空を瞬く流星。幾度となく衝突を繰り返して、未だ決着はつかない。
かたや必滅の烈光。かたや、対神呪術兵装による必殺。だが、互いに致命傷になりえないまま膠着状態が続いている。それでもエヌラスの圧倒的な不利は覆せずにいた。
超至近距離からの螺旋砲塔による照射攻撃を受けても、真正面から両手の烈光によって蒸発させられた高密度の魔力が霧散していく。口腔から白い吐息をもらしながら、邪神が憤怒に表情を歪めていた。
「大概に、くたばれ!」
右脚に宿した炎の神性。左脚に宿した風の神性。そのカウンターによって威力が激減されているだけでも手の打ちようがない。その上、頼みの綱である超電磁抜刀術を安々と耐える強度。
穿雷による衝撃力で体勢を崩すことができるだけ、まだ突破口がある。
即ち、最大火力による一点集中砲火。だがそれも闇雲に当てるだけでは意味がない。やるからには針の穴を通すが如く、緻密にして精巧な一撃。そうでもしなければ、あの邪神は撃ち抜けない。
――改めて、馬鹿げた耐久力だと両手を上げたくなる。それが素の本体防御力というだけあって、投げ出したい一心だ。
しかし。そんな理不尽を目の当たりにしてもまだ、エヌラスは鼻で笑ってしまった。
馬鹿馬鹿しい。
夜風を切り裂きながら右腕の杭打機に改めて弾倉を装填する。赤いラインで区別した、強装徹甲弾は数に限りがあるが、相手を撃ち抜けない時の為に作っておいて正解だった。
――大魔導師を思い出す。そもそもにして、こちらの攻撃が通るという証拠を見せているだけ烈光の邪神はまだ有情と言える。こちらがどれだけの死力を尽くして追い縋ろうが、鼻で笑って一歩どころか百歩先を行く魔術の集大成で打ち砕いてくるあの絶望感には、まだ遠い。
ただそれに近いというだけだ。
ならば、全身全霊。死力を持って撃ち抜くだけだ。
烈光の邪神は、ここに来て身体に宿した神性を操作して両腕の輝きに付与させる。
手をかざして暁のような紅い螺旋を放つ。
そこで、初めて。ようやく“戦闘”の意思を見せた。
これまではただ虫でも払うのと同じことだった。鬱陶しい羽虫を振り払う、だが目障りなことに変わりない。その認識を改めて、自分の前に立つ魔術師を“魔術”によって轢殺すると意思を改めていた。
ハンティングホラーが機首を下げてエヌラスが身をかがめることで頭上を掠めていく。左腕を掲げた烈光の邪神が光刃を振り下ろした。
それは風の神性によって急激に冷却された空気の放つ霜が月光によって光り輝く現象によるものであり、同時にそれは、目視可能なレベルにまで固められた殺意の刃だ。
これを左腕の円盤で発生させた防御陣で打ち払い、エヌラスは右肩の野太刀に手をかける。
静かに息を整える。――これより放つは、絶剣無式。遥か異邦の、異界にて盗み出した練気功による連弾。達人の境地の技を、外道の集大成によって模倣した抜刀術。
両脚の紫電を、機体に走らせる。魔導機関の燃焼効率を上昇させることによる加速性能の一時的な強化、加えて、
食い縛った歯の間から、加温された息が蒸気のごとく排気されていく。
体内で荒れ狂う魔力の奔流を限界まで制御する。穿雷によって増幅された魔術を、烈光の邪神の下方より野太刀を抜刀すると同時に解放。
機械仕掛けの鞘によって鯉口を切ると同時に跳ね上がる留め具から抜き放たれた野太刀は本来有り得ない軌道を描きながら逆袈裟に振り上げられた。空気との摩擦、刀身に奔るクトゥグアの炎熱が火の粉を散らして烈光の邪神へ迫る。
本来、対空迎撃の為の抜刀術「昇竜」ではあるが、地に足を着けている体勢ではなくハンティングホラーの背中に重心を預けている姿勢だ。敢えて、高度不利な状態から相手を打ち上げるための一撃を、烈光の邪神は避けない。
エヌラスの魔術のことごとくを、全て受けきっている。それほどまでに、邪神という格に絶対の自負があるからこそ。比肩するものなど、同類含めて一切存在しないとまで豪語するほどにこの邪神は威厳と矜持と誇りを持っている。それは烈光の如き威信と苛烈さで。
だからこそ、正面から滅殺しなければ気が済まない。
クトゥグアの業火を纏う「昇竜・烈火」を、狙い通り烈光の邪神は右脚を打ち下ろす形で受け止めた。
夜空に花火が打ち上がる。それは膨大な熱量と光量で持って地表を照らした。
空からの衝撃が地上の空気を震え上がらせる。エネルギー同士の激突から弾き出されたのは烈光の邪神だった。野太刀を押しつける形でエヌラスとハンティングホラーが爆煙を加速材料にして更に上昇していく。
火花を散らしながらせめぎ合う刃と、攻勢魔術。煤けた衣服と、焦げ付いた顔が怒りで燃えている烈光の邪神を切り抜けてエヌラスが高度優勢になると、持ち手を入れ替える。
左上段。それも天を衝くような、一意専心。乾坤一擲の構えに、左手の魔術刻印が淡く輝く。
左腕の防御円盤を展開させて、内包している魔力を限界まで出力する。
――夜空を奔る、青い魔力の奔流。それは空に一つの花を描いた。氷の華だ。
無数に枝分かれしていく樹氷のごとく魔力が拡散していく。当然ながら、固体としての質量を有する空間凍結を携えるのはエヌラスの左腕であり、その基部である野太刀だ。重量は計り知れず、構えているだけでも左腕が過負荷に悲鳴を上げている。
しかし、しかしだ――これを御さねば勝機なし。もとより万に一つもなかったとしても、だ。
「づっ、お、おぉ――!!!」
クトゥグアから、イタクァへ魔力の流れを切り替える。土石流を堰き止めて流れを変えるにも等しい無謀さ、魔力の源泉である血液が謙遜なく沸騰するような錯覚すら覚えた。血管を無数の虫が刺し歩くような激痛を腹の底に押し込める。
絶剣無式・八獄――“刃無鋒・偃月”に並んで、仙境の絶技に勝る外道魔剣。
「――“霧氷陣・雪鴉”」
バックドラフト現象を味方につけた、気象を利用した威力の底上げ。のみならず高高度からの落下によって重力すら邪神は逃れ得る術を持たずに、押し寄せる寒波と急激に低下していく体温に身体を凍りつかせながらも、まだ、未だ動く腕でエヌラスに向けて手を突き出している。
季節外れの爆弾低気圧を叩きつけられて、街に氷の結晶が降り注いだ。それは雪のように、ひらひらと儚く。
氷塊に飲み込まれた烈光の邪神をアスファルトに叩き落としながら、エヌラスは地面に激突する寸前に横滑りに直撃を免れる。
道路をスケートのように滑りながらも紫電で制動を掛けて、今度は帯電状態を維持。野太刀を烈光の邪神目掛けて一直線に突きつけていた。
普通ならば、生命活動が停止しているはずだ。表皮のみならず、肺の空気どころか臓腑すら完全停止状態の
そう、“普通で”あるならば。
超常の摂理を以て、妙技を競い争う両者にとってこれはまだ致命傷ではないという確信があった。それは、間違いなく。
氷塊に亀裂が走る。内部から圧力を掛けられてヒビが広がっていく。身動き一つできないはずの邪神の眼がエヌラスを捉えていた。
もとを正せば、これもまた魔術のひとつ。イタクァの巻き起こす風の神性による絶技。で、ある以上は同様の属性によって対抗が可能――氷漬けの邪神が歯を食い縛ると氷が砕け散った。
他の邪神であれば、封神されている。しかし、なおも存命している烈光の邪神は拘束術式を力任せに破壊しながら氷塊から抜け出そうとしていた。
「き、さ、まァァアアアッ――――!!!」
――あの一撃で仕留められるとは思っていない。最初から、あれで倒せていたら苦労もしていなかった。これほどまでの激痛と苦痛と苦悩を抱え込んでもいなかった。
だが確実に相手の“装甲”は緩んでいる。
並大抵の邪神ならば二、三回は殺せているはずの技を受けてまだ平然と動いている。驚嘆すべき生命力だ。ゴキブリでもここまでしぶとい奴はいない。
刹那の無音。心臓の鼓動を含めた、
この一瞬、この刹那、フェムト秒――これ以上無い、完璧なタイミングによる術式の解放。
左手だけで携えた野太刀の切っ先が睨むは、邪神の額。
“ゆらり”と開いた右掌に、腕に装填したるは穿雷。骨肉を喰らい、体内を破るように展開されるのは血液の魔力を凝固させた呪術兵装。
超電磁特攻術“神風”。自らの身体強度を明らかに超えた臨界出力による加速で地面を蹴ってエヌラスが野太刀の柄頭に手を置いたまま烈光の邪神へと突貫する。
額を捉えた刃先が触れた瞬間、邪神の薄皮一枚を貫いた手応えがあった。それは、対敵も同様に危機感を覚えている。即座に防御しようとする相手に先んじて、エヌラスが更に術式を発動させた。
「いい、加減に――くたばりやがれぇええええええッ!!!!」
穿雷。全弾装填――超電磁特攻術“神風”改“
エヌラスの右腕と邪神の身体を飲み込み、アスファルトを粉砕して、駐車していた自動車を吹き飛ばしながら。
光速にも劣らぬ瞬発、自爆特攻から、正真正銘の玉砕敢行。穿雷という追加武装が無ければ到底成し得ない異形に勝る偉業を成し遂げたエヌラスは地面を激しく転がり、受け身をまともに取れたのは数メートル吹き飛ばされてガードレールを巻き込んでのことだった。まるでプロレスリングのロープのようにひしゃげた状態が、その衝撃の凄まじさを物語っている。
血反吐に塗れ、右腕は複雑骨折していた。肘から骨が突き出している。極限まで高めた魔力を半暴走状態で制御し続けていた反動で視界は朦朧とし、全神経が痺れるような痛みから急激な寒さを訴えていた。呼吸は浅く、左眼と鼻と、千切れ飛んだ毛細血管から出血している。それも片っ端から銀鍵守護器官が再生を始めているが、その激痛は麻酔のプールにでも飛び込んだかのような冷ややかさを覚えた。
ガードレールから辛うじて立ち上がった瞬間、エヌラスは膝から崩れ落ちる。咄嗟に手をついた次の瞬間――致死量の吐血と共に、心拍が停止した。
ぐらりと身体が揺れて地面に伏せて、僅かな間――間違いなく、エヌラスの心臓は停止していた。それほどまでの負荷が、一挙に押し寄せては波が引くようにして去るや否や銀鍵守護器官が修復していく。
壊れた骨肉を修繕していく痛みは、金槌で叩かれている鉄のようなものだ。
鍛冶場の馬鹿力、とでも言うように。
頑丈にし過ぎたのか、穿雷の杭打機は装甲表面が幾つか吹っ飛んだだけで済んでいた。その破片が身体に刺さっているが、引き抜いている暇がない。
今は、烈光の邪神がどうなっているかだけでも目視しなければ――エヌラスが力の入らない腕で身体を持ち上げようとするが、圧迫されていた胸が楽になった途端に口から吐き出されるのは不要となった体組織だった。血泡がアスファルトに撒き散らされ、間違いなく死傷だ。
それでも、まだ――なんとか立ち上がる。
赤くなった視界に、目を凝らせば烈光の邪神は仰向けに倒れていた。
その額には、野太刀が突き刺さっている。最初こそ耐えていたようだが、衝撃に負けたのか路面を引き剥がした痕が続いていた。
息も絶え絶えで、エヌラスは立ち尽くしている。
――ここまでやって、ようやくまともな一撃だ。
頭部を打ち抜かれて生きているはずがない――。
……そう。
「…………非礼を詫びよう」
悪寒に、エヌラスが身体を硬直させた。
それは明らかに烈光の邪神の口から発せられた言葉だ。先程までの激情に任せた咆哮などではなく、静かな声色で。打って変わって礼節を踏まえたような口振りが返って恐ろしい。
ゆっくりと、まるで寝起きのようなのんびりとした立ち上がりに通行人ですら悲鳴を上げていた。
眉間を貫く野太刀を掴み、無理やり引き抜きながら烈光の邪神は感情を欠いた黄金の瞳でエヌラスを見据えている。
「お前の執念を見誤った。お前の覚悟を見誤った。嗚呼、俺の誤算だ。成程、他の奴らが遅れを取るはずだ――」
鼻で笑いながら、野太刀を鷲掴みにしていた。
「全ては俺の侮りだ。それを認めよう。すまなかったな――返すぞ」
野太刀を掴み直して、次の瞬間、エヌラスに向けて投擲する。それは軽々と穿雷の装甲を貫いて右肩を穿ち、勢いは留まることを知らず街路樹へ磔にする形で止まった。
痛覚遮断が遅れ、直にその激痛を脳で処理することになったエヌラスが悶絶する。ただでさえ全身の再生に意識が混乱しているというのに、その新鮮な痛みは耐え難い激痛だった。
引き抜こうにも、鍔が肩部装甲に触れるほど深々と貫通していては至難の業。
その姿を冷ややかに見ながら、烈光の邪神は息を吐き出す。
昂ぶる魔力の気配に、瘴気が漂い始めていた。――邪神災害。
「故に、全力だ。此れより先、お前を殺すことに俺は本気を出そう」
拳を握り、地面を打ちつける。
何処からともなく灰が舞い上がり、そしてそれはやがて邪神の目の高さで渦巻いていく。
無造作に手を伸ばし、灰の塊の中から取り出したのは一冊の魔導書だった。
瘴気の風が街を駆け抜ける。灰を乗せて。
死を撒き散らす灰となって、邪神の手の上で独りでに魔導書が開かれる。
外道の知識の集大成にして一流の魔導師であれば有する書物。
頁が捲れていき、無数の紙片を撒きながら烈光の邪神を取り巻くように舞い上がる。
魔力、瘴気、邪気――神気の昂り。
「ああ、ひとつ訂正をしよう。お前はそう簡単に死ねないんだったな? ならば、どうしてやろう。どうすればお前をこの世界から消してやれるだろうか――我が威光によって滅べ、破壊神」
まるで歌うように。まるで、語るように静かな口調で超密度の魔力を振るう様は既視感があった。それを頭を振って振り払う。
そんなはずがない。そんなわけがない。認めるわけにはいかない。
「――神は言った。“光あれ”と。
そして。
この夜に、光があった。それを見て、神は良しとした。
「“