【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二百七幕 鍵の守り人

 

 ――魔人化状態のエヌラスの飛行能力に、二代目賢人バルザイはカルナマゴスの遺言を用いた変神で追従していた。

 右肩に担ぎ上げた野太刀と、左手に携えている偃月刀が衝突する。腕が砕けそうなほどの衝撃が走り、互いにすれ違う。両者の手の中にある得物は健在だった。

 そのことに疑問をいだいているのは、二代目賢人バルザイの方である。

 これは、神剣の模倣。模造品として鍛造された偃月刀だ。神なる鍵を開くための、初代賢人バルザイの悲願とも言える代物だ。それと真正面から打ち合って健在だというのはにわかには信じがたい強度だ。

 それを打った鍛冶師は、どのような手法を用いて作り上げたのか。少しだけ、興味が湧いた。

 距離を取り、大きく旋回しながら、再び真正面から組み打つと同時に二代目賢人バルザイはエヌラスが持つ野太刀の構造解析に意識を割いた。

 ――驚くべきことに、その野太刀の内部には生きた魔術術式が組み込まれていた。本来、術式というものは計算式のように描くものだ。それが、まるで、人間の血流の如く常に流動している。その骨格、術式の核を把握することはほぼ不可能に近い。

 そんな魔術を扱う輩は、飛び抜けた外道だ。或いは、脳のチャンネルがバグっている。

 そんな物を扱うこの魔術師――いや、魔人。これもその類だ。

 生まれた時から壊れてて、辛うじてそれが人の姿を保っているだけ。継ぎ接ぎだらけの怪物。きっと名前すらもなかったのだろう。自分と同じように。

 奇妙な親近感すら覚える。

 しかし、二代目賢人バルザイは思考をそこで打ち切った。

 

 再び斬り結ぶと距離を離す。剣のような翼を広げ、鱗粉を撒きながら二代目賢人バルザイは空中で急制動を掛けた。そして、その場で一回転するように刃を振るえば四方を囲んでいた白銀の魔弾を一閃する。……カルナマゴスの遺言に追記されているイタクァとクトゥグアに関する記述が功を奏している。こればかりは、烈光の邪神が万全の対策を期していたことだ。

 加えて、この飛行能力もハスターとシャンタクの二柱を取り込んでの力。元が邪悪なる賢者の書き記した魔導書だけに、相性は良い。問題は、クァチル・ウタウスの怨念が未だに渦巻いていることくらいだ。

 身に纏っているだけでも邪神の瘴気に当てられてしまう。魔導書は総じて外道の集大成と言うが成程確かに、邪神が用いたものならばそのとおりだ。これを扱っている以上、自分もまた邪神の一柱ということになるだろう。しかし不思議とそのことに違和感は感じなかった。

 もしかすると、自分とあの魔術師が潰し合うことすら視野に入れていたのかもしれない。

 ……それでも自分が裏切るとは露ほども思っていなかったようだが。

 

 偃月刀を持ちながらも、やはり自分があの魔術師と戦う理由がなかった。思いつかない、という方が正しい。魔弾の連射は脅威だが、それまでだ。それは相手も理解しているのか、だからこそ白兵戦に持ち込んでいる。

 徐々にではあるが、相手はこちらの戦闘力を推し量ろうとしているように思えた。こちらも決定打を欠いている。

 あの不死身に近い怪物を、どう倒すべきか――。

 そもそも、あの無尽蔵の魔力が何処から出てきているのかも甚だ疑問ではある。

 あれだけの火力、あれだけの魔力、一流の魔術師であっても長く保たない。すぐにガス欠を起こすか、魔力暴走を起こして自壊しているはずだ。それを防ぐために薬物によるブーストを促しているのかとも思ったが、それも違う。

 

「…………」

 相手の空中での制御機動を見ていると、一瞬だけ飛行能力を切っていた。それはわざと推進力を断つことで得られる無重力状態からの爆発的な加速による旋回。ほぼ直角に角度を変えながらこちらへと突撃してくる。空間を蹴るようにして急激な旋回行動を繰り返す相手に、こちらも負けじと偃月刀を振るいながら身体をひねる形で追従していく。

 打ち下ろされる野太刀を逆手の偃月刀で防ぐと、相手が右手を腰の倭刀に伸ばしていた。

 ――超電磁抜刀術“鶴翼”による超至近距離からの二段構え。この距離で防御円を発動させるのは間に合わない。

 二代目賢人バルザイは、咄嗟に眼前で魔刃鍛造を行い、奇しくも同じような構えで相打ちに持ち込んだ。

 

 互いに直撃は免れたが、それでも負傷している。そしてそれは、エヌラスの方が大きかった。

 単純に魔術師としての実力の地力が出たと言っていい。倭刀は砕け、逆袈裟に断たれた装甲は解けたように血を滴らせていた。二代目賢人バルザイは、防御円を同時に張っていただけに僅かに装備が損壊しただけに留めている。

 そして、エヌラスの装甲の隙間。そこから覗く左胸で輝く物を見た。

 それは本来――宇宙に存在し得ないはずの物。刹那、二代目賢人バルザイの手から偃月刀が零れ落ちそうになるほどの衝撃が走る。

 その内部ロジックは、まるで毛玉のようにがんじがらめになっていた。

 一本の、ほんの小さな軌跡から出来上がった奇跡のような代物。

 魔術師としての感性から、二代目賢人バルザイは即座に見抜いた。

 ――目の前にいる魔人そのものが、()()()()なのだと。

 怖気が走る。全身が総毛立つ。寒気に吐息も白く凍えてしまいそうなほど――()()()()()()()としか思えない。

 到底、人の心を持っているとは考えられない。

 生きた人間を、そもそも魔術に組み込む理論など。否、その逆かもしれない。

 魔術を大成させるために、この魔人を創ったのかもしれないのだ。

 

 だとすれば、この男は危険すぎる。生きているだけで世界が崩壊しかねないほどの爆弾だ。邪神なんかよりも、よっぽど危険だ。邪神は人間に興味を持たない、ただ戯れに指先一つで狂わせる。ほんの気紛れで人間と接触する程度だというのに、この魔人は人間に近すぎる。

 生きた災厄だ。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 二代目賢人バルザイは、その魔術の核とも言える無尽蔵の魔力貯蔵庫を見て――その内部構造を解析しようとして気がついた。

 それは。かの賢人が縋るほどに求めていた物だ。

 狂うほどに求めて、おのが生涯を掛けて完成させるとしていたはずの神の鍵。

 “銀の鍵”と呼ばれる、ほんの一握りの奇跡の集大成。

 あらゆる時間、あらゆる世界、あらゆる夢、どのような時空にも到達できるという神々の遺物。

 そのための鍵が、今は、この手にあるというのに――“バルザイの偃月刀”とは、即ち、全にして一なる門を開くための鍵であり、錠前である。

 それが叶わなかったからこそ、賢人バルザイは狂った。神の狂気に囚われてなおも完成を求めるほどに狂ってしまった。自分を置いて。自分ひとりに全てを背負わせて。

 ――なのに。それなのに、そのはずなのに。

 この魔人は最初からそれが与えられていた。その答えだけを渡されて、今、自分の前にいる。

 

 もしも運命という言葉があるのなら、これほど恨んだことはない。

 一歩。ほんの一歩のすれ違いがあったのならば、共に歩めたかもしれない。

 誰かが一人、自分とあの男の仲を取り持ってくれたのならば、違ったかもしれない。

 それでも、運命は今夜を選んだ。

 

 ――あの男は、此処で殺すべきだ。あの心臓は、この手で解体しなければならない。

 そうしなければ、我が師に託された悲願の大願成就は、決して完成し得ないのだから。

 他の何を差し置いたとしても、絶対に。

 ……そのはずなのに、どうしてか。

 あの姉妹の顔が、脳裏に焼き付いている。

 

 

 

「…………っ」

 超電磁抜刀術“鶴翼”による奇襲も失敗に終わったことに、エヌラスは歯噛みしていた。

 それで相打ちに持ち込まれただけでなく、自分の方が負傷しているとは笑い話にもならない。

 相手が一手遅れた上で、魔術の詠唱速度で埋められた。とてもではないが、真正面からの打ち合いで勝てる見込みがない。だが他にどうするか。二挺拳銃は対策済み。かといって白兵戦も相手に分がある。機神召喚――、こんな街のど真ん中で振り回せばどうなるかなど目に見えている。

 不思議なのは、確かあの少年は二刀流だったはずだが、此処まで左手一本で戦っていることだ。こちらの実力を推し量っているのか、それとも、本気を出すまでもないということか。いずれにせよこちらも決定打を欠いている状態だ。

 さてどうするか――思案に耽りながら、相手の動向を注意深く観察して旋回していたエヌラスが急に悪寒を感じた。その発生源は、少年からだ。

 

 足を止めて、左手に持っていた偃月刀を無造作に宙へ放り投げている。弧を描きながら戻ってくる間に、口訣を結んでいた。

 

 ――ヴーアの無敵の印において力を与えよ。

 

 まるで、祝詞のように。呪詛のように。短い一節。

 その言葉と共に鍛造された偃月刀を、左手に携えて、落ちてくる偃月刀を右手で構える。

 新たに打ち直された二刀流。剣指を立てて構えた左手の両刃の偃月刀に、右手の小柄で片刃の偃月刀を構える。

 

「――構え直しただけでそれかよ。冗談キツイぜ、ど畜生が」

 蒼い双眸が、色を変えていた。

 神格を意味する、黄金の瞳。邪神の瘴気と、神気を放っていた。それに混じって、純然たる殺意もエヌラスに向けて吹き荒んでいた。

 その原因も理由も、なんとなく心当たりがある。

 左胸の魔術刻印、銀鍵守護器官だ。あの偃月刀の鍛冶師が完成に至らなかった最後の欠片が、自分に埋め込まれている。ともすれば、狙うのはこの心臓以外に無い。

 もちろん、死守するが。

 これだけは、たとえ神様であっても譲るつもりはない。

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