【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

217 / 264
第二一二幕 相打つ宿星

 

 崩れ落ちるエヌラスと、後退る二代目賢人バルザイ。その両者を見守っていた童子切安綱が、あぐらをかいたままため息をつく。

 決着はついた――辛うじて勝利をもぎ取ったのはエヌラスだ。魔術師同士の死闘において何一つとして童子切安綱は理解が及ばなかったが、原理や道理などどうでもいい。

 眼前の敵を斬るだけだ。この国で生を受けたその時から、死する時まで。

 

 辛勝。本当に首の皮一枚繋がった勝利に、しかしエヌラスには達成感や満足感といったものはなかった。その手にした業物が月明かりを反射している。

 和泉守兼定を、こんな戦いに持ち出すつもりなどなかった。

 ぐらり、と。大きく身体が揺れる。二代目賢人バルザイは仰向けに倒れた。小柄で、華奢な少年の体躯はそのまま動かなくなる。それでもまだ、浅く胸を上下させていた。

 エヌラスが左胸の痛みに手を当てれば、銀鍵守護器官が誤作動を起こしている。それは小さなエラーコードの頻発。

 無限の魔力貯蔵庫。その原理はエヌラス自身、未だに理解が及ばない。しかし、その鍵の内部に介入することができたのは――他ならぬ、二代目賢人バルザイの偃月刀が唯一。

 それほどまでに、この少年は術式を完成させていた。その後一歩及ばぬところまで辿り着いておきながら最後の最後に全てを台無しにされた。

 

「づ、ぅ――!」

 心臓に針を突き立てられたような痛みが走る。極微量な、だが致死量にして致命傷の一撃。

 せり上がってくる異物感に、エヌラスが盛大に血を吐き出す。一度は収まるかに思われたが、堰を切ったように血は止まらない。

 銀鍵守護器官そのものに、防御機能も、攻撃性能も、何も無い。自己再生能力も、銀鍵守護器官ではなく、エヌラスの肉体に作用するもの。銀鍵守護器官の損傷は、治らない。

 膝をついたエヌラスが気息を整える。それでもなお、銀鍵守護器官のエラーは改善の兆しが見られない。こうなってしまえばいっそ自分の心臓をえぐり出してしまいたいとさえ思う。

 

「――――」

 二代目賢人バルザイの目には、黒く割れた月が映っていた。

 最後の邪神が来る。それはもう、遠くない日に。どれほどの邪神災害が地球を襲うのか。

 ……、唇をわずかに動かして呟いたのは少女の名前だった。

 

「あこ…………」

「…………」

 その名前を耳にして、エヌラスが歯を食いしばる。自分の心臓を貫く痛みを堪えて砂浜を殴りつけながら立ち上がった。

 手を伸ばして、二代目賢人バルザイの心臓を貫いた兼定を掴む。

 

「……どうあれ、お前は俺の破壊から日本を守った。それだけは、褒めてやる」

 この少年には死に場所を選ぶ権利がある。自分と違って。

 まだ死ぬわけにはいかない。まだ――自分にはやるべきことがある。此処で死ぬわけにはいかない。倒すべき邪神が、まだ天から見下ろしている。

 

「だから、行けよ……おまえには、死に場所くらい選ばせてやる」

「――おまえ、は?」

「誰が、くたばるか……テメェなんぞに、誰が殺されるか……」

「……どうして」

「邪神は皆殺しだ。当然だがな――でもな、その前に……」

 エヌラスが口角を吊り上げた。

 

「先生の真似事なんかした手前、アイツ等のこと放っておいたら後味悪くてしょうがねぇや」

「――――」

 それは二代目賢人バルザイには理解できない感情。そんな理由で、どうして立ち上がれるのか。あまりにもくだらない言葉に、絶句する。

 心臓から引き抜かれる刃に不思議と痛みはなかった。そして、エヌラスが背を向けて構えている相手を見て、二代目賢人バルザイはますます理解不能に陥った。

 ここまで勝負を静観していた童子切安綱が、砂浜に立っている。

 

「悪鬼。貴様、よもやその身体で俺と仕合うつもりではあるまいな?」

「だったらどうしたよ、手加減してほしけりゃそう言いやがれ」

「はっ。口だけは威勢がいいようで何より――その口八丁、首を斬られたあとでまだ言えるか試してやろうか」

「……どう、して」

 二代目賢人バルザイは、エヌラスの背中に声を投げかけた。問いかける、何故かと。

 それを鼻で笑ったのは童子切安綱だった。

 

「その是非を問うなど、愚の骨頂。何故か、だと? ――義を通すその矜持は見上げたものだ。千年前に首を斬った鬼もそうだった」

「千年前の時代遅れと一緒にするんじゃねぇ」

「それで? なぜ、その小僧を庇う。殺さんとしていたはずではなかったか?」

「俺の中で決着がついたからだよ。それ以上は、どうでもいい。どうせ長くない」

 立っているのも精々だが、それでもエヌラスの右目に宿る闘志はまだ衰えていない。怨念にも似た、邪神への執着心。殺意が戦地に奮い立たせている。

 ――心臓が脈打つたびに、自分の身体が崩れていくのがわかる。魔術師としての腕は、あの少年が完全に上であったと認めるしかない。

 童子切安綱の視線が、起き上がろうとしている二代目賢人バルザイへ向けられる。

 

「まったく。そんな覇気もない小僧に何故それほどまでに手を焼くのか――存外、貴様も大したことはないのかもしれんな」

「この国に在る限り加護を腐るほど受けるテメェと違ってこっちは身体一つだ馬鹿が」

「それがどうした。源氏の重宝、八百万の加護。付喪神としての土着信仰。この俺に勝る相手がいるというのなら呼んでみろ」

「ああまったく――今昔通して、テメェが日本最強だと認める他ねぇが……」

 左眼も、右腕も不調の極みだ。邪神との連戦続きで疲弊し切っている。神格への昇華も見込めない。神に至らずとも、目の前の付喪神がそれに匹敵する強者だと理解している。

 

「――生憎とこちとら、今昔どころか全世界通してバカ貫き通してきた世界最強だ。喧嘩売ってんなら死ぬまで買うぞクソッタレ」

「……ふっ、くっくっ、はっはっはっはっはっは!!!! いやまったく! 度し難い! なんなんだお前は。斬って捨てるには余りに惜しい。が、斬らねばならん」

 童子切安綱は、すでに二代目賢人バルザイのことなど意に介していなかった。

 

「――――」

 それが、無性に悔しくて仕方がない。敗北という現実を突きつけられて、胸の奥に火が灯る。だが自分に何ができるというのか。魔人にすら負けた自分に。

 魔刃鍛造をしようとする自分に、声が投げられる。エヌラスだ。

 

「おい」

「…………」

「いいから、行け。テメェを見逃すのは今回限りだ。早く失せろ」

「っ……」

 業腹だが、足手まといにしかならない。そして、貸しを作るのは癪だ。

 

「――ヴーアの無敵の印において、力を与えよ!!」

 力を振り絞り、バルザイの偃月刀を鍛造すると砂浜に突き立てる。そして、そのままふらつく足取りで二代目賢人バルザイが走り出した。

 事実上の敗走に、童子切安綱が背中を視線で追っている。刀に手を伸ばせば、エヌラスがその前に立ち塞がった。

 

「首級を挙げねば手柄にならんぞ?」

「褒美が欲しくてやってねぇよ。やんのかテメェ」

「……何故に仕合う絶好の機会に、お前はそうも満身創痍なのだ。以前もそうだ。そんなお前をたたっ斬ったところで面白くない」

「そうかよ――だったら見逃すか? いい加減こっちも、やせ我慢限界なんだけどよ……」

「ああ、今宵限りはな」

「……悪いな、安綱。次は満足いくまで殴り合おうぜ」

 言うが早いか、エヌラスは言い終わるよりも前に偃月刀に手を伸ばして砂浜に倒れ込む。どうやら気を失ったようだ。その姿を見下ろして、童子切安綱は呆れたため息をつく。

 こんな馬鹿は、地獄を探しても見つかるまい。そんなことを思いながらも担ぎ上げる。

 

 さて、どこへ運ぶか。そんなことを考えていた童子切安綱の前に、一台の車両が止まった。

 黒塗りのリムジンから出てきたのは、これまた黒服の人間。神妙な面持ちをしている。

 米俵を担ぐようにエヌラスを片手で抱えていた童子切の手が、自然と柄へと伸びる。

 

「何奴だ、貴様ら」

「我々は弦巻家の者です。エヌラス様をお迎えにあがりました」

「あぁ? 此奴を……? なら丁度いい。こいつをどこに運ぶか考えていたところだ」

「では、お預かり致します」

「だが貴様らを信頼したわけではない。俺も連れて行け」

「は、はぁ……」

「嫌とは言わせんぞ」

 凄みを利かせながら鯉口を切る童子切安綱の威圧感に気圧されて、黒服達は断ることなどできなかった。

 

「――天晴、とは言えんな」

 慣れない車の中に陣取りながら、童子切安綱は意識不明のエヌラスを見据えて呟く。

 だが、長い夜はひとまずの終わりを告げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。