【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百五五幕 穏やかな一夜

 

 

 

 ――天体観測会を切り上げて、弦巻家の別荘に戻ってからエヌラスは自分にあてがわれた寝室に戻り、執事から渡された資料を広げる。

 ブラックヒューマノイド……通称『ブラッド』の関連資料について。

 現場に付着していた成分不明の血痕の調査結果等がそこには添付されていた。

 

『限りなく人間の血液に酷似しているが、一部の含有成分は未知なるものとして調査をすすめるものとする――』

 その一文だけで、自分が人類とは似て非なるものであることを科学的に突きつけられる。

 おそらく、現代では解明不可能だろう。常用している薬物が体内で魔術反応を起こしているために、ほとんど抗体が出来ている。そのため濃度を徐々に引き上げていた。

 薬物中毒に近い。それでも劇薬の服用を止めるわけにはいかない。これから先、もっと服用回数が増えていくだろう。

 

「……化け物、か」

 魔術師であるよりも以前に、ソレだ。決して人とは相容れない怪物。そんな自分に対して日菜もこころも他と変わりないように接してくる。正直、正気を疑う。どんな神経をしているのか本当に理解に苦しむ。

 エヌラスは書類にざっと目を通していく。その中に、未知の文明が存在していることに気がついた。それは現在も解明されておらず、一部は近年に失われている。――ちらほらとエヌラスが壊したものもあったが。しかし、大半はブラックヒューマノイド関連と思われる事件ばかりが取り上げられていた。わざわざ翻訳したらしい。

 

「――――」

 魔導書の存在に、エヌラスの手が止まる。

 地球に現存するものは限られているが、それもつい最近盗難に遭っていた。犯人が自分ではないかと憶測が飛び交っているが、エヌラスは関与していない。

 ストーンヘンジの破壊活動、ピラミッドの破壊に、ナスカの地上絵が消失と――その規模はとても一個人が引き起こせるものではない。組織的な活動であると結論づけられているが、カルト教団も秘密結社も根こそぎ関係者が“行方不明”になっていた。

 魔導書……。確かに、それは魔術師の手にあって然るべき書物だ。エヌラスもかつてはそれを持っていた。大魔導師から強奪したものだが、そこに失われた命を復元する方法などどこにも載っていなかった。

 死霊秘術の書であっても、そんな手段は無い。失われたのなら、そこで終わりだ。

 ――だが。それでも。そうだとしても。繰り返される運命の中でなら、次がある。

 今がダメでも、次なら。次がダメなら、その先で。必ず運命を変えられるはずだと信じて――こんなところまで来てしまった。もう、行く場所も帰る場所もわからなくなるほどに。

 

 そもそもにして、エヌラスの魔術媒介は自分の血液だ。そこに魔導書以上の魔術の蓄積がある。“血液言語版”の魔導書こそが根底にある。

 尤も、そんな言語は()()()()()()()()()のだが。

 だからこそ、門外不出にして一子相伝の魔術だ。完成形と言っていい。欠点といえば、それを継承する相手が存在しないことだが、エヌラスはそれでいいと思っている。

 こんな物を、自分以外の誰かに使わせるわけにはいかない。

 

(……そういや、師匠は魔導書を肌見放さず持ってたな)

 何処に持っているのかは知らないが、常に所持している。本当にどこにしまっているのかわからない。むしろあの人の事はなんもわからない。

 大魔導師ですら、魔導書の力を借りている。そこだけは、本当に、信じられないことに真っ当な魔術師らしい。が、そこから展開される魔術の数々は理解に苦しむ。

 烈光の邪神が扱う魔術も、自分と似通っていることからおそらくはその文献に類するものだろう。となれば、ある程度は見当がつくものだが……残念なことにエヌラスはそれに心当たりはなかった。そもそも書物というのは、改稿しかり改訂しかり、添削しかり何なりと出来る。

 その魔導書さえ奪えれば、大幅に弱体化は可能だろう。問題はそれをどうするかだが、結局のところやることはいつもと何一つ変わらない。

 

 要は、自分が死ぬ前に相手を殺しきればいいだけのことだ。

 

 エヌラスは資料をまとめて、執事から受け取った石を広げる。それから、ハンティングホラーに預けていた天雷の残骸を取り出した。その繋ぎに擦り切れたサイバネコートを用いているために見てくれはあまり良くないが、そんなものを気にしている場合ではない。

 早速作業を開始しようと道具を用意すると、扉がノックされた。

 

「エヌラスさーん! お風呂入ろ!」

「背中の洗いっこしましょう!」

「勝手に風呂入ってこい」

 着替えを持った日菜とこころがいたが、即座に扉を閉める。ところが、しつこくノックを繰り返されるものだからエヌラスも作業どころではない。

 

「あー、もー、しつけぇな! なんで俺と風呂なんか入りたがるんだよ!」

「こころちゃんとは一緒にお風呂入ったのに?」

 喋ったのかお前。という恨めしい視線もなんのその、自慢気に胸を張るこころに何一つ悪気も悪意もない。無垢な瞳で小首をかしげる。

 

「あたしもエヌラスさんに背中とか流してほしいなー」

「そんなことしたら俺が紗夜になんて言われるかわからんだろうが……あとお前のことだから絶対に誰かに喋るだろうし」

「それが何か問題かしら?」

「そうねー、問題ねー、超問題になるからねーこころ」

「どうして?」

「どうしてって、そりゃあ……まぁ……あー……どうすっかなぁ……」

 ここで押し問答をしているくらいならば、いっそのこと手短に済ませた方がいいかもしれない。今は時間が惜しい。

 それに、こうしていられる時間も残り少ない。今さら問題のひとつやふたつ増えたところで何だというのか。

 

「……風呂入ったらすぐ寝ろよ?」

「いいの?」

「誘ったのお前だろうがよ……」

「エヌラスさんのことだからもっと嫌がると思ってたのに」

「気が変わっただけだ」

 

 

 

 ――浴室で背中を流し合い、髪を洗って、それから湯船に浸かる。

 なぜか、ぴったりと二人が身体をくっつけてくることにエヌラスは眉を寄せていた。

 ログハウスの内装を崩さない檜風呂。和洋折衷ではあるが、それも現代日本においてはそれほど珍しくもない。ただ、少々大きいというだけだ。弦巻家の底知れない財力に疑問を抱きながらも、バスタオル一枚で寄りかかってくる日菜とこころの扱いに困る。

 

「…………」

「人の顔を見てどうした、こころ」

「えいっ」

 むに、と。眉間のシワを伸ばすようにこころが指でつついてきた。

 

「エヌラス、なんだかとっても難しい顔をしているわ。日菜と居る時も、あたしと居る時も。さっきからずっとよ?」

「……ちょっと考え事してるだけだ」

「さっき部屋の中に見たことない物たくさんあったけど、そのせい?」

「アレのせいだな。今ちょっと頭悩ませてるんだ」

「そんなにこわい顔をしていたら、うまくいかないわよ」

「怖い顔は生まれつきだ」

「じゃあ笑顔になれないわけじゃないのね。あたし、エヌラスが笑っているところ見たことがないわ」

「あたしもー」

「……日本に来てから、愛想笑いくらいしかしてねーな」

 最後に心の底から笑ったのはいつだろう。日本に来るよりもずっと前から、地球に来る以前から――。

 それを咎められるとは思いもしなかった。自分の笑顔なんてみたところで何も面白くもないだろうに。こころはそうではないらしい。頬に手を伸ばして、口角を釣り上げさせた。

 お返しとばかりにエヌラスもこころのほっぺたを持ち上げる。

 

「エヌラスの笑顔は、どうしたら見れるのかしら? ねぇ日菜」

「くすぐったら笑ってくれるんじゃないかな?」

「やめんか貴様ら。大体、笑顔なんて強要するものじゃないだろ。自然となるもんだ――、だから。俺が笑えるようになるまで、待っててくれ」

「いつか見れるかしら?」

「……そうだな。次のイベントが終わる頃にでも」

「それなら、エヌラス。約束してくれる?」

「ああ。約束する――」

 この笑顔を、裏切るわけにはいかない。失うわけにもいかない。

 ――どうしても、彼女の笑顔を思い出す。心底幸せそうに笑う、最初で最後の恋人を。

 

「そういえば日菜。パスパレは次のライブ出ないのか?」

「んー、あたしも彩ちゃんも出る気満々なんだけど、事務所の都合でちょっと難しくて」

「番組の撮影とかあるもんな」

「そうなんだよねー。何とか予定を前倒しにしてもらえないか掛け合ってるんだけど、今回はちょっと無理かも」

「そりゃ残念だ。盛り上がりそうなのに」

「エヌラスさんがあたし達の代わりに歌って踊ってくれたらそっちには出れるかもよ?」

「無茶言うなや」

「それ、とっても面白そうだわ! 香澄達と歌った時のエヌラス、すごく素敵だったもの!」

「……ほら見ろ、どうすんだ日菜」

 弦巻さんがメチャクチャ乗り気になってしまったぞ。

 

「てへぺろっ☆」

「ちくしょう。かわいいから許す」

 ちょっとムカついたけども。

 

「こころ? 流石の俺もそれは出来ないからな。大体俺もイベントスタッフとして駆り出されるんだから無理を言うな」

「魔術で分身とか出来ないの?」

「できねぇよ。無茶言うな。なんでもかんでも魔術で解決すると思ったら大間違いだ。それができたら苦労してない」

 できたとしても苦労は変わらないし疲労感は倍になるので結局何一つ解決しない。

 

「エヌラスの歌、もう一度聞きたいわ」

「……やだ」

「どうして?」

「恥ずかしいから嫌だ」

「そう? あたしは歌うの好きよ?」

「……魔術師にとって、歌うってのは特別な意味を持つんだよ。そうでなくても、俺は個人的にあんまり歌いたくない理由がある」

「そうなんだ」

「ああ。歌ってると、どうしても――昔の恋人を思い出す」

 歌うのが好きだった。子守唄でも、なんでも。酒場で歌姫を勤めることもあった。

 公園で子どもたちと一緒に合唱することも好きで、迎えに行ったこともある。

 治安の悪い国だったが、不思議と荒事や揉め事とは縁のない生活を送っていた。多分、巻き込まれたとしてもあんまり自覚はしていなかったのだろうが。

 自分が音楽に触れる切っ掛けでもあった。

 いつか一緒に歌える日が来るといいね――そんな話を、照れ臭そうに笑いながらしていたこともある。確かその時は、恥ずかしくて断った。

 代わりに、いつか自分が曲を作るから歌ってくれと。

 結局、叶うことはなかった。

 

「……のぼせる前に、先に上がる。二人も早く寝ろよ?」

 エヌラスは一足先に浴室を後にして寝室へ戻る。

 

 

 

 どういうわけか。

 パジャマに着替えた日菜とこころが部屋に押しかけてきた。

 

「寝ろって言ったろうが!?」

「? 一緒に寝ないの?」

「俺はやることあるんだよ。見ればわかるだろ、この作業道具広げてる状況を」

「見ててもいい?」

「……邪魔はするなよ」

 言うだけ無駄だろうし、おそらく途中で飽きて眠るだろう。こころはすでにベッドの上でうつらうつらと眠そうにしていた。

 

「日菜。こころが倒れないようにだけ支えてやってくれ」

「はーい」

「……んー……、んぅ……」

 そんな二人のことを気にかけながらも、エヌラスは自分の作業に集中する。

 その横顔をジッと見つめていた日菜も日付を跨いだ辺りから眠気を覚えたのか少しずつ頭を揺らし始めていた。眠りにつくまで、そう時間はかからなかった。

 エヌラスはキリのいいところで一度作業を中断し、二人を寝かせて毛布をかけると音を立てないようにバルコニーで一服。ドラッグシガーを吸い終えてから作業を再開した。

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