【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二百八幕 死の魁星

 

 ――師との思い出は、ただ背中だけだった。

 生まれた時から、ずっと。自分が顕現したその日から、ずっと。

 我が師、賢人バルザイは狂ったように鍵を打ち続けていた。

 その背中越しに、火を見ていた。燃え盛る炎の中に躊躇なく手を入れて、魔刃鍛造を繰り返す。

 言葉を交わすこともなく、ただただ繰り返す。寝食も忘れて。

 その背中を、ただ見つめる。

 思えば、その時からすでに狂気に取り憑かれていたのかもしれない。

 そんな日々が続いていたある日のこと。

 

 師が、魔刃鍛造を教えてくれた。言われた通りに、一分の狂いなく鍛造してみせた。

 最初の鍵。原初の鍛造――自分の手で行った魔刃鍛造の出来に、師は唸った。

 それは、自分が打ってみせたものと瓜二つ。完全なる模倣だった、完璧な模造品だった。

 ――だが、そこまでだった。

 一歩、足りなかった。

 一手、足りなかった。

 致命的に欠落したものがあるのだと。

 

 ――嗚呼。すまんなぁ……ソレだけは、お前に与えられなかった。

 

 なぜ、涙を流しながら師はそう呟いたのだろう。

 涙の意味を知らない。流す理由もわからない。

 俺は、それだけで十分だった。師と共に鍵を打ち続ける鍛冶師で十分だった。

 幻夢境で、ただその生涯を費やすことだけで十分、それ以上のことなど何も望みはしなかった。師の悲願、宿願を果たす日まで。

 それでもある日のこと。ハテグ・クラを登ると言って、もうひとりの弟子を連れて、姿を消してしまった。

 それでも、独りで鍵を打ち続けた。いつか帰ってくると思っていたし、たとえ戻ってこなかったとしても、鍵が完成すれば会えると知っていたからだ。

 ――だが。師は変わり果てた姿で帰ってきた。審神の、邪神の狂気に呑まれて。それでもひとかけらの理性が口にしたのは、鍵の完成を。

 魂の奥底にまで刻み込まれたその悲願を。

 師が渇望し、遂に観ることは叶わなかった完成を。

 俺が、成さねばならない。

 ――なぜ、師はそうまでして望んでいたのだろう。鍵の完成を。

 何を願っていたのか。それだけは、今でもわからない。

 だけど。今なら少しだけ、わかる気がする。

 

 

 

 夜空に舞う紅蓮と白銀の魔弾。紅い軌跡を描きながら迫る魔弾をすれ違いざまに断ち切れば、背後で花火のように咲いては散っていく。複雑な軌道で迫る白い魔弾を防げば、霜が降りた。異常気象の乱射に、天候も悪化の一途を辿っている。急速に熱せられ、冷やされる高高度の戦闘には流石に地上の人々も気づき始めているのか。だが地上では童子切安綱が絶好調で悪霊退治中だ。それに混じって妖怪もちらほらと一撃で沈めている。

 エヌラスは、弾丸を装填しながら舌打ちをこぼした。

 二代目賢人バルザイの詠唱速度はこちらの速度を遥かに上回っている。日々の鍛錬の差が顕著に出ていた。加えて、魔導書のバックアップも含まれている。神獣弾も、螺旋砲塔も通用しないだろうことは容易に想像できる。なぜなら、カルナマゴスの遺言を用いた烈光の邪神がそうだった。

 ならば、他に何があるだろう。

 流石にあの馬鹿げた耐久性能は無いとはいえ、相手は邪神であるよりも以前に魔術師だ。鍛冶師だ。それもあの偃月刀の。どうすればあの防御を打ち抜けるか、どうすればあの攻勢を崩せるか思案するエヌラスに向けて、初めて二代目賢人バルザイが自分から仕掛けた。

 

(――来るか)

 右手に持つ、小太刀のような偃月刀を振るう。

 明らかに足りていない距離だが、エヌラスは悪寒に背を押されるようにして回避行動を取った。そして、その鼻先を掠めるようにして真空の刃が背後にあった雨雲を真っ二つにする。

 ハスターの魔爪。風の神性。瘴気を纏った風の刃は容易くこちらの装甲を斬り裂く。特に、相手の魔術の練度が高ければ高いほどに。――圧倒的な魔術師としての技量に、大魔導師を彷彿とさせる。くそったれ、と独りで毒づく。

 あれは、もう、なんというか。筆舌に尽くしがたい程に、どうかしている領域だ。それに比べれば、この程度。そう。“この程度”と、歯を食い縛って耐え凌ぐことは、なんてことはないのだ。

 ――あの地獄に比べれば、腕の一つ、足の一つ。目の一つや二つ。この命がある限り、戦える。

 

 空中で反転し、野太刀に手をかけながら二代目賢人バルザイに向けて切迫しようとしたエヌラスだが。その周囲で炎が舞う。遠隔の魔刃鍛造、数にして――三十二。

 完全なる同一の、同形状の偃月刀。その刃に走る魔術文字も全て鏡のように同じ文字が輝いていた。そしてそれは、ハスターの魔爪を意味している。

 術者の意識通りに、それは動いた。停滞状態からの、三十二の斬撃が一斉に飛んでくる。

 エヌラスは背部の血染めの翼を揺らめかせて爆音を置き去りに回避した。なにせ空戦だ。重力があるとはいえ足場がない三次元機動が可能な状態。如何様にも回避はできる。

 しかし、それは相手も見越していたのか、今度はその偃月刀を多重投擲してきた。

 当然、ハスターの魔爪も込めて。

 まるで斬撃の檻だ。それでも、真空の刃である以上は予測ができる。

 とはいえ――三十二発の斬撃を、同時に目視して回避できるかどうかと聞かれれば、常人にはどだい無理な話である。

 回避し損ねて、風刃結界の中で被害を最小限にとどめようと身体を捻って防御する。それがどれだけ焼け石に水かは理解しているが、それでも手は尽くした。

 

 一時は切り抜けたエヌラスの身体に無数の切り傷が走る。そして、身にまとっていた血染めの装甲にも亀裂が走り、まるで血の通った生物であるかのように出血していた。浅手に留めることは成功したが、そう何度も繰り返せるものではない。

 

「……クソッタレが」

 二挺拳銃で偃月刀の破壊を試みる。だが、斜めに角度を変えて弾丸を弾き飛ばしていた。高速で回転している以上、破壊するのも一苦労する。全身を八つ裂きにされて終わりだろう。

 ――残念ながら、その破壊こそはエヌラスが最も得意としているものなのだが。

 これまで極力、能力を抑制していたのは使う必要がなかったということもあるが、もうひとつ。

 この地球というフィールドが、それに耐えうる強度を持たなかったからだ。無尽蔵の破壊、その連鎖反応とくればエヌラス自身ですら制御できない力だ。機神召喚、破壊神の右腕で“殴る”だけであの規模の破壊力だ。

 日本の霊脈は乱れ、今や土壌を汚染する癌細胞のようになっている。クァチル・ウタウスを挟んだ一撃でその規模だ。その気になれば、星の核にすら届く破壊力。

 そんな力で、何が守れるというのか。自分の大切なものですら壊してしまうような力で。

 ――最愛の妹ですら、この手で殺めたというのに。

 

 今でも、忘れない。あの凄惨な光景を、酸鼻極まる惨殺を。それすら、策のひとつであったというのに。

 やり直せば、妹に会えると思っていた。だが、そんなはずはなかったのだ。自分と同じように世界に紛れ込んだ異物である以上、再会は望めなかった。

 どこか、他の世界にいるのかもしれない。きっと、何処かで自分を待っているに違いない。

 ひとりぼっちで、泣いているに違いないのだ。

 ――今でも、その最後の言葉を忘れない。

 

 ――兄様。私を、愛して(ころして)

 

 野太刀の柄を握り、歯を食いしばる。額を流れる血も、頬に感じる冷たさも忘れて。

 心臓の鼓動が熱い。血が焼けるような痛みを訴える。血が爆ぜる。その血煙が紫電となって刀身を奔った。

 

「――超電磁抜刀術(レールガン)!」

 血の滾りと共に抜刀する。血刃を纏い、放たれた野太刀に触れた偃月刀が呆気なく砕け散った。

 霧散する血煙に、思わず二代目賢人バルザイが顔をしかめる。多重投擲した偃月刀、その半数が一撃で粉砕されたことに加えて、その権能の危険性にますます警戒心を強めた。

 

 この程度。この程度、この程度――この程度!

 たった、それだけのことだ。ほんの短な一時だったのだ。そんなことで、足を止めてはいられない。この先、まだまだ倒さなければならない敵がいる。越えなければならない怨敵がいる。殺さなければならない邪神がいる!

 ――だから!

 此処で、人間の女の子に構っている場合じゃない。

 

「お、オ――ォォォオオオオオオッ!!!!」

 それは、血の滲むような咆哮だった。雄叫びにも似た、叫びだった。自らを鼓舞するような、慟哭にも聞こえる魔人の咆哮。

 目指したのは、空。二代目賢人バルザイを尻目にして、エヌラスは突如として空に向かって加速する。

 

「…………?」

 その意図は掴めないが放置は出来ない以上、後を追う。壊れた偃月刀を手元で新たに鍛造しながら、高度を上げていく。

 空気が薄れ、気温もそれに合わせて低下していく。呼吸すらままならないほどの高度に、更に速度を上げてエヌラスは空を目指す。

 

 成層圏より中間圏を越え、更に上昇を続ける。熱圏を越えて、二代目賢人バルザイが速度を落とした。これ以上の上昇は不可能だとして。だがエヌラスは、それでもまた上昇を続ける。

 

 ――高度一万km。外気圏へ突入して、エヌラスはそこでようやく速度を緩めた。この時点で既にマイナス百度に達しているが、その程度の気温で生命活動を停止するほどヤワな修行は乗り越えてきていない。

 吐き出す吐息すら凍りつくような宇宙空間との境界で、エヌラスは月に向けて手を伸ばす。

 全てを置き去りにして、今からでもこの世界から消え去ることもできる。

 これから自分がやろうとしていることは、大罪だ。だが、あの魔術の牙城を打ち砕くには、これ以外にない。他に手段がない以上は、こうする他にないのだ。

 

 ――理由はどうあれ、あの魔術師は人類の味方をしている。ならば、それを利用するだけだ。

 エヌラスが野太刀を掴む。そして、反転した。

 月に背中を預けて、担ぎ上げながら紫電を奔らせる。

 超電磁抜刀術零式“終焉”――担ぎ上げた野太刀を、超電磁加速による抜刀術で打ち下ろす。その単純明快ながら、光速の一撃は数々の強敵を相手に猛威を振るってきた。だが、中にはそれでも威力不足の時があった。原因はわかっている。

 ()()()()だ。

 それを地上で補っていたものが《天雷》であるが、既に全壊している。ならば、自分の足で。頭で考えてその不足を補ってしまう他にない。

 野太刀を、担ぎ上げる。背に着くほど大きく振り上げて。

 

 この一撃を防がなかった場合、日本は致命傷を負うだろう。

 この一撃を防げなかった場合でも、同様に。

 この一撃が防がれれば、少なくともあの防御は打ち崩せる。

 ――自分がやろうとしていることは、自分が出会った全てを灰燼に帰す可能性を含む。だが、それ以外にあれを倒せる手立てがないのだ。

 

(――――許せ、なんて言えねえよな)

 左胸の銀鍵守護器官を限界まで稼働させる。その魔力を全て放電し、加速の一点につぎ込む。初速に全神経を注ぐ。保身の一切を捨てて、エヌラスは二代目賢人バルザイへ向けて殺意を叩きつける。

 

「――――――」

 絶句した顔が、よく見えた。今頃は、こちらの思惑に気がついたことだろう。

 

 ()()()()()()()()()、と。

 

爆炎光・超電磁撃刀術(フレアドライブ・レールガン)――!」

 そう。

 二代目賢人バルザイは、決して避けられない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なぜならば――、今、ここでそれを防ぐことができるのは自分だけだからだ。

 宇田川巴も、宇田川あこも。自分が出会った人達を守れるのは、自分だけだからだ。

 

「ッ――――!」

 自分に向けて放たれる鮮血の殺意を睨みつけながら、歯噛みする。

 そうまでして、邪神を殺したいのかと。そこまでして、自分を殺したいかと。

 展開していた偃月刀の全てを防御に回す。三十二刃防御結界の発動に、二代目賢人バルザイ自身も防御円を全力で展開する。

 

 ――高度一万からの超電磁抜刀術が、死を告げる流星となって打ち下ろされる。

 

 そして、その夜は磁気嵐によって短時間の電波障害が記録されることとなった。

 太陽フレアによるデリンジャー現象ではなく、未知の現象によるものとして。

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