【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百五一幕 Roseliaの練習見学

 

 

 

 ――ライブハウス『CiRCLE』前のカフェで、友希那とリサは他のメンバーが来るまでの間待つことにした。

 紗夜と燐子が来て、それから遅れてあこがやってくる。隣には初めて見る男の子がいた。右も左もわからず、興味深そうに周囲を見渡している。此処がどういった場所なのかもわかっていないようだ。

 

「お、来たねーあこ。その子は? まさか彼氏?」

「……! あ、あこちゃんの……?」

「違うよリサ姉!? 家で保護してる、迷子のるーくん!」

「るー……?」

(彼氏じゃなかったんだ……)

 一人胸をなでおろす燐子だが、それはそれとして。

 あこの話では、極端に無口で一言も喋らないが、とても良い子。今朝も起こしてもらったらしい――遅くまでネトゲをしていたと証言して紗夜から早速注意を受ける。

 その一方で、リサはあこが連れてきたるーに興味津々といった様子だ。

 

「こんにちはー」

「…………」

「あー、そっか。喋らないんだっけ。ごめんごめん。んー、となるとどうやってコミュニケーション取ろうかな……」

「えっと……筆談、とかどうでしょうか?」

「お、いいね。ナイスアイディア」

 早速リサがメモ帳に文章を書き込んで手渡す。同じように文章を書くものの――難解で複雑な文字列に解読を断念した。英文のような構造をしているが、紗夜もこれにはお手上げである。

 

「なんか友希那に似てない?」

「……そうかしら」

「うん。ほら、髪の色とかさ」

「今井さんに言われてみれば、そうですね」

「…………」

「髪の毛サラサラだし、なんか借りてきた猫みたいだね、この子」

「猫…………」

 

 ――友希那の脳裏にチラつくのは、将軍猫。その子息であるロシアンブルーキャット。

 

「…………」

 ジッと見つめ合う二人。手を差し出して、友希那が頭を撫でてみる。確かに、髪の毛の手触りは男の子とは思えないほど繊細だ。髪の毛の一本一本が波のように揺れる。

 

「………………」

「――友希那ー、おーい。聞いてる? るーくんの頭撫でて止まってるけどどうしたの?」

「……とても撫で心地がいいわ」

「え、そうなの。るーくん、アタシも撫でてみていい?」

 リサに尋ねられて、静かにるーが頷いた。

 

「ありがと。どれどれー、うわ。ホントだ! すっごい髪の毛サラッサラ!」

 興味を惹かれて、紗夜も燐子も頭を撫でる。特に嫌がる様子もなく、大人しく撫でられていたが、それにあこが頬を膨らませていた。

 

「確かに、これは……良いですね」

(ずっと撫でてたら、怒るかな……)

「もー、みんなでるーくんのこと撫でてズルいー。あこも!」

「あ、ごめんね……あこちゃん……」

「むー」

 燐子があこの頭を撫でるが、そうではないらしい。それでも撫でられて機嫌をすぐに良くしていた。それを見ていたるーもあこの頭を撫でる。

 

「わ……!?」

「…………」

「お、やるねー。もしかして、あこのこと慰めようと?」

 るーはそれに少しだけ間を置いて、やがて頷いた。

 

「あこちゃん。どうしてこの子を……?」

「るーくんに街のこと色々教えてあげようと思って連れてきたんだ。折角だから『CiRCLE』とかも紹介しようかなーって! それに、ここならエヌラスさんもいるし」

「だってさ、友希那。今日くらいはアタシ達の練習を見せてあげてもよくない?」

「……あまり気は進まないわね」

「まぁまぁ。そう言わずに、いてくれた方があこもいつも以上にやる気になると思うしさ」

「…………そこまで言うなら仕方ないわね」

 練習の邪魔だけはしないように、とリサが忠告すると静かに静かに首を縦に振る。その頭を撫でてから、リサは持ってきていたクッキーを手渡した。本当はエヌラスにも差し入れとして余計に持ってきたのだが、生憎と今日は来ていない。休みというわけではないようだが、急用が出来たという話だ。

 それにはまりなも困ったようにため息をついている。

 

「最近のエヌラスさんは突然の休みが多くなって困ってるの。元々シフトはそれほど多く入ってなかったけれども、いてくれるとすごく仕事が捗るんだけどなー。此処の男性スタッフは貴重だから」

「あ、そういう……」

 好意的とかそういう意味ではなく、戦力的な意味で。ただ、それでも様子がおかしい事をまりなは気にかけている。

 

「何があったのかー、とか。全然話してくれないからちょっとは心配してあげてるんだけど……機会があったらみんなからもお願いね」

「はい。わかりました」

「うんうん、ありがとう。それじゃスタジオ練習頑張ってね。……ところで、その子は?」

 案の定、呼び止められるものの見学希望者ということで通してもらった。それと色々事情がることも説明される。例外が身近にいるだけに断りきれない。

 『Roselia』の練習を見学するとは、ガールズバンドに興味があるのだろう。

 

「……今の女の子だったかしら」

「え。多分……そうだと思いますけど」

 それとなく受付のスタッフに聞いてみる。

 

 

 

 スタジオに入るなり、まずは本日の練習する楽曲について。次回のライブに向けた曲を決めてから取り掛かる。るーはあこの隣で座って聞いていた。なぜか正座している。巴から座って待つようにという話を聞いてからというもの、律儀にその言葉を守っていた。

 

「――、という流れでいいかしら?」

「オッケー☆」

「はい、構いません」

「わ、わたしも……それでいいと思います」

「あこもオッケーです!」

「…………」

 るーもとりあえず頷いている。リサから貰ったクッキーを手にして、練習の邪魔にならない場所に再び腰を下ろした。やはり正座をして。それを見ていたリサが声をかける。

 

「えっとー、その座り方だと足がつらくなるよ? もっと楽にしていいからさ。リラックスリラックス」

「…………」

 小首を傾げながらも、三角座りに変更。

 

「いい子だねー、ホント。なんか友希那の弟みたい」

「リサ。変なこと言わないで、早く位置について」

「んー、今日はご機嫌斜め気味だねー……」

「るーくーん! あこ頑張るねー!」

 ドラムスティックを振り回しながら、あこが手を振っていた。それに小さく手を振り返す。

 

「……それじゃ、始めるわよ」

 見学者がいても練習の厳しさは変わらない。何度繰り返しても目指している高みに届くまで決して完璧だとは――、声を張る友希那の脳裏に、黄金の怪物がよぎる。

 その姿をかき消すように歌を続ける。練習は本番のように、本番は練習のように。

 

 ――練習開始から、一時間が経過する。

 スタジオの熱気にすっかり汗を流し、タオルで拭いながらも水分補給を欠かさない。

 途中、ミスをした箇所を集中的に合わせながら友希那は次の楽曲の練習に入る前に休憩を挟むことにした。

 その間、るーはずっと『Roselia』の練習を黙って見学していた。まるで置物のように。最初こそ燐子も気にしていたが、途中からすっかり存在感を忘れていたほどだ。

 休憩に入るなり、あこが突っ込む勢いでるーの隣に腰を下ろす。

 

「るーくん、あこ達の練習どう? スゴイでしょ!」

「…………」

 すぐ頷く姿に、あこも疲れを忘れて満面の笑顔を見せていた。自慢気に胸を張ると、ドラムスティックを渡して手を引きながら立ち上がる。

 

「休憩している間、るーくんもちょっとやってみよ! だいじょーぶ、教えてあげるから」

「あこってば元気だねー」

 青春してるなー、と。まるで他人事のように眺めていたリサだったが、隣の紗夜が何か小難しい顔をしていた。

 

「どしたのー、紗夜。眉寄せて」

「……いえ。あの子は一体何者なのかと思いまして」

「迷子の外国人じゃないの?」

「それでも、普通はご両親が警察を尋ねているとは考えられませんか?」

「考えすぎじゃない?」

「…………」

 確かに、るーと紹介された子はおとなしい。それにちゃんと言うことを聞いている。人畜無害という言葉がこれほど似合うのもそういないだろう。だが――あの髪を見ていると、どうしてもあの双子を思い出す。

 妹を誑かした、凶星の双子。ティオとティア。あの二人がそうだった。一見して、無害そうな顔をして、無邪気に笑い、無垢な笑顔を見せてくる。しかしその実態は人の心に入り込むための甘いマスクでしかなかった。

 だから。氷川紗夜は、宇田川あこの連れてきた少年に対して少々の警戒心を持っている。

 あこから手取り足取り教えて貰いながら、ドラムを叩いていた。

 

「友希那さん、どうですか」

「……どうって聞かれても。その子、まだ初心者でしょ?」

「でも、一回教えただけでちゃんと叩けてますし。筋は悪くないと思うんですけど」

「そうね」

「物覚えがいい、のかな……るーくん……キーボード、弾いてみる?」

 燐子に誘われて、今度は鍵盤を弾き始める。たどたどしい手付きではあるものの、リズムは取れているようだ。数回繰り返し、一度手を止める。間を置いてから再度、弾くとあっという間に上達した手付きで弾いていた。それには友希那も驚いている。

 紗夜は動きを観察して、気づいた事があった。

 どうにも、動きが機械的だ。知らないから出来ないのであって、そのシステムを理解すれば人並みに出来る。天才肌のコンピューター、といった印象だ。プログラムを入力されていないので起動しない。

 

「……」

 先程の練習を見学していたのなら――もしかすると。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()?」

「…………」

 紗夜の言葉を反芻するように動きを止めて、それから……るーは、ドラムの位置についた。あこから借りたドラムスティックを手にして弾き始める。

 とても、さっきまで初心者であったとは思えない。曲を通して弾いてみせるが――違和感に友希那が首を傾げていた。

 

「最初にあこが間違えた場所と同じところを間違えているわね……」

「……なるほど。今ので確信できました」

 この子は、普通の子じゃない。

 少なくとも、自分達の手に負える相手じゃない。

 こんなにも――こんなにも、人間と同じ姿をして溶け込めるものなのかと背筋が凍る思いだった。しかし、この子は何が目的なのだろうか。こうして自分達に近づいて、あこと親睦を深めていることに何か意味があるのか。

 特にこれといった脅威も感じられない。

 小難しい顔をしている紗夜の眉間を、リサがつついた。

 

「紗夜ー? どうしたのー?」

「いえ、どうすべきかと考えていたところです」

「やーほら。例のオカルト事件だとしても、無害そうだし今はいいじゃん? 此処で騒ぎを大きくしてもアタシ達じゃどうしようもないんだしさ」

「……」

「かわいいし?」

 リサのどこか脳天気な物言いに毒気を抜かれて、紗夜がため息をつく。

 

「それにさ、ほら。いざって時はエヌラスさんが助けに来てくれるでしょ?」

「……そうですね」

 あこが目を輝かせながら、るーの手をとって振っている。疑うことを知らないのか、無邪気な笑顔を見せていた。

 

「るーくんすごーい!」

「…………」

 相変わらずの鉄面皮。驚くほど表情筋が硬い。だが無愛想という印象は感じられない。むしろどこか愛嬌すらあった。

 褒められて悪い気はしていないのか、雰囲気が柔らかく感じられた。

 

「……そろそろ練習を再開しましょう。いいかしら?」

「オッケー、友希那。るーくんと惚気けてないであこも位置について」

「はーい、リサ姉! 次はあこももっと頑張るから見ててね!」

(この子がすぐに頷いている、ということは……成程)

 どうやら、あこに対して心を開いているらしい。リサや紗夜が声を掛ける時よりも返事が早いということは、そういうことだろう。

 再び位置について、次の楽曲の練習を始める『Roselia』を、るーは壁際に腰を下ろして見学していた。

 ――今まで、音楽というものを聞いた事がなかった彼にとってそれは素晴らしい一時だった。

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