【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百六四幕 Runner Dreams――夢を追う人達の為に

 

 

 

 ――『Galaxy』で開催されている合同ライブイベントは大盛況。しかし、演奏以上に外を気にかけているのはただ一人だけだった。

 ステージから退場していく『RAS』から顔を逸らして、外へと続く扉をジッと見つめている。

 よりにもよって、此処まで接近してくるとは思いも寄らなかった。それほどまでに両者の実力は拮抗していた、しかし最早、烈光の邪神の優勢は揺るぎない物となっている。

 神に値する資格を持つ者達に与えられた、神域への到達。

 神へと変貌する権能――それが変神(トランジション)と呼ばれるものだ。本来ならば信仰によって成される奇跡を、よもや信者を必要としない邪神が扱うのだからその絶望感たるや凄まじいものだろう。

 なにしろ神が、さらなる次の段階に踏み込むのだから。それをあの邪神は可能としている。

 魔導書。魔術師が本来持つべき外道の知識の集大成。あろうことか、烈光の邪神はそれを有している。

 邪神であり、同時に魔術師としての形を成し、あの魔術師を完全消滅させるためだけに策を弄した。それは、かなり早い段階から。

 周到なした準備から始まり、見境のない怪異狩りによる実力の底上げ。あの二人が激突すればどうなるのかなど、わかりきっていることだった。

 だからこそ、()()()()()()()というのに。

 

「…………どうしたの?」

 並んでいたましろが気づいて、声を掛ける。しかし、聞こえてないのかそっぽを向いたままだった。

 明日香も気になって覗き込む。

 変わった子だと、思っていた。一言も喋らないし、泣きも笑いも怒りもしない。

 どこか、機械のようで。鉄面皮というのはこういうことなのかとも思った。

 

 ――魔力の気配を辿る。

 商店街にはまだ届いていないようだが、あの二人の戦闘の規模を計算に入れれば何処に居ても同じようなものだ。この星の大陸を幾つ消し飛ばしても足りないだろう。

 命令に従う理由がない。逆らう理由も。仮に、自分が消し飛ばされたとしても問題ない。

 怒る理由も、憎む理由も。自分には何もない。与えられた使命はただひとつだけだ。

 だが、何のためだろう。何のために、鍵を打っていたのか。

 とても、とても長い間ずっと独りだった。何本も、何十、何百、何千、何万、何億と――星の数ほど鍛造してきて未だ答えは出ない。

 

「ねぇ、聞いてる?」

「…………」

 顔の前で、ひらひらと明日香の手が振られる。そちらに視線を向けると、少し呆れた顔をされていた。

 

「ずっと黙っているけれど、喋れない理由でもあるの?」

「…………」

 喋る理由がないだけで、話せないわけではない。だが、それが不満のようだ。意思疎通に問題がないのなら、口を開く理由もない。

 言葉を交わすことに意義を見出だせなかった。

 

 ――次の開演までの待機時間で、地響きにも似た震動に襲われる。バランスを崩したましろがるーに向かって倒れ込んだ。

 

「ひゃふっ!? ご、ごめんなさい……大丈夫?」

「…………」

 静かに頷いて返す。会場内にどよめきが広がっていた。動揺の波紋、その正体は明々白々だ。

 あの二人の戦闘がこうまで周囲に影響を及ぼしている。今頃、外は戦場と化しているだろう。

 ましろの手が震えているのがわかった。怯えているのが手に取れる。

 

「それにしても、今のなんだろう。ガス爆発みたいな……」

「え、えぇ……!? 爆発とか、怖いな……」

「大丈夫かな。結構近かった気がする」

 そこまで近くない。ただ、あまりの衝撃に建物が揺れただけだ。

 目尻に涙を浮かべるましろが胸に手を当てて深く息を吐き出す。

 

「私達、大丈夫だよね……?」

「そんな大げさな。ここが爆発するわけじゃないんだし」

 ――楽観的に過ぎる思考に、呆れと目眩すら覚える。

 爆発、というだけならまだマシな方だ。地図に残るだけまともだろう。

 るーが呆れていると、店の入り口が騒がしくなってきた。

 何かと思えば、猫が一匹入り込んできている。早足で会場の中に入ってきたのは、銀の毛並みを持つ美しい若猫だった。

 ちりん、と首輪の鈴を鳴らしてるーの足元に座り込む。

 ジッと顔を見上げて一声鳴いた。

 

『やっと見つけたぞ、この泥棒猫め! 俺たちの抜け道を勝手に使ったのはお前だな!』

「…………」

 やぶからぼうに、猫に怒鳴られた。そして、猫から漂ってくる懐かしい香りにそれが地球の猫ではないことに気づく。

 夢の世界の住民、猫の街ウルタールの若殿。

 

『もうこの際お前が邪神だかハテグ・クラ山の麓の鍛冶師だか賢人の弟子だかなんだか知らないが、手を貸しやがれ! このこの!』

「な、なんかこの猫ちゃんものすごく怒ってない?」

「うん……ねぇ、るーくん。何したの?」

 首を横に振る。

 何も、していない。なのになぜか、ものすごく怒られている。

 

『もーひでぇ有様なんだぞ! わかってんのか! ほんっとにひでぇんだからな外の状況! ウルタールの将軍様も頭を抱えて猫の手も借りたいくらいなんだよ! わかったらどうにかしやがれこの青瓢箪! 聞いてんのかおい!』

 猫に叱られている姿に、注目が集まっていた。隣に立っていたましろも明日香も戸惑うくらいに、るーに向かってしきりに威嚇する猫を見つめている。

 

『お前は、あの『賢人バルザイ』の名を継いだ弟子だろうがこんにゃろー! あの賢者の意思を継いでいるっていうなら今すぐ表に出やがれ! そんでもってあの魔術師に加勢しろ! そうでもしなきゃこの邪神災害なんて止まらねぇぞ!』

「……、」

 それは――少しだけ、違う。

 賢人バルザイ。我が師。齢数百歳を過ぎた人にして人ならざる賢者。

 俺は、弟子を名乗っているが、それは都合がいいからだ。

 俺は――造られたのだ。俺は、あの人の手によって生み落とされた。

 生を授かった“刃金”なのだ。つまるところ、あの付喪神達と何ら変わらない。

 あの人は、あの方は、俺の師匠であると同時に、俺の生みの親なのだ。

 ……我が師、バルザイは何を思っていたのだろう。何を願っていたのだろう。

 その生涯を費やして、何を成そうとしていたのだったか。

 

『かーっ、これだから! そんなんだから“つまらない奴”とか言われてたんだぞお前! 知ったこっちゃねぇってか! だけどこっちもそんなことどうでもいい! 早く外に出て戦え!』

「…………」

『あのじっさまは、人類の為に生涯費やしてきたんだから! 俺は気に食わなかったけどな! 偉そうにしてたし! それにこれは、我らがイレク=ヴァド王の勅命であるぞ!』

「――――」

 王の名前を出されては、こちらも静観し続けているわけにはいかない。

 かの王は、至高の夢見る人。ドリームランドにおいて、神々の脅威を退けてきた。前人未到の未知なるカダスより唯一生還してみせた、ただ一人の魔術師。そして、我が師バルザイの知人でもある。

 ――曰く、かの無貌の邪神を退けてみせたという。

 燃える三眼。這い寄る混沌。ナイアルラトホテップより、人類を守護せしめる唯一の人。

 いや、あれはもはや人であるというよりももはや、神に近い。

 “善なる神”に、近しい存在だ。

 

 毛並みを逆立て、激しく威嚇する銀の猫を拾い上げて、るーは踵を返す。

 ふー、と鼻息荒く銀の猫は頭によじ登った。

 

『わかればいいんだ、わかれば! あ、言っておくが俺は戦わないからな! あんな超人博覧会みたいな喧嘩に首突っ込む勇気なんか鰹節置かれたってあるもんか!』

 誰もそんなことは聞いていない。

 頭に猫を乗せたままフロントに戻ってきたるーと、たまたま出てきていた『Roselia』が鉢合わせた。何が起きているのか、このままライブを続けるのかとスタッフと話し合っている。

 その中には、あこも居た。当然のことだが。

 月島まりなと湊友希那、氷川紗夜が話している横。通路には他のバンドメンバー達も不安そうな顔を見せていた。

 安全のために一時休止も視野に入れているようだが――戸山香澄達は続ける気満々だ。

 何の疑いもなく、キラキラと星のように輝く眼で懸命に恐怖と戦っている。本当は怖くて、恐ろしくてたまらないのだろう。だが、逃げ出す前に、踏み出す勇気で抗っている。

 

「るーくん?」

「…………」

 頭に猫を載せた、どこか間の抜けたるーの視線の先。湊友希那が二度見した。その顔を見て、銀の猫が猫なで声を挙げる。

 

『命の恩人のねーちゃんだ。失礼するなよ?』

「……その、猫。もしかして……」

『あの時は助けてくれてありがとな。と言っても猫の言葉は普通の人間には聞こえてないか』

 るーは、友希那達の横を抜けてあこの手を取る。

 邪神が宿る右手と豪語した、何の変哲もない少女の手。

 この小さな手が、何の力もない手が、あの力強い演奏を奏でていた。とてもではないが、自分にはできない芸当だ。

 自分に出来ることなんて、一つしか無い。

 我が師の教えは、ただひとつ。

 ――“鍵”の完成。それこそが、我が生涯を費やすただひとつの宿願であり、宿命だ。

 

 言葉を交わす理由なんて、どこにもない。ただ、彼女の目を見て深く頷く。

 

「――――」

 大丈夫、と。

 自分の頬にあこの手を当てて、すぐに背を向ける。

 

「あ、ちょっと……」

 友希那の静止の声も振り切り『Galaxy』の外へと出ていく。

 すでに邪神の瘴気は街を包みつつある。

 夜の街を見上げれば、時折光がストロボのように瞬いていた。その全ての一撃が必滅であるにも関わらず、あの魔術師はまだ鎬を削っている。

 

『おいこら青瓢箪! 眺めてないでさっさと行け! あっちだあっち!』

 てしてし、と。肉球としっぽで激しく叩かれた。痛くも痒くもないがくすぐったい。

 言われた方角に目を向けて、腰を沈めて駆け出す――本当ならば、あの魔術師を邪神の末端として消さなければならないが……。

 

『あ、おい!? いくらなんでもいきなり速度出すにゃああぁああぁん!?』

 

 どうでもいいことだ。自分には、従う理由も逆らう理由もなにもないのだから。

 夜の街に間延びした猫の悲鳴が響く。

 

 

 

 ――変神した烈光の邪神に手も足も出せず、防戦一方となっていたエヌラスだがそれでも奇跡的に『CiRCLE』への被害は軽微だった。表のカフェテリアのテーブルをいくつか巻き込んだだけで済んでいる。邪神に弁償費請求したところで一銭も出てくるとは思えないが。

 炎の波が眼前を掠めていく。その炎に触れるかどうかの瀬戸際で、ドラッグシガーに火を点けてエヌラスは左眼の回路から鎮静させた。

 快復した視界には、四本腕の灰の怪物が迫ってきている。

 緊急修復した右腕で拳を打ちつけた。その威力は、先程とは比較にならない。

 まるで山を殴ったような重さに、指の骨が折れていた。だが、この程度ならば即座に治せる。

 相手の攻撃をいなし、魔術を捌きながらエヌラスは活路を開こうと邪神の術式の解析を急いでいた。

 聞くことが無いと思っていた、見るはずがないと思っていた言葉に動揺の念はあったが。そんなことで揺らいでいては勝てるはずがない。

 魔導書による変神であるなら、どこかに必ず弱点が存在するはずだ。

 ――その解決の糸口を掴む前に街が無くなりそうだが。

 流石に騒ぎが大きくなりすぎたのか無数のサイレンが近づいてきている。

 警察だろうがなんだろうが、コレをどうにか出来る人間が地球上に存在するはずがない。無駄死が増えるだけだ。

 邪神の蹴撃によってエヌラスが地面を転がり、路面駐車されていた車に背中を打ちつけて歩道まで吹っ飛ばされる。咳き込むと、吐血した。

 無限の魔力貯蔵庫と言えど、それを有する肉体にも限度が存在する。

 真っ先に“煮崩れていく”のが、エヌラスの内臓だ。不調を感知した瞬間に再生する銀鍵守護器官のありがた迷惑は、もはや生き地獄にも勝る苦痛だ。

 朦朧としつつある意識が、生暖かい闇を迎えつつある。此処で気を失ってしまえば、意識の手綱を手放してしまえばどれほど楽だろう。痛みに抗うことなく、受け入れて崩れ落ちれば何もかもが終わっているに違いない――そう、何もかも。

 全部、台無しになった、最期を迎えて。

 

「ッ――――!!!」

 意識を手放しそうになる都度、自分の心臓が壊れそうなほどの鼓動を脈打つ。まるで暴政に抗う市井の如く反逆する。

 自分の本性を隠し通しながら、押し殺して烈光の邪神を睨む。

 コレを使えば、どうなるか。

 これまでにない規模での“破壊活動”が行われるだろう。そうなってしまうと、自分で自分を抑え込めない。

 決して認めたくはないが、確かに。

 この烈光の邪神は、大魔導師に近い実力を持っている。

 それでも、あの絶望にはまだ遠い。“たかがこの程度”と、脚に力を入れて立ち上がれる。

 まだ折れていない。まだ、心の刃は折れてなどいない――!

 どんな絶望に灼けようとも、決して折れるわけにはいかない。

 

 ――顔も、名前も思い出せない女神達の笑顔を思い出す。

 もう一度会える日まで。もう一度だけ、あの奇跡を目にするまでは。

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