【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百七三幕 袖振り合うも化性の縁

 

 

 

 現場は騒然としたものだが、その対応はあまりに早かった。というのも、予めそれらの対策を用意していた弦巻家のサポートあってのことだ。エヌラスの補佐に回っていた執事たちの手によるものだが、その捜索は無駄に終わっている。魔術師が本気になって身を隠せば、どこを探しても徒労に終わる。

 その甲斐あって、三日も経てば交通整理は必要になるものの通行が可能な程度に回復していた。学校の再開も始まり、不安を抱えながらも香澄達は登校している。

 仮初の日常に戻ってきたが、それでもどこか足取りは危うかった。またすぐにでも壊れてしまうのではないのかと怯えながら時間を過ごす。

 

 ――それでも、水面下で世界は動いていた。

 日菜が調べ物をしていた天下五剣。消えた四振りは今どこで何をしているのか。

 

 

 

「…………あー、腹減ったな」

「お前、それしか言っていないぞ」

 

 その二人は、川沿いの土手に座り込んでいた。眺めているのは、破壊された緑地。

 住宅街と市街地の境として橋が架けられている。そこを渡らずに、住宅街側から二人組の男性は復興作業を行っている重機と作業員を眺めていた。

 赤を基調とした、着物姿の男性。燃えるような赤い短髪。軽装の具足を着けている姿は現代の人々も見慣れていないのか、すれ違う人々が横目で見ていた。

 何よりも目を引くのが、腰から下げた太刀。

 その男性の隣で同じように腰を下ろしているのは、右眼に眼帯を付けた青年。こちらもまた軽装ではあるが、どこから拾ってきたのか擦り切れたレインコートを羽織っていた。その腰からは太刀の柄が覗いている。

 

「まぁ、なんつうか、アレだな。腹減ったな」

「…………」

 先ほどと言っている内容は何も変わっていない。眼帯の青年は無視していた。

 

「……これからどうする?」

「あー。まぁそうだな。できれば飯食いたいな、握り飯。梅がいいな、梅。うん」

「食わねば戦にならんのは分かるが。それ以外だ」

「こうしてお前と巡り会えたのも、源氏の縁って奴だ。まぁそこはほれ。他の二人もそろそろ戻ってくる頃合いだろうし、気長に待てばいいだろうよ。果報は寝て待てってこった」

「…………」

 言ったそばから、二人のもとへ歩み寄ってくる男性の二人組。

 かたや、袈裟を着た大男。

 かたや、笠を目深にかぶって外套を羽織った黒尽くめ。

 

「おー、来たか。どうだったよ?」

「うむ。拙僧の見立て通りでしたな。どうも、あの橋を境にして地脈が乱れておるようで」

「そのせいで、ここら一帯は良くない流れが吹き溜まっている、と」

 じゃらり、と。数珠を鳴らして大男は朗らかに笑っていた。

 

「日の高いうちは構いませぬが、夜はどのような化性が出るか。はてさて、そればかりは」

「んで? そっちはどうだった、おみつ」

「手がかりは掴めなかった。すまぬな」

「なぁに。気にすんな、あの野郎は面見たら一発ぶん殴っておきたいからな。話し合ってからもう一発ぶん殴っておく」

 あっはっはと破顔していた男性だったが、すぐに笑い終えると深く息を吐き出す。

 腹の虫が鳴った。

 

「あ~……なんつうか、やっぱ腹減ってきたわ……」

「ははは、出会ってから同じことしか言わぬな」

「……三日前からずっとだ」

「なんと。その時から? うーむ、拙僧もこちらへ馳せ参じたのはつい先日のことでしたが」

「つーかよ、数珠丸。突っ立ってねぇで座ったらどうだ? おみつも」

「はは、そうですな。では失敬」

「…………」

 四人で肩を並べて河川敷に腰を下ろす。

 今後のことで話し合おうにも、全くの無計画。笑えてくるほど空は青い。腹は減る。そして時間は流れるものだ。

 

 ――隠し立てするもなにも、見るからに怪しい四人組。いずれも腰には刀を帯びている。それを隠している眼帯の青年と笠をかぶった男性はともかく、袈裟の大男と赤具足の男性はひと目で国宝であることが分かる。

 奇縁なことに。この地で起きている異常に引き寄せられるようにして四人はここに集まった。それがつい昨日のこと。

 右も左もわからないままに、ただ、己の思うがまま駆け出した足の先には、自分と同じ境遇の者が居た。顔を合わせるなりに意気投合、それからこうして共に行動している。

 

「はてさて。こうして四人で肩を並べたところで、さした変化も無し。どうされる、童子切?」

「あー、そうだよなぁ。ひとまず夜まで待つか?」

「……往来の目が気になる。場所を変えたい」

「同意」

 竹笠をずらし、人目を遮るように大典太光世は俯いていた。

 

「んじゃ、場所を変えて夜まで待機ってことで」

「日没後は人目を避けて周囲の探索でよろしいか?」

「異議なし。鬼丸とおみつもそれでいいか」

「……構わない」

「御意」

「そんじゃあ適当にどっか行くかぁ! にしても、腹減ったなぁ!」

 お前は、他になにか言うことないのか? ――他の三人の視線をものともせずに童子切安綱は勢いよく立ち上がり、伸びをしていた。

 数珠丸恒次の案内で、どこか人目につかぬ場所、かつ地脈の安定したところを探す。

 

 

 

 再開初日の学校も、生徒の安全のために昼までの授業となっていた。しばらくは早期の下校となる旨が全校集会で校長より案内されている。そのため、ライブ活動もしばらくは自粛という形だ。

 馴染みの『CiRCLE』の被害は、幸いにも表のカフェテリアだけで済んでいる。それもテーブルなどの備品が壊れた程度のものだ。営業そのものを脅かすほどではない。ひとまずそれには香澄達も安堵していた。しかし、そういう時に頼りになりそうな人はもう居ない。

 

「あーりさぁー、蔵練しよー!」

「ダメ」

「なんで?」

「なんでって、そりゃ。先生も言ってただろ、しばらくは課外活動禁止って」

「でも暗くなる前に帰るから!」

「そりゃ生徒会の活動だって様子見するようになってるけど……」

 香澄の不安もわかる。それを紛らわせたいがために、いつものように練習をしたいのだろう。

 廊下を見れば、沙綾達も待っている。有咲自身、なにか気分転換をしたいと思っていたところだったのでちょうど良いタイミングとも言えた。

 

「遅くても夕方までだかんな」

「やった!」

 日没までは流石に難しいが、それくらいなら大丈夫だろう。

 

 放課後、といってもお昼時の時間帯。生徒たちは授業が終わるなり、いつもより増えた自由時間をどう過ごすか友人たちと話し合っていた。大人しく自宅に帰ろうという生徒は数少ない。

 その手本のように白金燐子は帰り支度を進めていた。生徒会の仕事は自宅に持ち帰ってから進めようと考えている。

 ふと気になり、紗夜はどうするのかと声を掛けた。

 

「そうですね。自宅に直帰して、そのままギターの練習でもと考えています」

「そ、そうなんですね……わたしは、生徒会の方を片付けてから……」

 オンラインゲームのログインもしておきたいが、自主練習をしておかないとライブに支障が出そうだ。ただでさえこの休校期間でプレイ時間が増えている。

 

「日菜も、事務所の意向で収録は先延ばしにされたみたいですし」

「白鷺さん達も、言ってましたね……」

 地区の復旧工事が終わるまでの期間、交通の不便はあるものの来週には元通りの生活に戻れそうだとも言っていた。

 

「でも、あこちゃんも……気になりますね」

「……そうですね。あの子のことも、これからどうするのか聞いていませんでしたし」

 戻ってきた、という話から進展はない。ただ単に、宇田川家の世話になっているだけだ。

 これから先どうするのかまでは、まだ決めていない。

 

 

 

 香澄達が有咲の家に向かう途中。横断歩道を渡り、長い石段を登っていると――明らかに、危険な香りのする四人組と出会ってしまった。

 ひとり、気だるげに腰を下ろしている赤具足の男性は街を見下ろしており、視線が合った相手はすぐに視線を遮るように笠を目深に被り直している。

 

「…………」

 思わず、香澄達も立ち止まってしまった。

 

「……童子切。通りの邪魔になっているぞ」

「え? あー、おう。人が来るとは思ってなかった。こりゃ失礼、どっこらしょ」

「お嬢様方、連れのものがとんだ無礼を。どうかお許しください」

「い、いえ! 全然気にしてないです!」

(……なんか、見るからにやべー人らだよなぁ……)

 有咲はそれとなーく、会釈しながらその横を通る。しかし、すれ違いざまに眼帯の青年が声を掛けた。

 

「……失礼。そこのお嬢、よろしいか」

「へ? あ、あたし!?」

「……この先に、蔵を有した屋敷があったが。それは貴方の家か?」

「え、あっ……」

「有咲の家に、なにか用事でもあるんですか?」

 勝手に人の名前を出すな、とたえに思いながらも香澄も相手を悪人とは疑わないのか、気にしている。沙綾とりみは様子見だ。

 

「……その前に、自己紹介を。オレは――そうだな、國綱、と言うものだ」

「ツナさんですね!」

「美味しそうな名前」

(絶対にシーチキンマヨとか考えてるだろうなー、おたえ)

「でも、なんで有咲の家ってわかったんですか?」

「……盆栽。それと、蔵の残り香、とでも言えばいいか。そんな気がした。あの家の、質を少しだけ見たが……武者鎧は、どこで?」

「あれは、その……売り物で。でも、置き場も無いし、買い手もまだ見つかってない」

「……そうか」

 物静かな青年は、腕を組むと少しだけ唸っている。悩んでいる様子だ。

 

「なにか気になることでもあるんですか?」

「……今。この町には悪い気が流れている。古来、縁の器物を扱うなら細心の注意を払ったほうがいい。恒次」

「うむ? 拙僧にお祓いでも?」

「頼めるか」

「お安い御用だ。なに、茶の一杯でもてなしていただければ、それでお代は結構」

 袈裟を着た大男、恒次は深々と拝むように有咲達に頭を下げる。

 どうやら、流星堂に置いてある武者鎧が“良くないモノ”らしい。その忠告を聞き入れるかどうかは有咲に委ねられている。その話を聞いて、香澄が袖を引いていた。

 

「ねぇ、有咲。お祓いはしてもらったほうがいいんじゃない?」

「……そうかもな。夜な夜な動かれても商売になんねーし、怖いし……」

「私はちょっと見てみたいかなぁ……」

 実物でホラーを見たいと申す気丈なりみに、恒次も國綱も驚いている。

 童子切と大典太の二人だけは、距離を置いていた。そんな相手を気遣ってか、沙綾が声をかけてみる。

 

「あのー、お二人もどうですか?」

「ん? ああ、俺はやめとくわ。腹減って動きたくねーし」

「……拙者も遠慮しておこう」

「つーわけで、そっちは任したぞ。鬼丸、数珠丸。俺らは先に場所変えて休んでる」

 軽く手を振って、道を外れていく二人に残された國綱と恒次は静かに頷いた。

 

「……なんかまた厄介事に流れるように巻き込まれてる気がするんだけど」

 渡る世間に鬼はないとはいうが、それで旅の道連れにされてはたまったものではない。

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