【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百四四幕 翔星、相対

 

 

 

 ――これまでにも、数多くの怪事件は起きていた。それは何も日本に留まった話ではない。世界各地でその動きはより活発化しているが、その最たる例として近日注目を浴びているのは「光の柱」だ。

 その元凶たる存在は、言うまでもなく邪神であり、現在の地球文明においては一切の対抗策を有しない存在による超常災害に他ならない。だがその矛先は全て他の怪異に向けられており、人間に対して明確な攻撃は一切行われていなかった。

 そこに偶然鉢合わせたという理由だけで“消滅”させられている。

 

 それは此処、中国においても同様であった。

 仏教。陰陽道。道教――多種多様な神仏の類が存在していると信じられているからか。際立ってこの国ではその人ならざる存在は信仰を集めていた。それは得てして、古くから続いてきた宗教の賜物だ。

 この現代においてその存在を目の当たりにして疑う罰当たりはいてもおかしくない。だが、その者達は間違いなく、伝承にある通りの存在そのものだった。

 

 陰陽道の八将神。

 ……、そのはずであった。

 今やそれは見る影もなく、姿を現した八人の神格のうち七名が既にこの世を去っている。

 残すは一人。一柱を残すのみとなった。

 

 道教における仮想の惑星、太歳の神。

 祟り神でもある太歳星君は、中国に顕現した神格の一人。しかし、それはもとよりこの地球上に存在していた、いわば土着信仰の一柱。歴史小説だけでなく中国神話の中にもその名が挙げられている。

 諺にもなっているほどだ。

 太歳頭上道土――身の程知らずの行為を指し示す。

 

 まさに今。

 目の当たりにしている光景こそは、その言葉に相応しい。

 

 

 

 ――その“神”は、光と共に現れた。

 神格としてありながら、その神々しさに一寸、瞬きも息も忘れるほどに圧倒的な存在感に気圧される。

 幾千、幾万の時を経て。幾億、幾星霜の敵を屠ってきたのか。

 まるで、それこそ――(ごみ)でも払うかのように、他の八将神を消滅せしめた。

 何がそこまで駆り立てるのか。何が、その神をそこまでに殺意の塊とさせるのか。

 

「…………」

 何故か。その神は怒りに満ちていた。その憤怒が周囲の空気をも歪ませるほどの陽炎となっている。

 

「何故そのように荒ぶるのか」

「――貴様らの存在が目に余る」

 一歩踏み出せば、足元から爆炎が舞い上がった。火の粉を散らし、粉塵を撒きながら。焼け付くほどの空気を纏ってその神は太歳星君へと歩み寄る。

 

「この星はあまりに埃が多すぎる。次から次へと、どこにでもゴミが落ちている。こんな星に一分一秒とていられるものか――こんなところに何故アイツはこだわる。たかが知的生命体が存在しているだけだろう」

「……然しながら、それが此度の無礼千万に値する理由か」

「無礼? 嗚呼、そうだな。非礼を詫びよう」

 “右脚”を振り上げて、地面に打ち下ろす。

 熱波が吹き荒れて、枯れ果てた木々を焼き尽くしていく。コレは、怒りだ。憤怒の炎だ。止めどなく溢れる、神の怒りだ。理由もなく、息づく生命の全てを否定する死神の怒りに相違ない。

 

「この俺の前で生きている全てが憎い――貴様の無礼は、その命をもって償ってもらうぞ」

「…………」

「他の奴等は片端から鏖にしてきた。後は貴様だ。残すは、貴様だけだ」

 太歳星君の頬を、冷や汗が伝う。

 四凶も、八将神も、竜生九子も。瑞獣……四神さえも。

 吉凶の差別なくこの神は宣言どおりに鏖にしてきた。善意も悪意もなく、呼吸同然に同族を嫌悪し、殺害してきた。そしてそれに何一つ躊躇わない。

 目にしたものは全て消滅させなければ、気が晴れないとでも言うように。

 

「疾くと滅べ。理由なく、滅び去れ」

「戯言を――」

「確かめてみるか?」

 両手をポケットに入れたまま、その神は不敵に笑う。

 そして、太歳星君が腰に帯びていた剣を引き抜こうとした次の瞬間――背後から音もなく獣の爪が臓腑を突き破る。

 

「ゴ、フッ――!?」

 首だけで振り返れば、黒い獣が立っていた。犬にも似た、二足歩行の生物。

 悪心・影の中でも異端者と蔑まれた裏切り者の食屍鬼は爪を引き抜いて、再び影の中へと姿を消した。

 ただの怪異であれば、神格たる太歳星君に傷一つつけることは敵わなかっただろう。だが、食屍鬼とは屍を貪るものだ。

 黒き仏への信仰を見限り、その神の軍門へ下ることでその食屍鬼は見返りを求めない信仰を捧げている。それによって得られるものは、神の骸。怪異の屍。その一部、一欠片、一口だけでも腹に入れれば違う。

 力を増して、今やその神の眷属として十分な働きをしていた。

 

『ご用心、ご用心。やっちまってくださいな』

「……ふん」

 つまらなさそうに鼻で笑い、無遠慮に踏み込み――そして、太歳星君に向けて回し蹴りを叩き込めば、森が焼けるほどの熱量と爆炎が巻き起こった。熱風に耐えかねて山火事が広まる。

 邪神の口腔からは焼けた空気が吐き出されていた。目の前に立っていたはずの相手は、既に跡形もない。灰も残さず焼滅していた。

 それを見ていた黒い獣が笑う。

 

『相変わらずおっかねぇ旦那だ。エグいくらいの火力で灰も残っちゃいねぇ』

「…………余計な真似を。貴様の手を借りずとも一撃で片付いていた」

『そりゃあそうですがねぇ。今じゃ旦那の下働き。戦働きの一つ、悪く思わんでください』

 どこか他とは違う飄々とした態度の食屍鬼に一瞥もくれることなく、邪神は舌打ちした。

 

「まだ見つからんのか」

『そうは言われても。裏切り者がどこ行ったかまでは……ああ、連中からすればオレの方が裏切り者ですがね』

「…………」

 靴底で地面を踏みにじれば、炎が舞い上がる。それにおどけるようにして黒い獣は足元の小岩に隠れた。

 

『で? これからどうするんですか。こっから仙界に乗り込んで連中を血祭りにでも?』

「………………」

『得策とは言えませんがね』

「黙れ」

『へい』

 一喝して黙らせると、再び歩き出す。その行き先はどこであっても変わらない。

 

 神々がねぐらとしていた鬱蒼とした森の中を抜けようとして、不意に邪神が足を止める。人里を離れた山中であったのは、近年の目覚ましい発展を遂げた首都での息苦しさからだろう。

 皮肉にも、人々はその利便性を求めるあまりに見捨てたのだ。太歳星君を含めた道教の神格であっても邪神に大きく劣る。信仰なき神ほど脆いものもない。

 例外があるとするならば――それは、信仰を必要としないほど完成された邪悪に他ならない。

 

 山火事を後にしようとした邪神の足が止まる。接近してくる違和感に、夜空を見上げた。

 星を睨む。地球を照らす月を睨み上げる。

 甚だ不愉快な星だ。疎ましい惑星だ。願わくは、全てが滅び去ればいいものを。

 ――だが。未だ解らないのは、この宇宙へくる途中で見つけた“黒い月”だ。

 さほど意に介さなかったが、その存在感は日に日に増している。

 

 夜空に響く獣の咆哮。獲物を捉えた轟音に、邪神が身構える。

 

「……来たか。ようやく」

 空から降りてくるのは怪鳥のように大きく翼を広げた怪異。

 黒尽くめの怪異。化物狩りの化物。同類にして同族にして同業者という、不愉快極まる不倶戴天の怨敵に、邪神が足を振り上げる。

 閃光と爆炎。金属音を鳴らして両者が飛び下がった。

 

 ――山中奥深くにて、そこでようやく二人は互いの存在を認識する。

 

 エヌラスは倭刀を構える。対する邪神は、鬱陶しそうにただ足を地面に打ち下ろすだけ。周囲は火の海だ。灼熱地獄にも似た様相を呈する山間部で相まみえる。

 交わす言葉など、今さらない。ただ殺す。目の前の対敵を。ただ理由なく殺すだけだ。

 背後の影が揺れる。エヌラスの背後から食屍鬼が飛びかかるが、それを妨害する形でハンティングホラーが自重で押し潰した。その影に逃れようとする相手に噛みついて離さなかったが、額に突きつけられた銃口で頭部を吹き飛ばされて絶命する。裏切り者の、あまりにあっけない末路だったがそれに邪神は表情一つ変えなかった。

 

 最初から、怒り狂っている。その怒りに呼応して、粉塵が待っていた。全てを滅ぼし、灰となるまで焼き尽くす鏖魔。

 

「――殺す前に聞いておくぞ」

「あ? なんだ」

「“黒い月”について、貴様は何か知っているか」

「知らねぇよタコ」

「そうか。なら死ね」

「こっちの台詞だ」

 

 山火事に留まらず、二人の戦闘は周囲が閑散としていた山奥だったのをいいことに留まることを知らなかった。

 邪神の襲撃が山の斜面を削り、エヌラスの超電磁抜刀で木々が伐採されていく。

 “右足”だけでこの被害だ。だが、どういうことか“左足”を使おうとはしない。しかし、その蹴撃と共に舞う爆炎はエヌラスにとって非常に身近に感じられるものだった。

 

「テメェ――!」

 右足に宿している神性は、自分が扱っているものと同一の存在であることに気づいたエヌラスが毒づく。それに邪神が初めて笑みを見せた。

 

「この俺が。他の連中と同じだと思うなよ」

 より赤く。より紅く染まる。紅蓮の蹴撃を見舞うだけでその軌跡を炎がなぞり、触れた倭刀が溶解していった。素早く下がって新たに刃を鍛造するが、生半可な強度では触れただけで蒸発してしまう。

 エヌラスが両手に深紅の自動式拳銃と白銀の回転式拳銃を握ると、魔力を集中させた。

 

「だったらコイツでどうだ!」

 マズルフラッシュと共に撃ち出される魔弾を前にしても、邪神の勢いが衰えることはなく、正面から蹴りで払い除けていた。

 

「その程度か」

「くそったれ……!」

 出来ることならば使いたくはなかったが、背に腹は代えられない。

 銃に施した魔術刻印を起動させる。内部に装填されている弾丸に刻まれた術式を発動させてエヌラスは深紅の自動式拳銃・クトゥグアを向けた。

 

「そのしかめッ面、ふっ飛ばしてやる! クトゥグア、神獣形態!」

()()()()……」

「――――!」

 

 灼熱の魔弾が炎と共に邪神へ迫る。その内部から膨大な熱量を伴って、炎の神性クトゥグアが顕現して邪神を飲み込まんとしていた。

 しかし、今の口ぶり。まるでこちらの魔術を識っているかのような物言い。

 

「笑わせてくれる! ――()()()()()()()()ッ!!」

 獅子にも似た巨大な神獣に向けて、頭頂部を押さえ込むような踵落としを打ちつけた。衝突するだけでも凄まじい熱量が森を駆け巡る。地面ですらガラス状に溶けている。その只中、真正面の爆心地にあって尚も邪神は涼しい顔をしていた。

 そして、クトゥグアが“蒸発”させられて踏み潰される。断末魔を残して。

 

「――――、なんでテメェが」

「何ら不思議なことではないだろう? 貴様が扱う魔術など、所詮は贋作止まりだ。どれだけ邪神に近い力を振るおうとも本物には決して届かん。“生ける炎”である神性の熱量には到底敵わんのは当然だ」

「っ……!」

「この俺がまさか、何の対策も持たずにこの星に来ているとでも思っていたのか。随分とおめでたいやつだ。俺は貴様を殺すためだけに此処に来た。だというのに――とんだ無駄足を踏まされたものだ」

 此処に至るまでの全てが、ただの有象無象。

 最初から、この邪神はエヌラスを殺すためだけに君臨していた。

 

「クソが――!!」

 白銀の回転式拳銃から放たれる魔弾から、新たに痩躯の翼竜が顕現する。冷気を放ち、周囲の熱を奪い去って鎮火させながら邪神目掛けて一直線に突撃した。しかし、そこで“左足”を構える。

 

「言ったはずだ、貴様を殺すために来たと――()()()()()()()ッ!!」

 今度は、風の神性・イタクァの神獣弾ですら正面から踏破された。回し蹴りの一撃で神獣の頭部が粉砕されていく。

 山火事が鎮火したかと思えば、今度は急激な大寒波。

 しんしんと、空気が凍てついていく。霜柱が立ち、吐き出す息が白く染まっていた。

 

「貴様程度の魔術強度でこの俺に傷一つつけられるものか」

 全身が総毛立つ。

 たかが邪神の一柱。今まで、自分に対して此処までの対策を講じて来た相手はいなかった。それはつまり、これまで封神してきた邪神はエヌラスをそれほどの脅威と認識していなかったからだ。しかしこれは違う。

 最初から、自分のことを()()()()()

 だからここまで追ってきた。そして、殺すために血眼になって探していた。

 誰の差し金か――、そう聞くのがたまらなく恐ろしい。

 もしも。

 もしもその相手が、自分の知っている相手だと言うのなら――この邪神だけは、どんな手段を使ってでも殺さなければならない。

 例え、何を失おうとも。

 

「テメェは……!」

「ああ。知っている。貴様がこれまでしてきた邪神狩り、大いにご苦労だった。無様なものだ。貴様に負けた他の連中も、貴様自身も。“あの男”に駆り出されたから何事かと思えば、こんな事になっているとは思いもよらなかったがな」

「…………」

「――()()()を知っているな? 俺は、アイツに喚び出された一柱だ」

「テメェだけは、この地球で決着つけてやる! 人類七十億犠牲にしようが、必ず! 俺がこの手で殺してやる!」

「やってみろ! 魔術師風情が!」

 

 これは、自分が為さねばならない宿業だ。

 ――あの微睡みの中で惰眠を貪ることだけは、絶対に許されない。

 そんな甘い死は、彼女達だけの花園でいい。

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