【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百八九幕 超常決戦――人ならざる智慧なれば

 ――かくして、此処に魔道大戦の火蓋は切って落とされた。

 かたや幻夢境に座す王、イレク=ヴァド王その人だ。覚醒世界、地球における最後の魔術師。至高の夢見る人。邪神の脅威より人類を守護せしめる善なる王。

 かたや、異界の犯罪王。合法非合法を問わず、めざましい経済発展を遂げる犯罪国家国王。化学反応のようにその成長は留まるところを知らない。まさに大黄金にして大暗黒にして大混乱時代。その名を知るものはおらず、神ですら忘れた。誰が呼んだか、魔道の一点で他の追随を許さない恐怖の怪物。黄金の獣――大魔導師(グランドマスター)

 双方にとって、魔術とは。

 神秘に他ならず、それは己を高みへと導くためのもの。

 イレク=ヴァド王はあらゆる世界を旅してきた。その最中で数多の出会いと別れを繰り返し、人類を邪神より守護するために手段と方法を模索してきた。

 そして、至った結論は――人類より神秘を秘匿すること。魔術文明とそれに類する全てに鍵をかけて邪神を招く手立て一切の是非を放棄した。これにより数百、数千、数万年単位による人類の歴史を修正することに成功し、これを破られぬように守り続ける事を己の使命と課している。

 人類の歴史は、人類の手によってのみ積み上げられてきた膨大な時間の書籍。それは、何者も触れるべからず。イレク=ヴァド王その人であったとしても。

 時間遡行。歴史修正という禁忌を行う最中で、宿敵ナイアルラトホテップに幾度となく苦戦を強いられた。だがそれも今となっては久しい。

 

 ステッキを振り回し、まるでパフォーマーのように先端と持ち手を切り替えながら応戦する。空中を叩き、そこを支点に飛び上がる。直後、触れていた空間が“砕け散った”。

 座標指定による空間破壊。急激な重力圧縮による簡易的なブラックホールの形成を、片手でやってのける大魔導師の魔術の腕は計り知れない。

 その気になれば、不可能などないだろうに。しかして、全能であるとは限らない。仮に、自らの仮定した理論全てが完璧に構築されるばかりの舗装された人生を歩むとして――果たしてそれは本当に幸福であるか否か。平坦な道をただ宛もなく、果ても見えずただ歩くばかりの荒野が広がるばかりの生涯は、成程確かに。完璧であり完成されていると見るべきだが、完成品というのはそこで完結してしまう。その先がない。発展性が見出だせない。だからこそ完璧と評される。

 刺激も感動も得られず、インスピレーションですら閃かないだけの空虚な時間。それを生きている間延々と繰り返されるというのは――退屈極まりない、余すところのない余暇。人生の消化試合とは果たして勝者か。

 イレク=ヴァド王は、大魔導師の手より放たれる小型のブラックホールをステッキで払いのける。触れれば必滅は免れられないそれを、細く頼りない杖で打ち返していた。表面にはビッシリと余すところ無く埋め尽くす魔術文字。呪術兵装だ。

 杖、という形も魔術師の触媒としては申し分がなかった。護身用として持ち歩くのにも不自由しない。殺傷用にも転じる事のできるそれを、イレク=ヴァド王は愛用し、重宝している。これに勝る安心感などなかった。

 だが相手があまりに余りある脅威に他ならない。邪神を目前に据えたかのような緊張感に胸が圧し潰されそうになる。心臓の鼓動ですら窮屈そうにしていた。全身の毛穴が開ききって冷気を取り込んでいるかのような身体の芯まで凍りつかせるような絶対零度の佳境にあって、イレク=ヴァド王は魔術を違わず行使する。

 

「“開け”」

 短く口訣を結ぶ。小脇に挟んだステッキが“がちゃり”と音を立ててなにもない空間の鍵を開けた。ドアのように開いた虚空をブラックホールが素通りして王宮の壁を穿ち、消えた。

 大魔導師が横へ飛び退けば、頭上よりイレク=ヴァド王のステッキが打ち出される。それは大理石の床を容易く粉砕し、しなりながらタイルを跳ね上げた。飛礫のように飛び交う石工の床を事も無げに片手で受け止めて蹴り返す。火花を散らしながら迫るタイルは、王の眼前で勢いを失って倒れた。

 イレク=ヴァド王がステッキをかざす。左手で剣指を立てて、先端を床に打ち込む。甲高い音が反響していく。

 自分を囲っていた重力波による爆撃の衝撃は、穏やかな波を立てて静まり返る。重縛結界を発動前に解呪する手腕には大魔導師も鼻で笑っていた。

 

「隠居している割に腕は鈍っていないようだな?」

「……そちらこそ。随分と加減をしてくれる」

「準備運動のようなものだ。その方が風呂に入った時に気分がいい――続けるぞ」

 準備体操で並の魔術師なら三桁は死んでいるような術を平然と行使する相手の神経を心底疑う。とはいえ、互いに決定打となる魔術はまだ使っていない。ほんの小手調べだ。

 肩に乗せていた将軍猫が不安そうに見つめてくる。その下顎を撫でながら、イレク=ヴァド王は身を守るばかりでは決着がつかないと判断した。

 

「将軍、降りてくれ」

「しかし……」

「私なら大丈夫だ。貴方を乗せたままでは攻める事もできない」

「うぅむ……太りましたかな……どっこらせ」

 確かにちょっと重かったが。

 身軽な動きで肩から降りると、そのまま玉座の隣に座り込む。それを見送ってから、イレク=ヴァド王はステッキを回して大魔導師に突きつけた。

 

「さて――仕方ない。こちらからも攻め込ませてもらうぞ」

「やる気になったか」

「このままでは納得がいかないのはお互い様だろう」

 ならば、早期決着。互いに全力を尽くして、それからだ。

 大魔導師は指を鳴らす。イレク=ヴァド王はそのアクションに対して、指揮者のようにステッキを振りかざした。周囲を囲おうとしていたブラックホールが即座に打ち払われて消滅する。

 柄頭に手を当てて、ひねる。カチリ、と音を立ててステッキが淡い光を放った。

 

「ヴーアの無敵の印において力を与えよ――“魔刃鍛造”!」

 炎に包まれ、火の粉を散らしながら魔術師の杖であり、同時に剣として機能する「バルザイの偃月刀」の術式を付与したステッキを振るう。すると、空間に線が走った。遅れて、座標がずれ込む――大魔導師が扱う空間魔術の一切を切り払う。玉座の間を包んでいた不快感が一気に晴れる。闘いの最中で陣地作成を行い、結界の中に取り込んでいたことに冷や汗をかきながら、イレク=ヴァド王は油断なく大魔導師へ接近する。

 フェンシングのように一歩ずつ、ステップを軽やかに踏みながら近づき、不意に立ち止まった。

 大魔導師の手には、袖口より垂れる薄汚れた布切れ。腐臭を纏い、瘴気の風を臭わせるそれは「黄衣の王」と呼ばれるものだ。

 邪神対策のために様々な魔術協会が呪術兵装を開発した。中でも、邪神の力を用いた遺品は扱いこそ難しく、練度を要するが敵対関係にある邪神にはよく効果を発揮する。

 “邪神遺物(アーティファクト)”の秘匿もまた、イレク=ヴァド王の務めだった。

 十重に二十重に振るわれる斬撃と刺突。その全てを布一枚で防ぎ、搦め、捌く。吹き荒ぶ烈風とかまいたちと疾風のごとく駆け抜ける鋭い衝撃に、将軍猫は身を低く屈めて巻き込まれないようにしていた。そこへ、ウルタールの軍属の猫達が駆けつける。

 

「将軍! ご無事ですか!」

「おお、お前たちか」

「一体どこの馬鹿がイレク=ヴァド王に喧嘩を――大魔導師!? 何が起きているんですか!」

「う、うむ。なんと言うか、その……」

「私にとっては、なに、大したことではない。いつもの“暇潰し”だ」

「アンタの退屈しのぎで王様殺されたらたまったもんじゃないんだよこっちは!」

「ははは! 猫に説教されるとは中々に腹立たしいな?」

「み゛ゃおぉぉぉぉんっ!?」

 猫が、蜘蛛の子を散らすように一斉に散開した。次の瞬間、そこら中にある瓦礫が浮かび上がる。無重力空間に捉えられた経験の浅い猫が逃げ遅れてしっぽが持ち上げられていく。さながらUFOキャッチャーに掴まれたぬいぐるみ。後ろ足が地面から離れ、前足をワタワタと振り回す。

 

「たいちょー、助けれー!?」

「わぁぁ馬鹿ー! お前達手を貸してくれー!」

「猫の手も借りたいってやつですか!」

「噛むぞ貴様!」

 猫たちが慌ただしく一匹の救助に向かっている間、大魔導師とイレク=ヴァド王の魔術の応報は苛烈さを増していた。

 ステッキに絡みつく黄衣の王を、大魔導師が手放す。すると、独りでに巻き付き始めていく。大蛇が獲物を絞め殺すように、そしてそれは握っているイレク=ヴァド王の手も飲み込んでいった。肩から首、頭までからみつき窒息は時間の問題――。

 

「“散れ”」

 一喝でボロ雑巾になった。見る影もなくなった呪術兵装を、しかし大魔導師は何の感慨もなく見捨てる。無造作に振り上げた足を見て、今度こそイレク=ヴァド王は悪寒に全身が総毛立つ。

 全力で防御障壁を重ねる。その総数にして三桁。異なる耐性と角度を備えたそれを、大魔導師は蹴りの一撃で半数近くを粉砕した。その余波で王宮の壁が消し飛ぶ。尖塔が傾き、咄嗟にイレク=ヴァド王が指を鳴らして崩壊を食い止めた。

 ――()()()()()。たったそれだけで、城壁すら破壊しかねない。一国の防壁が意味を成さない。加えて言えば、此処はイレク=ヴァド王の居城でありその城壁には魔術へ対する防護壁も付加されている。だが、まるで砂浜に立てられた城のように脆く、今にも崩れ去りそうなほど頼りない。

 歯を食い縛り、後退る身体を押し止める。顔を上げれば、相変わらず涼しい顔をしていた。

 この男にとって、あらゆる呪術兵装など手慰みの“玩具”に等しい。最も恐怖し、警戒すべきものは存在そのもの――大魔導師の肉体そのものが災害級の兵器に他ならない。

 歩く超常災害とは、よく言ったものだ。イレク=ヴァド王は頬を伝う汗を拭う。今の一撃は確実に殺しにきていた。

 

「……今の一撃で思い出したよ、大魔導師。魔術師とは、身体が資本である。とは、貴方の持論だったか? 文武両道というらしい」

「健全な精神が健全な肉体に宿るかどうかはともかく。此処の出来だけで学績を左右されるなど話にならんことだ」

 トントン、と。自分のこめかみを軽く叩いてみせる。それは魔術学院(カレッジ)を追放された身分である大魔導師の嫌味だった。

 

「どうせならお前も一度くらい死んでみたらどうだ、イレク=ヴァド王。生きた眼では見れない世界が見れるかもしれんぞ?」

「丁重にお断りさせてもらおう!」

 ステッキで床を叩く、するとドアのように開いてイレク=ヴァド王が姿を隠す。

 大魔導師が無造作に腕を顔の高さまで上げれば、ステッキがなにもない空間から飛び出していた。時間と空間を自在に行き来するイレク=ヴァド王の魔術は、あらゆる干渉を逃れる。そのまた逆に、あらゆる事象に干渉することが可能でもある。それらを切り替えれば、自らの優位性を崩すことなく立ち回れる――大抵の相手であれば、触れることすらできない。

 だがしかし、大魔導師は事もあろうか、その姿を隠している空間ごと粉砕した。ガラスが割れるようなけたたましい音を立てて瓦解する空間には、闇が広がっている。そこには、イレク=ヴァド王だけが立っていた。

 大魔導師の腕を見れば、空気が歪んでいる。そこに纏われている魔術は神性の領域に踏み込んでいた。

 

「“ヨグ=ソトースの手(フィスト・オブ・ヨグ=ソトース)”か! どこまで再現できる貴様の魔術は!」

「さて、な? 試したことなど無いが、生憎と耐えた相手が一人もいない。なにせ本気を出せる場所に恵まれなくてな」

「そうだろうな。そこまでの魔術を扱えば世界に亀裂が入る」

「昔壊したような記憶があるか、はて。いつのことだったか。歳は取りたくないな、はっはっは――さて続けるか」

 空間を開き、場所を転々と変えながら逃れるイレク=ヴァド王に対して大魔導師は肉体ひとつで差し迫る。

 拳ひとつが空を打てば、突風が吹き荒れた。蹴りのひとつを受け止めれば木の葉のようにイレク=ヴァド王が宙を舞う。しかし、軽やかに空へ“着地”して受け身を取っていた。

 当たり前のように、それがさも当然のことであるように双方の間に物理法則というものは存在していない。魔術を修めれば極めるほどに、世界を歪めていく。――それは、悪戯に世界を滅ぼしていく外宇宙の暗黒、邪神達と何が違うのだろう。

 いいや、違う。イレク=ヴァド王は断ずる。この身に修め、究めた魔道の探求。その全ては暗黒に抗うために示した光の道標。人類に閉ざされた道であり、決して開いてはならない未知の探求。

 人類は、人類の理解を超えた存在と出会ってはならないのだ。だからこそ、魔術を覚醒世界より捨て去ったというのに――どこで道を間違えたのか。

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