【完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二百九幕 鍵人覚醒

 

 

 

 ――《天雷》を失った今、現状で出せる最大火力。これでも環境に最大限配慮した超電磁抜刀術ではあるが、それでも地表に触れれば天災級の被害をもたらす。

 もうひとつだけ。エヌラスは奥の手を隠し持っている。だが、それは地上で使うなど以ての外。空中で使うにしても目立つ。秘匿することなど不可能なほど。

 銀鍵守護器官臨界出力、魔術回路の全開放を用いた“無限熱量”による空間昇華。

 近接昇華呪法――唯一、大魔導師から魔術を教わる以前より習熟していた技がある。

 天雷の開発以前に編み出した災害級抜剣を、だがしかし――二代目賢人バルザイは三十二刃防御結界によって防御してみせた。

 その過半数は触れた瞬間に術式が瓦解しており、無数の破片となって夜空にこぼれ落ちる。キラキラと星のように瞬きながら地上へ降り注ぎ、やがて魔力の残光を残して消えていった。

 二十本の偃月刀を砕き、更に五本がひしゃげていく。

 その内部に渦巻く魔力は土石流の勢いで書き換えられていた。

 もっと強く。もっと固く。もっと強く、強く、強く――力を与えよ、と。

 隕石のように地上へ落下していく二人が空気摩擦によって焼けた空気に包み込まれる。

 残り七本。左手の大柄な偃月刀を持つ手が剣指を立てて魔刃鍛造を光速で繰り返していた。焼け石に水とはいえ、それでも地上に向けて落下している最中で威力は減衰していく。

 

「づ、お、おぉぉぉぉらぁあああああッ!!!」

 右手で白熱化した野太刀の背を押し当てる。更に磁気加速も重ねて。

 肉の焼ける音と、痺れるような痛みが右腕から右肩まで。それでも、嫌に冷たい魔術回路の確かな感触を使って刃を押し切る。

 残り三枚。

 二代目賢人バルザイの身に纏う魔導書、カルナマゴスの遺言が形を保持できずに発火し始めていた。どれだけの光速で魔術を行使しようとも、その術式が成り立たなければ意味をなさない。壊れた術式をどれほど書き直そうとも、それは論文をシュレッダーにかけるような勢いで魔術を崩壊させていく。

 そういう権能を、生まれ持ってしまったのだ。欲しくもない破壊の力を。

 自分の大切なものすら壊してしまうようなものを。

 

 二代目賢人バルザイは、予想通り全力で、死力を尽くしてエヌラスの一撃を受け止めた。ただ、予想外なことに相手の防御がこれほどまでに強固だとは思わなかった。

 リサ達がいるであろう町ごと。世話になったライブハウス『CiRCLE』ごと。自分の居た場所もろとも消滅させるつもりであったが、それでもまだ足りない――それでも、まだ。

 この魔術師を踏破するには、至らない。

 ここまでの防御性能を誇るには、それはつまり。自分と同じ権能を用いているに違いない。それが無意識下であろうとも。

 ――人類を壊す側であるならば、対等に渡り合うには、人類を守る側でなければならない。

 この少年が背負わされた命題は、つまりソレだ。

 エヌラスが神殺しを背負わされたと同じように。

 二代目賢人バルザイが師から託されたものは、人類の守護ということになる。

 

 ――ああ、もしも。

 託されたモノが逆であったのなら、どれほどに幸福であったことか。

 

「―――、DAAAAAIDARAAAAAAA!!!!」

 全能なる神よ、死に腐れ。

 血を吐き出すほどに込めた憎悪に後押しされて、紫電が血に染まる。

 

「――――」

 二代目賢人バルザイは、見た。

 鮮血と、血煙と、憎悪と憤怒に塗れた魔人の背後。

 その奥に、見てはならない女の影を見た。

 どこか恍惚としたような、蕩けそうなほど甘く、危険な表情を帯びた血の少女を。

 似ても似つかないはずなのに、何故かその少女が血を分けた家族に見えてならなかった。

 こんな怪物が、何処かにもうひとりいるのかと考えるだけで全身が総毛立つ。

 その少女は、まるで守護霊のように寄り添っていた。それに気づくことはない。二代目賢人バルザイが見ている前で煙の中に消えていった。

 ――この魔人に、壊させるわけにはいかない。

 きっと、何も残らない。なにひとつ残さない。

 何も無い。俺のように、きっと――何も無くなってしまう。

 

 あの音楽が。あの笑顔が。あの、優しさも何もかもが――!

 

 そう思った。そう感じた瞬間、自分の中で火が灯った気がした。まるで、これまで止まっていた歯車が動き出したような初めての感覚。

 魔導装衣が焼き切れ、刻み込まれている魔術も効力を失って燃え尽き始めていた。蒼い魔術炎に包まれながらも二代目賢人バルザイは更に防御魔術に意識を専念させる。

 これまで感じたことがないほどの手応えを確かに感じながら、更に強固に守りを固めた。しかし、それでもまた一枚突破される。

 残り二枚。手にした両手の偃月刀だけで凌ぎ切る。

 雲を突破して、地上の景色が見えるほどにまで落下してきていた。

 成層圏にまで再突入してきている事に、二代目賢人バルザイが歯を食いしばる。

 

 ――このままでは、地上の激突まで威力減衰に間に合わない。

 ――だが、この状態が精一杯だ。

 ――誰でもいい。誰だってかまわない。

 ――この際、猫でもいい。だから――この怪物を止めるのを手伝ってくれ。

 ――失いたくないものが、俺にもあったから。

 

「、――! お、まえに……!!」

 そこで、初めて。

 エヌラスは、二代目賢人バルザイの意思を聞いた。

 

「――おまえに、あこは――壊させないッ!」

「……だったら、テメェが守ってみせろぉおおっ!!」

 

 左胸の銀鍵守護器官が臨界点に達する。全身の魔術回路が焼け付く感触に、脳の許容量を超えた幻肢痛が走るがそれでもエヌラスの攻勢は一切緩まない。

 この少年を倒すまで、手を抜くわけにはいかない。この後に、童子切が待ち構えていたのだとしても。

 明日の朝日が拝めなかったとしても――人類を守ろうとする邪神であるならば。

 斬らねばならぬ、敵なのだから。

 

 

 

 地上で怨霊や悪霊を相手にしていた童子切は、新たに現れた妖怪を斬り伏せながら夜空を見上げた。まるでこの世の終わりのような景観に、つまらなさそうに鼻で笑う。

 白い魔力光が雪のように地に降り、天は血に染まったように赤黒く燃えている。

 天下御免、何するものぞ。

 この日の本に、今。俺より強い“もののふ”在るならば、声を挙げよ。

 ――鬨の声を。

 童子切安綱が息を目一杯吸い込み、燃える夜天めがけて吠える。それは、夜の空気を震わせ、まるで――まるで、夜が啼いているかのような咆哮だった。

 獅子も恐れて逃げ出す号砲。

 

「俺は言ったな! 貴様らの一騎打ちを邪魔立てするものあらば切って捨てると! 俺は言ったな! この日の本の敵は俺の敵だと! 俺に、二言は無い! ――貴様がこの地に刃を向けるとあらば応じる他に無し! 玉砕覚悟せよ!」

 アスファルトに突き立てる太刀――童子切安綱。己の写し身、或いは本体。

 そして、柄を握りしめるは大典太光世。

 大きく足を開き、腰を落とし込み、背を反らす。

 それは、おおよそ術理と呼べるような剣ではなかった。ただただ力任せに振るうだけの一刀。言ってしまえば、巻藁に叩きつけると同義。動く相手ではなく、動かぬ物に向けてただ刃の切れ味を試すもの。試刀術、生き試し。

 ――ながら、それを振るうが付喪神。

 そこにある術技は、人の器にあって、人の身にあらず。人外の摂理にある一閃は、踏み込みで地を鳴らした。ひび割れ、つま先が沈み込むほどに。

 筋肉が盛り上がり、軋むような音さえ聞こえる。

 全く、何が面白くて畜生にまで頼み込まれなければならないのか――。童子切安綱は、力の限り大典太を振るった。

 天より落ちる魁星に向けて、届かぬ刃を振るうが、しかし。その刀身は鬼火に包まれ、走る稲光と共に炎の軌跡を描いて伸びる。天へ向かって橋を掛けていき、落下してくるエヌラスと二代目賢人バルザイの二人もろともに爆炎で迎えた。

 空で弾ける大花火。そこから二つの流星が飛び出した。それを目の端で捉えながら、童子切安綱は口から蒸気を吐き出す。

 大典太光世の刀身は、陽炎を纏って揺らめいていた。血振りを行い、冷ましてから鞘に収める。

 

「……、莫迦どもが。二度目はないぞ」

 太刀を掴み、地面から引き抜くと同時に振り向きざまに背後から迫っていた悪霊を断ち切った。さしもの魑魅魍魎も、この付喪神には敵わないと悟ったのかまるで波が引くように街から散り散りに去っていく。それを睨めつけてから、童子切安綱は身を屈めて跳んだ。

 これだけ派手に暴れていれば、空の異常よりも身近な異変に人の目が集まる。とはいえその通報内容もどうしたものかと近隣住民は頭を悩ませた結果「日本刀を振り回す男性がいる」という内容に留めていた。それがよもや、天下五剣の付喪神とは露知るはずもなく。

 そして、童子切安綱がその場から去ってから数分後に機動隊が到着するものの、忽然と姿は消えていた。

 

 

 

 ――童子切安綱による迎撃の一手は、二人にとって完全に予期せぬ出来事だった。とはいえ、それがなければあのまま地上に衝突して街一つが消滅していたことも事実。

 二代目賢人バルザイとエヌラスは地面にきりもみしながら受け身も満足に取れぬまま激突して転がっていく。街から遠ざかり、落下したのは人気のない波打ち際。海開きも開かれていない閑散とした砂浜に身体を打ちつけて倒れていた。

 二代目賢人バルザイの手からやや離れた場所に、魔導書カルナマゴスの遺言が落ちている。しかし、その表紙は既に無残に破かれ、無数の頁もほとんどが焼失していた。エヌラスの魔術を防いだだけで既に蒼い炎に包み込まれ、魔導書は役目を終えようとしている。

 

 ……どれほど気を失っていたのか、先に目を覚ましたのは二代目賢人バルザイだった。

 目を開けば、既に手元から魔導書は炭になって消え失せている。砂浜に紛れる灰となって、波風に攫われていた。

 

「…………」

 邪悪なる賢者、カルナマゴスの描いた誓約も、その名残も。何もかも失われた。だが、自分の中にある魔術は何一つ失われていない。まだ戦える。

 ――立ち上がろうとして、全身に走る痛みで再び倒れ込む。

 激痛に歯を食いしばりながら、意識を集中させる。

 ヴーアの無敵の印において、力を与えよ。幾度となく繰り返し、無数に繰り返してきた魔刃鍛造。偃月刀を新たに打ち直して炎の中から掴み取ると、それを杖代わりにして立ち上がる。

 倒れているエヌラスの髪色は、血のような赤から既に黒髪に戻っていた。武装も解除されており、右腕は黒く焦げている。だが、その内側で魔術回路だけが脈々と息づいており、淡く輝いて肉体を再生させていた。

 恐ろしいほどの再生能力に背筋が寒くなりながらも、二代目賢人バルザイは立っているのもやっとの状態から一歩、前に進む。

 ――あれを倒さなければ。あれを止めなければ。人類に未来は無い。

 ただ、その一念で歩を進めようとして、砂に足を取られてそのまま前のめりに倒れる。

 口の中に入った砂粒が鬱陶しくて吐き出す。顔に付いた砂を袖で拭い、再び立ち上がって歩く。

 

 そう遠くない距離で倒れているはずなのに、やけに、それが長く感じられた。

 全身の骨が軋む。まるで錆びた鉄に入れ替えられたように。足から伝わってくる振動が、頭にまで響いてくる。空洞の中を吹き抜ける痛風のようだと。

 ――かぶりをふる。ちがう。今は、違う。

 俺は、からっぽなんかじゃない。

 目を閉じて、思い出すのは宇田川家の二人の顔だった。友達に囲まれて、笑って。当たり前のように生きていて。

 楽しそうに音楽を奏でて、それを奪われるのだけは、許せないと思った。

 自分以外の誰かのことなど、どうでもいいと思っていた。何も変わらないと思っていただけに、自分でも未だに不思議で仕方がない。

 

 ――俺の中にあるこの感情を、人はなんて呼ぶのだろう。

 その答えを見つけるまでは、まだ――倒れるわけにはいかない。


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