【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二二幕 凶星

 

 夜の羽丘女子学園には誰一人生徒が残っていない。宿直の教師以外は本来立入禁止となっているはずだが、天文部から申請された内容は天体観測のために屋上の使用許可。学園でも問題児とされているものの成績はトップなので強く言えなかった。

 しかし──校内に響く軽快な足音。一人ではなく、二人。甲高い声で笑いながら駆け回る見慣れない少女に宿直の教師が呼び止める。

 

「き、君達! 一体どこから入ってきたんだ!? こんな夜遅くに学園に入ってきちゃダメじゃないか!」

「ん? ねー、ティオー。誰かいるよ」

「誰だろね、ティア? どうしよっか」

 ウインドブレーカーシャツのポケットに手を入れて、二人が笑っていた。何処から入ってきたのかもわからない相手に、教師として注意を促してすぐに帰宅するよう声をかけるが、にやけた顔のまま聞き入れようともしない。それどころか、からかうように後ろに下がりながら笑っている。

 

「あはははは、別にいてもいなくてもいいよね」

「んー、だよね。やっちゃう?」

「えー、でもそういうのって人間は嫌がるんでしょ? めんどっちぃよねぇ」

「そうだねー。じゃあ少しの間、黙らせておこっか」

「さんせーい」

「じゃあどうする? どうやる? ボクは何でもいいけど」

「ウチも何でもいいけど、じゃあ同時にやってみよっか」

「いいよぉ、それじゃ」

「「せーのっ」」

 とんっ──軽やかな跳躍。上下から迫る蹴撃に反応できず、宿直の教師は頭部と顎が同時に衝撃に襲われてそのまま意識を失った。崩れ落ちた教師を見下ろして、肩をすくめる。

 

「のーろまっ」

「すっとろいのはダメだねー、ティオ」

「そうだね。じゃ、部室行こっか」

「おーらーい」

 ポケットから手を出して、身を屈めた二人が同時にスタートを切った。

 右脚を出す。左脚を出す。風を切り、同時に階段を駆け上がり廊下を鋭く曲がり部室の前で空間の壁を蹴って宙返りすると制動して扉を開ける。

 そこでは、氷川日菜がホワイトボードに星図を広げて腰に手を当てて待ち構えていた。

 二人が飛びついて抱きつく。

 

「「ヒナおねーちゃーんっ、あはははははははは!」」

「あれ、あたしさっき来たばかりなのにもう来たの?」

「うん。ボクらはそれが取り柄だから」

「それで、ヒナおねーさんは計算できた?」

「もうバッチリ! 昨日で大体終わってたよ。今から描くね、ちょっと待ってて」

 日菜が描き始めたのは、地球。

 二人が計算してほしかったのは、日本の頭上に描かれる星の位置。そこだけでよかった。

 屑星でも構わない。ティオとティアは日菜の手を引いて、屋上に出る。

 

 親指と人差指を立ててフレームを形作ると二人はそこから夜空を見上げた。

 

「なにをしてるの?」

「んーとねー」

「ん、オッケー。じゃあ、ここからあそこまでひとっ飛びしよっか」

「ここから見えるならあたしの計算必要だった?」

「うん、必要だったんだ。だってボクらは“どこにも辿り着けない”から」

「だからね、ヒナおねーさんにチェックポイントを指定してもらわないとウチらは止まれない」

「もうこの星は飽きちゃったもんね」

「あはは、そうかも。でもヒナおねーさんは別だよ」

 笑顔で手を振りながら無邪気な邪神が笑う。純粋であるがゆえに強い。単純であるからこそ、二人は迷わず走る。

 だからこそ、自分たちの悪意なき邪悪に気づかない。

 

「ねぇ、ヒナおねーちゃんは楽しい?」

「うん。二人を見てるとるんってくる!」

「そうなんだ。るんってきちゃうんだ」

「ヒナおねーちゃんのその嗅覚と感性はこの星に捨て置くには勿体無いなぁ。ねぇ、ボクらと一緒に来ない? ヒナおねーちゃんなら連れて行ってあげるよ。この宇宙の果ても、果てのない果てまで、宇宙の外側だって、次元の壁を越えて。やり直したい過去にも、まだ見ぬ未来にも」

「ウチらは何処にだって行ける。だから、此処にいる」

「ねぇ、ヒナおねーちゃん」

「ねぇ、ヒナおねーさん」

「「何処に行きたい?」」

 ティオとティアの二人は、手を差し出す。

 日菜は腕を組み、考える。この子達は、この神様達はきっと本気だ。本当にどこにだって連れて行ってくれる。どこまでも。どこまでも続く旅路の果てでも。全ての過程を蹴っ飛ばして、星の始まりから終わりまで。

 それは銀河旅行なんてものではない。人類未踏の領域に踏み込む一歩。しかし、日菜はその誘いに躊躇していた。

 

「う~ん……」

「どうしたの、ヒナおねーちゃん」

「あたしはもうちょっと、此処に居たいかな。地球の外側、外宇宙も楽しそうだし、ワクワクするけども。一人じゃつまんないもん」

「ウチらがいるけど、ダメなの?」

「そういうことじゃないんだけど、なんだろ……なんでだろう?」

 考え込む素振りを見せる日菜に二人は身体を伸ばし、ストレッチを始める。

 

「ま、いいや。ゆっくり考えてていーよ」

「うんうん。ウチらはまずこっちの用事を片付けてくるから」

「──そういえばさ」

 踏み込もうとした足を引き止める声に、ティオとティアが日菜の顔を見上げた。

 

「星の位置を調整して、どうするの? 仲間の邪魔をする、って言ってたけど」

「そっか、それ言ってなかったっけ。うん、教えてあげる」

「星の座標教えてくれたヒナおねーさんには特別に」

「ここから見える星を、ボクらで結ぶ。点と点、線と線で」

「それでね、模様を描くの」

「そうしたら、ボクらで“どかーん”ってやるの。簡単でしょ?」

「ドカーン、かぁ……それで何が起きるの?」

「「()()()()()()」」

 星を落とす。それがどうして仲間の邪魔になるのか、日菜にはわからない。そんなことをしたらそもそもこの地球がダメになる。

 それでは邪魔に──、なるということは。この二人の狙いは……。

 身体が寒気で震えた。ティオとティアも日菜が自分達の目的に気づいたのだと、小首を傾げて笑みを向けている。

 

「ボクらは足が速いだけ。だから他の奴らみたいなことはできないんだ」

「だけど、他の誰かに手伝ってもらえたらウチらは何だってやれる」

「何処にだって行ける」

「どこにだって辿りつける。世界の終わりでも、その果てでも、宇宙の彼方でも」

「神様にだって止められない。だから、ヒナおねーちゃんには一緒に来てほしいんだ」

「首から上だけでもいいけどね」

 無邪気な笑みで、子供のように無垢な笑顔で、鈴のように鳴いて。

 邪神が微笑む。心の底から氷川日菜を信頼して。

 自分達の目論見が人類を殺すと知りながら、宇宙を崩壊させる引き金だと語りながら。

 ティオは笑っていた。ティアも笑っている。氷川日菜だけは、不安に耐えながらも胸に手を当てていた。

 

「ボクらのいるこの星が無くなったら、アイツらはもう追ってこれない。追いつけないからね」

「ウチらがいるこの宇宙さえ消えてなくなれば、もう自由の身ってこと。ありがとね、ヒナおねーさん」

「……そのために、あたしに協力させたの?」

「そうだよ?」

「悪い神様の邪魔をするって言ってたじゃん」

「ボクらもそうだし、アイツらもそう。何を言ってるの、ヒナおねーさん?」

「「人類の味方をする神様なんているわけないじゃん」」

 それは絵空事だと、夢物語だと二人は断言する。神というものは、気まぐれ一つで人類を消してしまうような理解の範疇を越えた存在だと。人類の歴史において奇跡が語り継がれてきたその全てをティオとティアは否定した。

 神様なんて、どこにもいないのだと──夜に響く鋼鉄の魔獣の咆哮に、ティオとティアが初めて驚いた顔を見せる。目を凝らせば、羽丘女子学園に向かって真っ直ぐ走ってくるエヌラスと氷川紗夜がいた。

 

「……ねぇ、ヒナおねーちゃん。ボク達のこと、誰にも言ってないんだよね? 約束、破ってないよね」

「うん。誰にも言ってないよ。どうして?」

「“のろま”と、ヒナおねーさんにそっくりな人がこっちに来ているんだ。変だよね。ウチらは探知も感知もされないのに。そういうやつを取り込んだのに」

「だからさ、考えられるとしたらヒナおねーちゃんしかいないんだよね?」

「「本当に誰にも言ってない?」」

「あたしは喋ってないよ。神に誓ってもいい」

 そう。氷川日菜は嘘を吐いていない。誰にも言っていないことは二人も目を見れば分かる。

 何よりも風が怖かった。なんでも運ぶ、なんでも届ける、呪いの風が。忌々しい風の噂。邪神達の間でも耳にする噂話──邪神狩りの怪物がいるぞ、と。

 肩をすくめるティオとティアが目配せをする。

 

「まーいっか。ヒナおねーちゃんの役目はここまでだもんね」

「そうだね、ティア。それじゃ、どうする? ウチが行こっか?」

「ボクがやるよ。ティオは星を繋いできて」

「はいはーい」

 踵を鳴らして、右脚に銀の鋼を纏う。左脚に銀の鋼を鎧う。

 それは翼のようで、刃のように鋭く、鎧のように圧倒的な質量を誇る呪術兵装にして二人の名を冠する切り札。

 片脚に銀の脚甲を帯びて、空中に着地するとティオが笑顔で手を振る。

 

「じゃ、いってきまーすっ♪」

「いってらっしゃい、ティオ。帰ってくる頃には終わってるかもよ?」

「終わってなかったらそっちのほうが驚きだよっ」

 ふわりと宙を舞った、次の瞬間。ティオが銀の流星となって地上から天高くに向けて駆け上がっていく。目にも留まらぬ速度で、日菜に辛うじて見えたのは光り輝く軌跡だけだった。

 

「ん~っ、と。それじゃ、ボクも行こっかな。どうせ“のろま”にボクは捉えられないだろうし」

「待って、ティアちゃん。あたしのおねーちゃんは……!」

「ああ、のろまの後ろの人間のこと? 別にいてもいなくても変わんないから無視するけど、邪魔なら蹴っ飛ばすよ?」

「何もしないで。おねーちゃんは、関係ないんだから」

「はーいっ」

 柵の上にバク宙で着地したかと思うと、そのまま見向きもせずに空に向けて身体を投げ出し、そして──宙を蹴って弾丸のように二人目掛けて突撃した。残像すら残さず、光を置き去りにして。

 日菜は一人残された屋上で、静かに拳を握る。

 ──わかっていた。悪い神様が、人類の味方なんかしないことを。だが、自分の予想を遥かに上回る目的だった。銀河系を閉じるというだけならまだ予想の範疇だったがその逆。

 この宇宙を消し去るつもりだ。その勢いに乗じて、外側に逃げ出せばあの二人は誰にも止められない。誰にも追いつけないだろう。ここから出ていこうとすれば仲間が待ち構えている。その目眩ましに人類全てを犠牲にしてもなんとも思わない。無邪気な邪悪、無垢な殺意。純然たる狂気。

 

(……大丈夫、負けない。あたしにだって、おねーちゃんがいる。だからおねーちゃんなら、きっとなんとかしてくれるって()()()()!)

 気づいてくれると信じた。だから書き置きを残してきた。暗号と呼べないものまで用意して。

 演算を投げ出したまま置いておけば、きっとエヌラスを連れてきてくれるだろうとも計算のうちだ。結果はどうあれ、日菜の計画どおりに事が運んでいる。

 時間稼ぎを兼ねた会話で二人を足止めもできた。

 あとは──この最悪の状況を覆してくれることを祈るばかり。

 

 

 

 羽丘女子学園の閉じられた校門をハンティングホラーの機首を持ち上げて飛び越えると、屋上が一瞬だけ光った。エヌラスは考えるよりも先に防御陣を描く。横殴りの衝撃に腕が痺れ、車両から投げ出される形で紗夜を抱えて飛び降りた。

 校庭に着地すると、ティアがのんきに欠伸をもらしてストレッチを始めている。

 

「……子供?」

「邪神だ。最速で、最悪なクソッタレのクソガキ一号の方だ」

「こんばんは、のろまのおにーちゃん。相変わらず遅いね、もうティオなら宇宙まで行ったよ?」

「星辰を調整して星の陣を描く。惑星規模の魔術に神気を加えて、宇宙を狂わせる」

「何言ってるの、元々狂わせたのはのろまのおにーちゃんのせいじゃん。この調子だと一年保たないよ、この次元。どんどんズレていく。そうしたら、人間なんてあっという間に耐えきれなくなっちゃう。特にここは弱いみたいだからねー、昔はそうでもなさそうだったみたいだけど。あははははは! 人間は弱っちいなー、どんどん弱くなっていくや。もう人なんて呼べないんじゃない? それとも人でなくてもいいんじゃない。ね、そっちのおねーちゃんはどう思う?」

「あなたが何を言っているのかよくわかりませんが。日菜はどこに?」

 以前として、毅然とした態度で紗夜はティアに問いかけた。それにつまらなさそうに屋上を指差す。

 

「あそこ。行くなら好きにしたら? 別におねーちゃんはいなくても変わんないし、ボクはのろまのおにーちゃんと遊んでるからさ」

「行け、紗夜」

 エヌラスに何かを言いかけて、口を閉ざした紗夜は校舎に向けて駆け出していた。その後姿を一瞥して、ティアは背伸びをする。

 

「……本当に、人間は弱くて遅くて見てて眠くなってくるや」

「テメェ等に比べたら全部が全部そうだろうよ」

「おにーちゃんにしてもそうじゃないの?」

 銀の毛先を指で弄びながらティアは銀の右脚で地面を叩く。

 その言葉に、一瞬だが眉が動いた。

 

「人間なんて、弱くて脆くて、つまらないんじゃない? 全部が全部。のろまのおにーちゃんはボクらと違って遅いけど、そのぶん何でもかんでも壊すのは得意でしょ? そうやって此処まで来たんだから、同じようにこの世界も壊していけばいいのに、あっはははははは!」

 腹を抱えて笑う相手に倭刀を振るう。迫る刃を間一髪で避けて、飛び下がりながらも余裕を崩さない。

 

「あれ、怒った? 怒っちゃった? ごめんね、気にしてたなんて全然わかんなくってー! あははははは、変なの。ほんとうにおかしいんだから! それとも壊れてるのはおにーちゃんの方だったっけ? わざわざ自分が苦手なことをしてるんだから、本当にバカだよね!

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 両手をポケットに入れたまま、ティアは眼前に迫るエヌラスの刃を小馬鹿にするように間一髪で避け続けていた。

 けたけたと笑いながら、銀の右脚で宙を跳ね回る。何もない空間で立ち止まり、脚を狙った斬撃をさらに飛び跳ねて避けた。身を屈ませて、空中を蹴り身体を撃ち出す。

 そのまま横をすり抜け、背中合わせになるとポケットから手を出した。エヌラスの背中に手を当てると、そのまま魔力を放出する。衝撃にたたらを踏み、耐えると振り向きざまに薙ぎ払う。しかし既にそこにティアの姿はなく、目と鼻の先に琥珀色の双眸と少女らしい幼くも柔らかな顔があった。

 

「ばぁ☆」

「ッ──!」

「あははははははは! 驚いた? ビックリした? あっははははははは!」

 肩に手を置いて宙返りをする相手目掛けて刃を振るうが、空中で更に回転して後ろ回し蹴りがエヌラスの横っ面を殴りつける。意識が飛びそうな程の衝撃に歯を食いしばって堪えるが、すでに懐に飛び込んでいたティアが腹部を蹴り上げた。酸素が吐き出され、呼吸が一瞬だが止まる。体勢の崩れたエヌラスに向けて、貫くような鋭い蹴撃が打ち込まれた。

 小柄な体躯から想像もつかない重い一撃によって羽丘女子学園の校舎に吹き飛ばされ、壁を破壊して教室を荒らし、窓ガラスを破ってエヌラスが地面を転がる。

 その姿を見て、ティアは鼻を鳴らす。

 

「相変わらずすっとろいなー、おにーちゃんは。のーろまっ、あはははは!」

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