【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百六六幕 不敗。不屈。不滅の三重奏

 

 

 

 無数の斬撃。無数の閃撃。斬り結び、偃月刀が幾度となく砕け散る。魔術を攻勢防御したところで、烈光の邪神そのものの攻撃を防ぎきれるわけではない。

 拳に刃が触れる度に、その規格外の強度を誇る腕部によって粉々に砕けていた。

 先の一撃は、完全な奇襲だったからこそ防御の隙を突かれて傷を負ったが、今度は二代目賢人バルザイを“外敵”と判断している。エヌラス同様に、誅殺の対象だ。

 此処で消滅させる腹積もりで烈光の邪神が光弾を撃ちながら接近を試みる。

 

 偃月刀を振るい、空気との摩擦で生じる火の粉から歪んだ刃の偃月刀を無数に鍛造して光弾を防ぎつつ、二代目賢人バルザイは解呪の足がかりを見つけようとしていた。

 

 この邪神は、あまりに規格外過ぎる。

 数多の邪神の中でも、流石は「烈光」と呼ばれるだけのことはある。

 熾烈で、苛烈で、神に相応しい無慈悲さと威厳と厳格を兼ね備えている。灰色の光に触れた万物万象、一切合切を灰に変えてしまうだけの権能。時の辺獄、あらゆる時間と次元から隔絶された領域に隔離されただけのことはあった。

 自分を除いた生命の存在を許さない。気まぐれに許容することはあっても、それはあくまでも自分の“退屈しのぎ”の一種だ。

 だがしかし、今は――エヌラスも、二代目賢人バルザイも。全人類も。異次元の黒い月も、次元神も、大魔導師でさえも誅殺の対象だ。

 

 空気が唸りをあげて、巨腕が振るわれる。それを、両手の偃月刀を十文字に重ねた防御陣で防ぐが神性の炎熱を伴った打撃は小柄な二代目賢人バルザイの華奢な身体を易易と吹き飛ばした。軒先の店舗に吸い込まれ、そのまま反対側から飛び出す。

 空中で体勢を整えて地面に偃月刀を突き刺して止まる。表面に無数のヒビが走った次の瞬間、まるで枯れるように偃月刀がボロボロと朽ち果てた。

 

 ――防御術式の再構成開始。

 付け焼き刃。焼け石に水といった具合だ。こちらの防御が発動する前に、攻勢術式が偃月刀の構成術式を粉砕している。となれば、こちらの反応速度を上げるしかない。

 自動発動(オートラン)では間に合わない。手動発動(マニュアル)に切り替える。

 

 肩を揺らしながら、大股で無遠慮に烈光の邪神は店舗を粉砕しながら歩み寄ってきていた。

 

「その程度の術式でこの俺の魔術が断ち切れるとでも思っていたのか」

 欠片も思っていない。露ほども考えちゃいない。

 その絶対とも言える自信と、自負があるのだろう。これまでただの一度も敗北したことがない絶対強者の理論だ。

 征服者の矜持に、二代目賢人バルザイは深く息を吸い込み、吐き出す。

 この邪神にただの一度でも膝をつかせる事ができたのなら、それは人類の脅威である同族に他ならない。

 ――こんなにも、この地球は“おかしくなってしまった”。人類が敵わない災害を抱え込む元凶となったのは、たった一人の魔術師だ。

 

 偃月刀を正面から砕かれながらも、二代目賢人バルザイは砕かれる都度、魔刃鍛造の手を止めようとはしない。

 これしかない。コレ以外にない。自分に出来ることなど、これしかなかった。

 馬鹿の一つ覚えのように繰り返す姿に、烈光の邪神は鼻で笑う。

 やはり、この程度か――と、そう確信を持った次の瞬間。背後から爆炎と氷嵐に見舞われて僅かに体勢が崩れた。

 

「――!」

 まだ、生きている。

 まだ、立っている。

 あれは、まだ戦おうとしている。

 額は割れて、腕は折れ、爪は剥がれ、骨は砕かれ、致死量の出血を引きずりながら。

 そのどす黒く赤い瞳は闘志と殺意に燃えている。

 その左胸に埋め込まれた魔術刻印、無限の魔力貯蔵庫。銀鍵守護器官は煌々と輝いていた。

 攻撃を受け止めていた衣類は、すでに無残な物となっている。ボロを纏っているも同然だ。ホームレスでももう少しマシな格好をしている。

 絶対不屈の魔術師が、狂気に勝る信念でそこに立っていた。

 

 数秒とは言え、意識を失っていた間に状況は悪化している。どうやら、烈光の邪神ともう一柱が合流したようだが、仲間割れを起こしているようだ。もとより仲間意識など無いだろうが、エヌラスにとっては好都合だ。

 最優先で排除するべきは、新顔よりも烈光の邪神。それは、互いの見解が一致しているのか――毛色の違うバルザイの偃月刀を携えている少年と目が合う。そして、静かに頷いた。

 ……わかりきっていることだが、次は、偃月刀の邪神だ。例えそれが、人類の味方であろうが、今この瞬間、共闘する味方であろうが。末席であろうと邪神に名前を連ねた者は例外なく。

 精密機器同然の左眼の魔術回路はショート寸前だ。閉じられた片目に、重度の火傷を負っている右手は感覚がない。

 “螺旋砲塔”を解除して、エヌラスは倭刀を携える。これが通用しないことなど、嫌というほど理解しているが、創意工夫一つで化けるものだ。

 

「死に損ないめ……!」

「……生憎、死んだことねぇからな……」

 地獄に片足突っ込むのも、今日が初めてではない。死の淵など、何度覗き込んだか忘れてしまった。

 もとより、この道を選んだのは他ならぬ自分自身。誰を恨み、憎もうともそれはお門違いというものだ。

 自分が憎まれて、恨まれるのは正しいことだ。それだけのことをしているのだから。これからもそれを繰り返していくのだから。

 

 エヌラスは咥えていたドラッグシガーから紫煙を吐き出して、倭刀に手をかけたまま駆け出す。それとタイミングを合わせて、二代目賢人バルザイもまた同じように疾風のように踏み込んだ。即興の挟撃に、しかし烈光の邪神はその場で大きく踏み込んで一歩も退くことなく迎撃の構えを見せる。

 

 二本の腕に、自在に動く副腕。合計四本の腕に、両脚の神性。それだけでも別格だ。

 現に、烈光の邪神はエヌラスと二代目賢人バルザイの斬撃を前に物ともしていない。

 刀身に“ニトクリスの鏡”を付与した、鏡面の倭刀によって光を反射して防ぐエヌラスと、防御術式によって攻勢を削り取る二代目賢人バルザイだが、烈光の邪神がアスファルトを脚で打ち鳴らして自分の身体諸共に爆炎に飲み込んだ。自らの破格の強度を前にした自爆技によってダメージを負うのは、劣勢に立たされている二人だけだ。

 エヌラスが地面を転がりながらも、なんとか立ち上がる。そして自分の眼前に掌が迫り、烈光の邪神に頭を鷲掴みにされた。

 副腕の万力のような力によって頭蓋が悲鳴をあげる。拳を腹部に打ち込まれ、そして逆の腕が貫手の形をとり、身体を貫いた。

 明らかな致命傷だが、それでもまだ、銀鍵守護器官は再生を始めている。まるで拷問だ。強靭な精神力でなければとっくに発狂している生き地獄に、烈光の邪神が舌打ちする。

 

「その心臓を抉り取らない限り満足に死ぬこともできんか――!」

 電磁加速蹴撃による前蹴りで、エヌラスが無理矢理に距離を取った。だが、それを逃さまいと更に踏み込んだ邪神の右足から膨大な熱量が放たれる。

 

「フングルイ・ムグルウナフ――クトゥグア!」

 口訣が結ばれ、真名を呼ばれた神性が脈打つ。

 

「フォマルハウト! ンガア・グア! ナフルタグン――イア! イア・クトゥグア!!」

 灼熱の揺りかごに揺られて、炎にも似たエネルギー体が膨れ上がる。それは、形を持たない魔力の奔流の塊だった。

 背面に風の神性を歩ませて烈光の邪神が不意打ちの“螺旋砲塔”の意趣返しと言わんばかりの破壊力をエヌラスに叩きつける。

 脚に触れた瞬間、指向性を持たない小型の太陽が地上に生まれた。爆炎、爆砕――光熱の衝撃がアスファルトを溶かし、空気を震わせる。幾重にも編まれた防御術式によって間一髪でエヌラスは防いでいたがその身体は遥か後方――、

 

 商店街へ向けて一直線に消えていく。

 

 その姿を追う前に、烈光の邪神が背後の気配に両肩の副腕を交差させた。

 甲高い金属音を鳴らし、二代目賢人バルザイの両手に握られていた偃月刀が砕けている。

 

「無駄だと言っているのが、死ななければ理解出来んか! 愚物めが!」

「――――!」

「イア・イタクァ!!」

 今度は、左脚を中心として急速に気温が低下していく。絶対零度の氷嵐が大振りの回し蹴りと共に街に吹き荒れる。白い吐息すら凍りつくような氷点下の中、二代目賢人バルザイは逆方向へと蹴り飛ばされていった。

 烈光の邪神を境目に、かたや灼熱の焦土。かたや、極寒の地という両極端な光景が広がる。

 

「この程度か。この、程度か! かの賢人バルザイの形見も! 邪神狩りを成す魔術師も! 所詮は、この程度でしかないか! ならば、滅ぶ他にない!

 ――諦めろ! 貴様ら程度に、人類は救えない!」

 

 邪神が吠える。声高らかに宣誓していた。

 絶対不敗の天災が己の勝利を確信して――その顔を愉悦に歪ませていた。

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