【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二一五幕 次なる戦いへ向けて

 

 ――弦巻邸に集まったガールズバンドメンバー達。

 ベッドに座り込んでいるエヌラスの容態は酷いものだった。三日経過した今でも傷跡は完全に塞がらず、動きがぎこちない。

 一同の視線が突き刺さる理由は、なんとなくわかる。

 

「ん~♪」

「…………」

 エヌラスは自分にしがみついて離れようとしない弦巻こころに右目だけ向けると、深くため息を吐いた。右腕も動かない手前、引き離すことができない。

 特に氷川紗夜からの視線が冷たい理由は嫌というほどわかる。

 童子切安綱は一同の邪魔にならないように壁際まで移動してから、再び座禅を組み始める。それを見て若宮イヴは興味津々だった。

 

「……いやまぁ、なんとなく言いたいことはわかる。わかるが念のため言わせてくれ、俺は怪我人だし意識不明だったんだ」

「それは誰に対する言い訳ですか?」

「俺の世間体かな……」

 まるで自分がイチャついているのを見せつけているような心地になるが、全くそんなつもりはない。むしろ誰でもいいから引き離す手伝いをしてくれと、その目線は自然と奥沢美咲に向けられている。「あはははは……」と愛想笑いをして目をそらされた。なんとかせぇやちょっと。

 

「…………はぁ。こころ、頼むから一旦離れてくれ」

「エヌラスからのお願いならそうするわ。美咲ー」

「あー、はいはい。こっちおいでねーこころー」

 思いのほか、あっさりとこころは離れてくれた。だがそれに少々名残惜しさも覚える。

 

「んー……あー……」

 エヌラスは頭を掻いて、それから言い出しにくそうにしていたがやがて口を開いた。

 

「……悪かったよ」

 一同が面食らったのは、その素直な謝罪がその口から出てくるとは思わなかったからだ。

 

「えっと……なんで謝るの?」

「……そりゃ、しばらく姿隠してたこととか。街ぶっ壊したりとか、色々」

「あなたの諸々の事情については、今井さんからある程度聞きました」

「あーーー…………」

 今井リサをちらりと盗み見れば、誤魔化すように笑っている。ちくしょうかわいいやつめ。

 

(お節介なところ、アイツそっくりだな……本当に)

「それに。そうでもしなければ勝てない相手だったことも、考慮します」

「……エヌラスさん、るーの奴は」

「アイツは……」

 二代目バルザイの偃月刀。その結末を語ろうとした矢先、遮るように童子切安綱が口を開いた。

 

「俺が斬った――人に害なす存在だったからな」

「……っ」

「そいつとも切り結んでいたことは事実だが、最後の一歩というところで取り逃がした。死んではいまいが、どこに行ったかまでは知らんよ」

「おい、童子切」

「病み上がりは黙ってろ」

 ピシャリと言い放たれ、エヌラスも押し黙る。

 本来ならばその非難じみた視線を向けられるのは自分のはずなのに――。

 

「邪神がどうのこうのは、知らん。俺が斬るべき相手だったから斬った。それだけだ」

「……、るーの奴は、生きてるんだよな」

「怪我が癒えればひょっこり帰ってくるのではないか。次に俺と顔を合わせたら切り捨てるかもしれんがな」

 童子切安綱は少女達の視線をものともせず、座禅を組んだまま動かない。

 徹頭徹尾、日本を守護するためだけに己の刃を振るう。そこに一切の情は含まれていない。元は器物、痛む心もそこにはない――だからこそ、二代目賢人バルザイは敗北を喫した。

 それこそは、なくてはならないもの。己の足の源動力。

 “空っぽ”のままでは勝てるはずもないのだ。偽りであっても、童子切安綱の中には確かにそれがある。

 

「そこのバカを切り捨てるのは造作もないことだが、怪我人をたたっ斬ったところで何の手柄にもならん。それより俺は鬼丸と数珠丸が気がかりだ」

「…………お前、今俺のことバカって言った?」

「他に誰がいる」

「童子切、てめぇ怪我治ったら覚えてろ」

 なんともタイミングを外された。

 

(いやしかし。参ったな……)

 エヌラスは改めて自分の容態と、近づいている邪神の気配に頭を悩ませる。

 一刻も早く地球を離れて最後の邪神と決着をつけるべきだが――壁際で座禅を組んでいる付喪神からは逃れられそうにない。人の予定を台無しにしてくれて、いい迷惑だ。しかし、それがまたエヌラスにとっては好都合でもあった。

 自分が地球を離れる僅かな時間、邪神を討つまでの間。彼女達を守る存在が必要になった。

 これまでとは規模が桁違いの邪神災害。それは地球に降り立つ形ではなく“天体”としての降臨。宇宙に惑星が一つ増えるだけのことだが、真っ直ぐ地球を目指すともなれば話が違う。

 迎え撃つ形ではなく、こちらから打って出なければ一巻の終わりだ。

 

 エヌラスが天井を仰いでため息をつく。そのいつにも増して、参ったような態度に蘭たちも困惑していた。

 

「……その、ていうか、なんで全員勢ぞろいしてるんだ。学校とかいいのか?」

「エヌラスさん、今日は日曜日です」

「…………そっかぁ……」

 曜日感覚など皆無に等しい、毎日生きることで精一杯だ。

 

「……大丈夫なんですか。だいぶ参った顔してますけれど」

「怪我はまぁいいんだが……ちょっとな……今後のことを考えると頭痛くなってくるわ」

 友希那からの視線がなにを意味しているのかはわかる。関わりを持つな、という約束だったというのに、このような結果になってしまったことに言いたいことがあるのだろう。だが、リサの横顔を見てから呆れたように肩をすくめる。

 

「とにかく、童子切。今日一日は猶予をくれ」

「さっさと治せ。こちらは寝首を掻くつもりなど皆目無いのだからな」

「ああ……とりあえず、お前の言う二人が戻ってこないことにはどうしようもないな」

「なんで?」

「なんでって、そりゃあ……俺の代わりにお前ら守ってもらわないと困る」

 目を白黒させる日菜が少し考え込む素振りを見せて、エヌラスがなにを考えているか探っていた。やがて思い当たったのか、ポンと手を叩く。

 

「そっか。エヌラスさんがいない間、私達を守る人いなくなっちゃうもんね!」

「今回ばっかりは地球から離れて直接ぶっ飛ばしにいかないとどうにもならんからな……」

「それで、エヌラスさんどこまで行ってくるの? 海外?」

「宇宙。月ぶっ飛ばしてくる」

 ――とんでもないことを言い出したエヌラスだが、それを冗談と受け取る人間はこの場に居合わせていなかった。

 

「……宇宙規模かぁ」

 美咲が確認するように呟く。その言葉に、キラキラと目を輝かせるのは、勿論こころ。

 

「でもエヌラスさん、どうやって宇宙まで行くの?」

「自前で行ってもいいんだが、できれば体力は温存しときたいな」

「……というかそもそも宇宙空間で活動できるんですか?」

「あー…………多分。月面でガチンコ勝負するのこれが初めてじゃないし」

 その言葉には流石に一同が唖然としていた。

 

「何だよその顔……今更だろうが……」

「……つかぬことをお聞きしますが。酸素とか大丈夫なんですか?」

「考えたことねぇや」

 紗夜の言葉に、エヌラスはあっけらかんと答える。ダメだった時のことなど頭に無い。

 仮にそうであったとしても、やるしか道がないのだから。これまでそうしてきたからこそ此処にいる。

 

「でもエヌラスさん、隕石蹴っ飛ばしてたし大丈夫だよね!」

 ――なにそれ初耳なんですけど!? 全員が驚愕に満ちた顔を日菜に向けていた。

 

「そのせいで力使い切ったんだけどな、俺」

 ――えッ!? 今度は日菜を含めて驚いた顔を向けられる。

 

「じゃ、じゃあ……あの時の邪神のせいで」

「そうだよ悪いかよ。今までどうにかなってきたんだし別にどうでもいいだろ」

「…………」

「気にすんな、計画性の無い俺が悪いんだから」

 ――エヌラスの不調は、最初の邪神。ティオとティアが最後に引き寄せた隕石からだった。それさえなければ、残っていた力を使って多少なりとも戦いを楽にできたはず。にも関わらず、あの日あの時あの場所で、最後の力を振り絞って日菜達を助けるためだけに使った。だというのに――自分はどれだけ迷惑をかけただろう。

 

「エヌラスさん」

「日菜」

「…………」

「気にすんなって言っただろ。なんだかんだこれまでどうにかなってきたんだからよ。これまで通り、なんとかしてくだけだ」

「そんなバカみたいな真似……」

「バカは死んでも治らないって言うが、生憎とまだ死ぬ予定はないんでな。一生こんな調子でバカやってくんだろうな、俺」

 それに紗夜が鋭い目つきで睨みつけるが、エヌラスはそっぽを向いた。

 千聖は、壁際の童子切を一瞥すると静かに頷く。

 

「……童子切さん」

「ん? 何用だ」

「少し、あなたと話がしたいので場所を変えませんか?」

「かまわん。ちと裏庭を借りるぞ」

 腰を上げた童子切と千聖の二人が部屋を出て行くが、その後ろ姿を見てイヴと彩がついていった。千聖一人では不安だろうと思ってのことだ。

 おそらく千聖は、童子切がいては話がし辛いだろうと思って声を掛けたのだろう。あの様子では個人的に聞きたいこともあったようだが。

 室内を漂っていた妙な緊張感が解れたことで、言い出しづらそうにしていた香澄達も肩の荷を下ろしたように口を開き始める。

 

「あの! エヌラスさんが月をぶっ飛ばしに行くのっていつですか!」

「ちょ、ちょっと香澄?」

「いや、ていうかぶっ飛ばしに行く話信じてんのか……」

「有咲は信じてないの?」

「そりゃ……あー……そりゃあ……あ~~~……」

 考えてもみれば、これまで超常現象を生身でぶっ飛ばしてきた先生だ。その様が容易に想像できるだけに有咲も腕を組んで首を捻っている。

 

「それ聞いてどうすんだ」

「キラキラドキドキする思い出、最後に作りませんか! 私達と!」

 ――あ~、こいつはまたそういうこと言うのか~。ポピパ一同は呆れつつも、いつもの香澄に笑うことしか出来なかった。肝心のエヌラスはと言うと……、困った顔をしている。しかしその視線が向けられている先は香澄ではなく、ハロハピ。特に、こころに向けられていた。

 はち切れんばかりの笑顔をみせていたこころが香澄の手を取って振り始める。

 

「さすが香澄だわ! とっても素敵なアイディアね!」

「でしょ! だって私達、エヌラスさんが笑っているところまだ見たこと無いもん!」

「ええ、そうね! 一緒に寝てる間もエヌラスったらずーっと難しい顔してたのよ?」

 

 …………。

 ――――なんて?

 

「エヌラスさん?」

「待ってくれ紗夜……待ってくれ、頼むから。事情を説明するから!」

 何故か笑顔で距離を詰めてくれる紗夜の手が伸びてくるが、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。

 何事かと思えば、部屋に入ってきた弦巻家の執事達が息を切らしている。

 

「エヌラスさん!」

「お、おう……執事さん。どうしたんだ、そんな慌ただしく――」

「緊急事態です――こちらを。失礼します」

 

 手にしていたタブレット端末をエヌラスに差し出すと、停止させていた動画を再生させる。他にも小脇に挟んでいた封筒を手渡した。

 

「……これは?」

「米国で撮影されたものです。この動画の……ここからの映像を」

 手慣れた動きで動画のシークバーを操作して、再生される。

 詰め寄っていた紗夜もその動画を一緒に観る形になったが、言葉を失っていた。

 

 米国の田舎町に隕石と思わしき物体が落下。その現場に駆け寄った住民だったが、夜間ということもあり見通しの悪さと、近くに落下したという隕石にテンションが上がっている。恐らくパーティーでも開いていたのだろう。酒気を帯びていた。

 クレーターまで近づいていくと、その中心部に何か黒い物体が落ちている。――だが、撮影者達はそれにライトを向けてから徐々に動揺の波が広がっていった。カメラの画質は悪くないが、なにぶん手ブレのせいで輪郭が朧気だ。

 

「失礼」

 執事が一度動画を停止させる。渡した封筒を開けると、高画質補正をかけた黒い物体の画像が差し出された。

 奇妙な物体だった。生物とも、鉱物ともとれない。不出来な毛玉のようにほつれていた。しかし、その画像を見たエヌラスが苦い顔をしている。

 

「エヌラスさん、知っているんですか。この……奇妙な物体を」

「……知ってる」

「氷川様。この先の映像は、少々刺激が強いかと思われますので……」

「……わかりました」

 紗夜が執事に促され、動画の視聴を中断させられた。エヌラスだけは動画の音量を下げて続きを視聴する。――この後に起こる惨劇を予感しながら。

 再生ボタンをタップすると、クレーターに近づいていった撮影者の目の前で黒い物体が動き出した。生まれたての子鹿が立ち上がるように、足を震えさせながら身体を起こす。

 ()()()()()()()()()、黒い物体が立ち上がった。それは、一匹だけではない。数匹がまとまって落下してきたようだ。

 黒いガス状の胴体から、四方に伸びた山羊の足。涎を垂らしながら、跳ねるように、転がるようにして歩き始める。だがやがてその足で駆け出し、撮影者の近くに立っていた友人に飛びかかっていく。やがて、骨の砕ける音と肉をちぎる音、撮影者も悲鳴を上げながら逃げ出そうとしていたがクレーターの斜面で足を滑らせる。

 映像は、転んだ際に放り投げられたスマホが夜空を映して止まった。

 

「……こいつはどうなったんだ」

「近隣の住民数十名、州警察数名を殺害した後に、射殺されました。遺体は回収される前に消失。このことはもちろん政府が動物事故として処理しています」

 エヌラスは知っている。その眷属のことを。

 

「――冗談キツイぜ、まったく」

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