【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二百六幕 魔人と賢人

 

 

 

 ――それは、哀れな哀れな魔人のお話。

 生まれるべきではなかった。必要とされるべきではなかった魔人のお話。

 それを必要として、呪詛と共に生み落とした獣がいた。黄金の獣。

 全ては神を越えるため、それだけのために。思惑も、実力も、箱庭も。己の輪廻転生も含めて。

 そのためならば、他の一切の全てを破壊し尽くしても構わないとさえしていた。

 三千世界を灰燼に帰しても、尚も足りぬのならば――どのような犠牲も厭わない。

 それ以外の一切は、ただの暇潰し。取るに足らない退屈しのぎ。

 失敗するかもしれない。そんなはずはない。

 成功しないかもしれない。そんなことはない。

 必ず成功する。失敗は有り得ない。そんな事は、絶対に起こり得ない。

 

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 たった一人の最愛の人を奪われて。

 たった一人の大切な家族を奪われて。

 世界の全てを呪い、恨み、憎み、それでも。――それでも、“諦めなかった”男だ。

 ならば、良し。

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 この魔人ならば、きっと成し遂げる。必ず成し遂げる。いつか、必ず。

 どれほどの時が過ぎ去ろうと。

 どれほどの傷を背負おうと。

 どれだけの業を背負っても。

 悠久の時を、戦い続けても――必ず。

 どんなに多くの犠牲を払って、心を痛めたとしても、その足を止めることはない。

 

 何故ならば、“諦めない”という呪詛と共に生まれ落ちた魔人だ。

 絶望の魔人が、絶望と共に歩みを止めることだけは絶対にない。毒を持つ生物が、己の毒で死なないように。

 どんな絶望だろうと、必ず覆す。どんな地獄だろうと、必ず生き残る。

 その戦いが終わるまで、戦い続ける。

 

 ――総ては、黄金の獣の計画通り。

 

 絶望の魔人であるエヌラスは、今もまだ、戦っている。

 人類のためではなく。誰かのためではなく。

 ただ、自分が救われたいがために。

 ――救えなかった命を、無駄にしないためにも。

 

 

 

 白銀の魔弾が赤い稲妻を纏いながら駆ける。六発の魔弾は、二代目賢人バルザイの左手に持つ偃月刀によって断ち切られた。だが、その手応えの重さに顔をしかめている。手が痺れるような痛みを訴えていた。

 全弾を切り払うことは出来ず、二発を防御円によって防ごうとするが、魔術に噛みついて離さない。それは、術式への強制介入を意味していた。

 解析開始。

 ――驚くべきことに、その魔弾は、イタクァであることに違いなかった。だが、汚染されている。他でもない、魔人の権能によって。

 必中の魔弾が、必滅の呪詛を帯びている。その解呪には、自分が持つ魔術だけでは時間を要するだろう。

 エヌラスの右手。真紅の自動式拳銃が握られていた。輪をかけて破壊力の向上した紅蓮の魔弾は、防ごうものなら腕ごと持っていくだろう。

 二代目賢人バルザイの周囲を、無数の紙片が舞い踊った。

 ――よもや、賢人バルザイの弟子である自分が、邪悪なる賢者、カルナマゴスの遺した魔導書を使うことになるとは。

 ギリシャ語で翻訳されているのは、クァチル・ウタウスがこの星で扱う際に適した言語に翻訳したからだ。本来ならば、これは読み解くことすら敵わない邪神言語で頁が埋め尽くされていることだろう。

 それも難なく読み解く事ができるのは、やはり自分も賢人の血を引いているからか。心血を注ぎ作り上げられた偃月刀の精霊。付喪神――。

 偃月刀の刀身を、魔術文字が奔る。クトゥグアの魔弾を術式ごと断ち切り、無効化させると同時に魔導書を身に纏う。

 

 あの魔人は、危険過ぎる。存在が、その力が。人類を守護するためではなく、崩壊させるための力であることだけは間違いなかった。

 矛先が人類に向けられていないというだけで。……ああ、それは結局自分も同じか。二代目賢人バルザイは、クァチル・ウタウスと同じように魔導書を用いて変神した。

 全身を覆い隠すような紙片には、膨大な魔力が込められている。白と黒のコントラストに彩られた魔導装衣を装着して、翼膜のないコウモリの翼を広げて夜空へ逃れた。エヌラスも同様にそれを追跡する。

 街を壊すことだけは、極力控えておきたい。その一点において、二人は奇妙に意見が一致していた。はびこる怪異を相手にものともしていない童子切に任せて、星空の下で衝突する。

 倭刀の刀身に奔る、赤い紋様。エヌラスの権能を付与された状態の倭刀と、二代目賢人バルザイの偃月刀がぶつかりあい、冷えた空気を震わせた。右肩にロシアンブルーキャットを乗せたまま、睨み合う。

 

 魔術師同士の闘争を遥かに凌駕した打ち合いに、ロシアンブルーは目を丸くしている。間近で感じる刹那の攻防の空気は、一瞬でも気を抜けば首を落とされそうなほど切羽詰まっていた。だというのに、自分を右肩に乗せながら顔色ひとつ変えずに偃月刀を振るうバルザイの横顔にロシアンブルーは申し訳無さを覚える。

 こんなことをするべき少年ではないのに。

 本当なら、初代賢人バルザイの意思を継いで静かに山の麓で鍛冶師を続けていたはずだというのに――外なる神々の狂気に囚われた師が邪神を連れてきたことが彼の運命をこうも狂わせてしまっている。

 せめて、帰ることが叶わないなら。幻夢境へ戻れないのならば、この地球で自分達と同じように人間を守護する為に共に生きていくことくらいできるはずだ。

 それすらも、あの魔人は許さない。邪神の末席、末端、眷属に至るまで。その全てを例外なく殺害せしめんとする覚悟は、尋常ではない。有言実行しているだけに、凄まじい。

 きっと過去に、大切な物を奪われてきたのだろう。取り返せない物を奪われてきたに違いない。

 そんな生き方をしていたら、壊れてしまう。……とっくに、壊れているのかもしれない。それに自覚すらないのかもしれない。憐憫の情すら覚えてしまう。

 

『……お前、本当に残念な奴だな』

「…………」

 ロシアンブルーが不意に、そんなことを口走る。二代目賢人バルザイは、横目で盗み見ながら魔弾を多重投擲した偃月刀で迎撃していた。

 

『ちゃんと自分の意思を伝えれば、通じるかもしれないのに。なんで喋らないんだ?』

「…………」

『話す必要がないと思っているなら、それは大きな間違いだ。言葉を交わすことは、心を交わすことと同じことなんだから』

 伝えたい思いも、秘めているだけでは宝の持ち腐れだ。

 人の心も言葉も、宝箱では意味がないのだから。

 

『なんで戦ってる最中にこんなこと言い出したかって? そりゃお前がつまらないやつだからだよ! なんかあるだろ、これがやりたいとか、やってみたいこととか!』

 ――そんなものは、ない。

 自分の中にあるのは、師の大願成就に尽きる。それ以外のことなど……、気にかけるまでもないはずだった。

 

『この戦いから生き残ったら、お前なにがしたい?』

「…………」

 何も。いいや、何も。なにひとつとして、やるべきことが思い浮かばない。

 呆れたように、猫がふすーっと鼻からため息をついていた。

 

『何でも良いんだよ。帰る理由なんて。美味しいものが食べたいとか、遊びに行きたいとか、なんでも! なんかあるだろ! なんにもなかったら、お前、本当に何もないんだぞ!』

「…………――」

 何か。なにかとは、なんだろう。

 

 気づけば、相手は倭刀に加えてもう一本。何か見慣れない物を手にしている。

 刀の鞘のようだが、撃鉄が付いていた。それが何を意味しているのか一瞬、思考に隙が出来た。

 そしてその答えはすぐに示される。

 

「――“鍛造(エンチャント)”」

 砲声が轟いた。それは、エヌラスが超電磁抜刀術を編み出すに至った一振り。ただの訓練用、あるいは修練のために製造した補助器具の付いた倭刀。今となっては使うことがなくなったものを、実戦向きに転用した無銘だ。

 回転式の弾倉にはクトゥグアとイタクァの弾丸が装填されている。擬似的に、複合属性の斬撃を放つことができることに加えて、初速で言えばこちらのが上だ。

 咄嗟に、偃月刀を斜めに構えて捌こうとするが対処が遅れる。二枚重ねにしていたことで辛うじて怪我は免れたが、背部ユニットの左翼が損壊した。バランスを崩すが、すぐに持ち直す。僅かに帯電しており、見れば魔導装衣が解けかかっていた。魔導書の紙片へ戻りかけていたが、それもすぐに修繕して治す。

 魔術師である以前に、魔人だ。その戦術は多岐に渡る。

 

『にゃおぉぉんっ!? ふぅ、落ちるかと思った……』

「…………」

『にゃんだよぅ! ビックリしたのは同じだろうが!』

「……重い。邪魔」

『喋ったと思ったらこんにゃろう! 降りればいいんだろうが、かわいくないやつめ!』

 なんで猫に怒られないといけないんだろう。腑に落ちない。

 二代目賢人バルザイは首根っこを掴んで、高度を下げるなり手短なビルの屋上にロシアンブルーを置き去りにしてエヌラスへと向かっていった。

 ちりん、と鈴を鳴らして、ロシアンブルーは背を向ける。

 

『……すぐ戻ってくるからな!』

 戻ってこなくていい。

 そんなことを思いながら、一瞥すると何処かへ向かって駆け出している。

 

 エヌラスと二代目賢人バルザイは、夜空を駆けながら幾度も衝突を繰り返していた。

 倭刀と、偃月刀。魔弾の嵐と、投擲される偃月刀の壁。それでも、互いに一歩も譲らないまま夜が更けていく。

 そんな夜空の下で、童子切だけは街を己の足で駆け抜けながら悪霊と怨霊の群れを切り払っていた。斬っても斬っても湧いて出てくる事に訝しみながらも手も足も止めない。

 行き交う自動車を足場に跳び越えて、駅前でようやく一度足を止めた。周囲を確認すれば、人々の喧騒に包まれている。

 両手の太刀を石畳に突き立てて、童子切は大きく息を吸い込む。それから、時間をかけてゆっくりと吐き出した。

 魔術の応酬。それを見上げて笑みを浮かべている。

 

「はっ、なんだ。ちったぁ気合入れてやれるじゃねぇかあの二人! ならばこちらも負けてはいられんな! 少しばかり、本気でいくぞぉ!!」

 右手に童子切安綱、左手に大典太光世。鬼火と稲妻を纏いながら、童子切が駆け出す。

 ビルの壁面に足を掛けて、あろうことかそのまま垂直に駆け上がっていた。

 ――しかし、これほどまでに魑魅魍魎が百鬼夜行の如く集まるとは。だが、それも夜明けまでの話だ。今夜の星の位置が悪いというだけのこと。

 宙に身を投げだして、四方から一斉に襲いかかる悪霊達の群れを斬り伏せると地面にそのまま落下していく。アスファルトに身を沈めながらも、何事もなかったかのように走り出す顔は笑っていた。雑兵ばかりで腹の足しにもならないが、前菜のようなものだ。

 夜が明ければ、あのどちらかが獲物になる。どちらでもいい、両方でも構わない。

 戦に餓えている。どうしようもないほど。

 そして、そんな童子切の眼前にはロシアンブルーが立ちはだかっていた。それに面食らいながらも、首を傾げる。

 

「なんだ、化猫」

『お前の力を借りたいから協力しろ!』

「断る」

『うちの仲間が世話になったって聞いたぞ! 恩くらい返せないのか!』

「畜生が。よくもまぁ舌の回る。雀と同じにしてやろうか? 恩を借りた覚えなどないが、猫が手を借りたいというなら貸してやらんこともない。ただし、あの二人のどちらかに加担することだけはできんことは予め了承してもらう」

『いいよそんなん期待してねーから!』

「用向きは」

 

『――なにがあっても! 絶対にこの街を死守してくれ!』

 あの二人の戦いは、とてもではないが地上が耐えられるものではない。放っておけば街だけでは済まないだろう。それをどうにか食い止めるには、童子切を頼る他にない。

 

「断る」

『はぁ!? にゃんでよ!?』

「決まっておろう。そんなこと、畜生に頭下げられて頼まれるまでもなく!」

 童子切は太刀を振り上げて、薙ぎ払う。

 

「だが、改めて頭を下げて請われれば応じる他に無し! 承ろう」

 人が多く集まる場所というのは、どうしても悪いものが溜まりやすい。それを押し流すのが霊脈による浄化作用だが――どうもこの辺りは、それが堰き止められてしまっているようだ。だがそれに長じた数珠丸は遠征に出している。何を企てているか分からない仏僧など、信用ならない。

 悪霊、怨霊、魑魅魍魎の類の一切合切は引き受ける。人に害を成すからこそ。

 同じこと。あの二人の戦いが街に害を成すというのなら、自分が守るだけのことだ。

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