【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百五四幕 天文部合同合宿

 

 

 

 弦巻家の送迎リムジンに揺られること数十分。別荘が近くにある、ということもあって合宿の場所に選ばれたのは、街の近くにあった山だった。見晴らしも悪くない。都市とはいえ緑地化計画などでこうして保護された森林が残されているのはとてもありがたいことだ。

 エヌラス個人の欲を言うならば、植林ではなく天然の方が助かるのだが。

 

 茜色の空の下、こころと日菜が荷物を置いて待っていた。その背後には黒服達も待機している。それだけではない、今回は執事達がトランクを持ち寄っていた。中身はエヌラスから要求された部品。

 手ぶらでリムジンから降りたエヌラスを見るなり、こころが駆け寄ってくる。

 

「やっと来てくれたわ。日菜と一緒に楽しみに待っていたのよ」

「悪い悪い、こっちもバイト忙しくてな」

「あれ。エヌラスさん、手ぶらだけど大丈夫なの?」

「必要な荷物はハンティングホラーに預けてある」

 その場に屈んで、地面に手を触れるとその“角度”の隙間からハンティングホラーが手提げバッグを渡した。はたから見れば、まるで地面から取り出したように見えるだろう。

 

「エヌラス様。こちら、ご要望の品です。ご査収ください」

「無理言ってすまない」

「いえ。しかし、何に使うのですか?」

「ま、ちょっとした邪神対策」

 トランクを開けて、その中身を確認する。それが気になっていたのか、二人も覗き込んでいた。緩衝材に包まれた岩石や鉱石に疑問符を浮かべている。

 

「石?」

「ああ。実は金属よりも、物によっては鉱石の方が魔力の伝導率が高い場合がある。総じて高価な物になるから、繋ぎに使う」

 鉱石を持っていないわけではないが、手持ちで足りない分を弦巻家に調達してもらった。岩石も加工技術次第では化ける。

 

「確かに。この礼は、怪異退治で」

「はい。貴方にしか出来ないことですので、お願いします――その件についてですが、新たな情報がございます。詳細は、こちらの封筒に」

 エヌラスが差し出された封筒を受け取ると、執事たちは頭を下げて車へ乗り込んで去っていった。

 書類にしては、少々重みがある。相当量の束を渡してきたのだろう。おそらく、機密情報の類だ。政府が認可するわけにはいかない情報の数々がこの中には秘められている。確認したら処分しておくべきだろう。

 

「さて。それじゃあこっちの仕事は後回しで――まずは天文部の活動開始といくか」

「待ってました!」

「エヌラス、もうご飯は食べてきたのかしら?」

「ん? 言われてみりゃ、食ってねぇな。俺も忙しかったし」

「あら、そうなのね? それならまずは皆でお腹いっぱい食べなくちゃ!」

「さんせーい!」

「荷物も置いて来ないといけないしな……ま、そういうわけで今日はお世話になります」

 黒服達に会釈しながら、弦巻家が所有する別荘へ再びリムジンで移動する。その内装がちょっとしたホテルの個室のようなものだったが、エヌラスも見慣れたものだったので特に驚きはしなかった。反応に日菜が眉を寄せている。

 

「エヌラスさん、こういう高級車とか慣れてるの?」

「ああ。故郷の方だと公務で使ったりしたが、俺の場合バイク乗り回した方が早いからあんまり乗らない。車だとどうにも窮屈でな」

「へー、そうなんだ」

「あと、俺のメイドがアホみたいに車改造するのが好きでな……」

 地元じゃちょっとした走り屋として名高い。主に暴走車両(運転手含め)として。それと馬鹿みたいな耐久性能なので装甲車両と大差ない。そんなものが時速二百キロオーバーで突っ込んでくるものだからレースではブルドーザーのような勢いで蹴散らしていく。

 

「エヌラスのメイドさん、会ってみたいわ。どんな人達なのかしら」

「双子の姉妹。しっかり者の姉と天然危険物の妹――紗夜と日菜みたいなものだ」

「あたしそこまで危険じゃなくない?」

 自覚がない辺りとてもよく似ている。……あのメイドの方がブレーキパッド壊れたF1カー並の勢いがある上に、バカである点を除けば。全然似てないな、うん。

 

「悪い、日菜。お前の方が億万倍マシだったわ……」

「そこまで!?」

「でもエヌラスもちゃんとお仕事してるのね」

「言っておくが俺はめちゃくちゃ忙しいからな?」

 暇なようで、暇ではない。今現在も顧問としての職務中。いちゃついてるとか言うな。

 

 別荘に到着してから、まずは荷物を下ろす。当然、エヌラスはこころと日菜とは別室だ。夕飯の支度に取り掛かるとのことなので、それまで外に出て天体観測会。

 

「あ」

 外に出るなり、空を見上げた日菜が指をさした。その先にあるのは、一番星。

 

「見て見て! あれ! 一番星!」

「すごいじゃない日菜!」

「でしょー? ふふーん」

「よく見つけたな」

 エヌラスが素直に褒めると、日菜が目を丸くしていた。

 

「……なんだよ?」

「エヌラスさんが褒めてくれたから、ビックリしちゃった」

「大げさな」

「えー。だっていつもだったら「あっそ」とかで済ませそうなのに? なんで今日はちゃんと褒めてくれたの?」

「別にいいだろうが、そんなの」

「気になるんだもーん」

「日菜! あの星はなにかしら!」

「こころちゃんも見つけたの? えーとあの星は――」

 はしゃぐ二人の横で、エヌラスも夜空を見上げる。まだ日が落ちたばかりで瞬く星もまばらだ。澄んだ山の空気を吸い込みながら、考えを整理する。

 青々とした芝生の上に座り込み、エヌラスはそのまま大の字に寝転んだ。視界いっぱいに広がる星空を眺めながら、自分に残された時間と相談する。

 

(……思ったよりも、タイムリミットは近いかもな)

 アレを倒したその後で。次はどんな相手が来るのか。

 ぼんやりとした頭で月を見上げる。――言葉にできない不安が押し寄せてきた。圧倒的な違和感を感じ取り、網膜に魔力を集中させて可視化する。

 月面に、ヒビのようなものが入っていた。まるでテクスチャの崩れのように、薄っすらとだが――なにか、巨大な物が生まれようとしているかのように。

 月を見ていると、どうしても嫌な気分になる。楽天家の吸血鬼を思い出してしまうからだ。だから深く考えないようにしていたというのに、ままならない。

 そんな険しい表情のエヌラスを見下ろすようにして、こころが覗き込んできていた。

 

「エヌラス、お月さまを見上げてどうかしたの?」

「ちょっとな。昔のことを思い出してただけだ」

 金の髪に、キラキラとした金色の瞳。眩しい笑顔に、無邪気で元気の塊のようなこころの顔を見ていると自分のささやかな悩みなど、どこかに消えてしまう。――そんな笑顔に、つい手を伸ばしてしまった。頬に触れて、指先で撫でる。

 

「……? エヌラス、くすぐったいわ」

「――――ああ。悪い」

 僅かに触れた肌が、こんなにも温かい。この温もりも、何もかも。あの烈光は消し去ってしまうのだろう。滅ぼし尽くして、良しとしてしまうに違いない。

 それだけは、絶対にあってはならない。そんなことだけは絶対にさせない。

 エヌラスがこころの頬から手を離すと、日菜が隣に寝転がる。

 

「よいしょ! エヌラスさんの腕枕ゲットー!」

「日菜、お前な……」

「あたしも! それー!」

「ぬぅおぉん!?」

 逆側の腕がこころによって封じられた。両腕を枕にされてエヌラスは身動きが出来ない。だが当人達はまるでそれがベストポジションであるかのように動かなかった。

 三人仲良く満天の星空を眺める。

 

「あーもー、好きにしろ。まったくお前らは……」

「だってこれくらい強引にしないとエヌラスさんすぐ逃げちゃうし」

「そうだわ! 日菜、もっとくっついたらどうかしら? おっきなぬいぐるみを抱くとぐっすり眠れて、起きた時とってもスッキリするのよ」

「俺はぬいぐるみか……?」

「でもエヌラスにこうしてくっついていると、ドキドキが止まらなくて眠れそうにないわ。どうしてかしら?」

「なんででしょうね。解説の日菜さん、どう思われますかこの状況」

「あたしはエヌラスさんの匂い好きだからずっとこのままでもいいかなー」

「俺の話を地平線にかなぐり捨てやがるんじゃないよ」

 誰も俺を助けない。

 

「ねぇ、エヌラス」

「なんだー、現在俺の左腕を占領している弦巻こころちゃん」

「なんだか今のエヌラスは、とってもふわふわしてるわ。風船みたいに、何処かに飛んで行っちゃいそうで。だから、ちゃんとあたし達が掴んでいてあげるわね」

「…………」

 言い得て妙だ。風船とは。

 今の自分はそれほどまでに張り詰めていて、今にも弾け飛びそうに見えるだろうか? 少なくとも、こころにはそう見えているようだ。

 

「エヌラスさん。今日は天文部の顧問なんだから、オカルトハンターのお仕事は一旦休憩! 天体観測に集中してよ」

「あーもう、はいはい。わかりました。今だけだぞ? お前ら二人には敵わねぇな」

 そのまましばらくの間、三人で星を見つけては線で結んで星座を探して時間を過ごしていると、夕飯ができたという黒服の連絡に身体を起こす。

 

 

 

 天文部の合同合宿と言っても、結局、部員は両方合わせて二名しかいない。その面倒を見るだけの顧問というなら確かにさほど苦労はしない――その二人が際立った問題児でもなければの話だが。残念なことに此処に居るのはその貧乏くじを押しつけられた可哀想な魔術師のエヌラスだ。

 流星群でも見られればいいのだが、そんな気配はなく。何事もなく天体観測を続けていた。望遠鏡を覗き込みながら、日菜とこころがはしゃいでいる。微笑ましい風景に心を和ませながら、なにか思い出に残るような事でもしてやろうかと考え込む。

 

「これでよし。こころちゃん、これなら月がでっかく見えるよ」

「日菜、ありがとう! じゃあ早速見てみるわね」

「……なんか異常はないか?」

「? ないわよ? まんまるで、とってもおっきくて。でもウサギさんはいないのね」

「見られるのが恥ずかしくて隠れてるんじゃないか?」

「エヌラスさんが月まで行ってきたら出てきてくれるんじゃないかな?」

「お前は俺を無料のスペースシャトルと勘違いしてるんじゃないか?」

「でも前は隕石蹴り飛ばしてたよね? 地球からビューンって飛び立って」

「ああ、あれな。結構無茶したと思ってる」

 とはいえ。ああでもしなければこの街は最悪消滅していた。その話を聞いてキラキラと目を輝かせながらこころがエヌラスを見つめてくる。

 

「エヌラスって本当にスゴイのね! 美咲とは違ったドキドキをさせてくれて」

「……日菜。ちょっと月を見てくれないか?」

「いいけど、どうしたの?」

「いいから」

 日菜が望遠鏡を覗き込み、月を見つめていた。

 

「なにか気になるところはないか?」

「ううん、別に。よく知ってる月だけど」

「ちょいと失礼」

 エヌラスが見てみると、確かに月面にヒビが入っている。明らかに、何かおかしい。

 

 ――“黒い月”について貴様は何か知っているか。

 

(……そういえば、あいつは黒い月を気にしていた)

 おそらく邪神にとっても、完全に想定外の事態が起きている。それが、月を起因にしているのは明らかだ。それに気づいているのが自分だけということが尚更不安を掻き立てる。

 

「……エヌラスさん?」

「どうした、日菜。そんなむくれた顔で」

「はぁ。いいよ、もう」

「エヌラス、また難しい顔してるわよ?」

「…………あー、うん。そうだった。そうだったわ……悪いって。そんなに拗ねるな」

「なにか魔術見せてくれたら機嫌直してあげてもいいんだけどなー♪」

「この野郎……」

 手のひらで踊らされている気がしてならないが、その程度で機嫌を直してくれるというなら安いものだ。

 

「どんなのがいい?」

「あたし、ドキドキするものがいいわ! とーっても綺麗なもの!」

「それじゃ、あたしは珍しいの見たい!」

「なにその無理難題」

「えー? 出来ないって()()()()()の?」

「出来らぁ!!! やってやろうじゃねぇかこの野郎!!」

 エヌラスがムキになって左手の魔術刻印を発動させる。イタクァの風によって冷気を巻き起こし、それを夜空に向けて放つ。月明かりを浴びてキラキラと光りながらゆっくりと舞い降りてくるのは、雪の結晶だった。季節外れの、だが決して見ることのできない風景に二人が大はしゃぎしながら駆け出す。犬か君等は。

 

「うーむ、ついやっちまったがこんなもんでいいのか……」

 自分でやっておきながら反省。

 舞い散る結晶を見つめながらエヌラスは掌に乗せてみる。それは熱ですぐに溶けてしまったが、水滴を見て――光の屈折から着想を得た。それが、現在考えている対神兵装に搭載できるかどうか設計図と睨み合う。手間はかかるが不可能ではない。

 不可能は血と汗と魔力で補えばどうにでもなる。死ななきゃ勝てる。

 

「エヌラス、とっても綺麗だわ!」

「これ、お姉ちゃんにも見せてあげたいな。そうだ、写真撮ろうっと! 彩ちゃん達にも送ってあげなきゃ」

「はしゃぎすぎだろ……」

 日菜がスマフォで写真を撮り、それから二人が駆け寄ってくるとエヌラスを挟んで腕を組むなり自撮りを始めた。面食らいながら、画面と見つめ合う。

 

「えいっ」

 カシャッ――。

 シャッター音と共に、保存される写真にエヌラスが気づいた頃にはもうすでに遅かった。

 

「あ、日菜テメェ! おい今の写真消せ! 絶対に今間抜け面してたから!」

「えー、やだー。だって無防備なエヌラスさんなんて滅多に撮れるものじゃないし! 保存してパスパレトークルームに添付ー♪ そうしーんっ!」

「それならもう一枚撮ればいいんじゃないかしら?」

「ナイスこころちゃん! というわけでエヌラスさんにカメラ向けてー」

「おい待て今むけんな! 心の準備できてないんだから!」

「? あたしはいつでも準備万端よ?」

「はいチーズ♪」

「日菜ぁぁぁぁっ!!」

 天敵二人にどこまでも振り回されるだけの合同合宿だが、それでも日菜とこころにとって思い出に残ったのならそれだけでエヌラスには十分。

 ――それはそれとして、悪ふざけで撮影された写真は大半を削除した。しかし、エヌラスは知らない。

 日菜がオンラインストレージサービスを活用してその後こっそりと復元したことを。

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