放置していては埒が明かないと判断した紗夜の言葉に一同が頷いた。この二人、一度ヒートアップしたら止まらないのは明々白々。
童子切の拳を左手で受け止め、逆の拳を肘を使って迎撃したエヌラスが身を翻して背負投げ。床に叩きつけられるかに思われたが、なんと両の足を使って着地していた。
破顔するなり、今度は起き上がりながら片腕で投げ返す。――しかし、エヌラスはそれを軽身功を駆使して体捌きで免れると、身体を回転させて威力を上乗せした蹴撃を見舞った。ちゃっかりインスタント電磁加速蹴撃で。
弾かれる形で吹っ飛んだ童子切がベッドイン。衝撃の吸収性が高いので大したダメージにはならなかったものの、投げ返されたというのが気に食わないのか太刀に手を伸ばしている。
――しかし、刹那。脳裏を掠める鬼丸の背中。大典太の姿を思い出して深く息を吐き出した。
「ええい、やめだ! こんな戯れでは腹も膨れんわ!」
跳ね起きるなり童子切が一喝して窓から外に出ていく。止めようとしていた紗夜達もそれは予想していなかったのか、目を丸くする。てっきりこのまま真剣勝負にまで発展するものだとばかり思っていたからだ。
童子切の姿が見えなくなってからエヌラスは深く息を吐きだし、整息。内勁によって乱れた呼吸を整えるが、本調子には程遠い。その補助として銀鍵守護器官を稼働させているが、こちらは絶不調を極めている。全身の包帯が赤く滲んでいるのは傷口が塞がっていない何よりの証拠だ。
「んー……。ん~~~??」
そんなエヌラスの、途切れ途切れとなった魔術回路を見て日菜が眉を寄せる。
「どうかしましたか、日菜さん?」
「……エヌラスさん」
「なんだよ」
「もしかして今――魔術使えないんじゃない?」
日菜のその一言にエヌラスがギクリ、といった様子で固まった。
「……念のため聞くが、なんでそう思った」
「これはあくまでもアタシの仮説なんだけど。エヌラスさんの魔術回路って全身に広がってるんでしょ? それで、魔力を通すと色々使えるってことは。それがもし途中で途切れてたりしたら魔力回らないんじゃないかな? どう?」
「正解。よくできました。ただ俺は馬鹿だから神経と癒着させて強制的に稼働させることもできる。それやったせいで左眼も右腕もこんなんだけどな」
ということは。
今しがた見せていた格闘は、素の身体能力ということになる。それでもごく一部の魔術行使はできるが。
「魔術が使えないって……それ、笑えない状況なんじゃ」
「蘭の心配はもっともだ。ただ俺はこんな状態でも状況は待ったなし。それにこんな怪我なんて毎度のことだから処置も慣れたもんだよ」
「…………そんな怪我、毎回してたんですか。いつから」
「ずっと昔から」
エヌラスの言葉を確かめるように、蘭の視線が友希那を始めとした他のメンバーに向けられる。
――この人の努力の裏で、自分達はあんなにも笑っていられた。“いつも通り”の毎日を。
それが、何故か。たまらなく悔しいと思ってしまった。
あの時からじゃなくて、出会った最初から。
「なんで。何も言ってくれなかったんですか」
「言えるわけねーだろこんなん……俺にとっちゃ毎度のことでもそっちにとってはえらいこっちゃなんだから」
(あれ。エヌラスさんってこんなフランクな口調だったっけ……?)
いつになくその口ぶりが気を抜いた調子であることに日菜が小首を傾げる。
「……なんつーか、まぁ。かっこ悪いだろ。俺の“いつも通り”でそっちの“いつも通り”を台無しにしてちゃ」
「…………」
「だから、なんだ。『Afterglow』のお前らが羨ましいって思ってたんだ。いいじゃねぇか、いつも通りの変わらない日々。いつもの顔ぶれで、いつも通り馬鹿やって、いつも通り笑って」
――思いを馳せるのは、遠くに置いてきた故郷のこと。
「……俺も、そうだったからな。そんないつも通りを守りたくて、こんな馬鹿やってんだ」
左手の調子を確かめるように拳を握る。力を入れれば傷口から血が滲む。鈍い痛みに苛まれる。
「台無しになんかしてたら、後味悪ぃだろ? するのも、されるのも」
「……だからって!」
「約束ほっぽってこんなことばーっかやってっから、俺はダメな大人の見本なの。わかったか。わかったらこんな大人にだけはなるんじゃねーぞお前ら」
果たして、それは本当のことだろうか。
本当にダメな大人だろうか。
――本当に必要なことだけに、自分の命を燃やして挑む。
それは、やりすぎかもしれないけれど。
それは、常軌を逸するレベルだけれども。
それは――自殺願望にも似ているけど。理解が及ばないほどに。
蘭は、涙ぐみながらエヌラスに詰め寄る。
『Galaxy Circuit!!』で、あの日。あの時、あの場所で。外で何が起きていたか知ったのは、全部終わってからのことだった。
ライブ会場に姿を見せてくれなかったことに、胸が痛んだのを覚えている。あれだけ真摯に向き合ってくれたのに、無責任なことをしたとばかり思った。それは間違いで、ただ戦場が違っただけ。
だから、それがなおのこと腹を立てる。なんで何も言ってくれなかったんだろう。なんで全部ひとりで抱え込んでいるんだろう。なんで。なんで……信用してくれないんだろうと。
そして、それが全部自分のひとりよがりの間違いであると理解した。
信用していた。信頼してくれていた。だから、言わなかった。
「ダメな人かもしれないけど、そんなこと――!」
「嘘でもいいから否定してくれよ……自分で言っててちょっと悲しいんだぞ」
「はぐらかさないでください」
「……あの時。お前の歌を聞いてやれなくて悪かったな、蘭」
「――――」
「状況が状況だったから言えなかったけどよ。やっぱ、ちゃんと言っておきたくてな」
蘭が言葉を失う。何か言い返そうとして、声に出せなくて。俯いてしまう。肩を震わせて、固く拳を握っていた。
「……別に殴ってくれてもいいぞ?」
その言葉を拒絶するように首を横に振る。
覚えててくれた。あの時のことを気にかけていてくれた。たったそれだけの、当たり前のことなのに――どうしてか、言葉にならない。
「そのー、蘭? どうした……?」
「すごいですね、さすがです。女の子を泣かせる天才ですねエヌラスさんは」
「なんで怒ってるんでしょうか氷川さんちの紗夜さんは……」
「別に怒ってませんよ? ただ素直にすごいですねと思っただけで。ねぇ日菜?」
「うん。おねーちゃんの言う通り。ほんとにエヌラスさんってダメな大人の見本だよね。反面教師って言葉がピッタリ」
これ以上無いほど、ダメな人間の見本という意味では反面教師にこれほど向いている大人もいない。エヌラスは二度と教職なんかしねぇぞと固く誓った。
「こういう湿っぽいのも、別れ話を切り出すのも好きじゃねぇんだ。だから、蘭。いつも通り笑っててくれよ」
「あー、エヌラスさんが蘭を泣かせたー。いーけないんだー、モカちゃんポイント大暴落でーす」
「なんだとちきしょう。でも、モカくらいの気楽さでいいんだよ。こういう時も。変に肩に力入れなくたっていいんだよ」
大きく左肩を回してから首を慣らす。三日も寝たきりだったせいで身体の筋肉が少し固い気がした。それでも童子切と突発的に殴り合いをしたので節々が痛む。
「……つーか、久しぶりに体動かしたせいで全身バッキバキだわ。あと腹減った」
――ぐごごごごごきゅるるるぃぁふたぐん……。
ちょっと形容しがたい空腹の異音に、室内が一瞬静まり返った。やや間をおいてから、蘭達が笑い始める。
エヌラスだけは仏頂面のままだったが。
香澄の提案によって、エヌラスの昼食をみんなで作ろう。という話になった。それに反対する者はおらず、満場一致の可決によって盛り上がりを見せる。
その間エヌラスは部屋に残り、包帯を巻き直すついでに切断された魔術回路の修繕作業をすることにした。
無理やり引き剥がしてちぎれ飛ぶならまだしも、あくまでも魔術回路に至るまでの“切断”であることが幸いしてそれほど手間はかからない。断面もまた綺麗なもので、そっくりそのまま残っていた。
片腕で行わければならない作業ということもあって多少難儀していたエヌラスのもとに、ノックの音が飛び込んでくる。傍らで見守っていたハンティングホラーが猟犬の姿をとると、大型犬さながらに扉まで小走りで駆け寄ってドアノブを前足で器用に開けた。
「し、失礼します……」
「燐子。どうした、みんなで昼食作ってるんじゃ……」
「あこもいるよー! エヌラスさん、具合大丈夫?」
「あー、大丈夫大丈夫。空腹には勝てないけどな」
短い尻尾を揺らしながらハンティングホラーはエヌラスの隣に座り込む。おずおずと入ってきた燐子と、見たことないマジックアイテムにあこは興味津々だった。
バッテリーのような医療箱、そこから伸びているケーブルはエヌラスの肩口と手首に直接刺さっている電極に繋がっている。麻酔なんてものは無い。無いったら無い。痛いものは我慢。
「あ、あの。痛く……ないんですか?」
「いてぇよそりゃ……」
「ですよね、ごめんなさい……」
「謝らんでも。それで、どうしたんだ?」
「エヌラスさんの様子見と監視役だって! またフラッといなくなったりしないようにってみんなが」
「ははは俺の信用は地に落ちてんな、安心したわ」
逆に脱走する方向に信頼されてるのはどうなのだろう。
「あの、これは……?」
「ん? あー。魔術回路の治療するための医療箱。新型だからコイツはこんなちっさいけど、実際はもっとでっかいやつだ」
「そうなんですね……見てても、いいですか?」
「そりゃかまわないが……」
目を輝かせているあこのこともあり、エヌラスは傍らのマジックアイテムもとい、マジックボックスの概要を説明してから自分の魔術回路の解説を始める。それをすんなり理解して頷く燐子、話を聞いてるのか聞いていないのか、淡い光とともに浮かび上がるエヌラスの魔術回路を食い入るように見つめるあこ。
「――とまぁ、大雑把な説明がこんな感じ。わかった?」
「はい……じゃあ、これは治療というよりも、工事みたいなものなんですね」
「そういうこと。生まれつき回路を持ってるやつもいるけど、まぁそこは長くなるから割愛。俺の場合は擬似神経って形で落ち着いてるからこんな七面倒臭い形で修理しなきゃならん」
「これも、魔術のお師匠様から……?」
「そ。……念のため言っておくが、これ神経むき出しみたいなものだから下手に動かさないようにな。きみに言ってんだぞーあこちゃんよ」
「! も、もちろんわかってますって!」
言わなかったら絶対触ってたでしょ、きみ。エヌラスはちょっぴり肝が冷える思いをしたが、再び右腕の回路調整を再開する。
「ここ、俺の回路が途切れてるのがわかるか? 特に指先辺り」
「……はい」
「うー、チカチカしてきた」
「見慣れないものだから疲れるんだろうな。四肢の末端が損傷酷いのは俺が無茶やってたせいで回路がショートしてる状態だ。こんな状態でも、こうしてこうやって……」
ピンセットのような道具で、ほつれた回路を一つの線になるようにまとめてやるとまばらだった光がまとまっていく。人差し指の魔術回路を修繕してから、指先を軽く動かすと小さく痙攣してからしっかり折り曲がる。
「特に俺の右腕の場合は、昔無理矢理つなぎ合わせたせいで生身の神経と一体化しててな。そのせいで今めっちゃ知覚過敏に近い」
「えっと……」
「じわじわとした痛みに襲われてるからさっさと終わらしたい。が、よかったら燐子。やってみるか?」
「えっ――い、いいんですか?」
「魔術のお医者さん、やってみないか」
「で、でも……あの……」
「こんな機会、二度と無いだろうしな。……俺をめちゃくちゃ痛めつけないのであれば」
「だ……大丈夫です!」
「んじゃ簡単そうな場所から、やり方を説明するぞ」
「よろしく、お願いします……」
「りんりん。頑張って!」
「うん……ありがとう、あこちゃん」
エヌラスは、まだ損傷の軽い場所を指し示すと、次にどういった手順で修繕するかを説明した。それから実際にやってみせて、そこから燐子に道具を手渡す。
指先のように細かくほつれた部分はピンセット。大まかな場所は、二本のかぎ針。やり方も編み物の要領で考えると良いとアドバイス。
「あの、もし……痛かったら、言ってくださいね……?」
「今の状況で痛かったらぜってぇ叫ぶからな……」
なにせ麻酔なしで虫歯の治療してるようなものだ。クソほど痛いに決まっている。
燐子が真剣にほつれた魔術回路と睨み合い、その手先も慎重そのものでゆっくりと、だが確実に繕っていく。丁寧な手つきだが、コツを掴むのも早かった。
「どう、ですか……?」
「初めてにしては上手だな。次はこっちのここを頼めるか?」
「は、はい……」
「りんりん、目が疲れない? 大丈夫?」
あこからの気遣いにも笑顔を見せる。どうやら魔術回路の励起反応も特に問題ではないようだ。眼精疲労が気になるようなら中断させようかとも思ったが、残りも任せて大丈夫だろう。
「ええと、ここの場合は……」
「こういう時はこっちの、この道具で……」
「ふんふん。エヌラスさん、こういうマジックアイテムって他に無いんですか?」
「まぁ他にもあるにはあるが」
肩の回路調整が終わり、次は上腕二頭筋。損傷の具合によって、使う道具を教えるとそちらもそつなく使いこなしていた。
両手に持ったかぎ針で大まかに束ね、それから少しずつ小刻みに寄せていく。
「これ、ほつれた回路がまとまるのってどういう原理なんですか?」
「ん? ま、元々は繊維状の回路だからな。それが束になって一本の線になってる。だから寄せていくと自然と寄り集まっていくんだ。それも兼ねて、この電極が補正してくれる」
「へー。便利なんですねコレ」
「さわっちゃダメだからなー、ずらすなよー、直に刺してるから痛いからなー?」
あこと話している間も、燐子はせっせと真面目に回路調整に集中していた。それでも慣れない作業だからか、少し汗をかいている。
そんな燐子の横に、作業を見守っていたハンティングホラーが座り込んだ。気配に気づいて振り向いた瞬間、思いのほか近くて驚いたのかその手元が狂う。
「きゃ……」
――ガリッ。
燐子の手元、かぎ針が魔術回路をかき乱した。かさたぶに引っかかったような手元の違和感に気づいた頃にはもう遅い。
「いぃってぇえええええーーーっ!!!」
クソほど痛かった。