『Galaxy Circuit!!』開催当日――エヌラスは、ライブハウス『Galaxy』でイベントスタッフとして設営の準備を手伝っていた。『CiRCLE』からはまりなも同行している。
元々『Galaxy』には知り合いがいたからか、手慣れた動きで客を捌いていた。エヌラスは力仕事を任されている。それでも最近バイトを始めたばかりとは思えないテキパキとした動きに他のスタッフも負けじとやる気を出していた。
「まりなさん」
「ん? どうかした?」
「いえ。今日のライブですが――多分、途中で抜けるかもしれません」
「急にどうしたの。そういうことをされるとこっちも大変なんだけど?」
「俺としても最後まで、ちゃんとあいつ等のライブを見届けたいのは山々なんですけどね」
「……“本業”が入るかもしれない?」
「そうなります」
「そうなったら、やっぱりそっちが優先なんですね」
「そりゃあ当然。人の命がかかってるので」
「……正直なところ。本当にそのお仕事をしているのかが怪しい話ですけど」
「ライブハウス『CiRCLE』で働くアルバイトは仮の姿、ですからね。本性なんて知られたくもないですよ」
ジッと、エヌラスの顔を見上げてから、まりなは呆れたため息をつく。
「その時は、ちゃんと言ってくださいね。これでも結構頼りにしてたんですから」
「俺は今でもまりなさんのこと頼りにしてますけどね」
「そういうことはもっと早く聞きたかったです。さぁ、お仕事お仕事」
「りょーかい。頑張りますかー」
今回は様々なガールズバンドが入り乱れる。その中にはポピパは当然、ハロハピも参入していた。『Afterglow』『Roselia』の名前に混じって、エヌラスが見慣れないバンド名に眉を寄せていると、他のスタッフが説明してくれた。
ガールズバンド時代のニューリーダーとも謳われる、プロ顔負けの演奏技術の高さから新進気鋭ながらファンが多く、話題に事欠かさない『RAS』こと『RAISE A SIREN』だ。
「ボーカルの子はポピパの花園さんとお知り合いみたいです。詳しくは知りませんけれど」
「へぇ」
「あんまり、興味ない感じですか?」
「今の俺はそれどころじゃないので」
気がついたらチケット代まで差っ引かれていたし。別にそれは構わないのだが。こちらとしてもかなり無理を言っているのは自覚がある。
セットリストを観る限り、かなりの長丁場になるようだ。そのため早めに開催して、休憩時間を挟みつつ、最後はフリートークも兼ねてスタッフで集計を取る形となる。結果が発表されるまでの間はそれぞれのバンドからどんな言葉が行き交うかも楽しみだ。
「そういえば、あの動画の人ですよね」
「え?」
「ほら、海外で弾き語りライブしたって動画。私も観たんですよ。よかったら、最後のフリートークの時間にでも演奏していただけないですか?」
「申し訳ないですが、そんな時間多分無いですわ俺。所望されるのは悪い気はしませんけど」
「そうですかぁ、残念です」
生憎なことに、今夜が峠だろう。
日に日に増している不穏な気配は決して、あの烈光の所為だけではない。月面のヒビは広がっており、そこから何かが産み落とされようとしている。瘴気が蔓延する中で、不調を訴える人もいればいつも通り過ごす人間もいる。何十億といる人類の中で、それを感じ取れる者は本当に極僅かだ。
「すいませーん、『Poppin'Party』さん入りまーす!」
「今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
入店する香澄達の顔を見て、軽く手を振って見送る。交わす言葉など、今さら何があるだろう。せいぜい、ライブを頑張ってくれとしか言うことがない。
今日は特別な日でもなんでも無い。彼女たちにとって、いつも通りで普段通りの日常であればそれでいい。
参加するガールズバンドが勢揃いとなったことで、楽屋では現在スタッフから説明がされていた。エヌラスは表で客のチケットを確認しながら慌ただしい。
「エヌラスさん、ちょっとこっちに」
「はい?」
まりなに手を引かれて、エヌラスが代理のスタッフを立てて表の喧騒から遠ざかる。
そして、連れてこられたのは香澄達が待機している楽屋の方だった。どういう理由で自分がここに連れてこられたのかもわからずに、間の抜けた顔で頭を掻きながらまりなに視線で問いかける。なぜに自分を連れてきたのか。
「ここ最近、みんなを避けていたことくらい私だってお見通しです。なので、ここはエヌラスさんの口から、何か激励の言葉を」
「…………」
今さら、本当に交わす言葉なんか無いというのに――いや、それはあくまでもエヌラスの中での話だ。
香澄達は、聞きたいことも言いたいことも、聞かせてほしい話も。まだまだたくさんある。知らないことも、知ってることも全部。この先いくら時間があっても足りないくらいに交わしたい言葉があるはずだ。それを全て、エヌラスは切り捨てようとしている。
しかし、遅かれ早かれ別れは告げなくてはならない。タイミングが切り出せないだけで、ならばいっそこのまま言葉を告げずにそっと消えていこうとしていたのに……月島まりなはそれを許さないらしい。満面の笑みを浮かべて背中を押してくる。
「みんな、エヌラスさんから一言あるみたいだから耳を傾けて」
まりなの言葉に、楽屋が静まり返っていた。
腕を組んで、少しだけ考え込み――結局、自分の口から出てくる言葉なんてものは大したことではない。
「――今日のライブは、なにか特別なものじゃない。俺にしてみれば、この日本で、このガールズバンド時代の中で送られる日常の一ページだ。だから、いつもどおりでいい。普段通りのライブでいい。思いっきり歌って、思いっきり盛り上げて。お前たちの演奏を待っている人たちに届けてやってくれ」
いつになく真剣な面持ちで語られる言葉に、面食らいながらも蘭達が聞き入る。
「多分、俺が見届けられる最初で最後のライブかもしれない。だからといって、変に気負わなくていい。腹の底から歌って、心の底から楽しんでこい。そして、最後まで終わったら笑っていてくれ――何があろうと、最後まで演奏をしてくれ。今夜のライブは、外で何が起きても絶対に。約束してくれるか?」
――少しだけ、気弱さを見せた言葉に少しだけ躊躇った。もちろん、そのつもりではあったが見せたことのない沈んだ表情に頷くことが出来ない。
「ええ。勿論よ! 世界を笑顔にするのが、あたし達ハロー、ハッピーワールド! だもの! だから、エヌラスも最後には笑ってなきゃいけないのよ?」
そんなこと知ったことかと、こころがいつもの笑顔を咲かせながら誰よりも先に答えた。
「ならまずは、最高の笑顔を今日の観客に届けてやってくれ。俺からは以上だ! 全力で楽しんでこい!」
エヌラスの言葉に、香澄達が一斉に威勢よく返事をする。それに元気をもらいながら、エヌラスが片手を振って楽屋を後にした。
まりなと肩を並べながら歩いていると、ジロジロと顔を見つめられる。
「……なんですか」
「――ちゃんと彼女たちと向き合って、“らしい”こと言えるじゃないですか? どうして今までそうしなかったのか疑問で仕方なくて」
「そりゃそうでしょう。その必要がなかったんですから」
「…………」
「なにか?」
「年頃の女の子の気持ちも考えてください」
「あー……それは、まりなさんも含めて? いっててて……!」
脇腹をつねられた。
――腹立たしい。
目につく全てが。
息づく生命の全てが。
この星にある、数え切れないほどの生命が。
腹立たしい。憎らしい。
たかが一世紀も生き残ることの出来ない短命の種が蔓延る星が。
憎たらしくてたまらない。
“仮初の姿”をしているのは単純に怨敵を消すためだ。
眼下で忙しなく蠢く人間の何と雑多なことか。
ビルの屋上から行き交う人々を見下しながら、烈光の邪神は嫌悪感に顔をしかめながら心底軽蔑した。
あれから結局、三日三晩怪異を殺して回った。目につく化け物は全て消してきた。そこに理由など無い。それが己の存在意義だ。
神であるのならば、そこに感情の一切はない。すべきことを、しただけだ。
「……塵めが」
吐き捨てる。
この街には、やけに濃い魔力の残滓が漂っている。
――聞こえているか。
何度か、念話を試みた。あの“道具”とは、アレから一切連絡がつかなくなっている。
探索に向かわせたにも関わらず、どういうわけか一向に報告がない。こちらも期待していなかったにしろ、ここまで来るともはや役立たずもいいところだ。
大賢者が作り上げたとはいえ、所詮は人間の手で造られた触媒でしかない。邪神の末端といえど、その程度でしかなかったという話だ。
……だが、俺は違う。あれに遅れを取ってきた邪神共とは違う。時の辺獄の中で見届けては鼻で笑ってきた。
なぜ、あの程度に遅れを取るのか。己の力こそが絶対であると慢心し、対策の一つも取らぬなど獣同然の醜い争いだ。アレが、こちらを殺すために戦力を整えているのならば、こちらも然るべき対策を用いて当たるべきだ。闘争とはそういう物であるはずだ。
だからこそ、此処で殺す。
今夜、屠る。
どれほどあれが愚かで鈍くとも、これで気づかぬはずはないのだ。
拳を握りしめて、烈光の邪神が夜空を見上げる。
満天の星空に、しかし煌々と明るく月が浮かんでいた。その表面に走るヒビからは、ひたすらに嫌悪感と憎悪しか感じられない。
何が出てきたとしても、関係ない。殺すだけだ。
終わらせるだけだ。この拳で、この身体で、この力で。
持てる能力の全てで一切合切を
――そして、夜空に向けて一条の閃光が放たれた。宣戦布告の狼煙は、刹那の間に消え去ったが、しかし。あまりに強烈すぎる開戦の合図は、よからぬものまで呼び寄せていた。
それらの気配が近づいてくるのを感じ取りながらも、烈光の邪神は腕を組んだままに微動だにしなかった。
「アイツが来るまでの間、貴様らでウォーミングアップだ。――塵は塵に還れ」
足を踏み鳴らせば紅蓮と氷嵐が吹き荒れる。
ひび割れた月だけが、その邪神の姿を捉えていた。