――『Galaxy Circuit!!』の開催日が迫る最中、エヌラスは香澄達の前に出る頻度が減っていった。それでも『CiRCLE』のカフェで接客をしている姿は相変わらず見かけられる。
天文部の合同合宿を終えてからというもの、日菜とこころからも距離を置いていた。
つい最近、羽沢珈琲店に足を運んで一服して以来、街中どこを探し回っても見当たらない。部屋の灯りも消えており、家に帰っているのかも甚だ怪しいところだ。
「…………」
羽丘女子学園の生徒会室。スマフォの画面を見つめながら休憩している日菜の横で、つぐみがせっせとサインをしている。
「日菜先輩、何を見ているんですか?」
「合宿の時の写真。見る?」
「いいんですか? じゃあ、ちょっとだけ」
そこには、こころとエヌラスのツーショットだけでなく。三人で肩を並べておしくらまんじゅうよろしく、密着した写真。どれもこれも仏頂面のエヌラスの顔に、思わずつぐみが笑ってしまう。
「エヌラス先生、本当に笑わないですね」
「うん、そうなんだよね。ずーっとこんな調子だったし、一晩中物騒なもの作ってたよ? ほらこれー」
日菜が見せた一枚。
仮眠を取っているエヌラスの寝顔も目を引くが、それ以上に床一面に広げられている石材や宝石に似た物が並べられている。部品単位で置かれているせいでその完成形が把握できないがエヌラスが左腕に試着していた篭手から甲冑らしきものだと想像できた。
「こころちゃんが起きた時にはきれいさっぱりなくなってたけど。本当に便利だよねー、魔術って。きっと部屋の中とか綺麗なんだろなー」
「ど、どうなんでしょうね……」
「そういえば、そろそろ例のライブイベント開催だけど。つぐちゃん達の方はどう?」
「えっと、いつも通りって感じです。前日にスタジオ練習で合わせる予定になってて」
「そうなんだ。お姉ちゃんも今回は気合入れてたなー」
「紗夜さんが?」
「うん」
その理由も日菜には心当たりがある。写真を見せてからというもの、やたらと機嫌が悪い。ストレスのはけ口としてギターの練習に打ち込んでいるからだ。ヤキモチとかではなく、問い詰めようにも行方を眩ませている。唯一接触の機会である『CiRCLE』も避けているかのように姿が見えない。
その気になれば、明日にでも姿を消すことだってできるだろう。本来、出会うはずがなかった人だ。日本に永住するつもりもなければ、不法滞在もいいところだ。
「……もし、エヌラスさんがいなくなっちゃったらどうなるんでしょう」
「その時が来たら、前みたいに戻るだけじゃない?」
「寂しいって思わないんですか、日菜先輩」
「んー、勿体ないって気はするかな。でもずっと一緒にいたいって思うし、やっぱりエヌラスさんの故郷とか一度でいいから旅行してみたいしなー。魔術も教えてもらいたいし」
未練がないと言ったら嘘になる。だが、ふらりといなくなったとしても。きっとまた、ふらりと戻ってくる気がする。確証なんて何処にもないけれど、約束なんてしていないけれど。本当は自分がそう思い込みたいだけかもしれないけど――。
「でも、エヌラスさんだし? 野良猫みたいにフラッと戻ってくると思うんだよね」
「確かにそんな気もしますけど……」
「さーて休憩おしまい! ちゃちゃっと片付けちゃおっか、つぐちゃん」
「はい! こっちのは終わってるので、後はこれだけですね」
茜色に染まる生徒会室で、いつもの一日が終わろうとしている。
――商店街を、一人の少年が歩く。
手には、メモの切れ端。それとエコバッグ。ポケットには財布。
宇田川家のおつかいを頼まれたるーが一人で街を歩いていた。
あこに案内されたので、一通り商店街の施設は覚えている。
メモに目を通す――「今夜は鍋!」と。大きく書かれていた。巴とあこのライブの成功を祈って豪勢にするつもりらしい。そのためか、少々大金を渡されている。
下の方に「お釣りでお菓子買ってきてもいいよ」と書き足されている。
お菓子……お菓子――、るーの頭に浮かんだのはカップケーキ。買えたら、買おう。
密かに心に決めて、まずは野菜から。
八百屋で一通り鍋の具材を揃え、それから添え物の天ぷらを作る為の山菜も買っておく。言葉にしなくても、どうやら伝わったらしい。宇田川家で世話になっている迷子、という話に落ち着いている。
「はい、こっちはオマケ! 遠慮せず持っていきな!」
「…………」
予定した量よりもだいぶかさ増しになってしまった。無いよりはマシかと、頭を下げる。すると、わしゃわしゃと少し雑だが、どこか親しみの感じられる手で頭を撫でられた。
「宇田川さん家によろしく言っといてくれー」
その足で今度は精肉店に向かう。最後にもう一度だけ会釈しておいた。
人通りの多い街並みを歩く。この時間帯では仕事帰りの社会人も多く足を運ぶようだ。
できるだけ早い内に買い物を済ませてしまおうと精肉店の前で立ち止まると、芳しい香りに誘われて視線がつられてしまう。
やまぶきベーカリーを見つめていると、同じ制服を着込んだ一団が歩み寄ってきていた。確かあことは別な学園――、名前は、なんだったか。
「あれ? 見かけない子だ」
「その子もしかして、巴の家で保護してるって子じゃない?」
「こんにちはー! うちに買い物?」
「…………」
ハツラツとした声に、るーがメモを差し出す。
「お鍋に使うお肉買いに来たんだ。ちょっと待っててね。とーちゃーん!」
「鍋かー、いいなぁ……そうだ」
はぐみと沙綾がそれぞれ家に戻り、その間に香澄と有咲。たえとりみの四人に質問されるものの、やはりるーは一言も喋らなかった。それを無愛想と受け取らずに愛嬌と受け取ったたえが頭を撫でる。
「ふふ、おとなしくてかわいい。うちにも欲しい」
「誘拐だぞそれ……」
有咲の的確なツッコミを聞き流しつつ、香澄も頭を撫で始めた。なんかご利益でもあるのかと思うくらい、二人が黙々と撫で続ける。嫌な顔ひとつ見せずにされるがままのるーに、有咲も少しだけと思い、手を伸ばした。
「お待たせ。はい。これ持っていってあげて」
戻ってきた沙綾からパンを受け取り、さりげなく有咲の手から逃れる。行き場のない手が宙を掴んでいた。
「…………」
「残念だったね、有咲。撫でられなくて」
「別に撫でたかったわけじゃねーし……」
だけど今ならば。再び有咲が手を伸ばす。
「お待たせー! こっちはとーちゃんのオマケ! それとはぐみのコロッケも!」
すかっ。
空振る自分の手を見つめる有咲が、何かを言いたげに肩を震わせていた。
「有咲が撫でたいんだって、いいかな?」
「べ、別に撫でたいわけじゃ……!」
「…………」
香澄の言葉に、るーがマイバッグに肉とパンを収める。それからジッと見つめて、頭を差し出した。
おずおずと手を差し出して、髪に触れる。
「……撫で心地めっちゃいいな」
「でしょ? あ、うちのオッちゃんも負けてないよ」
「ウサギと比較されても……」
しかし、怖くなるくらいに物静かでおとなしい。きちんとお金も払って、手元に残ったお釣りとにらめっこしていた。
「なにか欲しい物でもあるの?」
りみに聞かれて、るーが少し考える素振りを見せる。それから、ペンでメモの切れ端に小さな絵を描いた。
「んー……コップに、ふわふわの……」
「ラテアートとか泡でもこもこになるよね。ハンバーグとかないのかな」
「流石にそれはないと思うよ、おたえ。もしかして、甘いもの?」
「カップケーキ!」
香澄が自信満々に胸を張る。
「どう? 当たってる?」
るーが頷くと、香澄が笑顔を見せた。どこか誇らしげに有咲に向けて。いや、その程度で自慢気にされても。
「カップケーキならコンビニでも売ってるよね」
「じゃあ、案内してあげる!」
「折角だし、私達も何かお菓子買おっか?」
「あ、いいね。私もちょうど食べてみたかったやつあるんだよね」
「じゃあ早速行こっか」
――買い物を終えてから宇田川家に戻る。少しだけ遅くなったが、メモに書いてある材料は全部買ってある。忘れ物もない。強いて言うなら、お菓子がちょっと多いけれども。
香澄達がついでついでと言わんばかりに買ってくれた。買い食いはダメと言われたので我慢している。
「おかえり、るー」
「……」
今日は先に帰ってきていた巴が迎えてくれた。手にしていたマイバッグを手渡す。
「夕飯の買い出し行ったって聞いてたから待ってたんだ。どれどれー……ちゃんと全部買ってきているな。えらい、えらい」
ぽんぽんと、巴がるーの頭を撫でた。
「それで、そっちのお菓子は?」
「…………」
中からカップケーキを取り出す。ひまりが買ってきた物とは別に色々あったが、るーが自分で選んだのはティラミス。他は安物の駄菓子程度。
「食べたくて買ってきたのか。はは、るーはお菓子好きなんだな」
「…………?」
好き、という感情はよくわからない。どんなものだろうかと見ていたらカゴに入れられた。ついでにあれもこれもとオススメされて、この結果。
「ご飯食べてから、だぞ」
「……」
巴に言われてから、るーは頷いた。とはいえ、今夜はお鍋。予定より二割くらい材料が多いため今夜は豪勢な食事になる。
夕飯の鍋を見て、あこがはしゃぐ。その団らんの中で、るーは黙々と鍋をつつく。ただ、一緒に口に運んでいた白米がなくなっていた。空になったお椀を見て、るーの動きが止まる。
「るーくん、おかわり?」
「……」
頷いて、あこに差し出すと大盛りにされて返された。
「男の子なんだから、たくさん食べないとね!」
淡々と食べ続ける。そのうちに、あこがお腹がいっぱいになったのか箸を置いた。巴もそれから遅れて。両親も鍋の中身を残して満足そうにしていた。
――が。るーだけは、天ぷらも鍋も空になるまで食べ続けていた。
炊飯器の中も空っぽになったところで、ようやく箸を置いて手を合わせる。
ごちそうさまでした。
「……るー、もしかしてかなり大食いだったりする?」
「やっぱり育ち盛りなのかな。きっと将来はエヌラスさんくらいおっきくなれるよ」
「――――」
その名前は、聞き覚えがあった。
――しかしそれだけだ。こちらから何か仕掛けるつもりはない。
「そんなに食べたらお菓子、食べられないんじゃないか」
巴のからかうような言葉に、しかし。るーは台所に置いていた袋からお菓子を持ち出す。
「まだ食べるんだ……」
育ち盛り、恐るべし。
――夜の街。
大型自動二輪が夜の星空を駆ける。だが、排気筒から吐き出される咆哮はいつもよりも静かだった。周囲をニトクリスの鏡で反射しているので光学迷彩の役割を果たしている。
眼下に広がる景色に一瞥もくれず、ただ前を見据えていた。
ただの気晴らし。ハンティングホラーも気分転換が必要だ。ここ最近は随分と無茶をさせている。たまにはこういうのも悪くない。
システム:
「…………」
夜風を浴びながら、不意に脳裏をよぎるのは――五冊の魔導書を制御するためのシステムを作り上げた友人のことだった。
三日三晩、それこそ寝ずに。国政も、喫茶店の営業も疎かにしてでも作ってくれた。どうして不意に思い出してしまったのだろう――恐らく、それは。どこか物悲しそうなハンティングホラーのエンジン音のせいだ。
「……必ず」
ポツリと呟いて、エヌラスは愛犬に向かって独り言のように口にする。
「必ず――あいつは殺すぞ」
週末には、ライブのイベントスタッフとして赴かなくてはならない。
烈光の邪神もこちらに来るまで時間がないはずだ、海を隔てた大陸にまだいるとは限らない――だが、完成したばかりの対神兵装を使うわけにはいかない。アレは、ただ一人の好敵手を殺すためだけに手掛けたものだ。それを、たった一柱の邪神を殺すために転用する。
それはつまり、あの邪神を――最強の好敵手と、同格だと認めている事に他ならない。
エヌラスにとってそれは、決して踏み込んではならない領域。
(…………悪いな、アルシュベイト。お前にはどれだけ頭を下げても足りねぇよ)
だから。
アレに敗北するということは、自分の敗北だけではない。
自分が本当に守りたくて、救いたくて仕方ない人達の敗北でもある。
――だから。
ただの一度も、敗北は許されない。