【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百四六幕 烈光

 

 

 

 激化する戦闘は、山々を粉砕し、時には灰燼と化しながら場所を変えていた。一向に戦況を打破する手段が見出だせず防戦一方のエヌラスは邪神の攻撃を凌ぐので精一杯だった。

 両足に宿したクトゥグアとイタクァによる一撃はこちらの火力を大いに上回っている。

 蹴り飛ばされたエヌラスが天門山の石畳の上に叩きつけられて吐血しながらも体勢を整えて更に勢いをつけて飛び下がる。一瞬前まで立っていた場所に邪神が烈光を放つ拳を叩きつければ、瞬く間に灰が舞い上がった。

 “消滅”したかと錯覚するほどの速度で、物質を変換させているのかともエヌラスは考えたがどうやら違うようだ。単なる物質変換による魔術ならば簡単な話だが、炎や氷といったものですら消滅させている点から見るにどうやら別な方法で灰にしている。

 その術式を解析しようにも、あまりにも展開速度が速すぎる。目にも止まらぬ速度での術理展開だけでなく光量もさることながら、直視するには余りにリスクが大きすぎた。左眼だけは魔術回路による効能が大きく、邪神の烈光を見る度に目蓋が痙攣する。

 実質、片眼で相手をしているようなものだ。

 

 右脚のクトゥグア。左足のイタクァ。そして両腕の烈光。その全てを超えた先にあるのは、強靭な邪神の肉体。それらを上回る破壊力であれば――、手段はある。だが、果たしてそれが通用するほど悠長な相手か。

 近接必滅呪法――、だがそれを地上で放てばどれほどの被害をもたらすのか知っている。異界からの“無限熱量”を叩き込まれて焼滅を免れられる相手など存在しないはずだが、しかし。

 かつて一度、この近接必滅呪法を打ち込まれたその上で。術式を逆算して解呪した怪物を知っている。未だに覚えている――それこそは恩師だ。

 どれほどに強力な魔術であろうと。構成論理が杜撰であれば瞬く間に掻い潜られてしまう。手酷い反撃を受けることになるというのは、身を持って痛感している。

 

 二挺拳銃が魔弾を次々と吐き出す。しかしそのことごとくを正面から拳で消滅させて距離を詰めてくる邪神が石壇をクトゥグアで粉砕して蹴り上げた。

 灼熱の飛礫を打ち出してくる。それを魔術で防御するが、イタクァによる冷気を纏った暴風で自らを蹴り出して一瞬の内に切迫すると蹴りの一撃で破壊された。右脚で爆炎を放ち、宙で方向を変えると炎を纏わせた浴びせ蹴りが強烈に叩き込まれる。

 真紅の炎から突き飛ばされて、肩を押さえながらエヌラスが毒づく。

 

 極限環境下における生存率を引き上げるはずのサイバネティクスコートだったが、流石に邪神による神性の一撃は防ぎきれずに繊維が焼き切れていた。もはや、こうなってはボロ雑巾も同然だが、それでも無いよりはマシ程度の代物だ。

 

「クソ――ッ!」

 肉の焼ける音に目を向ければ、一撃を受けた右肩から魔術回路に向けて“汚染”されている。神経毒にも似た痺れが右腕に広がり、エヌラスの顔から嫌な汗が吹き出した。

 

「貴様の扱う器物、呪術兵装はあくまでも人間の手で扱えるレベルにまで神格を落とした物だ。だが俺のは違う。この肉体がその呪術兵装にも勝る“武装”だ」

「っ……おぉ――!!」

 右手の魔術刻印を発動させて、エヌラスが自らの魔術回路を暴走させて汚染物質を焼き払う。内側から爆ぜる右肩の肉に混じって血しぶきが上がった。その損傷を銀鍵守護器官が再生させていく。

 限りなく原種に近い猛威を振るう神性の一撃はそれだけであらゆる魔術を灰燼に帰す。烈光を纏う灰塵の邪神が迫る。

 歯を食い縛り、自分の体に磁気を纏って相手の攻撃をいなす。しかし、光に触れるだけで倭刀は分解され、僅かに接触したサイバネコートも抉られるように消失していた。

 新たに刃を鍛造する間も与えずに、蹴撃が嵐のように迫る。防ぐこともままならず、今度は左脚の蹴りをまともに胴で受けて宙高く吹き飛ばされて急な斜面の階段を転げ落ちた。

 

「ガッ、くっ――!!」

 肺が凍りついたかのように、鋭い痛みを訴えてくる。右手を自分の胸に当てて表面の肉ごと爆破することで体内への侵入を防ぐことに成功した。衝撃に肋骨が何本か悲鳴を挙げていたが、それを押し黙らせる。

 左手で辛うじて握っていた倭刀の鞘を帯電させて常に備えておくが、超電磁抜刀術(レールガン)が通用しないことは百も承知だ。

 完全に打つ手がない。

 

「貴様程度に負けた連中など、邪神の面汚しも同然だな。邪神狩りなど、自惚れるなよ魔術師風情が。貴様など人間のフリをしているだけだろうに」

「うる、せぇ……こちとら一身上の都合で人間の味方してるだけだ。テメェ等殺せりゃそれで十分だっつうの」

「なら、そうすればいいだろう。実際、貴様は本来の力を引き出せていない。手加減のつもりか? この俺に傷一つ満足につけられん程度だと言うのに」

「…………」

 苦虫を噛み潰したように、表情が渋るエヌラスを見て、邪神が破顔した。

 

「ああそうか。貴様は全力を出さないのではなく、()()()()()()()のか。だからその程度で行き詰まっているのか。まったく、実に――癇に障る奴だ」

 何がそこまで気に食わないのか、邪神が石段を蹴りつける。赤熱化していく石段は斜面に沿って徐々に徐々に下流へ向かって流れていく。それは規模を広げながらエヌラスの前まで熱風を運んでいた。

 

「貴様が本気でくるならばまだいいだろう。こちらも正面から全力を持って消滅させてやる。だが今の貴様はなんだ? 手加減をした、その上でこの俺を封神させると? 甚だ不愉快極まる奴だな」

「…………、」

 人の気も知らずに言いたい放題言ってくれる――、グッと言葉を堪えてエヌラスは魔術に意識を集中させる。

 

「ああ気に食わん。ああ気に入らん。ああ、実に、全くもって度し難い」

 腹に据えかねた怒りが陽炎となって吹き荒れる。目に見える程の赤い灼熱の風が風上より吹き下ろしてくる。吸い込むだけで肺が焼け付くような熱風。

 足元を拳で殴りつければ、大地が揺らぐ。波打つ斜面が溶岩を跳ね上げて、それはエヌラスを飲み込もうと土石流のような勢いで迫っていた。

 

 すかさず超電磁抜刀術・壱式“迅雷”で横薙ぎにして切り払いながら飛び下がる。しかし、その斬撃の隙間から見た邪神は大きく足を開いて腰を落とし、拳を構えていた。

 烈光が揺らめく。赤く、紅く――炎の神性を纏わせて。

 

()()()()――!!」

 空気を震わせる咆哮と共に邪神の拳が空を叩いた。爆炎を引き連れて迫る烈光がエヌラスの体を穿つ。貫かれた身体を内側から爆発させながら、風の神性が空気の壁を叩きつけた。

 木の葉のように吹き飛ばされていくエヌラスの事を見逃さず、口端から白い息を吐き出しながら邪神が湯気を上げる拳を払う。

 

「貴様を殺したその後で、“黒い月”を破壊する。その後だ。この俺を謀る次元神は、その後に消滅させてやるとも――」

 

 (みなごろし)だ。何一つ許さない。誰一人生かしておかない。

 時間と空間の辺獄、僻地にただ独り放っておけばいいものを――それをあの神は。

 歯軋りと共に怒りを飲み込みながら、邪神は赤く茹だった斜面を歩いていく。

 だが――それからエヌラスの事をどれだけ探そうとも見つけ出すことは敵わなかった。

 敵前逃亡を敗北と笑うつもりはない。あの程度で死んでいたのならば、コレまで数多くの邪神を葬り去ってこなかった。

 それを同類だとは思わない。ただ、神格に泥を塗った敗者と吐き捨てる。

 不意に足を止めれば、空が白んできていた。

 それほどまでにあの男を仕留める時間を要したことに、ますます腹を立てる。

 嗚呼、忌々しい。小憎たらしい、あの魔術師め。

 次はない。次は生かして帰さない。

 貴様のような絶望、吹けば飛ぶ泡沫の如く脆弱さだというのに。

 邪神はそのまま、何事もなかったかのように天門山から下山して霧の中へと姿を消した。

 

 残るのはただ暴虐の嵐。全てを破壊して、滅ぼして。なお、まだ止まない邪神の爪痕。

 

 

 

 ――ハンティングホラーとニトクリスの鏡を使って邪神の探知から逃れながら、エヌラスは夜明けと同時に日本に帰還する。

 なんとか見慣れた街並みが見えてきたところで、隣町のビルの屋上にへたり込んだ。

 全身から熱気が止まない。まるで熱病に冒されたように頭が回らない。体内を駆け巡る邪神の毒素を、クトゥグアの熱で焼き尽くしていく。銀鍵守護器官による再生能力を上回らない程度に出力を調整しながら、血液を熱消毒する。地獄の責め苦にも似た拷問のような時間は、過ぎ去るのがあまりに遅く感じられた。

 不意に、ポケットに入れていたD-Phoneが着信音を鳴らす。こんな朝から誰かと液晶画面を見れば、その相手は月島まりなだった。

 

(こんな時に誰だよちくしょう――!)

 深く息を吸い込み、整息すると電話を取る。

 

「――もしもし?」

『もしもーし。お、早起きだねーエヌラスさん』

「まりなさんこそ――、こんな朝から、俺に何か用でも?」

『なんか調子悪そうだけど、大丈夫?』

「まぁ……ちょっと、風邪を引いたのか熱っぽくて」

 嘘ではない。だが本当のことでもない。

 

『風邪引くんですか?』

「……俺のこと馬鹿にしてません?」

『あはは。まさかー。少し意外に思っただけです。今日のバイト、早番だけど……大丈夫そうかな?』

「……ちょっと、厳しいですね。昼まで様子を見るつもりです」

『そっかぁ。でも無理そうだったらすぐオーナーとかに知らせてね。イベントに向けての話もあるから』

「わかりました……」

 呼吸ですらままならず、焼けつくニオイにむせる。喉の違和感に吐き出せば、それは体内から排出された焦げた体組織だった。喉が焼けるような感覚に何度か咳き込む。

 

『本当に大丈夫?』

「えぇ、まぁ……。心配だったらお見舞いとか頼んでも?」

『んー、お見舞いに行きたいのは山々だけど。女の子は忙しいので』

「ですよね……大人しく寝てます」

『そうしてください。それじゃ、また後で』

「はい、失礼します――」

 通話を終了してから、大きく咳き込んで吐血する。まるで硫酸のように湯気を立たせる自分の血液を見て、手の甲で口元を拭う。体内に入り込んだ邪神の神経毒が魔術回路を汚染している。そのせいで左眼と右腕が思うように動かない。感覚が鈍く、気を抜くと目蓋が痙攣する。

 ――ほぼ、敗北と言っても良い。

 戦術的撤退と自分に言い聞かせても、それでも。

 傷一つつけることも敵わなかった現実が、重くのしかかる。

 

「……クソが……!!」

 あそこなら、誰もいなかった。誰一人巻き込むことなく、倒す事ができたかも知れない。

 しかし……その為の手段を用いれば、どうなるか解っている。

 この星は、どんどん壊れていく。ただの一撃であったとしても、それはこの宇宙の異常を招くに違いなかった。

 そうなれば、誰が被害を受けるのか。元より自分は、この世界の異常だ。立ち去れば済むだけの話だが――最初からこの星で生まれて、育って、死んでいくだけの人間が苦しむ。

 手に負えない怪異と、化物と、邪神とその眷属に追われて、脅かされてしまう。

 そんな世界にだけは、絶対にさせない。

 それだけは、命に代えても阻止しなければならない。

 例え仮初であったとしても、今の自分は教師なのだから。

 夢に向かって真っ直ぐ歩けるように、彼女たちの背中を押してやらなければならない。

 痛いのも、怖いのも、辛いのも全部――自分が引き受ければいいだけのことだ。

 ()()()()()()()()()()。泣いて、悔やんで、立ち止まっている暇などない。

 道を踏み外していたとしても、この選択肢を選んだのはあの日の自分だ。

 ――あの日、一緒にいたはずの少女達の顔も、名前も思い出せなくなってしまった。

 それでも、いつかもう一度会いたい。

 またいつの日か、会えると信じてこの旅路を続けている。

 

 崩折れていた身体を押し上げて、エヌラスは朝焼けの街の空を駆け出した。ビル群を跳び移りながら、人目を避ける。

 烈光の邪神を殺す術を考えながら、一日の始まりを告げる朝日を怨めしく睨んでいた。

 ――叶わぬ願いなら、このまま終わらずに平和な日々が続けばいいのに。そう思いながら。

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