――市ヶ谷宅。質屋「流星堂」の武者鎧が怪しい、という話は以前もエヌラスに言われていた。だが、それが改めて國綱と恒次に指摘されたことで有咲もお祓いを頼む。その報酬も茶の一杯で十分と言われたので破格に過ぎる話だ。
なにか有り難い御札と念仏を唱えられて、終わり。という少々肩透かしを食らうような光景ではあったが、むしろそれだけの手間で済む程度の憑き物であったと思うべきか。
お祓いが終わってから、有咲の祖母がせっかくだからと茶菓子でもてなしていた。厚意をありがたく受け取り、なにやら話に花を咲かせている。どうやら本当に親切心でお祓いを進言してくれていたことがわかった。
風体が怪しい時点で、これまで散々に騒ぎのタネになっていたオカルト絡みの人物であることは明白。しかし、他とはどこか毛色が異なる様子だ。
粗茶と茶菓子を前に、謙遜しながらもその誘惑には抗えないのか一口。
レインコートのフードをかぶったままの國綱は、有咲が丹念に手入れをしていた盆栽を眺めている。それを見守っている有咲は気が気でないのか落ち着かない様子を見せていた。
一体全体、どこから拾ってきたのか。裾の擦り切れた青のレインコート。ビニールシートをかぶっているようなものだが、雨でもないのに羽織っているのはどうしても目立つ。
「あのー、國綱さん……でしたよね? なんで、その雨合羽を?」
「……拾った」
「ええっとぉ……拾ったのはいいんですけど。雨も降っていないのに?」
「……少し、訳がある」
沙綾が気になって尋ねてみると、自分の素性を隠すために着ているらしい。レインコートの下から刀の柄が覗いている時点であまり隠せていない気もするが。
「國綱さん達は、どうしてこの街に?」
「……オレたちは人を探している」
香澄の質問には、思った以上にあっさりと答えていた。
「この街に来たというのも……なんと言えばいいか……」
「拙僧達は、この周囲に瘴気――つまりは、良からぬ空気が澱んでいた事が気にかかった。それで馳せ参じてみれば、なんと同じ境遇の者が集まっていた。一人旅もまた不安なもの。目的も同じときたら、共に行動するのもやぶさかではない」
「…………まぁ、そういうことだ」
「どんな人?」
たえの率直な質問に、國綱はやはり少しだけ考え込む素振りを見せている。自分たちにもわかるように言葉を選んでいるのだろう、ということがわかった。
「……少し、朧気だが。三日月状の髪飾りを差した、青い着物の、男性だ。見覚えはないか」
「う~~~ん…………」
「名前は、宗近。何か、知らないだろうか……」
そこまで特徴的な人物なら、すぐに思い当たりそうだが――知っていそうな人は生憎と此処にはいない。だが、有咲が思い出したように「あっ」と声に出してしまった。当然、國綱と恒次の視線が刺さる。
やってしまった、と思う頃にはもう遅い。
「……心当たりが?」
「あー……ちょっと前に……見かけたような気がー、あははは……」
「そういえば、確かに。学校に来たような……」
りみも思い出したのか、茶をすする恒次に話し始めた。
その時は三人組だったそうだが、見かけたのはそれっきりだ。とんと、姿を見かけていない。
本当に僅かな手がかりだが、それでも國綱と恒次は感謝した。
「そう、か。学校……」
「ふむ。しかし、だいぶ前の話のようだ。となれば、もう少し詳しく知っている人物がいるはず」
「……どう探すつもりだ、恒次」
「そうですなぁ。見たところ同じ服装を着用している。ならば、これ以上の目印はあるまい?」
「…………オレは、声を掛けるのは苦手だ」
「なぁに、そこは安綱殿に一任すればよし」
「アレに任せたいと思うか?」
「他に誰か適任が?」
四人の中で一番まともな國綱も、この通り。少々奥手だ。恒次も自分の背丈が故に距離を置かれているのもわかっている。
盆栽を眺め、物思いに耽る姿に香澄達も考えていた。
「あ、そうだ! そういうことなら少しだけ待ってもらっていいですか」
「なにか妙案が?」
「彩先輩なら多分、私達より詳しいと思います。ちょっと聞いてみますね」
「ならば、こちらは朗報を待ちましょぅ」
見慣れない道具、スマフォを「式神かなにかだろう」と恒次は解釈。特に気に留めないことにした。香澄が少し会話をしてから、恒次に声を掛ける。
「彩先輩、こっちには来れないみたいですけど電話ならできるそうです。はい!」
「かたじけない。して、これは……」
「これに向かって話せば大丈夫です」
「成程成程。では少々拝借して……拙僧は恒次、彩先輩殿、聞こえておりますか?」
『は、はい! 丸山彩です! えっと、恒次さん? その、宗近って人のことをもう少し詳しく教えてもらえませんか?』
「おぉ、声が聞こえてくる。なるほど、この時代は不思議な道具が多いようだ。失礼。では、宗近なる男について少しばかり……名を、三日月宗近と言うのだが――」
先程よりも詳細を述べて、彩からの返答を待つ。すると、一連の事件。刀剣の付喪神事件について彩が素直に話し始めた。
――三日月宗近と名乗る男と、獅子王、小竜景光の三人組との遭遇。西へ向けての旅路から、事件の結末までを聞いて恒次は静かに唸った。
話の中に出てきた、兼定という人物と、エヌラス――ぬえのことが新たに気がかりなようだ。
「……うぅむ。なるほど、あいわかった。感謝いたします」
香澄にスマフォを返すと通話を続けている。
「どうだった……」
「三日月宗近は討たれたようだ。それを聞いたらまた安綱殿が荒れますなぁ……」
「……そうか」
「と、なれば。こちらの手がかりは一連の話に出てきた、えぬらす殿になりますな。どうも事件に深く関わりを持っていたようで」
恒次と国綱の視線が、有咲達に向けられた。何か知らないだろうか、と目で訴えている。
知っているも何も、この街に恒次達が来た原因と言っていい。だがしかし、当人は現在行方を眩ませている。
それを話すべきかどうか。言葉に詰まる沙綾達に、恒次は深く頭を下げる。
「いやいや、まさかこうも早く進展があるとは思わなんだ。これも御仏の思し召し。協力に感謝します、皆様方。あとはこちらでどうとでもしますとも。これ、國綱殿。見事な盆栽に心奪われている場合ではありませんぞ」
「……ああ」
褒められて悪い気はしないのか、有咲が照れくさそうにして落ち着かない。
「では、我ら二人は急ぎ安綱殿と合流せねば」
「腹が減ったとまた暴れないといいがな……」
「その時は國綱殿の出番ということで」
「…………気の重い話だ」
國綱は深く息を吐き出して、肩を落としている。
「あの。エヌラスさんについて、あたし達に聞かないんですか?」
「む? なにか話しにくそうにしておられる様子。ならばこちらとしてはこれ以上ご迷惑をおかけするわけには行きますまい? 宗近を知る彩先輩殿に取り計らっていただいただけで、十分過ぎるほど。感謝こそすれど、気重にさせては申し訳ない」
「……なにか有事の際は、こちらを頼ってくれ。力になる」
「では、我らはこれにて。馳走になり申した。皆に御仏の加護ぞあれ」
恒次が縁側より腰を上げ、國綱も有咲達に深く頭を下げていた。
市ヶ谷宅を後にする二人を見送って、沙綾が少しだけ申し訳無さそうにしている。
「……エヌラスさんのこと、話してあげればよかったかな。もしかしたら味方してくれたかもしれないし」
「ううん、そうとは限らないしこれで良かったんじゃないかな」
不要な衝突は避けるに越したことはなかった。あれからまだ三日しか経過していない、となればエヌラスの怪我だってまだ治りきっていないはずだ。
「――はい、ありがとうございます。彩先輩。それじゃ、また明日学校で!」
「彩先輩、なにか言ってた? 香澄」
「うん。念の為、香澄ちゃん達も気をつけて、だってさ! 私達も蔵練始めよっ!」
「そうだね。気持ちを切り替えていこっか」
香澄とたえが先立って蔵に向かう中、沙綾とりみが続く。最後に有咲が重い腰を上げた。
盆栽を盗み見て、褒められた事を思い出す。
「……盆栽好きなら、悪い人じゃねーよな」
「有咲ー、はやくー!」
急かされて、駆け足で四人と一緒に蔵の中へ。不安はまだ残っている、しかし、それを吹き飛ばせるくらいの演奏をしていけばいい。
エヌラスが辛うじて残してくれた、この日々の中で。
「…………なぁ数珠丸」
「なにかな、鬼丸殿?」
「…………あの二人、何処に行った」
「…………はっはっは。これは、見失ったというやつですな!」
来た道を引き返して周囲を探しても童子切と大典太の二人が見つからない。
「……笑い事ではない」
「なぁに、万事笑っていれば福も転がり込んで来よう」
鬼丸は、レインコートのフードを目深に下ろして呆れていた。
――その例の二人は何処に行ったのかと言うと、住宅街の何処に行っても注目の的で不審者扱いされていることに童子切が腹を立てながら場所を転々と変えている。
結局、勝手に橋を渡ってしまっていた。すれ違う制服の女子達もヒソヒソとなにか呟きながら横を通っていく。
「そんな目立つか俺は」
「でしょうな。拙者はともかく」
「いや、どう見てもお前だって怪しいだろ」
「ふむ? 羽織で隠しているつもりですが」
「その頭の天辺から草履の先まで黒一色の影法師みてーなのに言われたくねぇよ。あー腹減った」
自分たちの格好が浮いていることくらいはわかっていた。そんな不審者が二人で歩いていれば当然、誰かが通報しようとするものだが……“前例”がいるだけに、それだけは踏み止まっていた。
「しかし」
「あん?」
「……年若い女子が多い気が」
「服も似たり寄ったりだな」
「ふむ――衣装の意趣から察するに、どうやら二つの学び舎が近いようで」
花咲川女子学園と、その近辺にある羽丘女子学園の二つを大典太が見つける。そこから学び舎の制服であることを結びつけていた。ならば、流れを辿っていけば本丸へ辿り着くことは容易だ。しかし童子切はそんなことはどうでもいいらしい。
「なんだ、勢力争いでもしてんのか?」
「その物騒な物言いはどうかと」
「武士もいねー時代とか考えらんねーわ。お前はちょっと違うみたいだが」
「矛を収めるに越したことはありませぬ」
「敵も攻めずになぁにが矛だ」
「ならば、立つ敵がおらねば?」
「それはねぇな。俺がいるなら、必ずどこかに敵がいる。鬼でも蛇でも矢でも来いってんだ」
不敵な笑みを見せている童子切だが、それでも腹の虫には敵わないのか腹に手を当てていた。
「あー、それにしても」
「腹が空いた、と?」
「よくわかってんな……」
そんな怪しげな二人組を遠巻きに見つけてしまったのが、氷川紗夜。羽丘女子学園に足を運ぼうとしていた矢先のことだった。日菜を迎えに行くのと、学園の様子見を兼ねている。そして、それには白金燐子も一緒だ。
今後の方針を友希那達と話し合う目的もある。だというのに――また厄介な雰囲気の二人を見つけてしまった手前、放置するのも気が引けた。
「あの、氷川さん……どう、しますか……?」
「…………勝手に問題を増やされるより、こちらから仕掛けましょう」
その方が対処もしやすいというものだ。
どうしてこう、次から次へとトラブルが舞い込んでくるのか――あれもこれも全部、あの人が悪いに違いない。紗夜はそう思いながらも、怪しげな二人に声を掛けた。
「そこのお二人、少しよろしいでしょうか?」
「ん? 俺達に声を掛けてきたのは嬢ちゃんが初めてだな。なんだ?」
「花咲川女子学園に何か御用ですか?」
「学園? いや、学び舎に用はねぇよ。人探しをしてるだけだ」
「人探し……? 特徴などは?」
「天下五剣、三日月宗近だ。何か知っていたら教えてくれ。素知らぬならばそれで良し――と、言いたいところだが、顔は正直だな」
「その人に、どのような用事が?」
「それは聞かない方が身のためだ。好きで厄介事に巻き込まれたくはないだろうよ」
「……それなら、ちょうど詳しい事を知っている妹に会いに行くところですので、よければ」
「そりゃ重畳、重畳。いくぞ、大典太」
「承知」