【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二百五幕 魔人の本懐

 

 

 

 ――エヌラスと二代目賢人バルザイの倭刀と偃月刀が火花を散らす。しかし、呪術的な加護を施されている偃月刀の刃と触れるだけで倭刀が小気味良い音を立てて折れていく。まるでカッターナイフのような脆さで折れるたびに、エヌラスは(なかご)に仕込んである魔術文字を起動させて刀身を鍛造する。本体の強度面の問題から、ある一定以上の強度は見込めない。

 かつて愛用していたバルザイの偃月刀も、邪神との戦いを繰り返すうちに摩耗していき、遂には砕け散った。

 エヌラスは少年の扱う偃月刀がそれに酷似していることが気にかかっていたが――その出処が古い知人からの贈り物であったという事を思い出す。まさか、とは思う。

 対峙している少年が、その古い知人であるとは思えなかった。魔術師である以上、決して外見年齢が一致するとは限らないが。

 左手で逆手に構えた偃月刀がすれ違いざまに振るわれる。エヌラスはそれを防御せずに避けた。鼻先を掠める刃が風切り音と共に通り、空間が鏡のように一瞬だけ顔を映す。

 

 大魔導師が貯蔵しているバルザイの偃月刀は、魔術の触媒としての側面が強調された調整を施されている。それが本来、どのような意図を持って鍛造されたものであるのかはエヌラスも知らなかった。ただ、自分の銀鍵守護器官と抜群の相性を持っていたことから重宝していたのだが、それでもやはり耐久度には限界がある。ならば、同じように相手の持つ偃月刀を破壊できるのではないかと考えるが、それをやるためには同等の強度を持つ得物が必要になる。倭刀では以ての外だ。

 ならば他の呪術兵装で――左手に白銀の回転式拳銃を召喚すると無造作に発砲する。その魔弾は鋭角的な角度で二代目賢人バルザイを追尾するが、一太刀で全て切り払われた。

 

 エヌラスが舌打ちする。

 クァチル・ウタウスが所有していた魔道書、カルナマゴスの誓約。ソレは今、所有者を二代目賢人バルザイに書き換えられている。そこに記述されていた魔術も自在に扱えるはずだ。

 ――最悪の事態として、クァチル・ウタウスはエヌラスに対する対抗策を万全に備えていた。当然そこにはクトゥグアもイタクァも含まれている。それが二代目賢人バルザイの手にある、ということは。

 既にこの時点で勝ち筋は途絶えている。残るは魔人化か、或いは――機神召喚。

 しかしその切り札ですら、クァチル・ウタウスを封神する際に開示している。それは当然、相手も危惧していることだろう。そして、魔術師であるということは、邪神であるということよりも遥かに厄介な時がある。大魔導師がその最たる例だ。

 一概に、魔術師と言えど多種多様な種類がある。大魔導師は中でも計算、術式による物を得意としていた。それはエヌラスも覚えている。空間操作、時空掌握――もはや何でも有りのように思えてならないが、ひとつだけ数値化出来ないものが在る。

 どれだけの計算と、編纂と、術式によっても制御できないもの。

 人間の感情と心だ。それだけは、大魔導師がどれほどの計算を尽くしても数値化できないものとして憚られない。だからこそ勝算があるとするならばそれだけだ。しかし、その弱点すら補うかのように死霊秘術を修めているのだから手に負えない。

 エヌラスは、改めて目の前の少年を見据える。

 

 バルザイの偃月刀。それを自在に鍛造して見せる少年は、間違いなく賢人バルザイの血縁者だろう。人の身でありながら、賢人と呼ばれるに至った魔術師。そして、神域へと届かんとする魔術の采配は、確かに天才と言える。

 それを手足のように扱う少年は自分よりも遥かに魔術師として完成されている。エヌラスはそう判断した。そこには情状酌量の余地もなく。

 だからこそ、勝ち筋が見えてこない。このままでは、間違いなく敗北すると分かっていた。

 街を駆け、空を跳び、宙で刃を交わしても。

 それは相手が本気を出さないからだ。別に手を抜いているわけではなく、本気を出すまでもないことを意味している。

 頬に走る切り傷を手の甲で拭いながら、エヌラスは自分の中の“不純物”を削ぎ落としていく。

 これまで、そうしてきたように。

 これからも、そうしていく。

 ――そも、何が足を引っ張っているかと問われれば、それは一言で言えば環境そのものだ。

 

 脳裏にちらつくのは、今井リサ。氷川紗夜。氷川日菜と、この世界で出会ってきた少女達の顔ばかり。

 この街ごと沈めれば、多少は勝機もあるだろう。童子切は鬼火を散らしながらも集まってくる怨霊や悪霊、魑魅魍魎を焼き払っていた。近づくことすら敵わない状況に、底知れない実力に末恐ろしさすら覚える。だが、今のところはこちらを見向きもしていない。本当に今夜限り、こちらに手を出すつもりはないようだ。

 

 改めて、思う。

 果たして本当に、この少年を……邪神を倒すことができるのかと。そのために必要な犠牲を鑑みれば、それに釣り合う価値のある敵だと認めてしまう。

 あの烈光の邪神、クァチル・ウタウスとの交戦でさえ奇跡的に街が原型を留めていた。それもこの少年の助力があってこそだが、童子切の手助けも見込めそうにない。

 自分だけの力でやるしかない。――そこまで考えて、エヌラスが改めて自分の甘さにかぶりを振った。何を馬鹿なことを考えているのか、と。

 

 最初から。そう、最初の一歩目から、これは自分の選択肢だ。これは誰かに望まれたわけでもなく自分一人だけが抱えていくべき問題だ。だから、他の誰にも助けを求めることもせずに、孤独に駆け抜けるだけの話。

 世界を救う英雄などではなく、おとぎ話の主人公でもなく、ただ自分が救われたいがために他の全てを弑す悪逆無道。

 

 だから――誰かの優しさに足を引っ張られて、それで宿願を逸脱することなど言語道断だ。

 善なる英雄ではなく、あらゆる悪逆を成してきた非道の魔人なのだから。

 

 倭刀が幾度も折れては鍛造されていく。

 夜空を駆けながら、エヌラスと二代目賢人バルザイは再び火花を散らし、そして――エヌラスが銃口を突きつけていた。

 銃弾を魔術で防ぎながら、ビルの屋上に着地する。

 二代目賢人バルザイは、無傷だった。ソレに比べてエヌラスは多少の手傷を負っていた。その怪我もすぐに再生して塞がっていくが。

 

『何回見てもあの傷の治りはおかしいっての……』

「…………」

 二代目賢人バルザイの右肩に乗っている猫が呟く。その魔力の出処は調べるまでもなく、左胸。心臓の近くにある、もうひとつの心臓だ。だが、そこに渦巻いている規格外の魔術に疑念を抱いていた。あんなものが存在していいはずがない。

 誰が作ったのかもわからない代物だが――そんなものを常用している相手も相手だ。

 

『お前は邪神かもしんないけど、人間の味方をするんだろ? あの嬢ちゃん達のためにも』

 それは、どうだろう。わからない。

 だけどそれをあれは許さないのだろう。あの黒い月と同じように、自分は平和を乱しているのだから。

 思えば、あの時からそうだった。付喪神のときも、邪神遺物を持ち込んだときも。言われるがままに地球を汚染した。だが、誰にも求められずにいる今の自分は、帰る場所すらない。行く宛もなかった。

 

『だったら、ここを切り抜けないとな!』

「…………」

『――い、いや、まぁ? オレが別に加担するわけじゃにゃいし!? あくまでもお前の最期を見届ける責任と義務があるからで……別にそれが今夜とは限らないし、一人であの家にお邪魔するのもなんだか気が引けるしで』

「…………」

 変な猫だな。

 二代目賢人バルザイは、そんなことを思いながらエヌラスに向き直る。

 懐から取り出したドラッグシガーに火を点けて、一服していた。その紫煙を一嗅ぎすれば、顔をしかめる。柑橘類の爽やかな香り、だがその中には魔術的作用が強い成分が異様なほど含まれていた。服用すれば魔術回路がたちまち焼き切れてしまう。

 だが、それを燃焼剤にしてエヌラスが魔術の出力を引き上げる。

 ――その様子を見て、二代目賢人バルザイはどこか憐れむように相手を見ていた。

 そうまでして、魔術師としての寿命を擦り減らしてでも成すべき事があることが、どこか羨ましかった。

 そこまでして、自分を殺さなければ気が済まないのだろうか。

 ……その程度の相手に、どうして。これまでの邪神は討ち滅ぼされてきたのだろう。

 

 夜の街を熱の波が照らしていく。夜空を覆うような瘴気を焼き払っていた。

 童子切安綱は、大典太も携えて二刀流で怪異を切り捨てている。その刀身は鬼火に包まれており、振るう度に炎が軌跡を描いていた。

 牛鬼を倒しただけでは到底飽き足らず、人々の悲鳴も蚊帳の外。あの調子では一晩中怪異を斬り伏せていることだろう。疲れ知らずに負け知らず、鬼に金棒といった有様だ。

 

『あれは放っておいて。お前は、お前の戦いに集中しないとな』

「……」

 それもそうだ。だが、この国を守護するにはあれくらいが丁度いい。あんなのが相手では、二人がかりでも怪しいところだ。

 自分と同じように刀剣の付喪神でありながら、実力があまりに違いすぎる。それは土地の加護による後押しがあるからだろう。それ以上のものがありそうだが、わからなかった。

 

 エヌラスの空いた左手。その手のひらに、結晶のようなものが浮かび上がる。

 クリスタル。赤く、どす黒い血の色をした結晶体に、二代目賢人バルザイは吐き気すら覚えた。

 あの構造体は、生きているかのように脈打っている。放つ光のその奥に、見てはならないモノがいた気がした――女の亡霊だっただろうか。

 目を凝らしてはならない。目を向けてはならない。

 その男の心の奥底に秘めているモノに、決して。

 祝福されて生まれたのではなく、呪詛と共に生まれ落ちた忌むべきモノ。

 

「……、――――“接続(アクセス)”」

 エヌラスは、その力を振るうことを躊躇った。だがそれも一瞬のこと。

 左手に持った、その結晶体を力の限り握りしめて、魔人としての力を解放する。

 赤い髪。それに付属するような武装の数々。そして、立ち込める血の臭い。

 生存本能による強制起動ではなく、自分の意思で行う魔人化は、明確な殺意を持って行われる。――その戦闘における破壊も、何もかもエヌラスの制御下で。

 

「テメェ相手に出し惜しみしてられないんでな」

『――来るぞ!』

 そんなことは、耳元で言われなくてもわかっている。

 二代目賢人バルザイは、改めて偃月刀を構えた。

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