──いつもの日常。変わらない毎日。穏やかな時間と共に過ぎ去る青春の日々。
今はまだ。
花咲川女子学園に通う彼女達にとっても、それは不変の一日であると。
羽丘女子学園に通う彼女達にとっても、それは賑やかな日々であると。
今は、まだ。
制服を着て、気の合う仲間達と雑談をしながら笑う。それは当たり前のことで、かけがえのない思い出になる。
「有咲ー、おはよーう!」
「朝っぱらからうるせぇ!」
戸山香澄と市ヶ谷有咲にとって、それはいつもの日常。
スマホの画面を眺めていた有咲の手元を覗き込んで、香澄は目を光らせていた。
「何見てたの?」
「関係ねぇだろ」
「そうだ、昨日のミステリー特番観た!? 凄かったよね!」
「どうせ合成とかだろうけどな」
「ああいうの観るとやっぱりロマンがあるなーって思わない?」
「思わない」
「そういえば有咲、話変わるんだけど。さっき何見てたの?」
「話が変わってねぇ! 振り出しに戻っただけじゃねえか!」
こちらの意見を全く聞く気のない香澄に根負けして、スマホの画面を見せる。それは昨日放送されたミステリー特番に寄せられた映像へ対するネットの評判だった。ほとんどが批判的な意見なようだ。
「今どきあんなミステリーとかオカルトとか信じる奴がいるのか微妙なところ……」
「やっぱり海外とかだとああいうこと起きるんだね!」
「身近にひとりいたし……」
「やっぱり有咲って私のことちゃんと身近に感じてくれてるんだ」
「そこだけ聞いてんじゃねぇ!!」
「あ、待ってよ有咲ー!」
早足で去っていく背中を追いかけて、そんな仲睦まじい二人の様子を眺めていた他の生徒達も思わず笑顔になっている。
流行に敏感な年頃にともなると、やはりそういった風評は気になるのだろう。花咲川女子学園でもミステリーの話題を耳にする機会が増えていた。
山吹沙綾も牛込りみも花園たえも、例に漏れず。
「昨日のテレビだけど……」
「おたえも観たんだ。やっぱり気になるよねー、ああいうの」
「途中のコマーシャルで宣伝してたファミレスの新商品、ちょっと気になるかな。美味しそうだったし」
「あー、そっち……」
肝心のテレビの内容を話題にしない辺り、いつものマイペースで却って安心する。ミステリー特番でその日の話題は持ちきりだった。……約一名を除いて。
お昼休みにもなれば、気の合う友達同士で集まって昼食を広げる。
ガールズバンドのメンバー同士、あるいはその垣根を超えて集まっていた中でも、弦巻こころとその友人達は盛り上がっている。ストッパーである奥沢美咲も松原花音もどこからどう手をつけて止めてやればいいのか追いつかない速度で絶好調だ。
「こころんこころん! 昨日のテレビ番組すごかったよね!」
「そうだわ、今日のハロハピの活動は都市伝説を探しましょう! きっと色々なものが見つかるはずよ!」
「はぐみ、ツチノコ探してみたい!」
「ナイスアイディアね、はぐみ! 放課後になったら探しに行きましょう!」
「あ、あははは……絶好調だね、こころちゃんもはぐみちゃんも」
「見つからなかったらどうするんだろう。帰ってこれるのかな……」
「もちろん美咲も花音も、薫も一緒に行くわよ!」
あー、そうですよねーやっぱそうなりますよねー。諦めの境地で美咲は笑うしかなかった。
こころの無茶振りはいつものことだ。何気なく視線を逸らすと、目を輝かせている若宮イヴと目が合う。その隣には丸山彩が少し疲れた顔をしている。
「ツチノコ! ニッポンの珍獣ですね、知ってます! ココロさん、迷惑でなければ私もご一緒させてください!」
「もちろんよ! みんなで探せばきっと見つかるわ!」
「待ってイヴちゃん、今日のレッスンどうするの!?」
「あっ。そうでした……不覚です……ご一緒できません……」
彩に素早く指摘されたイヴが落ち込む。本当に見つかるかどうかもわからない珍獣探しの旅に出たら最後、いつ戻ってこれることやら分からない。
──賑やかな中庭とは別に、図書室では白金燐子が本棚の中から書籍を探していた。
学園と言えども様々な分野の書物が寄せられる。参考書などは学生の本分である勉学の助けにもなるからだ。しかし、それとは別に娯楽の一環として小説や神話等も花咲川女子学園の図書室の片隅で沈黙しているのを見つける。
宇宙物理学や相対性理論に並んで、少し道を外れた宇宙人関係の書物。どれもこれも眉唾ものだが、昨日のミステリー特番を例に漏れず観てしまった以上は気になってしまう。
限られた時間、昼休みの中で目次から索引していく。だが、どこにも『ブラックヒューマノイド』に関する一文は載っていなかった。テレビ放送されたビデオ映像に近いものは“モスマン”というらしいが、わかったのはそれくらいのものだ。
新種の未確認動物が確認された、というだけでネットの一部界隈で盛り上がりを見せている。それに触発されて気になったものの、目新しい情報はやはり電子の海でないと手に入らなかった。
(やっぱり、何処にも載ってない……)
現代において、本当に未確認生物が発見されたという情報は衝撃的らしく米国政府では本格的に捜索活動を行っている等とネットでは騒がれていた。冗談にも本気で対応しようとしている辺り、海の向こう側は本当に自由の国であると他人事のように感じる。
──だからこそ。
もしも、本当に。デマやガセやデタラメではなく、それらが“実在”しているのだとしたら。
ファンタジーやお伽噺のような世界の話が、身近にあったとしたら。
諸手を挙げて大喜びしそうな顔が一人、思い浮かんだ。
(……きっと、あこちゃんは物凄く喜ぶんだろうな……)
大はしゃぎをして手を引くのが容易に想像できる。そんなことを考えていると、つい頬が緩んでしまっていた。
並ぶ本棚から顔を覗かせたのは、同じバンドメンバーの氷川紗夜。
「白金さん」
「あ……氷川さん。調べ物ですか……?」
「そんなところです。白金さんも?」
「はい。昨日の……」
「そうでしたか。何か見つかりましたか?」
「特には……」
「…………」
その言葉に、少しだけ残念そうな表情を見せる紗夜。燐子は同じものを調べに来たのかと思っていたが、どうやら当たっていたようだ。てっきりそういった話は信じないものかと思っていた。
「氷川さんも、昨日のミステリー特番の……」
「そうですけれど、少し違いますね。あのようなことが世界各地で起きている、なんて放送されたところで目の当たりにしていない以上は信憑性に欠けます。だというのに……はぁ……」
「なにかあったんですか?」
「ええ。日菜がなにか思いついたみたいで、向こうで迷惑をかけていなければいいのですが……」
きっと羽丘女子学園では日菜が天文部の活動と称して何か変なことをしているのだろう──それが紗夜にとっては不安でたまらない。
学園に鳴り響く昼休み終了のチャイムに、二人は図書室を後にした。
その時、不意に燐子の目に入ったのは一冊の書籍。
オカルト的な話題には事欠かさない、マジックアイテムの代表格──俗に言う魔導書が無造作に棚へ収まっているのを見つけてしまった。
「あの……氷川さん」
「なんですか?」
「学校に魔導書なんて、置いてありましたか……?」
「……いえ、知りませんでした。初耳です」
「私の気の所為かもしれませんけれど、それらしいものがあったような……」
「放課後になったら一度だけ確認してみましょう」
「そ、そうですね……」
──放課後になって二人が図書室へ戻ってくる。だが、どこの棚にも魔導書と思わしき書物は無かった。図書委員に声を掛けてみても、貸出カードには記載がない。きっと見間違いだったのだろうと言われた。
それもそうだ。学校に魔導書が置いてあるはずがない。そもそも、
オンラインゲームのやり過ぎでそう見えてしまったのだろう、そう自分を納得させて花咲川女子学園を後にする。