【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百六五幕 我が身は一振りの刃金なり

 

 

 

 ――駆ける。夜の街の空を。

 駆ける。

 駆ける――。もっと速く。もっと速く。もっと、もっと――。

 

『み゛ゃ゛お゛お゛お゛お゛ぉぉぉん゛っ!?!?』

 頭上の猫がパーカーに爪を引っ掛けて、悲鳴を挙げていた。

 一切気に留めず、風に魔力を乗せて走る。

 瘴気を纏う夜風を切り裂いて、死闘の広げられている場所を目指す。

 

 

 

 ――初代賢者バルザイは、気づいていた。

 人の身では決して辿り着けない境地があると。

 人の力では決して辿り着けない境地があると。

 人の知では決して辿り着けない領域があると。

 人が侵してはならない神の領域。その存在に気づいていた。

 それは、断じて。人が辿り着くことも、理解することも、侵犯することの叶わぬ神域。

 だが魔道とは総じて未知への探求。

 一歩でも、一目でも、いかなる手段を用いても到達すべき魔術師としての性質――その果てに賢人バルザイは辿り着いた。

 

 “魔刃鍛造”という秘術に。

 自らの手で、人ならざる者を精錬する。人の手で、人ではない者を作りあげる。

 人の形をしたモノを作る。五本の指と二本の腕、人間の手はそういう風にできている。道具を作り、使えるように。

 だからこそ――賢人バルザイは、作り上げたのだ。

 人の形をした、人ではないモノを。

 自らの名を冠する偃月刀の付喪神を、かの賢人は生み出してしまった。

 狂気の産物にして、それは正しく人のために。

 自らが狂気の異界に囚われ、審神に連れ去られ、邪神に利用されたとしても唯一人残した愛弟子にして、血縁者とも呼ぶべきモノが次の領域に辿り着いてくれると意志を託して。

 

 ――私の全てを教えた。私の全てを学んだ。そして、お前は私の全てを超えた。我が名を継ぐモノよ。お前は人の形をしているが、人の子ではない。ならば、然るべき時に。然るべき場所でいつかお前は人ならざる世界に踏み込むのだ。私はそのためにお前を生み出したのだから。

 ――我が名を継ぐモノ。バルザイの偃月刀よ。

 ――嗚呼、すまぬ。すまぬなぁ…………我が叡智を持ってしても、お前に“それ”だけは与えられなんだ。

 

 師の全てを超えたあの日。涙ながらに、そう告げられた。

 何を悲しんでいたのかがわからないが、俺には何かが決定的に足りなかったのだろう。

 そして、師は帰ってこなかった。長い長い、とても長い間。ずっと俺を独りにして消えた。

 一番弟子は生還してきたが、口を閉ざして隠れてしまった。

 ずっと。独りで鍵を打ち続けた。それが師の宿願だった。俺に課せられた命題だった。

 ――それが、何のために与えられたものだったのかは、よく、覚えていない。

 

 

 

 烈光の邪神の一撃を凌ぐ度に、エヌラスは超電磁抜刀術を乱発していた。相手の術式が光速で展開される以上、その一瞬でも時間を稼ぐためには同様に光速で対抗するしかない。

 しかしながら。

 超電磁抜刀術を放つ度に針の穴に通すような集中力を要求される。それを息を継ぐ暇もなく連発するのは常軌を逸した鍛錬が必要になる。足りない分を己の血肉で補い、過剰なまでに発熱した魔術回路によってエヌラスの神経は灼ける痛みを訴えていた。激痛に苛まれ、左眼と右腕がオーバーヒート状態に陥って肺が酸素を求めて毛細血管を総動員させていたとしても、烈光の邪神の猛攻は留まるところを知らない。

 一撃が必滅呪法に等しい。それを、倭刀を振るい、野太刀を振るい、電磁加速蹴撃を駆使して切り抜ける。

 

 口端より血の線が引かれた。とっくに手足の感覚はなくなっている。

 エヌラスが不意に酩酊感に襲われて平衡感覚を失うと、血塊混じりで盛大に吐血した。

 壊死した体組織と、血中の魔力濃度が致死量を超えている。左眼からの血涙に、両手の爪はひび割れていた。歯を食いしばって、それでも烈光の邪神が振るう腕を倭刀で弾く。

 しかし、無造作に振り抜かれる蹴撃が直撃して熱波に飲み込まれたエヌラスがビルを倒壊させながら隣の道路まで吹っ飛ばされる。

 “自壊”していく身体と魔術回路を再生し続ける銀鍵守護器官。魔力をどれほど総動員したところでその崩壊に間に合わず、エヌラスの身体が瓦礫と共に地面に転がっていた。

 

「ご、はっ…………!!」

 意識が朦朧とする。視界が焼けそうなほど眼が痛む。全身が燃えているような錯覚に陥る。まるで溶岩の荒波に晒されているかの感覚に、エヌラスは自分の正気を疑っていた。

 心臓の鼓動が、やけに耳に響く。自分で自分を抑え込みながら、立ち上がろうとする。

 ――脳裏に蘇るのは、焼け野原。

 なにも、ない。なにも残さない。なにひとつ残らない。

 烈光の邪神がビルを消滅させながら歩み寄ってくる。その顔の皺がバキバキと音を立てて変化していた。笑っているのか、哀れんでいるのか。異貌から表情は読み取れない。

 

「実に、くだらん。時間稼ぎだ……」

 変神した邪神に傷一つつけられない。だが、それでも攻撃を凌ぎ続けてきたエヌラスに向けて手をかざす。光閃が身体を貫こうとした次の瞬間、影の中からハンティングホラーが飛び出した。自身のフルカウルにニトクリスの鏡による鏡面加工を施した一時的な防御によって主人をかばう。そのハンドルめがけて、エヌラスがアトラック・ナチャの鋼線を伸ばして自分の身体を引き上げた。

 エヌラスが数秒前まで居た道路にごっそりと抉られ、粉塵が舞い上がった。そして、同質量の灰となって消滅している。

 バイクに引きずられる形で辛うじて避けたエヌラスのことを、ハンティングホラーが店の中に向けて放り投げた。

 店内の棚と商品をめちゃくちゃにしながら転がっていく姿をサイドミラーで確認すると、即座に自分も街路樹の影へと姿を消す。一瞬遅れて街路樹が消滅した。

 

「…………」

 明らかな、落胆。肩をすくめて見せる烈光の邪神は、けたたましいサイレンの音に首を向けた。白と黒の車両が大挙して押し寄せてきている。赤いランプを回転させて迫る車に、左肩の副腕をかざした。

 地面を舐めるように光線を放ち、先頭車両を消し去る。すると隊列が乱れて一斉に事故を引き起こしていた。動きが止まったところで、右肩の副腕が火球を手にして投げつける。

 緊急通報を受けて出動した警察車両が燃料に引火して連鎖爆発を起こしていく。車は溶け、九死に一生を得た職員は火だるまになっていた。

 悶え苦しむ声すら煩わしいのか、絶命する間を待たずに烈光の邪神はひとり残らず灰にする。

 

 ――不意に、夜空を見上げた。

 接近してくる気配を睨みつける。

 それは、ほんの一瞬の煌きだった。夜空に星がまたたくように、ソレは落ちてくる。

 

 閃光。閃刃。一振りの刃金を、咄嗟に副腕によって防御した。

 規格外の防御能力を誇るはずの烈光の邪神、その腕に一筋の切り傷が刻まれた。ほんの、薄皮一枚程度のかすり傷ではあるが――それは、邪神の逆鱗に触れるのに十分すぎるほどの傷だったのだ。

 

 地面へ着地する相手の姿を一瞥すれば、そこにいたのは自分がさんざ利用したはずの相手の姿がある。

 邪神の末席に名を連ね、何を成すこともなかったはずの役立たず。利用価値など、その手にした刃金だけであるというのに関わらず。

 あろうことか、刃を向けた。理由など定かではないが、それだけは事実だ。

 

「…………なんのつもりだ?」

 さも、自分に向けられた刃がなにかの間違いであるかのように。

 烈光の邪神は、小柄な少年――るーへ向けて、声を掛けた。

 かすり傷を付けられた腕を治しながら掲げて見せている。

 

「なにかの間違いか? それとも、ここに来て武勲のひとつが惜しくなったか?」

「…………」

「――狂気に呑まれた師をせいぜい恨め。自らだけでなく、お前すら邪神の末席に加えると判断した愚かな賢人をな」

 

 ――愚かと言われれば、そのとおりかもしれない。

 

「刃を下げろ。この俺が見逃すのは、一度限りだ」

 

 ――我が身は一振りの刃金なれば、成すべきことは大願成就の一念。

 

「……なんの、つもりだ? 歯向かうと?」

 右手に携えた偃月刀を構え、ジッと見据えてくる相手に烈光の邪神は表情を歪める。中央に皺を寄せて、怒りにも似た顔を見せていた。

 

「お前が? 俺に? ただの、道具! たかが付喪神! お前はそうだ。そのはずだ! 人の姿と形を得ただけの、紛い物! ――それが? 俺に? 刃を向け、歯向かうと?」

 まるで今世紀最高の冗談でも目の当たりにしたかのように、笑い飛ばす。

 

「ははは、はははははははははは!! なんの、冗談だ! 本気か。そうか――お前は、俺がどういう奴か理解した、その上で。立ち向かうつもりか?」

 ひとしきり笑ってから、烈光の邪神はるーを――“二代目賢人バルザイ”を見据えた。

 

「よもや、お前が――まさか、そんなはずがあるものか。人間に絆されたと? 情に流されたとでも? とんだ冗句だ。器物が“心”を得るなどと」

「…………」

 その裏切りを、烈光の邪神は決して許さない。

 邪神の格を貶める存在の一切を許さない。決して、許すはずがない。

 我は神意なり。

 例え神であろうとその滅びの時は逃れ得るはずがなく、万物一切を灰燼と帰す邪悪。

 まして、器物であるならば尚更だ。全てに終わりの時が定められているのだから。

 

「――こぉの、裏切り者がぁああああっ!!!」

 そして、夜が明ける。

 烈光の邪神が放った激情による熱量と光量が二代目賢人バルザイだけでなく、道路を挟んだ店舗すら消滅させた。

 目の前で邪神である誇りを穢され、あまつさえ歯向かうなどとは笑止千万。万死に値する。

 倒れているエヌラスはいつでも始末できるものとして、烈光の邪神は二代目賢人バルザイ目掛けて突進した。

 

「…………」

 手にしていた偃月刀を投擲、空いた両手を伸ばして魔力を集中させる。

 

 ――ヴーアの無敵の印において。力を与えよ。

 

 “両手”が炎に包まれる。その中より鍛造されるのは、二振りの偃月刀。

 気が遠くなる歳月の最中で打ち続けた、鍵束だ。

 魔術師の杖であり、触媒であり、鍵であり――二代目にとってこれは、己の存在価値。

 我が命を除いて、全てが写し身だ。

 

 ――そういえば、やけに静かになった気がする。

 

 連れていたはずの猫はどこかに落としてきたらしい。

 ……多分、大丈夫だろう。猫だし。

 

 

 

 烈光の邪神が振るう拳も、紅蓮を纏う蹴撃も、凍てつく波動も。全てが桁外れの神性の魔術。並の魔術師であれば相対しただけで消滅は免れられない格差の攻勢に晒されて、エヌラスは生存した。だが、それは地に這いつくばって辛うじてだ。敗北に違いない。

 もとより、烈光の邪神はそれが目的だった。

 エヌラスを消滅させることだけが主目的であり、それがいつの間にかこんな事態になってしまっている。

 この星は、些か不純物が多すぎる。それに耐えきれず掃除を始めただけのことだ。

 

 大小様々なバルザイの偃月刀を鍛造し、自在に操りながら烈光の邪神の攻勢を凌ぐ。

 圧倒的な体格差だが、それを逆手に取って二代目賢人バルザイは足の間を滑り込むように切り抜ける。背面に向けて副腕が掌をかざし、光弾を放った。

 性質上、触れた物質の時間を急激に加速させて消滅させる。というのであれば、防御は容易だ。適当な物をぶつければいい。光を妨げるように、“なまくら”の偃月刀を宙に鍛造させて光弾を防ぐ。

 神格を上位のものに昇華させる、魔道装衣。あらゆる邪神の中でも、これほどの技を成すのはほんの一握り程度だろう。

 攻防一体にして、魔導書を丸ごと使った大魔術の数々。――かの大魔導師であっても、この牙城を切り崩すのは容易ではないことだ。

 

 右腕を引き絞った烈光の邪神から、さらに飛び退いて二代目賢人バルザイは腕を広げる。

 

「消し飛べ――!!」

 光の奔流が走る。触れたモノ全てを灰燼に帰す烈光。

 

 それを阻むのは、十六陣攻刃結界。数にして()()()()()()()()を展開。

 性質と角度の異なる十六層の偃月刀による防御は、半数を容易く粉砕した。しかし、十枚目に到達する頃には勢いが衰え、最後の一枚だけは表面を焦がすだけに留まっている。

 

 ――構造把握。防御陣最適化開始。魔刃鍛造。

 

 洗練し、精錬し、打ち込んでいく。相手の魔術を解析していく。

 二代目賢人バルザイの()()に奔る魔術回路。それは、生まれ持って備え付けられている偃月刀としての機能。

 

 ――ヴーアの無敵の印において、力を与えよ。

 

 そして、鋳造する。十六層の防御結界より得られた魔術構造を組み込んで、防御用に転換させた偃月刀を左手に握り、烈光の邪神の拳を正面から防いだ。

 両脚の魔術回路によって強化した身体能力で、道路を後ずさるだけに留まる。

 左手の偃月刀は――健在だった。流石に衝撃と威力までは完全に相殺できなかったが、それでも灰燼術式の防御には成功している。

 わずか、二撃。

 たったそれだけの打ち込みで、二代目賢人バルザイは烈光の邪神の攻勢を()()()()()

 

 初代賢人バルザイの、全てを学んだ。その全てを超えた。

 その魔術が、邪神に牙を剥く。

 かつての師は、人の身であったがゆえに神々に敵わなかった。

 だがしかし、二代目賢人バルザイは人ではないが故に――神を殺せる道具だ。

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