――宇田川家へと朝方になってから戻ってきた二代目賢人バルザイこと、愛称「るー」は一匹の猫を抱えていたという。
それは、地球の猫ではなくドリームランドにある猫の街ウルタールの猫。将軍猫の跡継ぎとなる手筈のロシアンブルーキャット。毛並みの美しさで名が知れているが、飼い猫なのか首輪を付けていた。
あこがしきりに話しかけ、猫と戯れようとするがそっぽを向かれる。飼い主以外に懐かないことでも有名なだけはある。
『みゃーっ、もうこの嬢ちゃんはしつっこいたらないな! おいなんとかしろ!』
「…………」
座り込んだるーの背後に隠れるロシアンブルーに対して、眼前のあこは左右から回り込もうとするが素早く逃げられていた。追いつかない追いかけっこの障害物として我関せず、揺れるあこのツインテールに顔を叩かれながらも借りてきた猫のようにおとなしい。
その様子を腕を組んで眺める巴は、難しい顔をしながらるーを見つめていた。
変わった子だな、と思っていたが……まさか――。
(この子も魔術師だったなんてなー……)
昨夜はどこに言っていたのか聞いても、おそらく答えてくれないだろう。ジッと、黙ったまま。
“何もしない”のだろうということは、なんとなくわかる。他に行く宛が無くて此処に戻ってきたのだとしたら、それはちょっとだけ嬉しいと思った。
少なくとも、るーにとって此処は「帰る場所」ということになるのだから。両親も心配していた。あんなことがあった夜だから、戻ってこなかったらと不安そうに呟いていた。
結局、るーが朝方になって帰ってきたのは、騒ぎがあったからはぐれて道がわからなくなったのだとうやむやにしておいた。なんで猫を拾ってきたのかはわからないけれども。
あこはまだ猫を追い回している。
「るーは、これからどうするんだ?」
「…………」
「アタシ達と、一緒にいたいのか?」
巴の問いにしばらく考え込む。それから猫を眼で追いかけていた。
『にゃ? なんだ。その目は。好きにしろよ。どのみち、お前さんはドリームランドに戻れなくなったんだから』
昨夜の出来事から、魔道書を投棄しようと猫の“抜け道”を辿ろうとしたが――その道は閉ざされていた。
理由も原因も明白。手にした魔道書「カルナマゴスの遺言」の神気と邪気が、それを許さなかったからだ。クァチル・ウタウスの執念、怨念というべきか。
最期の呪詛ともいうべき「呪われろ」という言葉そのものが、二代目賢人バルザイの帰路を断っている。熾烈に過ぎる怨念の凄まじさときたら、死して尚も効力を損なわない。
その結果、るーは地球に居座ることしかできなかった。他に行く場所もなくて、自分なりに考えて、一晩明かしてから向かった足は――この、宇田川家だった。
意外にも、本当に予想外にも。
温かく迎え入れてくれたことに、るー自身驚きを隠せなかった。
朝食にお風呂に、替えの服と。こうもしてくれる理由が、全く思い当たらなかった。
『で、どうすんだ? オレは手伝わないし助ける気もないからな。此処に居るのは監視役だ』
――実は傷が治るなりウルタールを無断で飛び出して、戻るのが怖いからでもある。今度こそこっぴどく将軍猫から叱られるとわかっているからだ。
るーは、顔を上げて巴の目をジッと見つめる。
時間が許す限り、可能なら。静かに頷いた。
「……そっか」
肩の荷を下ろしたような、緊張感を解いた顔を見せてから屈み込んでるーの頭を撫でる。
「もうひとつだけ、いいか? いや、疑ってるわけじゃないんだけどさ。やっぱり不安なんだ。――企んでるとかじゃなくて。純粋に、るーがそうしたいからそうしているんだよな?」
「…………」
それには、すぐに肯定した。
そもそもその質問は、聞いて素直に答えるものではないと思う。そんなことを考えながらも、るーは猫を捕まえてあこに差し出した。
「いいの? わぁーい」
『み゛ゃぁぁぁぁ!!! この裏切り者ぉぉおおおっ!!!』
ふぎゃーふしゃーお!! るーの手の中で大暴れする猫だが、あこに顔中撫で回されている。ものすごく嫌がっている様子だが、抵抗するのを諦めたのか徐々に大人しくなっていった。
そんな微笑ましい光景を見て心を和ませていると、昨夜の出来事が本当に嘘のように思えてならない。ならば、少しくらいは甘えた夢を見てもいいだろうと巴も猫の顎の下を撫で始める。
「この子、飼い猫じゃないのか? 首輪付けてるし」
「るーくんの家で飼ってた猫じゃないの?」
「…………」
首を左右に振る。この猫、どうやら勝手に付いてきたのか連れてきてしまったのか。まぁ昨日の騒ぎもあるし――多分拾ってきたんだろう。と、二人は結論づけた。
学校が再開するまで少し猶予があるし不要な外出は控えるべきだが、飼い主も困っているに違いない。近々、飼い主でも探しに行こうと巴は考えていた。
大規模な破壊の痕跡に紛れて、その一件のニュースは流れていた。火事場泥棒のような内容ではあったが、似たような事件は以前にも起きている。誰もがそれほど重要視しようとはしなかった。何気なくそれを眺めていた氷川日菜を除いて。
自宅でポチポチとどれもこれも似たようなニュース報道を見ていた日菜だったが、すぐに飽きてしまう。新聞を見ても似たり寄ったり。しかし、片隅にこっそりと載っていた報道には気を引かれた。
『国宝の刀剣、行方知れず』
「…………」
昨晩の騒ぎから警備員が巡回に戻ると、刀剣が消えていたという紛失・盗難事件。つい最近起きた出来事に脳内ですぐに結び付けられた。
あの事件は、結局のところ盗難未遂事件に終わっている。今回は四振りが無くなっていた。
――と、なれば。
何振りかは博物館より紛失。一部は政府機関で厳重に保管していたが、盗難とされている。
「んー?」
なぜそれだけが盗難と判断されているのか日菜は考えた。
盗む現場を目撃したからだろうか? となれば、相手はすぐに逃げたはずだ。右も左もわからずに現代に“顕現”したのだから。しかし、そうなると以前と何が違うのか。
その記事には『名刀天下五剣』と記載されている。
(天下五剣、っていうことは……)
三日月宗近もその一人だった。そうなれば特定は容易い。早速ネットで検索すると、すぐに名前が列挙された。
「へー、おもしろ~い」
ついつい、ニュースのことなどそっちのけで調べ物に熱中してしまう。
童子切と鬼丸は、双方ともに鬼退治に用いられたという。しかし、それと関連した記事の中には聞き覚えのある名前が記載されていた。
鬼切――別名「膝丸」。鬼切安綱ともいう。
日菜の記憶が正しければ、あれはそう。京都の「現世壬生狼士組」の虎徹達と敵対したという。離反か謀反か、理由がいずれにせよ損害を出しながらも「粛清」されたはずだ。
「ん~……?」
髭切共々、既に討たれた後。となれば、ますます疑念が湧いていた。
何故、今になってこの四振りが顕現したのか? 他と何が違うのだろうか?
付喪神事件は、九十九兼定を最期に終息したはずだというのに――日菜は自分の中で途端に好奇心に火が点いた音を聞いた。気がする。多分。
「よーし、そうと決まれば」
早速
「日菜」
「――…………はーい」
とは、
リビングのソファーに座りながら、仕方ないのでパスパレのトークルームに話題を振ることで我慢する。
『なんかまた事件の香り!』
少しして……。
『昨夜の件なら、とっくにエヌラスさんが犯人だとわかっているでしょう?』
とは、千聖の言葉。
『そうですよ。また派手に暴れたものです』
麻弥の文言に、イヴが同意しつつもフォローしている。
『でもエヌラスさんのおかげで助かった人達だっているはずです』
「うーん、なんか皆勘違いしてるかも……」
『昨日の事件じゃなくて、付喪神事件の方』
日菜が新しく打ち込むと会話が途切れた。やや、間を置いてから返信が飛んでくる。
『どういうこと?』
『昨夜の事件に紛れて、また刀剣盗難事件があったみたい』
どんな反応が返ってくるかと画面とにらめっこしていると――。
『おはよー! なんかまた大変なことになってるみたいだけど、皆は大丈夫だった?』
と、ここで一人だけ返信のなかった彩が出てきた。
『彩さん。おはようございます』
『おはよう、彩ちゃん。こっちは大丈夫だったわ』
『今ヒナさんから新たな事件の話をされていたところです』
そこで、彩が驚きを表現するスタンプを表示する。また新しいスタンプ買ったんだ、とは思いつつも日菜は情報共有。一連の事件と、現在の仮説をトークルームに載せた。
今日は事務所も慌ただしく、連絡があるまでは自宅で待機するのが望ましい、と昨夜は芸能事務所から釘を刺されている。なにせ、巻き込まれた前科持ちだ。事務所もそのせいで慎重にならざるを得ない。
その様子を横で見ていた紗夜がため息をついていた。こちらからの連絡に一切応じないオカルトハンターの身を案じながら、これからどうなるのだろうという不安を抱えて。
しかしその時。隣で座っていた日菜が笑みを輝かせながらスマフォの画面を見せてきた。
「おねーちゃんおねーちゃん、見てコレ! 彩ちゃんのヘンテコなスタンプ! あはははは、面白ーい! あたしも買っちゃおうかなー」
「…………」
緊張感、欠片もなし。世界の珍獣スタンプを見ながら、紗夜は深く、深~く、ため息を吐く。