【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百八一幕 鬼の目に

 ――頚椎にまで達した大典太の抜刀は、傷の治りが早かった。それでもいつも以上に時間がかかっていたが、エヌラスは自分の首がまだ繋がっている事に安堵する。切れ味の良さが裏目に出ていた。斬られた感覚こそ意識していたが、咄嗟に首を押さえていなければ今頃はずり落ちていたことだろう。こればかりは、瀕死になってきた経験の豊富さが活かされたと前向きに見るべきだ。

 出血が収まりつつあるエヌラスを見て、大典太は驚愕しながらも構えている。落とし下段。

 

「ほう……いささか、首を落とすには不十分と見ていたが。よもや、よもやだ。繋がるとは思わなんだ」

「げふ、げっほっ――かふっ、くそ……が……!」

 喉に溜まった血の塊を吐き出せば、糸を引いていた。一介の付喪神でありながら、これほどまでの剣術を放つとは思いもしなかった。

 これまで避けるか防がれるかのどちらかであったが、後にも先にも、超電磁抜刀術を打ち返してきたのは大典太が初だ。

 しかも、よりにもよって野太刀による一撃を。

 大典太が童子切達に振り返る。

 

「拙者が首を刎ねても問題はあるまい?」

「いや、というか……なんで生きてんだそいつ」

「……普通死ぬものだが」

「はて。拙者に問われましても……」

 自己再生に回す魔力を余分に割いて、怪我の治癒を終えると取りこぼした野太刀を掴みあげた。

 確かに。長大な刀身を持つ野太刀による一撃は強力だが、懐に入られれば威力を発揮するには不十分となる。納刀してから、エヌラスは改めて倭刀に手をかけていた。

 間合いの不有利を物ともしない大典太が相手では、結果は同じこと。

 再度。全身を紫電が走る。今度は先の一撃よりも洗練させていく。その居合の構えに、大典太は太刀を收めて同様に。

 体内で血液が再生成されていく事で上昇していく体温が濡れた身体から蒸気を発していた。真っ赤に染まった口内からは赤い歯が見え隠れしている。さながら、鬼のような形相で。

 

 涙ながらに、リサはスマフォを握りしめて見守ることしかできなかった。モカも自分の背中に冷たい感覚を覚えながらも、黒猫を落とさないように抱きしめて見守る。

 一度は死んでいるはずの致命傷を負いながら、不思議なことにまだ立っているどころか尚も立ち向かおうとしているエヌラスの背中を見つめて立ちすくんでいた。

 

「――超電磁抜刀術、壱式……!」

「…………」

 倭刀による抜刀は彼我の間合いさえ容易に看破する。魔力強化された生体電流を載せた斬撃は、間合い以上の射程距離を持つ。しかし、それに至る大典太の抜刀とこの天候を味方に付ける剣術は最早神域に達している。

 生前の主が人でありながら剣豪と称されていただけに、妖怪となった身には有り余る武勇を有していた。

 

 二度の神速同士の抜刀術。超電磁抜刀術・壱式“迅雷”に対し、大典太が放つは同様に居合。先の先、しかしながら、後の先――刃とは、触れなければ斬れぬものだ。ならば、相手の凶刃が身に迫るより先に()()()()()()()()()()()()

 刹那の見切り、雷光を纏いながら放たれる倭刀に向けて大典太の太刀が閃く。一閃、一合の打ち合いにて勝敗は決する。

 あくまで、その抜刀は相手の太刀に合わせたもの。だがそこに込めた術理は生前の主が修めた武勇に遜色なく。

 十文字にて受け、刃を返し、討つ。しかしながら、あまりに切れ味が鋭くある大典太の太刀は倭刀が身を打つより先んじて断ち切ってしまった。

 此度の打ち合いもエヌラスの敗北と終わる。倭刀に収斂していた稲光は霧散し、今度は横一文字に腹部を水滴が断っていた。今度は浅いが、それでも刃は内臓に達している。

 膝から崩れ落ち、倭刀を落としながら腹部を押さえこんでいた。血を吐き出す。腹部より溢れる血が足元を赤く染め上げていく。

 あのミカヅキと同格でありながら、この力量差。純粋に修めた武の練度が違いすぎる。仕手に恵まれていたという他にない。

 大典太は、傷の再生を待っていた。二度の打ち合いでおおよその実力は推し量れた。ならば、立ち上がるのを待つのみ。しかし、それを童子切と鬼丸は訝しんでいた。

 

「おおい、大典太よ。首を落とさんのか?」

「なに、そう急くことはないかと」

「首と腹を斬られて尚も生きている事にこちらは驚きを隠せないんだが……」

「首を落とせば流石に死ぬだろ。あー、鬼はちげぇか。アイツ等は落としても首だけで噛みついてきやがったからな」

「……お前は鬼か飯の話しかできないのか?」

「他に何があるよ? しっかし、あれだな。見てるだけっつーのも退屈だな」

 任せておいて何を今更。勝手が過ぎる童子切の言い分に、鬼丸は呆れ果てていた。

 

「あー、エヌラスとやら。敗北を認めるかー? いや念の為聞いておきたいんだがよ」

 その問いかけに対し、視線だけで応える。

 

「あい分かった。まだやるつもりらしい。ありゃあ死ぬまで切り合うしかなかろう」

「……そのようだな。しかし、解せんことがある」

「如何した、鬼丸よ」

「何故、ああも命を張る? 武士でもあるまいに」

「そりゃ人の上に立つ者ならば、下々の者を守る為に刀を手にするのは道理よ」

「…………童子切。お前普通に喋れるんだな」

「は? 喧嘩売ってんのかお前? 首獲んぞ」

「お前本当に何なんだ……」

 だが、その関係性が不明瞭な事に鬼丸は疑問を抱いていた。しかし、何か思い当たったように童子切が顎に手をやり、リサとモカを見る。

 

「あぁいや。召し抱えているというならまた話は筋が通る」

「……成程。それも道理か」

「なに、見てくれは“おぼこ”だが。子をこさえるのに不自由せんだろうよ? 数も二人と釣り合いは取れている。大典太には申し訳ないが、そやつの首級(くび)で我慢してもらおう」

「拙者は剣の打ち合いしか取り柄がありませぬからな。他一切に興味が無い。剣の手柄とあればありがたく頂戴いたしましょう」

 戦とあれば、手柄のひとつは持ち帰らねば無作法というもの。それは一騎打ちでも例外なく。童子切はあくまで、その作法に則っているだけだ。無法者の心得に非ず、勝者として当然の権利。それには鬼丸も同意している。当然、大典太も剣の競り合いとあれば。

 リサとモカが、自らの身の危険をそこで察する。自分たちが付喪神の手に渡れば、何をされても誰も助けには来てくれないだろう。考えるだけでも身の毛がよだつ。

 なら、自分たちが身を差し出せばエヌラスは助かるのではないだろうか。そんな考えも脳裏をよぎる。この人は、もう十分すぎるほどに傷ついた。自分たちの為に、命を張りすぎている。自分たちは命を取られるわけでもない。

 この人の覚悟に、それで釣り合いが取れるというのなら――そんなリサの考えは、赤い稲妻によって遮られた。

 地に膝を着いていたはずのエヌラスが、致命傷を二度も負っていた身体からは尋常ならざる威圧感が放たれている。それは、言葉を飲み込むのに十分過ぎるほど。

 髪が血染めにも似た赤へと変わる。閉じられていた左目をこじ開けて、全身から魔性の空気を放ちながら立ち上がる。制御しようとしていた魔人の権能を自らの意志で解放して、エヌラスが童子切を睨んでいた。

 

「こい、つらに――指一本触れてみろ……! 国ごと沈めてやる」

「……おう、悪鬼。化けの皮が剥がれているぞ。それが貴様の本性か。人ですらないぞ。人の形をしていることすらおぞましい」

「まるで血染めの鬼だな。我らが斬るのに十分過ぎる理由だが……今は大典太が相手だ」

「左様。お二人方は、拙者の後に」

「国ごと沈めると豪語したな、エヌラス。ならばその二人、それに見合う程の器か? それほどの価値がある人であるか。この日の本、百年の先行きを左右するほどの力持つものか」

「いいや――だが」

 何処にでもいる、普通の女子高生だ。何処にでもいる、ただの女の子だ。

 この時代、この場所。平凡で、普通で、ありふれた命の人だ。

 人間の、女の子。

 それは、かつてこの身で最初に心奪われた恋人がそうであったように。

 失ってから、どれほどその命が儚く短いものだったのかと遅くに気づいた。

 ――以来。人に、恋をすることはしなくなった。自らと釣り合わぬほどの価値ある人として。望まれれば応じるとして、それで十分とした。

 しかし、長い旅路の中で抱くことも、愛することもあった。だが本気で恋をしたのは、あの人だけだった。いつかまた、この手の中で朽ち果てる事があるのなら、奪われることがあったなら、いっそ出会わなければよかったとさえ思うだろう。

 それでも――。

 

「人を愛するのは、人間だけで十分だ。こいつらは貴様ら付喪神にくれてやるほど価値のない人間じゃねぇ」

 それでも、こんな命に手を差し伸べてくれた優しい人間なのだ。

 決して共に相容れることはなくとも。

 共に生きることが果たせずとも。

 ――寄り添い合うことすらできずとも、この身一つ差し出すに惜しいとは思わない。

 

「国を背負わぬ民はいない。その国に生きるのであれば、行く先を囁やかながら担うものだ」

「まるで帝の如き口ぶりをよくも宣う悪鬼は、貴様が初めてだ。エヌラス」

「これでも一国を治める王座にあったもんでな」

「嗚呼。なら魑魅魍魎跋扈する地獄のような様相であろうよ」

「当然。この世の地獄を煮詰めた肥溜めだ。まさに()()()()と呼ぶに相応しいクソのような故郷だが――」

 そんな地獄でも。か弱い一輪の黄金の花(マリーゴールド)は、隣で笑って咲き誇っていてくれたのだ。

 互いに人の上に立つ身分でありながら、守るべきものがありながら、故にこそ――エヌラスと童子切安綱は相容れない不倶戴天の敵として相見えている。

 

「貴様よりマシだ、童子切安綱! 俺に背を預け、命を預けた付喪神が果たした士道に比べればテメェがのたまう言葉は鬼と変わらねぇ!」

「ほう――俺を、鬼と呼ぶか。この俺を、童子切安綱を! よくもほざいた悪鬼めが! ならば天下五剣が筆頭、この童子切安綱が刃を振るうに貴殿は一切の不足なし! ――大典太光世!」

「はっ、此処に」

「次で仕留めよ。それが敵わぬ時は、俺が出陣()る」

「御意に」

 下知を飛ばされ、大典太がそこで初めて下段より構えを変えた。

 八相。一刀にて首を落とす腹積もりであるのが見える。もとより剣に勝る腕のない大典太にしてみればこれこそが最善の手。相手がどのような手を弄しても押し切るつもりであった。

 そして、エヌラスが執った構えは――二度に渡り破られた超電磁抜刀術。

 右肩に担ぎ上げている野太刀の柄を、浅く握りしめていた。

 三度目の正直。だが、馬鹿の一つ覚えでもあるまい。大典太はそこに何か仕掛けがあると見て構えを崩さない。

 如何なる鬼剣妖剣魔剣であったとしても。この人ならざる身であれば即応しよう。そして、大典太の前でエヌラスの身体を赤い紫電が奔る。先の二手を遥かに凌ぐ電力には、さしもの大典太も見物していた鬼丸も童子切も眼を見張っていた。

 

超電磁抜刀術(レールガン)――」

 仕掛けてくる機を見逃さず、大典太が動く。

 エヌラスもまた、野太刀の柄を振り――()()()()()()()

 

 大典太光世の全身が総毛立つ。()()()()()()()()()

 無刀にて渾身の一撃を見舞ったエヌラスの左掌は淡く発光している。超電磁抜刀術を見舞うはずであった電力を集中させて貫手を放った。

 飛び道具を警戒した大典太が油断なく太刀で払う。だが、それすらも空振りに終わっている。しかしながら、大典太が放った初手の水月の刃はエヌラスの脈を断ち切っていた。

 血が吹き出す。その血飛沫が雨に混じり、掌に乗せられている。

 

「――――!!」

 傷口の再生速度が、先程よりも遥かに速い。むしろ、その致死量の出血こそが悪手であった。

 

「魔道発勁――“天骸(てんがい)”」

 寸勁。最小限の動きより、足より腕に載せた発勁は魔力によって放たれる。一見して、身動き一つしていないかのような錯覚すら見せる武芸は魔道に落ちた。だからこそ、この打ち合いにおいては回避不可能の必殺を成し得る。

 掌より放たれた血液。エヌラスの魔術の媒介であるソレは、紫電によって空を駆ける。雨粒に混じり、点の連続で大典太の腹部へ付着した。それを、拘束術式であるアトラック=ナチャで結びつけ鋼線の刃と成す。

 魔道発勁。外道外方の極致に至る、拳法殺し。打ち込まれた鋼線より、腹部に叩き込まれる掌底の一撃は紫電を乗せて大典太光世の腹部を貫通していた。

 じわりとした熱を帯びた腹から、熱がせり上がる。喉元まできたそれを、嘔吐感にこらえきれずに吐き出した。体内に侵入した磁気加速の血液は打ち込まれた丹田より食い破る。

 酒に悪酔いしたような酩酊状態、揺らぐ視界に稲光が映っていた。

 担ぎ上げる野太刀。超電磁抜刀術、全力全壊の一刀。

 悪鬼の顔を見た。歯を食いしばり、血染めの髪と、血染めの口を開いた、怒りに燃える鬼の形相は――笑っているようにも見えた。

 

「馬鹿が、剣術なんぞに拘るからこうなる。殺し合いなんぞ、要を詰めれば勝ちゃいいんだ! 俺の超電磁抜刀術を撃ち返した貴様には似合いの最期をくれてやる!!」

「ぬっ。くぅ……おぉぉぉあああっ!!!」

 大典太光世が、迫る死期より力を振り絞って太刀を構える。

 緩やかな構えからの超電磁抜刀術・零式を一寸の狂いなく新陰流・十文字にて受けていた。そこより生じる衝撃が石畳を焼き焦がし、崩壊させていく。

 力を込めれば、傷口が深まる。大典太はしかし、その一刀を凌いでいた。天より打ち下ろされた野太刀は先の倍にも勝る剣圧にて両足を沈み込ませている。腕の健を痛め、足は痺れていた。撃ち返しは敵わずとも、一手を耐えた。

 それは、剣豪の手にあった大典太光世が命に替えても守るべき矜持であった。しかし、そんなものが外道を前に如何ほどの価値があろう。

 エヌラスは、野太刀を点のごとく構えていた。柄頭に左手を添えて、撃ち出していた。

 対敵に浴びせた磁力と引き合わせる事で刀身を磁気加速させる超電磁抜刀術の突込。

 超電磁抜刀術(レールガン)重打(かさねうち)――対敵が光速の抜刀を耐え凌ぐ程にその速度と破壊力は上昇していく。こと、権能を解放している状態とあっては最早防御も回避も叶わぬ殺人剣。

 自ら死に体となることで大典太が突きによる致命傷を軽減しようとするが、それすら敵わなかった。逆にその身体が吹き飛び、大きく後退っていく。雨で滑る石畳に手を付いて、童子切と鬼丸の二人に受け止められることでようやく止まった。

 ――勝敗は喫した、超電磁抜刀術を打ち破っただけでは勝ち筋には繋がらない。

 

「……、フ。はは……嗚呼。その、とおりよなぁ……勝てばよかろうよ…………童子切殿。申し訳ありませぬ――仕損じました……」

「……ご苦労。大典太光世」

 足は既に折れている。右手の健も痛め、辛うじて無事な左手も刀を握るほどの余力はない。その手からこぼれ落ちた太刀が虚しい音を響かせた。

 立つ上がることも、立っていられる力もないのか大典太はその場に正座している。僅かに腰を浮かせたままに、微笑んでいた。

 腹部の傷より蝕む毒手を治す術はない。肩口の傷もまた、刀を握る力を奪っている。

 

「この傷では、助かることはない……ならば。介錯を」

「心得た」

「感謝いたします――今生、一切の悔い無し。かの天下の名刀と、共に駆けることが叶いますれば……」

 大典太が懐より、扇子を取り出す。童子切は、鬼丸が拾い上げた太刀を受け取って構えていた。

 

「天晴なり、剣術無双。その武勲、先立った主と共に黄泉路に轟かせるがよい」

「では――御免」

「達者でな」

 切腹に見立て、扇子を腹に当てた大典太光世が首を傾ける。

 童子切が刃を振り下ろした。それは首の関節の隙間を通り、拍子抜けするほどに軽く首を斬り落としている。

 大典太の身体の輪郭が薄れていき、やがて消えていく。残るのは、鞘と童子切の手にある太刀。

 刃を翻し、消えた骸へ童子切安綱と鬼丸国綱は合掌を挟む。

 それを終えてから、鬼丸は鞘を拾って童子切へと差し出していた。天下五剣、大典太光世を納刀すると、改まって預ける。

 

「鬼丸国綱。大典太をしばし、預ける。肌身より離すな」

「……重々、承知仕った」

「――大典太光世。貴殿と過ごした時間は光陰が如し刹那であったが、忘れぬ。その武勇、天下五剣の誇りである」

 静かに呟く童子切安綱ではあるが、その目に涙が浮かぶことはなかった。

 己の代わりに天が別れを嘆いている。ならば、両の足で前を向くのみ。

 鬼がいる。鬼がいる。斬らねばならぬ悪鬼羅刹の、王がいる。

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