【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百四五幕 I am Providence――

 

 

 ――今井リサは、帰宅してから長めの入浴を終えて風呂上がりにスマフォを操作していた。

 『Roselia』のトークルームを開いて、それから文章を入力しようとして手が止まる。

 

「ん~……」

 こういう時は素直に相談する相手を限定するべきだと考え、リサは髪を拭いてから紗夜に電話をかけた。もう寝ているかもしれない、それともギターの練習をしているかもしれない。だが、そんな心配はよそにすぐに電話に出てくれた。

 

『はい、氷川です』

「もしもし、紗夜? 今時間大丈夫?」

『ええ。かまいませんけれど、夜も遅いので手短にお願いします』

「ごめんね、こんな遅くに。あのさ――紗夜は多分、エヌラスさんとのお別れのこと。知ってると思うんだけど……」

『……文化祭の時に自分の口から言っていましたので、知っていましたが』

「あー、そうだったんだ。じゃあ燐子も知ってるよね」

『ですが何故今になって?』

「今日さ。その話を知らされてちょっと驚いたから」

『そうですか。今井さん、何か思うところでもありましたか?』

「まぁ、なんていうか……あの人があたし達と一緒に行動するようになった切っ掛けっていうか……知り合った切っ掛けってあたしとモカのせいみたいなところあるじゃん?」

 その後押しとなったのはハロハピではあるものの、それでもリサには思うところがある。

 

『……、今まで黙っていましたが。実はあの人に私も日菜も、人の姿をした怪物から助けてもらったことがあります。一度だけではありません。パスパレも、ハロハピも、ポピパの皆さんもだってそうです』

(……『Roselia』だけじゃないんだ)

 誰もその話題には触れなかった。自分の身に降り掛かった人智を超えた災害を目の当たりにして、被害者になってしまったが他の誰にも話せない。それだけ、今の人類が脅威に晒されているという現実を受け止めきれなかった。大人たちに話しても信じてくれないだろう。

 信じるはずがない。子供の妄想だと言って聞くはずがない。だが、その“現実”を真実と誰が証明してくれるのだろう。

 

『数え切れないくらい死に瀕しているはずなんですよ、あの人』

「……そういう風には見えないけど」

『そんな風に見えないように振る舞っていますからね。みんなを騙しているも同然です』

「……なのにさ。なんにも言わないであたし達の前から去ろうとしてるってズルいよね」

『そうですね。本当に、ずるい人だと思います』

「――なにかしてあげられないかなーって、思って」

 何故か、口にすれば口にするほど別れを実感してしまって。

 自分の心に隙間風が吹く。寂しさにも似た、寒さを感じて思わず吐息をこぼした。

 

『どうしてそれを私に?』

「紗夜ならなにかいい考えが出るかと思って。エヌラスさんの好みとか知らない?」

『――いえ。残念ながら』

「んーそっかー。あ、じゃあヒナなら知ってそうじゃない?」

『それはどうでしょうか』

 エヌラスは日菜に対して苦手意識があるのは明白だ。その理由は好奇心のロケットスタート。仲の良い相手と言えば、てっきりそうだと思っていただけに期待を裏切られる形となった。

 ――誰と、仲が良いんだろうか。不意に考えて、リサは少し胸が苦しくなった。

 あの人はみんなと仲が良い。だけど、誰もあの人のことを深く知らない。

 何のために戦っているのかも知らないし、なんで自分達を守ってくれているのかも解らない。日本に滞在している理由も何も誰も知らないし、解らない。

 何も言わず。ただそばに居てくれた。

 いつも通りの日常を守ってくれていた。なのに、「壊した」と寂しそうに言っていた。自分こそが異物であると。そんな風に思ったことは一度もないのに。そう思い込みたくて仕方がないとでも言うように。

 例え仮にそれが本当のことだったとしても、そんな生き方はあまりに寂しすぎる。

 此処ではない何処かから来た人だとしても、ずっと一人で生きていくなんて――“普通”は耐えられない孤独だ。

 きっと、今まで独りで。ずっと独りで戦ってきて。これからも、この先も……。

 誰かの温もりや、優しさから目を背けて。築き上げた信頼も、関係も全部置き去りにして転々としていく。そんな器用な生き方ができるような人には思えない。

 

「……居なくなったら、ちょっと寂しいって思う?」

『以前の生活に戻るだけです。寂しいというよりは……少し、落ち着かないですね』

「あの賑やかさが突然なくなると考えると、そうだよねー」

 だけど。きっとそれもすぐに慣れてしまうのだろう。

 この先の人生で、目まぐるしい日々の中で忘れて――目の前の平穏に塗り潰されていく。そうして、きっと。

 ()()()()()()だったと、思うようになってしまう。そう考えると、エヌラスのしている事の全てが無駄に終わる気がして、リサは胸を握る。

 そんなのは、あまりに辛すぎる。だからせめて、忘れないように。

 忘れられない何かを、残してあげたい。そう強く思ってしまう。

 自分が進む道を真っ直ぐ見つめるあの人に――そこで、リサはどうしてこんなにも思いを馳せてしまうのか気がついた。

 幼馴染に、そっくりだ。

 一度は離れてしまった湊友希那と進む道は違えども、その生き方があまりに似通っている。

 だからあの二人は、仲が悪いわけではない。単に見ている物と行き着く先が違うだけだ。

 

『……今井さん?』

「ありがと、紗夜」

『いえ、どういたしまして……』

「相談したおかげで、アタシの中で腑に落ちたからさ。ごめんね、夜遅くに」

『お力になれたのなら、気にしていませんよ。明日も早いので、この辺りで』

「うん、ありがと。それじゃ、おやすみ」

『はい。また明日。おやすみなさい』

 通話を終了してから、リサは自室のベランダから隣の家。友希那の部屋を覗き見る。既に灯りは消えており、就寝しているようだ。やけに寝るのが早いことに珍しいと思いつつも、昨日もそうだったことを思い出す。

 

(ネコの夢でも見てたりして……、そんなわけないかー)

 今朝はやけに上機嫌だったような気がする。

 リサも夜更しは乙女の天敵として、今日は早めにベッドに入ることにした。

 明日になったら、またいつもとちょっと変わった一日が始まる。

 

 

 

 ――中国。湘南省張家界市、武陵源。世界遺産として名高い地級市にて、邪神とエヌラスの激戦は戦火を広げていた。

 そびえ立つ岩石の柱に、鬱蒼としたき霧の中で倭刀と火花を散らす肉体。恐るべき強度を誇る邪神の体は鋼にも勝る。それだけではない。両脚の魔術刻印はエヌラスの持つ二挺拳銃よりも強力な呪術兵装だ。全身凶器に相応しい。

 幸いにも、遠距離攻撃の手段を持たないが――それは、有さないのか。それとも、不要なのかのどちらかだ。

 この相手に限っては、後者に間違いない。自らの間合いまで詰めて、潰す。ただそれだけのシンプルな戦術。だからこそ恐ろしい。相手の防御を打ち破る破壊力の魔術を叩き込む。たったそれだけの簡単な答えではあるが、それこそが今のエヌラスには最難関だった。

 超電磁抜刀術は威力が足りない。神獣弾は攻略されている。ならば他に何がある。

 天雷を失ったのは痛手だった。あの破壊力さえあれば一撃はまともに与えられただろうに。今更ながらに惜しみ、エヌラスは歯噛みする。

 しかし、あの時は他に手段がなかった。だが今は他に方法があるか五里霧中の状態だ。霧の中で姿を隠し、見上げるほどの岩の柱に背を預けて二挺拳銃に弾丸を装填していく。その僅かな隙でさえも邪神にとって好機なのは間違いない。

 

(くそったれ、どうする――!? どうすりゃアイツをぶっ潰せる!?)

 壱式“迅雷”は、真正面から防がれた。光速の抜刀を持ってして、必殺の一撃を耐えられた。

 まだある。他にも手段はいくらでもある。だが、だが。だが――!

 

「逃すか――!!」

 遥か上空から轟く咆哮に、エヌラスの背筋を悪寒が走る。電磁加速蹴撃を両足から地面に向けて叩きつけて自分の体を撃ち出す形で即座に離脱した、直後――全長二百メートルを越える石柱が粉砕される。

 爆炎と爆音と轟音、土砂崩れに地鳴りと天災が降り注ぐかのような只中でエヌラスが降り注ぐ岩雪崩を足場に駆け上がる。

 深夜に響く天変地異に、周囲の自然動物達は狂ったように鳴きながら逃げ惑う。

 

 宙に立つ邪神が腕を組み、静かに息を吐き出していた。身を包む冷気を、宙返りと共に地表へ向けて叩きつける。極寒の暴風が吹き荒び、凍りつかせていく。

 大自然を破壊することに一切の躊躇なし。目の前の敵を焼滅させるためだけにその暴威を振るう邪神が、氷の大地に降り立つ。

 

(――これで殺しきれるかっ!?)

 

 あの邪神は、()()()()使()()()()()()。まだ隠している。まだ何か隠している。

 弦巻家の執事達の資料を思い返す――「光が降りた」という目撃証言。だが、相手が扱うのは炎と風の神性だけだ。

 奥の手を持っている。それは間違いない。

 近くに立っていた柱に降り立ち、エヌラスは呼吸を整える。爆心地に立つ邪神の黄金の双眸と視線が合った瞬間、より威力を高めたクトゥグアの神獣形態を放つ。

 とりまく空気に触れただけで溶けていく氷柱のクレーターに立ちながら、邪神が右脚で炎の神性を蹴り飛ばして粉砕した。

 

「無駄だと言っているのがわからんようだな」

 しかし、邪神はエヌラスの不敵な笑みを見る。眉を寄せれば、全周囲を覆う形で溶解した氷柱が水流となって押し寄せていた。そこへイタクァ・神獣形態を撃ち込む。

 渦巻へ一直線に飛び込んだ風の神性が巻き起こす急激な温度低下。液体は固体となり、それが邪神の動きを拘束する。流氷混じりの濁流――しかしそれで倒せるはずがない。あくまでもこれは時間稼ぎだ。

 自分が取れる手段の中から、あの邪神を討ち滅ぼす破壊力を誇る一撃を選択する。

 果たして本当に、それで倒せるかどうか――!

 

「クトゥグア! イタクァ! 神銃形態!」

 炎の神性と風の神性を宿した二挺拳銃を混ぜ合わせる。

 それは杖であり、“砲塔”だ。自身の前に浮かぶ光球の中で融合する神銃を手にする。

 巨大な砲身を右腕で構えて、左腕で砲塔を固定。内部で螺旋を描きながら加速していく術式。

 異なる二種の属性を融け合わせる事によって威力を爆発的に跳ね上げた、エヌラスが持つ魔術の中でも随一の破壊力を誇る魔術――螺旋砲塔(ヘリクス・カノン)

 極太のビーム砲にも似た閃光が氷の中に閉じ込められた邪神を呑み込む。

 霧も、無数にそびえ立つ石柱も、世界遺産に登録されていた大自然の美しさも何もかもを崩壊させて“蒸発”させながら光が収束していく。

 朝焼けにも似た閃光が収まると、エヌラスは石柱の頂上に降り立って銀鍵守護器官の回転数を落ち着かせていった。

 見るも無残な惨状と化した風景には、雅さの欠片もない。ただ戦禍の凄まじさを無言で語るばかりとなっていた。

 

「はぁ、ハッ――!!」

 手応えはあった。これならどうだ――!!

 多少でも、損害さえ与えることができたのならば、それを契機に多少無茶を押し通して殺し切ることができる。

 

 ――だが。

 そんな希望を粉砕するように、霧をかき消しながら邪神が石柱の頂上に降り立った。

 損傷、なし。ただ着込んでいる古臭いレザージャケットを土埃で汚しただけだった。

 

「……あの程度か、貴様は」

「冗談キツイぜ、おい……」

 地上で出せる“ほぼ”最大火力であったというのに――それが、無傷で防がれている。

 

「あの程度の魔術しか使えんというのなら、貴様を相手に本気を出す必要もなさそうだな」

 肩を大きく回して、邪神が鼻で笑う。

 

「次はこちらの番だ――」

 足元から火の粉が舞う。吹き上がる粉塵を前に、エヌラスは倭刀を構える。

 

「随分と長い夜になりそうだ」

「貴様が夜明けまで持てばの話だ」

 そこで、初めて邪神が腕を突き伸ばした。そのまま開いた指を閉じていく。

 

「――神が世界を創造する時、何を作ると思う?」

「あ? 知らねぇよ」

 拳を形作り、引き絞る。

 

「神いわく、天と地を創造される。そして――()()()と」

 淡い光。燐光を纏いながら、真白い光を握りしめて邪神が真っ直ぐに構えていた。

 

「――我は神意なり(I am Providence.)

 

 そして、夜が明ける。

 邪神はその光を見て、良しとした。

 光を前に暴かれるやみを見て、笑みを作る。

 

 全長三百メートルに及ぶ石柱は、その光に触れた瞬間に“消滅”していた。

 その上に立っていたはずのエヌラスすら、姿が見えない。辛うじて回避するのを見ていたが、霧の中に再び身を隠していた。

 

「どうした! 逃げ惑うことしかできんか、貴様は! ああいいだろう! 貴様が逃げるというのなら、俺は全てを鏖にするまでだ! 次があると思うなよ――聞こえているか、()()!! 貴様を滅ぼそうとする神威は此処に居るぞ! この星に、この宇宙に、この世界に救いなどあるものか! 此処で死ね、此処で滅べ、此処が貴様の終着点だ!」

 夜闇に響く邪神の咆哮。

 

 それを背に受けながら、耳にしながらエヌラスはただ奥歯を噛みしめる。

 今はただ、状況を整えるしかできない。

 あの邪神は、自分を殺すためだけに術式を整えていた。完全にこちらの手を読んでいる。

 ならば、それを上回るだけの魔術で対抗するだけのことだ。だが――、それすらあの怪物は上回るだろう。

 奥歯が砕けそうなほど食い縛る。

 悔しくて堪らない。悔しくて、悔しくて、憎くて憎くてたまらない。

 追いかけても追いかけても、届くことのない背中を彷彿とさせる。

 それが、エヌラスにとっては不愉快極まりなかった。

 あの人の弟子として、絶対に諦めるものか――。

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