇田川家。

 

 巴の家で保護している、という迷子の少年をひと目見ようと蘭達が玄関に入ると、そこではちょこんと正座して巴の帰りを待っていたるーがいた。以前注意されたことをしっかりと守っている生真面目さに面食らいながらも、その様子がまるで飼い主の帰りを待つ犬猫のようで思わず頬が弛んでしまう。

 

「ただいま、るー。アタシのこと待っててくれたのか? ちゃんと座ってて偉いぞ」

「…………」

 頭を撫でれば、サラサラとした銀の髪が指に心地よい。その様子を見ていたひまりが目を輝かせていた。

 

「か、かわいい~!! なにこの子、すごく肌きれー! 髪の毛サラサラだし、目もまんまるでかわいー!」

「ひまり、一応言っておくけどこの子……男の子だからな?」

「えっ!?!? あ、そ……そぉなんだぁ!?」

「声裏返ってるよ、ひまり。すいません、お邪魔します」

 人見知りしないのか、るーは蘭達に頭を下げる。巴がそのまま手を引いて部屋まで連れて行くと、やはり邪魔にならない場所を陣取って腰を下ろした。その様子はさながら猫そのもの。

 ひまりは興味津々なのか、あれやこれやと質問をしてみるが一切返答なし。無視しているというわけではなく、単純に喋らないだけだ。

 

「るーくん、かわいいねー。あ、お菓子食べる?」

「ひまりが餌付けに走ってるけど、いいの?」

「夕飯食べられなくなったらどうするんだ」

「でも、育ち盛りだからいっぱい食べたほうがいいんじゃないかな?」

「つぐの言う通りかもしれないけど……るー、お腹減ってるか?」

 コンビニで買ってきたスイーツやらお菓子やら。見慣れないのか、るーも広げられたひまりのレジ袋の中身に興味を示した。

 付き合いは短くても、行動を観察していればなんとなく分かる。極端に言ってしまえば、機械的な行動しかしない。言われたことしかしないのだ。自発的に何かをしようとはしない。人畜無害と言ってしまえば聞こえはいい。受動的だが、それは単に心と体を突き動かす目的がないように思える。

 心が無い。心が死んでいる。ガス欠の車のようなものだ。

 ひまりがこれが美味しい、こっちはお気に入り、と説明をしている。それを聞いているのか、右から左へ聞き流しているのか反応は薄い。

 

「ひまり、どれかあげたら? こんなに買っちゃったんだし」

「うぅ……モカとエヌラスさんが勧めてくるからついつい買っちゃったけど……」

「あの二人、商売上手だったよね」

「ひまりの意思が弱いだけだと思うけど」

「そんな事ないと思うんだけどなぁ……ねぇ、るーくん。どれか食べてみたいのある?」

「…………」

 テーブルに広げられたお菓子を一通り見てから、巴に視線を移していた。どうやら、返答を待っているようだ。

 

「ああ、どれでも好きなの選んでいいぞ。気になるのあるか?」

「………………」

 やがて指したのは、ひまりが気になって買ってきた新作デザート。しかも本日ラスト一個。それを選ばれた瞬間、なんとも言えない顔をしていた。

 

「……………………?」

 “ダメ?”とでも言いたげに小首を傾げている。

 

「ひ、一口だけだよ?」

「ひまり……」

「だぁってぇー!! 私これ食べたくて三日も我慢してたのにぃー!」

「大人げない……」

「世間的には私達まだ子供だからセーフ!」

「その情けなさはアウトだと思う」

 結局。妥協を重ねて一口だけということになった。まだ夕飯を食べていないということもあったし、他にもあるのを味見させてみようという話で盛り上がる。

 

「じゃあ、はい! あーん」

「……」

 差し出されるスプーンを見つめてから、口を開けてデザートを頬張る。

 

「どう? 美味しい?」

 ひまりの言葉に、るーが静かに頷いた。それに得意げに笑みを浮かべながらしきりに頷きつつも新作デザートのカップケーキを口に運ぶ。

 

「うんうん、でしょー? このクリームのなめらかさもスポンジもふわっふわで絶妙加減が」

「…………」

「――えっと」

 ご飯待ちの猫のように、じっと。ひまりの手元のケーキに視線を注いでいた。

 

「もう一口あげたら?」

「う、うぅ~……!」

 結局、仲良く半分こという形になった。どうやら気に入ったようで、食べ終わってもしばらくカップケーキを見つめている。

 

「甘いの好きなのかな?」

「るー、美味しかったか」

 巴が後ろから抱きしめながら尋ねると、顔を見上げてから頷いた。

 

「巴ちゃんの弟みたいだね」

「髪色だとモカの弟みたいだけど」

「それだ。なんかアタシが放っておけないって思ったの。そっかー、モカに似てるからか」

「……言われてみれば確かに。撫でてもいい?」

 蘭が手を伸ばして、るーの頭を撫でてみる。

 借りてきた猫のように大人しく、本当に一言も喋らない。しかし、自分から何かをしようという気はないようで空になったカップケーキの容器を両手で持っている。

 撫でれば、サラサラと指の間から雫のように垂れる髪のきめ細やかさに何故か負けた気分になった。

 

「この子、どうするの?」

「しばらくうちで面倒見ることになってる。あこと仲良いし、それに家事の手伝いとかしてくれるし助かってるよ」

「…………」

 すん、と。るーが鼻を鳴らして、つぐみに視線を向ける。

 

「? 私がどうかしたの?」

 カップケーキの容器を置いてから、匂いを嗅ぐ。

 

「え、えっと、どうしたのかな?」

「もしかして美味しそうな匂いがしたとかじゃない?」

「つぐの家、喫茶店なんだ。るーが食べたカップケーキと同じくらい美味しいケーキもあるんだぞ」

「…………」

 その言葉を聞いて、つぐみに抱きついた。どうも匂いが気に入ったらしい。

 

「はは、るーって結構甘えん坊なんだな」

「でもさ、巴。この子ずっと面倒見るわけにはいかないんじゃない?」

「んー、そうだよなぁ」

「――そうだ! こういう時はエヌラスさんに相談してみようよ!」

「えっ。ひまり、本気で言ってる?」

 仮にとは言え教師ではあるが――エヌラスは日本に不法滞在している外国人だ。それが表沙汰になっていないだけで、実際はかなり危険な橋を渡っている。しかも先日は謎の狼男達の群れを素手で撃退していた。そのことで日菜とつぐみが職員室に呼び出されて軽く注意を受けている。

 

「えっと……」

「どうしたの、つぐみ」

「るーくん、寝ちゃったんだけど……どうしよう」

「えっ?」

 顔を覗いてみると、腰に抱きついたままが寝息を立てていた。

 

「……落ち着くんじゃないかな、喫茶店の匂い」

「そ、そうかなぁ? でも寝顔かわいいね」

「そうだ、写メ撮っちゃおー」

「ついでにあこにも送っておくか」

「そういえば、あこちゃんは?」

「今日はスタジオ練習だってさ」

 来る日のライブに向けて『Roselia』はいつにも増して気合を入れている。

 

「……あたし達も、負けてらんないね」

「だな」

「ねぇねぇ、次のスタジオ練習。るー君も一緒に連れてきてあげたらどうかな?」

「お、それはいいアイディア。ナイス、ひまり」

「じゃあそういう感じで! きっと気に入ってくれると思うんだ。そのついでにエヌラスさんにも相談してみようよ」

「あの人なら何か助け舟を出してくれると思うけれど……いいのかな。忙しそうだけど」

 これ以上負担をかけても大丈夫だろうか? 蘭の心配をよそに、つぐみだけは少し困った顔をしていた。

 

「えっと、それで……るーくん、どうしよっか? 離してくれないんだけど……」

 さながら、膝の上で丸くなった猫。困ったことに中々離してくれない姿につぐみが困惑していた。そんなに美味しそうな匂いが自分からしていただろうかと思いつつも、悪い気はしない。

 きっとこの子は、寂しいのだろう。

 あの人のように、どこまでも一人で歩けるほど強くない。

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