【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百八四幕 今井リサとオカルトハンター

 

 

 

 ――あれから、エヌラスはニトクリスの鏡を用いて人目を避けてリサをマンションまで連れて帰ってきた。次の戦闘の用意をしなければならなかったので、どこか腰を落ち着けることが出来る場所が必要だったのだが……まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。

 天下五剣。付喪神の再来が成されるとは。三日月宗近、そして大典太光世の二振りは倒れた。残るは三振り。中でも、童子切安綱はかの七星剣に勝る脅威と言えた。

 聖徳王・七星剣。冠位十二刀・丙子椒林剣。付喪神を束ねる神代の宝剣。あれを放置していたらこの国は混乱に陥っていただろう。しかし、そこには邪神の思惑が介入する余地などない。

 

 マンションの階段を登りながら、エヌラスはふと自分の手を見下ろす。

 リサの手が握られており、不意に目が合った。気まずそうに沈黙しながら、俯く。

 モカに言われるまま、他になにか妙案が浮かぶわけでもなかったのでこうして自室に招き入れる結果となったのだが――大変、気持ちが落ち着かない。

 確かにリサの言う通りだ。引き止められていなかったら、あのまま姿を消して何も言わずに、あの邪神と矛を交えていた。

 

(……うーむ、まさかこうも立て続けに魔人化するとは思ってなかったからな)

 強制的に再起動させた銀鍵守護器官のおかげでこうして活動できているが、それでも慢性的な不調は改善されていない。

 部屋の鍵を開けると、エヌラスはそのまま玄関に上がる。真っ暗な廊下に入る姿を見て、リサが少しだけ戸惑っていた。

 

「電気、点けないの? 危なくない?」

「癖みたいなものでな。電気点けると狙われそうで」

「あはは、ないない。日本だよ? ――なんて、前は言えたんだけどなー……」

「……悪い」

「別に責めてないってば。おじゃましまーす」

 どこか空元気のように振る舞いながら、リサが靴を脱いで上がる。しかし、傘も差さずに連れ回されたせいで頭から爪先まで濡れ鼠となっていた。体温を奪われていたからか、身体を震わせて小さくくしゃみをしている。

 それはエヌラスの方がひどいのだが、馬鹿となんとか。それと慣れ。

 

「風呂、先に入っていいぞ?」

「えっ――」

「……いや、ほら。風邪引かれても困るし」

「えっと……アタシ、着替え持ってないんだけど……」

「…………なんで泊まるとか言い出したんだお前……」

 目眩を覚える。もう少し後先を考えて言ってくれ、と思いながらもそれがどれほどの無理難題を押しつけているかは自分でも分かっていた。自分のように替えの服や道具を空間魔術で持ち運んでいるわけではないのだから。生活に必要な最低限の物しか持ち歩かないだろう。

 こちらへ来る道中で一通りの連絡は済ませていた。バイトが遅くなったから、友達の家に泊まるとだけ親に連絡し、友希那にも似たように。周りに嘘をつかせてしまっていることを引け目に感じながらも、それがすんなりと周囲に受け入れられているリサの信頼性に驚いていた。日頃の行いというのはこういう時に差が出るものだ。

 しかし、リサの着替えが無いということは……シャワーを浴びたら制服は乾かさないといけないわけで。その間、裸でいさせるわけにもいかないわけであって、何か替えの服を用意しないとならない。そう都合よく女性用の服など持っているはずもないし、持っていたら持っていたで変な疑問を抱かれそうだ。――ちなみに持っていない。

 となれば、男物で我慢してもらうしかないのだが――そうなると、そうなってしまう。

 

「そのー、服も乾かさないといけないしな」

「うん……」

「洗濯しないといけないわけで……つまりはー、なんだ。替えの服、俺のものになるんだが……それでもいいか?」

「――彼シャツ、っていうやつ? 一回でいいから着てみたかったんだよね。恋愛小説とかで出てくるからさ、どんな感じなのかなーって思ってて」

「そうか。なら、ちょうどよかったな……?」

「う、うん……ラッキー、みたいな……」

 会話が、続かない。妙な緊張感で頭がうまく回らなかった。へくちっ、とリサが寒そうに身体を震わせているのを見て、このまま話していても仕方ないとエヌラスは行動に移す。

 

「着替え取ってくるから、先に――」

 部屋に取りに行こうとして、手を握られた。

 今度は身体に抱きしめるようにされて、エヌラスが硬直する。腕全体から伝わってくるリサの早鐘を打つ鼓動と体温に、意識が持っていかれていた。

 鼻をくすぐる甘い匂いに、柔らかな感触。

 

「……やだ、って言ったら……アタシのこと怒る?」

「………………勘弁してくれ」

「――――だめ?」

 今井リサの上目遣いの破壊力たるや、今の状況下において命の危機すら覚える。エヌラスは深く息を吸い込み、目頭を押さえて天井を仰いだ。

 

「……俺以外にそういうことするなよ?」

 襲われるから。というか襲いそうになったから。やめてくれ、それは心臓に悪い。そんなことを思いながら注意すると、目を丸くしていた。

 

「……エヌラスさんには、してもいいんだ」

「ん゛ん゛っ……!!」

 思わず唸ってしまう。顔がやけに熱い。

 

「ど、どうしたの!?」

「……なんでもない、ちょっと怪我が痛むだけだ……!」

「それって、大丈夫なの?」

「全然問題ない、慣れてる……」

 痛むはずがない心の古傷だから大丈夫。

 

「でも――」

「身体の怪我なら心配するな。いいから。本当に大丈夫だから、な? 心配しないでくれ」

「……」

「……リサ?」

 驚いた猫のような顔をしているリサに声をかける。

 

「なんか、別人みたい」

「――そのー、それはどういう意味で?」

「ふふ。なんか普通の人みたいで……へぷちっ」

「俺が普通じゃないって言いたいのか……いや普通じゃねえか。とにかく、風邪引くぞ。ほら、タオルとシャツ持ってくるから先にシャワー浴びててくれ」

「う、うん」

「……荷物、置いておくからな」

 湿った学生鞄を預かり、テーブルに置いておく。浴室に向かう気配を尻目に、自室のクローゼットを開けるとそこにはスーツを買った際に割引価格で付いてきた真新しいシャツがあった。袖を通すこともなくクローゼットに直行させた覚えがある。

 そして、部屋を照らすカーテンからの月明かりが綺麗に畳まれたジーンズとTシャツを映した。それは、九十九兼定と共に過ごした瞬くような日々の中で買ってきたもの。

 浅葱色の陣羽織と、割れた鉢金も隅に投げるように置かれていた。あの日の出来事に蓋をするように。

 

「…………」

 きっと、このまま置き去りにしようとした。無意識に、自分の中で忘れようと。

 がむしゃらに駆け抜けてきたこれまでの日々から立ち止まれば、後悔の念が後押ししてくる。絶望の淵に自分を追いやろうとしていた。

 今は、まだその時ではない。自分に言い聞かせて、エヌラスは新品のシャツを手にしてクローゼットを閉じた。

 一応自分の下着も持っていく。元は兼定が買ってきたものだが、肌に合わないということで結局使わなかった。

 ――この部屋には、本当に余計な思い出ばかり残している。

 

 エヌラスが脱衣場に入ると、かごの中に羽丘女子学園の制服が脱いで置かれていた。少しだけ濡れて汚れ、白いシャツもシワになっている。

 浴室からはシャワーが床を叩く音が響いていた。置きっぱなしにしていたバスタオルが一枚足りないことから、リサが使っているのだろうとすぐに見当がつく。

 

「…………リサ、替えのシャツ持ってきたぞ。置いておくからな」

「えっ!? あ、うん。ありがと……ございます……」

「変にしおらしくなるな。いつものお前でいい。その方が俺も気楽だ」

「あの、えっと――あんまりカゴの中とか漁ったりしちゃダメだからね!」

「……言わなければ俺もそんなこと考えなかったのに」

「ちょ、本当にダメー!」

 慌てた様子でリサが浴室の戸を勢いよく開ける。バスタオルを押さえながら、身を乗り出していた。だが、そこには目と鼻の先にエヌラスが立っている。

 沈黙を挟むこと、数秒。

 火照った肌は紅が差し、瑞々しく濡れていた。髪も、ゆるいウェーブの掛かった栗色のポニーテールは下ろしていたからか普段とはまた違った印象を受ける。幾分か、大人びて見えた。

 小さな口も、麗しい唇も、赤らめた頬も。丸く大きな瞳も。短く吐き出した吐息も、言葉を飲み込む表情も――ノンホールピアスを外した耳たぶも。

 今井リサ、という女性を意識させるのに十分過ぎるほどに、無防備だった。

 視線を交わし、見つめ合う。

 

「……いつまで見てんだ。俺の着替えなんか見ても、面白くないぞ?」

「――――、ぁ。~~~~!」

 その言葉に我に返ったのか、浴室の戸を閉めてリサがシャワーを頭から浴びていた。熱湯なら冷めるはずもなかろうに。

 インナーに指をかけて、エヌラスが嘆息する。この魔道装衣、重宝していたのに。と、心底落胆しながら脱ぎ始めた。

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