中庭の茂みを探しているうちに、手分けしていた二人を見かけた麻弥がやってきた。事情を説明すると、すぐに手伝ってくれた。
何処かに引っかかっているのなら、目立つ場所にあるだろうと思っていたが予想以上に見つけにくい。
「あ。見つけましたよ、これじゃないですかね?」
「どれどれ? リサちー、この鍵で合ってる?」
「そう、それー。よかったぁ、無くしたらどうしようかと思ってたよー」
「見つかってよかったですね。でも、それ何の鍵なんですか?」
「ぅえっ!? あー、んー……部屋の鍵だよ?」
怪しむ日菜に、リサは視線を逸らしていた。嘘じゃない、嘘はいってない。誰の、とか。どこの、とも言ってないだけで部屋の鍵であることに嘘を吐いていない。自分に懸命に言い聞かせながら顔を近づけてくる日菜から逃げていた。
「んー……? すんすん、くんくん……んー?」
「な、なに? どうしたの?」
「……んー。リサちー、シャンプーとか、香水とか変えた? なんかいつもとちょっと香りが違うっていうか」
「ソンナコトナイヨー、アタシいつものシャンプーとか使ってるはずだけど!?」
「だよねー。でもなんだろ、こう……風味が違うっていうか。香りの成分が変わった感じ」
「日菜さん……犬じゃないんですから」
「えー、麻弥ちゃんも嗅いでみればわかるよ」
「そうですかね? では、リサさん、ちょっと失礼しますね」
「う、うん……」
麻弥が日菜に促されてリサの髪の香りを嗅いでみる。
「……ジブンにはちょっとわかんないですね」
「で、でしょー? ほら、ヒナの考えすぎだって」
「そうかなー。なんかエヌラスさんみたいな匂いしたんだけど……」
「エヌラスさんの匂いって、どんな?」
「うーんとねー……」
何かを言おうとした矢先に、休み時間が終わるチャイムが羽丘女子学園に鳴り響いた。
逃げるようにその場を離れたリサの後ろ姿を日菜が見送る。
――なんとなく、日菜のアンテナが反応していた。
昼休み。もとい放課後。元々授業時間の短縮もあって、午後には学校を閉めるようにされていた。部活動のある生徒に限り校舎に滞在することは許可されているが、それでも夕方前まで。
ダンス部の練習も本日は休み、リサがそそくさと帰路に着こうとしていた。
(一旦家に帰って、それからギターを持ってきて……)
「リーサちー、一緒に帰ろー!」
「えっ!? あ、うん! いいけど!? 生徒会の仕事は?」
「今日はお休み! 家でもできるし!」
「パスパレの収録とかは?」
「んー、オカルト事件頻発してるし。前例もあるから事務所も慎重になってるみたい。スケジュールの打ち合わせだけスタッフさん達で進めてるんだ」
日菜としては、それがちょっと残念らしい。いっそこちらからオカルト事件に首を突っ込んで撮影してみたいというポジティブさには恐れ入るばかりだ。
付喪神事件に巻き込まれたことをいいことに、そういった撮影を所望するものの夏場が近づいてくるとホラーは切って離せない納涼の風物詩。事故物件や幽霊屋敷の収録とか、彩は良いリアクションをしてくれそうだが。
「いや、でもさー。ヒナん家とアタシん家って方向ちょっと別だし?」
「寄り道しよっ! ショッピングモール!」
「……まー、いいけどさ」
ただ今月はちょっぴり使いすぎたので買い物は自粛。欲しいものはまとめてリストにぽい。来月のアタシに頑張れとエールだけ贈っておく。
――ショッピングモール。
早めに帰るように、と言われて大人しく従う生徒がいてもいなくても被害届さえ学校になければ問題ないというわけで。寄り道している生徒は思いの外多かった。
「新作のアロマが入荷してるはずなんだよねー。キャンドルとか」
「ヒナはそれ好きだねー。まぁそれ言ったらアタシもクッキー作るの嫌いじゃないけどさ」
二人でショッピングモールのめぼしいところを周り、フードコートで休憩する。時間が過ぎるのは早いもので、既に三時を回っていた。そわそわとスマフォで時計を確認したり、モール内の時計をしきりに盗み見ていたリサに、日菜は小首をかしげている。
「なんか用事でもあったの?」
「えっ!? いやー、そういうわけじゃないんだけどさ」
「ずっと時間気にしているみたいだったけど」
「あー……はは。なんかこんな時間に制服で出歩いているのって落ち着かなくない?」
「そーお? アタシは別に気にしない!」
「でしょうねー、ヒナは」
フラペチーノで身体をクールダウンさせながら(日菜の奢りで)、リサは周囲を見渡していた。
平日昼間、学校の短縮授業とはいえ寄り道をしている生徒はそれほど多くない。時間がずれこんでいることからフードコートも人は少なかった。
「……ねー、リサちー。なんか隠し事してない?」
「…………そんなにわかりやすいかな、アタシ」
「なんとなくだけど。ちょっと浮足立ってるっていうか、心ここにあらずって感じ」
「そっか~……ヒナには敵わないなぁ」
ぐったりとテーブルに突っ伏したリサが、周囲に知り合いがいないか再三確認してから事情を話始める。それに相槌を打っていた日菜の反応は、予想していたよりも落ち着いていた。
「――驚かないんだ」
「ん? だって、昨日の騒ぎも多分エヌラスさんだろうなー、って思ってたから」
「信用されてるのかな、それ……」
「エヌラスさん、大丈夫なの?」
「えっ。あー、まぁね……多分。今朝は、だいぶ呼吸も落ち着いてたし」
そろそろ起きているといいのだが――。
「はぁ……天下五剣、なんて言われても全然わかんないし。付喪神って名乗られてもね……」
「童子切安綱って、源氏の重宝の名刀だよね? アタシも気になって調べてたんだけど、そういう曰くつきの話ばかり出てくるからエヌラスさんとは相性最悪だと思うよ。確か、付喪神の皆って日本にいる限りは土着信仰っていうのかな? そういう“後押し”みたいなのがあるみたい」
以前、京都に行った際にそういった話も他の付喪神から聞いていた。
リサは日菜の言葉に目を丸くしている。一夜漬けで頭の中に入り切らなかった情報も、天才美少女アイドルにかかれば朝飯前だ。
「嘘、それってマジやばくない?」
「ぶっちゃけ超ヤバイと思う。エヌラスさんがどれだけ不死身だったとしても……んー、別に方法がないわけじゃないのかな……」
「あるの!?」
どれだけ不死身なのかと驚きながらも、それがエヌラスの助けになるのなら。リサが尋ねる。
「あれ、忘れちゃった? エヌラスさんって、日本で魔術使う時も風土に合わせないと威力が弱まるから、そういう情報を現地の人達から摂取する――粘膜接触、キスとかで補ってるって話」
「――――あ、あー……そう、だったっけー……?」
霊能学の授業なんて、興味本位で数回受けた程度だったからすっかり忘れていた。だが、日菜の興味はそれに留まらない。
「んー、それで。アタシちょっと気になってることあるんだよね」
「なになに?」
「それ以上のことしちゃったら、エヌラスさんってどうなっちゃうのかなーって」
「ぶっふっ!!!!」
フラペチーノ大爆発。ドーム状の蓋をかぶせていなかったら今頃テーブルはコーヒークリームまみれになっていただろう。
「い、いやでも流石にそれは」
「? アタシはしてみてもいいけど。面白そうだし!」
「やー、ちょっとその感覚はわかんないわ……」
「でもエヌラスさん、絶対に駄目って言うんだよね」
仮にも教職であったことも含めて、日菜がアイドルということ。理由はそれだけではないのだが本人にはそれが不思議でならないようだ。
「絶対そうした方が楽になるってわかってるのに、どうしてしないんだろ?」
「……日菜はよくても、エヌラスさんが駄目って言ってるんだから仕方ないんじゃない? それに、なんとなくアタシは理由知ってるっていうか……」
無意識のうちに、求めてしまうほど。強く心に残っている人がいる。
もう、一緒にいられる時間も長くないこともあるのだろう。時々、変に義理堅い時がある。変に生真面目、というか。
「なんで?」
「それは……多分だけど。アタシ達のこと傷つけたくないって気持ちが大きいからじゃない?」
「でもエヌラスさん、そういう時って優しそうだよね」
「わかる」
ものすごい、よくわかる。なんというか女性の扱いに異様なほど手慣れている。だがそのくせに時々ものすごく不器用になるのが不思議でならなかった。
「あー、リサちー。今えっちなこと考えてたでしょー」
「ヒナが言い出したんじゃーん! もー、やめてってばー」
「無理矢理にでもしてあげたほうがいいのかな? 怒られそうだけど」
「――――それは、ちょっと……やめといた方がいいんじゃないかな?」
何故か。
胸の奥が、痛む。
日菜のことを気遣っておきながら、本当は自分が嫌な気分になったからだ。口から出てきた言葉の本音と建前に、リサは自分の情緒がかき乱されつつあることを感じている。
どうして、こんな嫌な感情が湧き出してくるのか。
「そんな簡単に、してあげるべきじゃないとアタシは思ってるけど……」
「それくらいしてあげてもいいと思うなー。エヌラスさんのこと、好きだもん」
「――日菜の言う好きって、どれくらい?」
「んー。お姉ちゃんほどじゃないけど、男の人だったら一番? くらいかな?」
「くらい、じゃなくて」
「……なんでリサちー、怒ってるの?」
「えっ? アタシ、そんな怒ってる顔してた……?」
うん、と頷く日菜に、リサは深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる。
「でもいいなー。アタシがそこまでしたら絶対にエヌラスさん嫌がるのに、リサちーにはそこまで許しちゃうんだもん」
「……嫌じゃない? なんか、そういうの」
「なんで? 羨ましいとは思うけど、嫉妬するほどじゃないかな。むしろ応援しちゃうけど」
応援するほどの余裕が自分にあるかどうか――きっと、無いだろう。
「――でも。アタシ、ヒナと違って何もしてあげられないし……いいのかなって、ちょっぴり思うんだ。ヒナみたいにすごいわけじゃないしさ」
「そういう時に、そういう風に傍にいてくれるのがエヌラスさんは嬉しいんじゃない? 口ではいっつもつっけんどんで距離を置こうとしてるけど、アタシ達のこと気遣ってるだけだし。だからさ、リサちーなりにエヌラスさんの力になってあげてよ」
「ヒナはいいの?」
「アタシはほら。アイドルだし、生徒会長だし。そういう肩書のせいでエヌラスさんとはちょっと縁が無さそうだから。そこはちょっぴり、残念かな――」
「…………ごめんね」
「あ、でも! アタシもまだ諦めたわけじゃないからね! いざっていう時は強硬手段に出るから! この余ってるダクトテープで!」
「それまだ持ってたんだ!?」
むしろなんで持ち歩いているのか。
自慢気に取り出した日菜の姿を見て、ようやく自分が“いつもどおりの日常”に戻れた気がしてリサは笑っていた。
きっと、全部解決したら以前のように戻れる。そんな気がした。
恋する乙女の命は短いのだから、青春の日々も止まってはくれない。