【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百五九幕 穿雷

 

 高高度による人外の戦闘は、地上の人間達ですら違和感を覚えるほどの異常気象を引き起こしていた。急激な寒暖差による季節外れの細雪。

 星天にあって霹靂を聞くが如く。

 

 超電磁抜刀術・重打(かさねうち)による連弾は、尋常ではない過負荷を身体に強いる。限界まで高めた生体電気を倭刀を媒介に放つ刹那の見切り、それを常時使用すればエヌラスの身体も無事ではない。

 これを使用した上で、なお、対敵は健在。物理的な火力では決して消滅し得ないことを証明していた。何発打ち込んでも、何度斬っても。どれだけの超電磁抜刀術を撃ち込んでも。その雷光を物ともせずに距離を詰めてくる。

 ――状況は絶望的な方向へ転がっているようで、あの時から更に力を増していた。

 格を昇華させることに余念のない姿勢は敬意を表するが、それ以上に存在することに対する殺意しか浮かばない。

 

 単独での飛行能力を有していることに特に驚きはない。しかし、あの夜は使っていなかったはずだ。エヌラスのその疑問に答えるように烈光の邪神が鼻で笑う。

 

「ああ、これか――? 風の神性をこの身に宿した俺にとって、その眷属の力を発現させることなど容易いことだ」

「クソッタレが、人の気も知らねぇで!」

「貴様のように不完全な身体と一緒にされては困る!」

 脚で宙を蹴りながら、空を翔ける烈光の邪神。それを躱すように、ハンティングホラーが高度を下げた。すれ違いざまにクトゥグアを構えたエヌラスが引き金を引いた。

 灼熱の魔弾が顎を捉えて爆炎を置いていく。

 背後からの追い風に、左手で剣指を立てて防御円を形成する。

 吹き荒ぶ死神の爪。目に見えない風の刃が無数に駆け抜けていく。

 

「“黄衣の王”を知っているな。アレもこの俺に向かって、命知らずなことに警告をしにきた――だから奪ったのだ」

「テメェどんだけ他人から奪えば気が済むんだ、よっ!!」

「貴様同様、殺し尽くすまでだ」

 クトゥグア。イタクァ。そして――ハスター。

 超電磁抜刀術の再充電(リロード)に僅かな隙を突いて、烈光の邪神が反転すると追跡してくる。その攻撃を縫うように避けて、ハンティングホラーが空中でドリフトするとエヌラスが迫る邪神目掛けて壱式“迅雷”で迎撃した。

 即座に納刀して再び加速して上昇する。呼吸を整えて、高度優勢を維持したまま更に上へ。

 まだ足りない。まだまだ足りない。アレを撃ち落とすには、まだ高度が足りない。

 

 倭刀が火力不足なのはとっくに理解している。だが、それでもまだ手はある。

 打つ手がない、等ということはないのだ。

 呼吸すらままならない高度にまで辿り着いてから、ハンティングホラーが急停止をかける。あわや、エヌラスが宙に投げ出されるところだったが踏み留まった。

 その目と鼻の先を、風の壁が阻む。もう一瞬でも遅れていたら刻まれていたところだ。

 鼻が利く愛犬に助けられながら、エヌラスは背後に向けてイタクァを無作為に撃ち続ける。必中の魔弾が迫るも、それらは全て両手に遮られた。

 強固な神性は、それだけであらゆる障害から守る鎧となる。宿した神性だけでその防御力を会得しているからには、烈光の邪神は明らかにこれまでとは桁違いだ。

 ――脳裏をよぎる、黄金。

 

(――ふざけろ、ふざけろ! 誰がアイツを認めるか!)

 あの怪物は、唯一無二の至高天。

 越えられない壁というのは、ああいうのを指し示すものだ。

 あらゆる神を差し置いて他にない。アレは、己が不快を示せば神ですら殺す。――ただ一人の次元神を除いて。

 邪神を侮ったことなど、過去のことだ。

 あの惨敗から、ただの一度も侮ったことなどない。

 

 優しい世界だった。暖かい場所だった。どこにでも、人の温もりがあった。

 その世界を、壊してしまった。

 誰一人救うことができなかった。

 自らの慢心が招いた敗北によって、数え切れない程のものを失った。

 もう二度とあの世界の温もりは手にできない。

 

 歯を食い縛る。歯を、砕けそうなほど食い縛る。

 泣いて、笑いながら死んでいった人を思い出す。

 泣きながら、笑って。自分の死を受け入れたあの人を思い出す。

 

 ――お願いします。どうか、もう二度と……このような悲劇を繰り返さないでください。

 

 “彼女”の言葉を思い出してしまった。もう、名前を思い出すこともできない。

 それでも、それでも、それでも――あの笑顔を奪ってしまったことだけは、鮮明に覚えてしまっている。

 

「――ハンティングホラー、高度を上げろ!!」

《――――》

 主人の怒号に応えて、爆音を上げて急上昇する。その内部の燃焼機関に多量の推進剤を注ぎ込んで、“イブン・カズイの粉薬”を混ぜたナイトロシステムの爆風を受けながら、烈光の邪神がまだ迫っていた。

 銀鍵守護器官による発電量を維持しながら、エヌラスは漏電が奔るほど“電導”の回転数を上昇させていた。

 失った術式の疑似再現。失った魔術を再現するためには、魔術回路を再形成するしかない。だがその手術も自分では完全に成し得ない。どこまでいっても、半端者だ。

 そもそも、神経を魔術回路で接続するなど自殺行為もいいところ。それはつまり、魔力が切れたら行動不能になることを意味している。無限の魔力貯蔵庫を有していたとしても同様だ。

 

「逃すか――!」

 追ってくる。まだ追ってくる。そのはずだ。

 あれは、目に入れることすら煩わしく思っている。殺して殺して、どれだけ殺しても尽きない憎悪と殺意。それを後押しするかのように、使命感に駆られている。

 邪神の矜持と誇りを汚す全てを滅ぼさんとする苛烈さは、他と一線を画している。熾烈極まるからこそ、他の邪神達からも疎まれた。

 何者にも触れられることも訪れることも叶わない時の辺獄の中で、アレは喚ばれたのだ。

 次元神に、次なる相手として。

 ――触れることすら憚られるような相手だ。

 それでも命に刃を突き立てなければ、到底“契約”は果たせない。

 まだ残っている。まだまだ殺さなければならない相手が残っている。

 まだ、殺し続けなければならない。

 人類のためではなく――あの場所で、何も知らず、何も覚えていない人々のために。

 そのためなら人類七十億、全て犠牲にしてもかまわない。

 自らに課した契約は、命を賭して果たす。

 

「“磁気加速(リニアアクセル)”――!」

 ハンティングホラー諸共、加速させる。本来は、燃焼効率を上昇させるための術式だ。それを磁力による反発で自分の身体を撃ち出すために転用している。

 紫電を纏うハンティングホラーが烈光の邪神を突き放して宇宙へ向かっていく。

 黒い宇宙。青い星――、何もない虚空。

 

(……こんなところの、何がいいんだか)

 クソメガネを思い出す。青空が好きで、青い海が好きで、電子の大海原を管理している厭味ったらしいが憎めないお人好し。

 その顔を思い出しながら、エヌラスはハンティングホラーの背中から身を投げだした。

 重力に逆らうことは出来ず、そのまま地表へと落下していくのは自明の理。百も承知の上で――拳を握りしめる。

 右腕に魔力を集中させて、血液を触媒に“外殻”を形成する。血染めの篭手を紫電で白熱化させながら、エヌラスは烈光の邪神に向けて加速した。

 重力の鎖を引きちぎることが出来ないのなら、逆に利用してしまえばいい。

 もはや、これは自爆特攻に近い。

 

「“超電磁砲(レールカノン)”――!」

 左手の照準を合わせて、烈光の邪神を捉える。

 ハンティングホラーが帯電したまま加速してくる。その巨体と自重、鋼鉄の内臓を奮起させながらエヌラスに向かって最大戦速で突撃してきていた。

 烈光の邪神もまた、拳を引き絞って構える。

 

「何をしようが無駄なことだ!」

 そんなものは解っている。だからこそ、コレは耐久テストだ。

 

「テメェの身体がどの程度耐えられるか試してやるって言ってんだよッ!!!」

 

 超電磁抜刀術・零式“終焉(ヲワリ)”が崩し――電磁特攻“神雷”によって、エヌラスが光速の魔拳を烈光の邪神へ叩き込む。迎撃の拳が間に合わず、胸部へ打ち込まれたまま地表へ向けて凄まじい速度で落下していく。

 当然、周囲への被害は甚大なものとなるだろう。隕石の落下に匹敵する。だがそれはあくまでも物理的な話だ。魔術でそれをある程度抑制することはできる――とはいえ、それでも衝撃は防げないだろうが。

 しかしそんなことに構っている暇はない。

 

 引力によって加速を重ねる。

 大魔導師であれば、容易に辰気を操作して重力から逃れているだろう。だが、この邪神が扱うのはあくまでもエヌラスと同じ属性だ。だからこそ、この技から逃れる術を持たない。

 良くて損傷を与えられる。最悪、無傷だ。だがどちらにせよ、アレを使うのはこの後だ。

 

 ――それは、一筋の流星となって墜ちていく。

 空気摩擦で燃える二人が、地上へ落下する。

 落下地点を制御する器用な真似はできなかったものの、それでも人気のない河川敷に墜落できたのは不幸中の幸いだった。

 吹き上がる土砂と土埃。そして、直下型地震にも似た地鳴りと轟音に何事かと街で騒ぎが起きていた。まさか、それが人間の手による自爆特攻とは思わないだろう。

 

 超高高度からの電磁加速による地表への突貫――、衝突から離脱したエヌラスの右腕は当然ながら折れていた。後押ししていたハンティングホラーによって地面へ横滑りに着地しながらドラッグシガーに火を点けて再生を促す。

 

 本来なら街一つ吹き飛んでいてもおかしくない一撃だが、果たして――。

 土砂が降り注ぎ、土煙が漂う中。エヌラスは視覚を強化して邪神の反応を待った。砕けた骨子を再生させ、神経が痺れる痛みを訴えるのを手を振って払いのける。

 

「…………」

 当然、これで倒せていたら苦労しない。

 土煙の中で、のっそりと寝起きのように身体を起こす影が見えた。胸部を押さえながら、土煙を暴風でかき消して。

 その表情は険しく、咳き込んでいた。

 

「――よもや、これほどとはな」

「平気な面して耐えてんじゃねーよ、クソが」

 右腕の修復を終えたエヌラスが倭刀を持ち出す。土埃を払い落としながら烈光の邪神が首を慣らす。

 傍らのハンティングホラーが低く唸り声を挙げていた。

 

「あれが貴様の限界か?」

 最後の紫煙を吐き出して、携帯灰皿に吸い殻を捨てる。

 

「この程度が限界の貴様に、コレ以上の攻撃ができるとは思えんがな」

「そうか? 知人の言葉を借りるなら――人間ってのは、二本の腕と十本の指がある。そして道具を扱える。道具ってのは、幾らでも替えが利くのが利点だってな」

「……それが、どうした」

 

「――“穿雷(せんらい)”装填」

 ハンティングホラーが自らの住処としている“隙間”から取り出したのは、ブレストアーマーの取り付けられたロングコート。その形状は、烈光の邪神にも見覚えがあった。

 

「……馬鹿か、貴様は? そんな物をわざわざ直したのか。一度は壊れたはずだろうに」

 袖を通し、両腕と胴体に突き立てられるボルトが魔術回路と接続される。その激痛には決して慣れることはない。いつだって新鮮な痛みを与えてくれる。

 

「テメェを殺すにはこれぐれぇしないと足りない不出来なバカ弟子でよ――!!」

 右腕には、杭打機。左腕には円盤状のバックラー。その内部機構は黄金の蜂蜜酒で満たされていた。

 エヌラスが帯電すると、それを原動力に稼働を開始する。

 左腰に帯びた倭刀、そして右肩に担ぎ上げた野太刀の鞘を固定。

 対軍事国家攻略決戦兵装“天雷”改め――対神呪術兵装“穿雷”を纏う。

 装填するだけで、指先から血が滴り落ちる。

 

「テメェを殺せるって言うなら、限界なんぞいくらでも超えてやる!」

「どれほど越えた所で、この俺の高みには届かん――“諦めろ”、絶望!」

「だったら引きずり落としてやるから覚悟しやがれ」

 右腕の杭打機が紫電によって内部で石杭を装填していた。

 最後の魔導書である『妖蛆の秘密:機械語翻訳版』を用いているだけあって、再生機能も蠢く気配も烈光の邪神は感じ取っているのか、不快そうにしている。

 

 何があろうと、今夜で決着をつける――そうでもしなければ、後がない。

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