【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第百九八幕 その手に握る優しさを

 

 

 

 一度自宅に戻り、それからリサは制服を着替えてギターを持ち、家を出た。ここ数日、夜は危ないと言われているが夕方には家に戻ると言って、エヌラスのマンションへ向かう。

 ひとまずアリバイだけでもと『CiRCLE』に立ち寄ってみると、そこには香澄がいた。まりなと何やら話をしていたらしい。

 

「お、いらっしゃーい。香澄ちゃんから聞いてたよ、学校の授業時間短縮だって?」

「お店の方、どうなってます?」

「うちはまだ軽い方。表のカフェテリアは来週には営業再開かな。それでも店に足を運んでくれるお客さんも少ないし、売上厳しくなりそう――それはともかく、この間のイベントはお疲れ様!」

 『Galaxy Circuit!!』そのものは、大成功と言って差し支えない成果だった。これまでにない盛り上がりに、成功を感じている。まりなも香澄も、リサも。あの日、ライブに参加したメンバーは誰もがそのはずだった。しかし、どこか言葉に影を落としているのは……。

 

「リサ先輩、今日はお一人ですか?」

「ん、んー。まぁちょっと気になっちゃって。いつもお世話になってるし」

「オーナーの話だと、営業時間早めにして、そのぶん閉店時間を早める感じで対策するみたい。今ならちょうど皆も学校終わるの早いみたいだし、いつもどおりだね」

 さすが対応が早い。それでも客足が遠のくのは否めないが、何もしないよりはマシだ。

 

「スタジオ使う? 今なら空いてるよ」

「今日は遠慮しておきます。いやー、ちょっと今月使い込み過ぎちゃって……」

 主に食費その他諸々の事情で。

 

「……まりなさんも、エヌラスさん見てないですか?」

「音信不通、目撃情報無し。それに加えて――あんなの見せられたらね……まだちょっと現実感が無いっていうか、なんていうか」

「――――」

 立て続けに起きている怪事件の影に、全部エヌラスが絡んでいると考えるだけでも卒倒ものだ。それをこなしながらこれまで自分達の日常に寄り添っていたのだと思うだけで背筋が凍る。どれだけ面の皮が厚いのか。

 

「ちょっと怖いよね。親しみやすいっていうか、馴染みやすかったのが逆に」

「……あ、あの。エヌラスさんって、でもなんていうか……面白い人でしたよね?」

「カフェでも人気だったからねー。それ目当てで来る若い子とか多かったし。私としても一緒に仕事しててやりやすかったのは事実だし、危ないことしてほしくなかったなー……ちょっとそれが、予想以上だったというか、想像以上だったというだけで」

「もし――エヌラスさん、戻ってきたらどうします?」

「んー、どうしよっかな……とりあえず! 慰謝料代わりに奢らせる!」

 度胸があるというか、大人の対応というか。月島まりなの飲み込みと切り替えの早さは、流石ライブハウス『CiRCLE』の看板娘。

 聞きたいことなど、山程ある。知りたいことだって、山程残っている。

 

「香澄はスタジオの予約とか?」

「いえ、私はお店の様子が気になったので!」

「なんだー、アタシと一緒か」

「じゃあどうしてギターを?」

「んー、たまには気分転換に場所変えてみようかなって思っててさ」

「私もおたえみたいに駅前で弾いてみようかなー」

「遅くならないようにね。それじゃ、アタシはこれで。また今度、予約する時はよろしくおねがいします」

「はーい。いつでも待ってるからね」

 

 まりなと香澄に手を振って店を後にしたリサは、そのまま住宅街へ続く橋を渡った。

 不意に、目に止まった人影に視線を向けると――そこには、河川敷で座り込んでいる真っ赤な武士が一人。物憂げな表情で川の流れを見つめていた。

 こちらの視線に気づいたのか、童子切安綱が顔を向ける。しかしすぐに視線を外された。まるで興味のない様子で。

 烈火の炎のような激情の塊が、今はどういうわけかおとなしい。消え入りそうなほど弱っているような様子に、リサは恐怖をぐっと堪えて近づいてみた。

 

「……こ、こんにちわ~……」

「…………なんだ、なんか用か? こちらは、そちらに用などない。今のところな」

「何してるのかなー、って……」

「……別段、なにも? 強いて言うならば、吉報待ちだ」

 帯刀しているからか、声を掛けようという人はいないらしい。こころなしか、人通りも少なかった。――リサは仮眠していたので知らないが、ボヤ騒ぎが起きた現場のすぐ近くである。

 

「ひとりなの?」

「ああ。まぁ果報は寝て待て、というからには寝て待つべきだろうが。別段眠いわけでもなし。無為に時が来るのを待っている」

「…………」

「それで。俺に用でもあるのか?」

「……これからどうするのかなーって思って」

「やることなど、寝ても覚めても変わらん。俺は、この国の民の為に刃を振るう」

「アタシとモカのこと拐っておきながら?」

「外敵だけとは限らないからな。場合によっては、俺は容赦なく斬る」

 足元の石ころを拾い上げて、川に向けて放る。

 ちゃぽん、と。波紋を立てて沈み込んでいった。

 

「この辺りは、大分“怪しい”ようだ。夜は出歩くなよ、特に今宵は陰気が強い」

「……? えっとー」

「はぁ……幽霊、妖怪の類に気をつけろと言っているんだ。逢魔が時も知らんのか現代の人間は……それとも夜の恐怖を忘れたと見るべきか」

 童子切は、まるでそれを憂いている。

 

「見かけ次第、俺が斬るから問題はなかろうが――まかり間違って斬って捨てても構わんな?」

「そ、それは物凄く困るんですけど!」

「なら、出歩くな。日の高いうちに宿に戻れ」

 今度は手頃な大きさの石を二つ拾い上げて、手に収める。

 そのまま力を込めて拳を作ると、砂粒となっていた。篭手の土埃を払い落として、童子切が肩を落とす。

 

「此処で腰を落ち着かせていたのは、あの周囲で起きている地脈の乱れがよう見えるからだ。それにしても、あー……腹減った……」

「…………」

 生憎と、クッキーは持ち歩いていない。

 

「えっと、何か食べたいものとか……」

「握り飯」

(確か……ご飯もちょっと炊いておいた気が)

 即答である。

 マンションまでも、そう遠くなかった。それならば、すぐに用意できるだろう。

 

「おにぎりの具は、何かあったり……」

「いらん。塩と米だけで十分」

「わかった。じゃ、少し待ってて!」

 ――どうしてこう、自分は放っておけないのか。

 童子切が、どこかエヌラスに似ていたからだ。

 

(案外あの二人、仲良くなれるんじゃないかなー……?)

 そんなことを考えながら、リサはマンションまでの道を小走りで急ぐ。

 

 

 

 それから程なくして戻ってきたリサの手には、握り飯が三つほど。要求通り、塩と米だけでほどよく握って味をつけておいた。

 

「はい、おにぎり。これで間に合う?」

「…………………………――――お前はとんだ阿呆か?」

「えぇ!? 人がせっかく握ってきたっていうのに、それはいくらなんでも酷くない!?」

「いや、類まれな馬鹿だろうお前は。俺は施しを求めたわけではないぞ」

「そうだけども……なんか、放っておけなくて。童子切さん、エヌラスさんに似てて」

「…………貰うぞ」

 リサの手からおにぎりを一個取ると、包を開けて頬張る。

 

「……どう?」

「……美味い」

「よかったー。足りる?」

「三つばかりではとてもではないが足りん。そもそも、俺の腹はそう簡単に膨れんからな」

「あははは……やっぱり似てる」

 大食いなところとかも含めて。

 あっという間に平らげて、手を合わせる。

 

「馳走になった」

「どういたしまして」

「情けをかけられた手前、何もせんわけにはいかんが……生憎と俺が誇れるものなど武術くらいのものだ」

「じゃあ、ひとつだけアタシからのお願い」

「聞こう」

「……エヌラスさんと、仲良くできない?」

「…………すまんがそれだけは出来ん。あれは俺の敵だ、鬼だ。悪鬼だ。アレだけは許すことはできん」

「……そっかぁ」

「――が、しかしだ。礼を欠くのも武士の恥。かといって口にした手前、誤りであったと訂正するのも癪だ。一度限り、刃は収めてやる」

 情状酌量の余地はそれ限り。たった一度だけ、見逃すという言葉に二言はないだろう。

 

「それで良いか?」

「まぁ、今回はそれで成果有りってことにしておこうかな」

「……ふん。まぁ、なんだ。……握り飯、美味かったぞ。わかったら、今後俺には関わるな。俺は生まれた時代が時代だけに、他の妖怪共から大層恨みを買っている」

「……エヌラスさんと仲良くしてくれたら、アタシも嬉しいんだけど」

「他人の機嫌取りの為に鬼と同じ天を仰ぐわけがないだろう。俺の()は――、鬼を斬って貰った名前だからな。それを俺は誇りに思っている。だからこそ、この名前を穢す行いをするわけにはいかない」

 今は亡き主の武功を誇り、守らんとする姿は孤高の頂に身を置く武人そのもの。

 胸を張り、どこまでも咲き誇る姿には――やはり、エヌラスの面影があった。似ても似つかぬ二人のはずだが、どこか似ている。

 

「じゃあ、アタシ行くね」

「おう。達者でな」

 小走りで去っていくリサに後ろ手を振り、童子切は重い腰を上げた。

 ――握り飯を頬張ったところで、腹は膨れない。

 己の腹を満たすのは、血湧き肉躍る合戦(いくさ)のみだと本能で理解している。

 それでも人の姿をしている自分に情けを掛けた少女の優しさに、童子切は深く肩を落とした。

 そんな仏のような慈悲深さを持ち合わせている相手を、何故あの悪鬼は巻き込んだのか。それを思えば、共に戦うことなど叶わない。同じ地を踏むことすら腹立たしくもあった。

 決して相容れないと理解しているが、業腹だが、見逃すのは一度限りだ。

 腹は膨れなかったが、それでも握り飯は美味かったのだから。

 

 

 

 リサがマンションのエレベーターで最上階まで登り、突き当りの部屋を合鍵を使って開ける。

 おにぎりを作る時は開いてなかったはずの寝室の扉が開けられていた。浴室の方からも人の気配がする。

 

「た、ただいまー……あ、いや、お邪魔します……かなこういうときって……」

 内鍵を閉めて、靴を脱いで玄関に上がるとすぐに脱衣場から顔を覗かせた。

 濡れた髪を雑に後ろへ流したラフなバックスタイルに、左目は閉じられたまま。右腕もだらりと力なく垂らしている。左胸の魔術刻印が弱々しく光を灯していた。

 ――目を覚ましたエヌラスの姿を見て、思わず頬が緩んだが、それ以前に寝起きで頭が全く動いていないのか。ほぼ、というか全裸でそのまま脱衣室から出てこようとしていたので、極力見ないようにしながら押し戻した。

 

「ちょ、っと、濡れたまま出てこないでってば!!」

「え、あー……? おう、はい……わかった……」

 なんというか。

 いつになく、気の抜けた返事をされてリサはリビングでへたり込む。

 安心した反動で、全身から力が抜けていくのを感じていた。

 頬も、ついつい自然と綻んでしまう。

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