【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百六十幕 あたし達の、いつも通りの戦場

 

 

 ――『天雷』とは。

 そもそもにして、エヌラスがただ一人の好敵手を完膚なきまでに倒すためだけに開発に着手した対国兵装である。その相手は、機械の体を持ち合わせていながらに生前と一切遜色のない魂を有した傑物だ。

 そのどこまでも一直線な生き方に。その誇りある気概に。自分のような浅ましい生き方をする者がどうして勝てようか。

 ならば、どこまでも生き汚く、足掻いてみせる。誇れるものなど何もない。

 ――ただ、俺を友達と呼んでくれたお前達以外には。何一つとして。

 

 

 

 魔術回路接続良好。疑似神経回路、感度良好。機能は十全に稼働していることを身を以て実感したエヌラスが息を吐き出し、銀鍵守護器官の出力を引き上げていく。それに合わせて身体の熱量が引き上げられていくのがわかる。

 その動力に『妖蛆の秘密:機械語翻訳版』を用いているだけに、傷口を再生しようとしているのも感じていた。過剰なまでの自己再生を加速させている。それでも果たして足りているか。

 対敵の視線が険しくなる。そこに籠められている感情は、軽蔑と嫌悪と憎悪。そうまでして戦闘能力を引き上げたところで敵うはずがないと自負しているからこその余裕だろう。事実、この邪神は対策を用意した盤石の姿勢から一向に揺らぐ気配がなかった。

 どこまで通用するか解らないが、先程の一撃で最低強度が推定できる。

 この怪物の装甲を撃ち抜くには超電磁抜刀術では事欠く。あくまでもあれは斬撃だ。砲撃と見紛うばかりの紫電が迸るが、結局はそれだ。

 岩を断つだけの技量はあるが、相手は神性の怪物。ならばこちらも神秘を持って打倒する他にない。それゆえに、魔導書を用いた。

 魔術を科学技術に落とし込むという点に置いて、故郷の右に出るものはいない。無論、手段を選ばなければの話だが。魔術というのはことごとくが外道の技の集大成だ。道を選ぶこと自体が勘違い甚だしい。

 

 ――だがそれにも限度というものがあるだろうに。

 

「……外道も外道。そうまでするか」

 烈光の邪神が嫌悪感も露わに吐き捨てる。

 それは、もはや武装であるというよりも人体改造に近い。それを烈光の邪神は外道と称した。

 魔術師というのは千差万別、十人十色。だが、目の前にいるのは人間の形を捨てた化け物だ。憐憫の情すら覚える。

 体内の電気信号を魔術で増幅させることで穿雷の稼働率を引き上げ、全身に紫電が奔った。それを維持しているだけでもジリジリとした熱が体内にこもるのがわかる。内臓が焼けている感覚に、エヌラスが冷や汗をかいていた。

 

(こりゃ、想像以上に時間がねぇな……)

 持って数時間程度。だが、すべからく戦場というのは不幸に見舞われるものだ。どれだけ万全にコンディションを整えたところでそれが十全に働いてくれるとは限らない。その中でどれだけ相手に対して効果的か、どの攻撃が有効打になるのかを探らなければならないが――エヌラスは、姿勢を低くして自分の身体を射出した。

 右腕を引き絞り、杭打機『塵は塵に(Dust to Dust)』の稼働に十分な電力を供給する。左腕の小型盾『灰は灰に(Ash to Ash)』を構えながら、烈光の邪神の拳を払い除けて胸部に右腕を突き出す。

 魔術回路から直に供給される、魔術によって強化された電気信号を受けて『塵は塵に』の弾倉に装填されている石杭が『電磁加速』されて射出された。瞬間的な加速で飛び出した石杭を直撃して烈光の邪神が後ずさる。その強固に過ぎる装甲を貫くには至らないものの、それでも衝撃までもが防げるわけではない。

 効果の程は、これまでの攻撃に比べれば遥かに有効のようだ。

 怒りと屈辱で憤怒に染め上がる顔を見れば、一目瞭然。

 

「貴様――!」

「おう、どうしたよ。まさか、自分がこの程度に遅れを取るはずがないとでも?」

 だとするのなら、烈光の邪神は“戦闘”という観点では、三流もいいところだ。恐らくそのあまりにかけ離れた神性によってまともな戦闘を行ったことがないのだろう。

 相手が自分の想定を越えてくるという不測の事態に対処しきれない。

 “理不尽”を敵に戦ったことなどないはずだ。なぜならば、その理不尽極まりない権能を振りかざす側なのだから。

 

「だったらそれは、テメェの貧困な感性が招いた結果だ! その余裕ヅラぶち抜いてやるから覚悟しやがれ!」

 アレの魔術強度は、確かに驚異的だ。一見、無敵に思えるが極端に硬いわけではない。防御を用いている様子も見られないことから、神格による防御力で傷がつかないのだろう。

 ノーガード戦法による、圧倒的な火力と魔術での蹂躙。だからこそ、身を護る術に回すだけの能力がないのだろう。胡桃と同じだ。頑強な外皮さえ粉砕すれば残るはむき出しの中核。

 それを破壊さえすればいいだけ。――そこに至るまでの労力には目を向けないものとする。

 

 蒸気圧によって、先端のひしゃげた石杭が廃棄される。魔術で強化された石杭とはいえ、それでも正面から邪神の身体に叩きつけられれば粉砕していた。とはいえそれでも、大半は撃ち抜ける程度の瞬間火力に機能を費やしているのだが。

 

 穿雷は、トップヘビーな外観から動きを妨げるものと烈光の邪神は見据えていたが、その予想は大きく間違っていた。両腕の攻防一体の呪術兵装はその重量を分散させるように背負う形で配備されている。これはエヌラスが人形工学に基づいた設計で配置したからだ。

 超電磁抜刀術による迎撃も些かの支障なし。倭刀と野太刀を携えた完全武装であっても、両脚のクトゥグアとイタクァの猛撃を凌ぐだけの抜刀速度は保たれていた。

 

「それがどうした。貴様が俺を撃ち抜ける道理がどこにある」

「その傲慢も慢心も、成程確かに。道理だな」

 だからこそ、それこそがエヌラスの付け入る隙になる。

 もっとも、それを敵に忠告してやるほど生ぬるくはない。

 

 

 

 ――合同ライブイベント『Galaxy Circuit!!』は大盛況ぶりを見せていた。

 その入口前で佇む二人。中で列の整理が終わって、ようやくスタッフが案内を始める。チケットを確認して、少女が通された。だが、るーはそれをじっと見送ったまま動かない。

 こうしてライブに来るのが初めてなのだろう。誰かが声をかけなければ、恐らくずっと動かないままなのかもしれない。そう思った少女が、声をかける。

 

「えっと……ひとり?」

「…………」

「……ライブ、初めて……?」

「…………」

(うぅ、全然喋ってくれない……)

 だが頷いてくれる辺り、こちらの言葉は通じているようだ。ちょっぴり挫けながらも、手を差し出す。

 

「えっと、私は倉田ましろ。きみは――」

「あれ、るーくん。ライブに来たんだ」

「ぴゃあ!? お、お知り合い?」

 横から声を掛けられて、ましろと名乗った少女の身体が跳ねた。

 

「え、まぁ……友達の友達、みたいなところですけど。私は羽丘女子学園一年の戸山明日香です」

「あの、えっと……つ、月ノ森女子学園一年の倉田ましろです……」

「月ノ森女子学園って……もしかして、あの名門の?」

「す、すいません……」

「謝られても……でも、お嬢様学校って聞いていたのでこういうライブに来るのはちょっと意外だなって思って」

「本当は、クラスメイトが来るはずだったんですけれど。急用が出来たとかで、チケット渡されちゃって……折角の機会なので、一人で来て、その……」

 それで困っている(?)るーが放っておけず、声をかけた、ということだろう。

 

「じゃあ、折角の機会なので一緒に入りませんか。友達が此処でバイトしてて、お姉ちゃんも今日のライブに出るってうるさくて……」

「そ、そうなんだ。あの、るー……くん、も。一緒にどうかな?」

(なんかこの人。るーくんに似てるなぁ……)

 差し出された手を見て、顔を見て。それから、るーはましろの手を取ってスタッフの案内に従って中へと入っていく。熱気に包まれる会場を見て、その迫力に圧倒されるましろと明日香の足が止まる。

 なにせ名だたるガールズバンドが集まって総当たり戦という話だ。人気を博しているバンドが集まれば、そのファンである観客も大勢押しかけてくるのは当然。すし詰め状態のライブハウスでも列整理で人の流れを作ればある程度はスペースが確保される。それに追われるスタッフは大忙しだが、他のライブハウスからも今夜のイベントに駆り出されて人員は多めに割いている。予想以上の盛況に応援が欲しいくらいとなっていた。

 

「あ……」

 もうポピパの一回目の演奏が終わっていたことに、明日香が少し残念そうな顔を見せる。

 これから演奏されるのは『Afterglow』だ。

 

 

 

 ――楽屋裏。

 ステージに上がろうとしていた蘭が、ジャケットを手にして不意に思う。

 

(……エヌラスさんが、あたし達のために頑張る理由ってなんだろう)

 霊能学という不可思議な教科とはいえ、教師だから? 考えれば考えるほどに。あの人の事がわからなくなってくる。

 忙しいと言っていたのに、ジャケットまで繕ってくれて。

 

「蘭? どうしたの」

「……あのさ。今日のライブ、コレ着たままでいいかな」

「急にどうしたんだよ」

「なんとなく。なんとなくだけど……」

 ライブは、一回一回が全力だ。

 今日、来れた観客が次も来てくれるとは限らない。

 今日、来れなかった子たちもいるかもしれない。

 だからいつも通りに演奏をしても、多分、今日は物足りないと思ってしまう。

 

「……これ。少しでも長く使いたいって思って」

 これからもずっと、いつも通りでいたい。だけど――あの人がいたことを忘れていいわけではない。だからこそ、少しでも長く。ちょっとでもいい。

 エヌラスという人が居た思い出を、忘れないようにしたい。

 蘭の言葉に、顔を見合わせて巴達が笑顔を見せた。

 

「アタシは賛成。もっと早く言ってくれればいいのに」

「私も!」

「うん、蘭ちゃんがそうしたいなら」

「蘭は素直じゃないなー」

「ありがと、みんな。じゃあ――やるよ」

 ステージに上がる。

 ライトの消えた会場には熱気がこもっていた。

 息を吸い込み、目を閉じる。――目蓋の裏側に思い描くのは、犬のオバケと戦うあの人の姿。

 あの人にとっての、いつも通りの戦いと。

 あたし達にとっての、いつも通りの戦い。

 立っている場所は違うけれども、ここがあたし達の戦場。

 ステージライトに照らされて、弦を爪弾く。声を張り上げて、一人でも多く、一秒でも長く。みんなの心を奮わせる事ができればそれでいい。

 いつも通り。ここに皆と立っていることが嬉しくて、楽しくて堪らない。

 ――いつもとは、ちょっと違う『Afterglow』だけど。ささやかな変化だけれど。

 これを、これからずっと。

 

 ()()()()()()()()()()()に、してあげたいと思いを籠めて――歌い続ける。

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