【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二百四幕 丑御前

 

 

 

 エヌラスと二代目賢人バルザイの衝突を阻もうとする猫たちだが、二人の間に走る緊張感に尻込みしてしまった。だがロシアンブルーキャットだけは引き下がらない。

 

『そこまで言うなら、オレはこいつの味方につくからな!』

 同郷の出身ということもある。仮に邪神であったとしてもこの少年はあの賢人の弟子であり、息子であり、人類に危害を加えるような存在ではなかった。

 ただ人間らしい生き方のわからない迷い子のような、そんな無口な二代目賢人バルザイをロシアンブルーキャットは見捨てられない。

 偃月刀を手にする少年の肩までよじ登ると、エヌラスを睨んで威嚇する。

 

「…………」

『どうせ乗りかかった舟だ! 最後まで付き合わせろ!』

 ――少し重いから降りて欲しい。そんなことを思いながらも、肩に猫を乗せたまま二代目賢人バルザイは左手に持った偃月刀の切っ先をエヌラスへ向けていた。

 疑問が浮かぶ。どうしてこの猫は自分に与するのだろう、と。

 

『言っておくがオレの助けは期待するなよ。オレには最後まで見届ける責任と義務がある』

 この年若い猫は、将軍の跡継ぎという自負があった。だからこそ、最後まで一緒にいることにいることにしたのだろう。

 他の野良猫達は危険を察知してか、一刻も早くその場から離れたそうにしていた。

 

『いいか、危ないと思ったらすぐに逃げろよ! 何も今夜で決着つける必要ないんだからな!』

 そもそも戦う理由すら自分にはない。だが、自分達を見逃すのは今夜までだと童子切は断言している。上手く事を運ぶのであれば、今夜が峠だろう――だが果たして。

 あのクァチル・ウタウスを前にして、単独で生還したこの真性の怪物を相手に一晩で決着をつけることができるだろうか。そんなことを二代目賢人バルザイは考えながらも、偃月刀を構える。

 エヌラスもまた、倭刀とレイジング・ブルマキシカスタムを手にしていた。

 にらみ合う二人に、開戦のゴングのように遠方で童子切が顕現した妖怪を相手に吼えている。

 

 

 

 童子切安綱は、川辺に逃れた妖怪を追っていた。

 水辺を求めた牛の顔を持つ妖怪。それは、牛鬼だ。

 懐かしい、と郷愁の念に駆られる。千年以来の再会に、思わず笑みがこぼれてしまう。だから千年前と同じように、千年ぶりに斬らねばならない。

 現代日本に、いてはならない自分がいる。現代日本に、いてはならない妖怪がいる。

 右腕に鬼火を纏う。火の粉を散らしながら、川めがけて腕を振るうと、まるで線を引くように炎が舞った。川の流れを断つようにして牛鬼の足を止めると、今度は大橋の下から土手へ向かって飛び出してくる。

 昨今、異常事態が続いているだけに人通りはまばらな川辺で付喪神と牛鬼が対峙した。

 身の丈、三メートルは超える巨躯を前にしても童子切安綱は威風堂々と、目の前で腕を組んで破顔している。毅然とした口調で、牛鬼へ声を投げた。

 

「久しいな、牛鬼! えぇ! こうして顔を合わせるのは千年ぶりか!」

「――何者、だ。貴様」

「あぁ? 馬鹿かお前は、まさかこの俺の顔を忘れたとは言わせんぞ」

 牛鬼が眼を開き、更に大きく見開く。そして、唸りながら暴れだした。

 

「貴様――童子切、安綱! 忘れる、ものか! 源氏、死すべし!」

「応よ、俺だ! 源氏相伝の一振りよ! 千年ぶりよなぁ!」

 身を屈め、地鳴りを轟かせながら地面を捲くりあげ牛鬼が角を振りかざして童子切安綱へと突進していく。さながら暴れ牛のように。しかし、その曲がり角が身を貫くよりも先に童子切は身体を捻り、逆に牛鬼の角を捉えていた。

 そして――大きく地面を踏み鳴らすと一息に持ち上げる。両腕で角を抱えて、脳天より地面に叩きつけた。衝撃に目が眩み、苦痛に悶える牛鬼から手を離した童子切の腕が、身体が燃えている。

 めらめらと、轟々と音を立てて鬼火が赤く紅く燃え盛っていた。

 人間の姿と侮ったのが運の尽き。最早、人の姿をしていながらにその付喪神は妖怪の天敵として君臨している。

 

「お前をたたっ斬る前に、聞きたいことがある。千年来の再会だ、それくらいは良かろう? ――貴様、何故今になって日本に顕現した? 牛鬼よ」

「お、おぉ……! 知れた、ことよ……神託を、たまわった……!」

「なに? 貴様らのような妖怪にか? そのような八百万の神がいるのか」

「日ノ本でも、異国の神でも、異界の神であろうともかまわぬとも! 復讐を! この恨み晴らさでおくべきか! おお神よ――御身に捧げます! ――ふんぐるい! ふんぐるい!」

 異国の神、異界の神を讃える祝詞を口ずさみながら、牛鬼は口元を歪めてのたうち回り、身体を起こすと童子切へと大木のような前足を振り下ろす。

 

「…………見下げ果てたわ、妖怪風情が」

 それは、冷たく言い放たれた。まるで興味を失ったように、童子切の口から吐き捨てられる。

 

「仮にもお前とて、この国で生まれた妖怪だろうに。事もあろうか、異国異界の神を讃えるとは言語道断。妖怪の権威も地に落ちたものだ――丑御前と恐れられたお前がその体たらくとはな」

 明らかな落胆であった。この時点で既に、童子切の身体からは炎が消え失せていた。まるで自らの戦意を高揚させるためであったかのように。

 かつての仕手を貶めるような、権威の失墜。その落胆ぶりは、如何程か。

 最早童子切安綱は牛鬼をかつての強敵とは見なさなかった。ただの、そこらの畜生同然だった。

 桁外れの巨体と、怪力と、それらを併せ持つただの野牛。その程度のモノだと認識を改める。それほどまでに、童子切安綱は牛鬼に対して期待を寄せていただけに、裏切られた落差は大きい。

 千年あまりの時を経て再会した妖怪が、この程度に落ちぶれていることに落胆は禁じ得なかった――今の日本は、こんな程度の妖怪で乱されるものなのか、と。

 

 牛鬼が執拗に前足の鉤爪を振り下ろす。ひとたび貫かれてしまえば命はない、しかしその一撃が童子切の身体に触れることはなかった。

 太刀に手をかけることなく、足の動きと体捌きだけで牛鬼の猛攻を避けている。

 やがて拳を握りしめると振り下ろされた前足を横から力いっぱい殴りつけた。鬼火を纏うことなく叩き込んだ拳は骨を砕き、牛鬼の足を粉砕する。

 

「嗚呼、ならばもういい。この国で共に在った妖怪であるお前を高く買っていたが……落ちぶれた妖怪になぞ用はない。疾くと失せろ」

「お、のれぇ! 童子切安綱ぁ!!!」

 舌打ちを一つ。それも、さぞ不愉快さを隠しもしない大きな音を立てて。

 童子切は、己の怒りを鬼火に焚べて歯を食い縛りながら振り下ろされる前足を正面より太刀で斬り捨てた。腰を落とし、抜刀。一閃にて断ち切った。

 大股で牛鬼に歩み寄り、拳を振り上げる。力任せに頭を殴りつけると、その巨体が川原を転がった。

 

「馬鹿が! 畜生風情が! 日ノ本の誇りすら捨てた妖怪なんぞめがぁっ!!!」

 恐れの余り、逃げようとする牛鬼の後ろ足を掴むなり、童子切は信じられない腕力でその巨体を軽々と持ち上げた地面へ叩きつける。

 太刀を構え、足を切り、脇腹を蹴り込み、角を折り――もはや、牛鬼は強大な妖怪としての面影などはなく。そこには虐げられる畜生が一匹いるだけだった。

 

 鬼の名をつけられるほどに恐れられていた丑御前。その正体は、源頼光の弟にあたる者であったという。しかし、生まれ持って人ならざる容姿をしていた。丑の年、丑の日、丑の刻に生まれ、遂には父親が頼光に退治を命じた。

 ――奇しくも、千年あまりの時を経ての再会はあまりにもお互いの期待を裏切る形となった。

 童子切安綱はかつての主がそうしたように、日本を守護するために。

 牛鬼は、異界の神に頼り、縋ろうとも、この身の恨みを晴らそうと。

 

 ふと、童子切が牛鬼の身体を切り刻んでいるうちに違和感を覚えた。

 身の丈が、大きくなっている。見上げるほどだったのが、今や川原からはみ出さんとしていた。

 斬られた足が、折れた角が生え変わる。より強靭に、より強固に、よりおぞましく。

 

『――ゲハハハハハァッ! 童子切! 童子切! 笑わせてくれる! 貴様は、我が兄が帯びていた刀! ただの刀だ! それが人の姿を得て、ヒトの真似事をしたところで我らと同じこと! 人に恐れられ、人に疎まれ、人に忘れ去られるだけではないか! 兄と呼ぶのもおぞましきこと、この身体に流れる血がやつの血を引いていると考えるだけでも虫唾が走る!』

 その頭部に、瞳が生えた。燃えるような三眼。蜘蛛のような腹より、黒く蠢く触手が揺らめく。

 

「…………」

『ああ、そうとも! あの妖怪殺しめに恨みを持つのは五万といるわ! それに目をつけた異界の神は我らに力を授けると! 最早この国にあの将はおらぬが、我らの恨みは到底収まるものではない!』

 童子切安綱は一度、太刀を持ち直した。

 三メートルばかりであった牛鬼の巨躯は、今やどうだ。既にその三倍以上に膨れ上がっている。川を跨ぐほどにその身体に邪神の力を取り込んでいた。

 ボリボリと、面倒そうに。心底どうでもよさそうに童子切安綱は頭を掻いている。牛鬼の話にまったくといっていいほど耳を傾けていなかった。露ほども興味が無さそうに。

 

『土蜘蛛めも! 仇敵、酒呑童子も! この日本を恐怖に陥らせるために――』

「――おう、黙れや」

 無造作に、童子切が太刀を天に向けて掲げる。手首を返すようにして、綺麗に真円を描く。夜風を切りながら、まるで鈴を鳴らすような音を鳴らした。

 そして、鬼火が地を走る。川を越え、土手を越えて、童子切と牛鬼を隔離するかのように。

 轟々と音を立てて。

 メラメラと、川が干上がっていく。それは、千年鍛えた怨嗟の炎。絶えず、絶やすことなく抱え続けてきた童子切安綱の執念。

 ()()()()()()()童子切安綱に、牛鬼が身体を強張らせた。

 

『――貴様、何だ…………何だそれは!? 何だ、その力! 知らぬぞ! 貴様が、貴様のようなごとき付喪神がそこまでの霊力を持つなど聞いたことが――――』

「喋るな、畜生。畜生は、畜生らしく草でも()んでいろ」

 遮二無二、構わず牛鬼は童子切安綱を押し潰さんと足を振り上げる。だが、上段に構えた太刀を打ち下ろすのが圧倒的に早かった。

 気迫一閃。夜闇に響く、鬼神咆哮。

 牛鬼の頭部より、背面から尻までを一刀のもとに両断していた。その断面は焼き切られ、鬼火が全身を包んでいく。

 

『ぐぎゃああああああああっ!!!!』

 再生する身体を片端から灼き尽くしていく焦熱地獄。流石の牛鬼もこれには堪らず泣き叫ぶしかなかった。鬼火は消えることなく牛鬼を焼き、雷光はその身体を責め立てる。

 口から火の粉を散らしながら、握りしめた拳から稲光を鳴らしながら童子切安綱は川に逃げ込む牛鬼に背を向けた。

 しかし、水の中に逃げ込んだところで鬼火は尽きることはなかった。当然だ。それは童子切が抱える、怪異に対する怨嗟の炎なのだから。

 

「馬鹿申せ。今も、昔も、千年変わらず――俺が一番貴様らを斬ってきた。負ける道理があるものかよ」

 牛鬼の悲鳴が徐々に小さく、か細く消え失せていく。やがて街を包み込んでいた瘴気が炎で焼き払われていくと、童子切安綱は太刀を收めた。そして、大きく肩を落とす。

 

「腹ごなしにもならん……」

 しかし、聞き捨てならなかった言葉が端々にはあった。

 土蜘蛛。そして、仇敵の酒呑童子の名が牛鬼の口から出てきたことだ。異界の神は、日本妖怪に力を与えて現代に顕現させていると見て間違いないだろう。それは自分達付喪神と同じように。

 ならば、斬らねばならぬ。千年前、仕手がそうしたように。

 

 童子切が目を凝らせば、そこではエヌラスと二代目賢人バルザイの二人が剣戟を打ち鳴らして火花を散らしていた。腕を組み、高みの見物――といきたいところだが、先程の怪異に引き寄せられてか悪霊が街に引き寄せられてきている。

 大典太を引き抜き、童子切は構えた。

 

「この俺が露払いとはな――高くつくぞ!」

 握り飯の恩義は今夜限りだ。

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