【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二二三幕 法力無双・数珠丸恒次

 

 ――数珠丸恒次は宣言通り、童子切安綱と背中を預けてから一刻と待たずに悪霊達を手にしていた無数の呪符によって祓い終えた。後顧の憂いを断つ、と述べてから大穴周りの目立たない箇所に念仏を唱え、呪符を残していく。

 じゃらり、と。数珠を鳴らして数珠丸は一礼で儀式を終えた。

 

「――これで今しばしは安泰でしょう。繋がるまでの間は」

「いや助かる。俺はそうしたものは苦手でな。どうにも」

「はっはっは! 妖怪、悪霊、魑魅魍魎、なんのその。武勇ひとつで妖怪を恐怖で震え上がらせることができる童子切殿であれば、そちらのが効率的というものでしょうに。拙僧は、これが取り柄なものでしてな。気になさらずとも結構なこと」

 仏僧、という割には数珠丸はよく笑う。よく話し、よく聞く。想像されている仏僧と言えば、物静かで、物腰穏やかで、教えを説く者だ。だが童子切の目の前にいる数珠丸は、快活な印象が強い。だが、拭えない不安があった。

 

「さて。鬼丸殿はまだ戻られぬご様子、例の悪鬼めもまだ斬ってはおられぬ様子ですが。なにか考えが――?」

「……ああ、あやつは俺が斬る。が、その前に数珠丸。尋ねたいことがある」

「なんなりと」

「貴様、北で何をしてきた」

「……はて。何を、とは。異なことを仰りますな? 拙僧は、貴方の下知によって北へ馳せ参じました。拙僧はそこで確かにこの両の眼で見てきたのです」

「なにをだ?」

「無論、貴方が危惧していた大妖怪の復活を」

 傾国の美女。白面金毛九尾の狐――玉藻御前。時の帝を狂わし、人に追われ、人に討たれたはずの大妖怪。それが復活を遂げていたと他ならぬ数珠丸の口から告げられた。

 だが、それまでだ。話を続きを待つ童子切だが、それだけであった。

 

「……数珠丸。貴様、大妖怪の復活。玉藻御前を目の当たりにしておいて、なにをした」

 

()()()()()()()

 

「なにもしていない、ということがどういう意味か。わからぬ貴様ではあるまい」

 然り、と数珠丸はしきりに頷く。だが、童子切は妙な感覚があった。目の前にいる数珠丸恒次からはたしかに同じ付喪神の“波”を感じている。紛れもなく本人だ。狂っている様子もなければ気が触れている様子もない。至って正気である。それもそのはず。その身に宿した神仏の加護は童子切に次いで多いはずだからだ。質ではなく、量。

 ならばなぜ、泰平の世に仇なす妖怪を放置しているのか。童子切には、とんと、まるで理解できなかった。だからこそ問い質す他にない。

 

「なにゆえに、そのようなことをした。ことと返事次第では、俺は貴様を斬らねばならん」

「……、困った御方だ。本当に」

 深く息を吐き出し、数珠丸が背を向けた。そして、その視線の先にあるものを指し示す。

 川原を挟んで、向こう岸にあるのは明るく照らされた現代の生活。

 

「ご覧いただけますか。あの光が。人々の営みが」

「ああ、無論だ」

「拙僧達の生まれた時代。先人達の築き上げた時代、その果てにある現代。今を生きる者達の様相を拙僧は見て学び申した。末法の世であった時代ではなくなったのであると」

 貧困にあえぎ苦しむ民草はおらず、夜の恐怖を紛らわせるように月も恥じる明かりが営みを照らす。物に溢れ、人に溢れ、笑顔に溢れ、誰もが夢を口に出来る今の世のなんと恵まれたことか。

 ――ならばなぜ、それほどまでに恵まれた世にあって尚も虐げられる者が生まれなければならぬのか。

 

「童子切安綱殿。お答えください――貴方は、何を為すために“顕現された(うまれた)”のか」

「俺は、鬼を斬るために。他にない。他にあろうはずがない。俺を必要とする時が来てしまったが故に俺は人の身を賜った」

「武を振るうのは。それは、貴方に()を与えたかつての武将のためですか?」

「…………ああ、そうだ」

 一瞬の沈黙。それが意味するところは童子切安綱が、その銘を送られる以前の記憶を快く思っていない裏返しだ。しかし、それを指摘することなく数珠丸恒次は振り返る。

 片手で合掌の略礼を示しながら。

 

「拙僧も同じことです。かつての仕手は、拙僧を刃として扱うことはありませんでした。世にそぐわぬ新たな教えを説き、あらゆる困難が続きました。ですが、それもまた時の運というものでしょう。時代が悪かったと言ってしまえばそれまでのことです」

 諸行無常の響きあり。人の身を得た今。思うこと――寺を出て、外の世界に触れて。己の思うこと、為すべきことを数珠丸は探した。

 短いひとときであったが、それでも朧気ながら為すべきことを見つけた。

 

「拙僧の為すべきこと。それは、かつての仕手に倣い、衆生済度を掲げたく」

「…………泰平の世にあっては当然のこと。乱れきった今の世であるならば尚更」

「――あやかしも、ことごとく。と仰ってもですか」

 童子切の手が、鯉口に掛けられる。一度は収めた太刀に手を伸ばしかけて、だが決して緩めずに視線だけで射抜く。

 その姿を見て、やはり数珠丸は悲観に暮れた。こうなることは、やはり当然のことだったのだ。

 

「童子切殿。何故ですか、何故それほどまでに貴方は妖怪を斬ろうとするのですか」

「――ならば貴様は何故、それほどまでに妖怪を救おうとする」

「今の世に人もあやかしもあるならば、同じく付喪神。妖怪である拙僧が救わねばならぬと」

「貴様が救おうと手を差し伸べる相手は、泰平を乱す鬼であっても! この俺の不倶戴天の敵であっても貴様は、手を差し出すか! 教えを説くか! 施しを与え、道を正せるとでも!?」

「然り! 同じ天を仰ぎ見る同胞であるならば!」

「貴様は、貴様は――……狂っているのか」

「否。これは拙僧の意思、拙僧が得た理念でありますれば」

「……数珠丸、貴様は気が触れたか」

「滅相もございません。あの“黒い月”なる狂気など、意に介しておりませぬ。伊達に袈裟を着ているわけではありません」

 童子切安綱は、歯を食い縛る。太刀を抜こうとした手を離し、拳を作っていた。

 その思想はわかる。その一念も理解できてしまう。万物を分け隔てなく救済すべきだという数珠丸の言葉に、何一つ非はない。その行いは正しいとさえ思う。だが――、だが、それではだめなのだ。それでは、救えないのだ。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ。後生だ、数珠丸。先の言葉、撤回できぬか……!」

「…………何故それほどまでに悩むのです。気に食わぬならば、拙僧を斬って捨てればそれだけのことで済むではありませんか」

「貴様の言葉を道理と認めてしまえば、俺は俺の言葉を裏切ることになる。信に背くことになる。それだけは出来ん、それだけは!」

「……なぜそのような在り方を選ばれてしまったのか、拙僧には理解に苦しみます。貴方はそのような生き方を選ぶべきではなかった。それほどまでに悩み、苦しむのであれば」

「――――」

 

 ――羨ましいと、思ってしまったのだ。

 

 ――その在り方が、心底羨ましいと。そう在りたいと望んでしまったのだ。

 

 ――化性の身でありながら、己の生き様を言葉ひとつで示した宿敵が。

 

 ――天下五剣筆頭格とまで箔をつけられた己が、為すべきこと。在るべき形は、あのような生き方なのだろう。

 

 武勇とは。何も己の手柄だけで語れるものではない。挙げた首級があってこそ、語り継がれ、誇れる誉れなのだ。

 だからこそ、童子切安綱はその在り方を選んだ。選んだが故に悩み、苦しんでいる。

 

「……貴様の言う通りだ、数珠丸恒次。これほど思い悩むのであれば、俺はこのような在り方を選ぶべき器ではなかったということ」

「――では」

「だが生憎と――、俺は貴様のように悟りの境地に到れるほどの徳を積んでもいないッ!」

 童子切安綱が、抜刀した。刀身は月明かりを浴び、その刃紋より火の粉が舞う。

 その火を絶やしたことなど、只の一度たりとて無い。千年前より注いできた鬼火だ。

 

「これを業と呼ぶならば、そんなものは腹に包んで焚べてやる。人の在り方など、生きる限り思い詰め、悩み続け、それでも尚、答えなど見つからぬものだ」

「……拙僧も、同じことです。しかし妖怪の身でありながら、それでも人に寄り添うことが正しいとは到底思えぬのです」

「だから、同じ妖怪に手を差し伸べると?」

「仏門とは、そうしたものですからなぁ……はっはっは! いやはや、生きにくいのはお互い様のようだ」

 破顔して、頭を叩く数珠丸が静かに向き合う。

 

「……拙僧を、斬りますか。童子切安綱殿」

「斬らねば通れぬ道ならば」

「然り! さすが、日ノ本最強の付喪神であらせられる! しかしながら、拙僧もまた掲げた在り方を曲げる気などありませぬ」

「――ならば、意地を通せ。数珠丸恒次」

「ええ、ええ――そのつもりであります。なにしろ、拙僧も“おのこ”ですからな」

 

 

 

 ――生まれた時代は違えども。掲げた思想は違えども。同じ日ノ本生まれ。そして、生きてきた。天下五剣と、人々に泊をつけられて。

 かたや、高名な仏僧の佩刀。数珠丸恒次。

 かたや、怪異退治の伝説。童子切安綱。

 なんの因果か、互いに掲げた思いはすれ違い、刃を振るう。数珠を鳴らして、呪符を手にして己の身体ひとつで渡り合う。

 

 月夜の下で、天下五剣が二振(ふたり)――鎬を削る。

 数珠丸恒次は、腰に佩いた刀を抜くことなく、徒手空拳にて童子切の刃を凌いでいた。身を焦がさんと迫る炎も呪符で打ち払い、鼻先を掠めても眉を微動だにしない。

 

「はっ! その胆力があれば貴様も良き武士であったろうに!」

「生前、主が受けた仕打ちに比べれば、この程度造作もありませぬ!」

 大柄な体躯を活かした当身。それに童子切は己の拳で応える。千年、只の一度も絶やすことなく焚べてきた鬼火も数珠丸は意に介さない。

 掌を返し、腕を引き込むと手にしていた数珠で童子切の左手首を縛り上げて念仏をひとつ唱える。雷に打たれたような衝撃に目が眩み、たたらを踏んだところへ体当てで地面に転がした。

 素早く身を起こした童子切が己の異変に気づいたのは、立ち上がろうとした瞬間のこと。

 

 “がくり”と自らの意思とは反して膝をついた。胸を締め上げられるような息苦しさに、だがどこか清々とした心地に包まれる。何事か、と目を凝らせば手首に巻きつけられた数珠が淡い光を放っていた。取り外そうと手を伸ばすが、これがまたビクともしない。まるで西遊記の緊箍児の如く手を捻らんばかりに締め上げていた。

 

「くッ……!」

「拙僧の身で得た力など、神仏より賜った法力程度。童子切殿のように誇れる武を持ち合わせはおりませぬ。大典太殿のように、誇れる剣術も無ければ、鬼丸殿のように清浄なる雷光もまた同じく。せいぜいが、悪しきものを祓う程度です」

 炎の勢いが衰えていく。燎原の火は見る影もなく、今は燻り出していた。

 千年、絶やさぬはずだった鬼火が消えていく。童子切の緋色の髪が褪せていき、徐々に黒く染め上がっていった。

 

「貴方の持つ鬼火は、怨念の火。鬼の怨嗟。それに囚われていては、無理ないことです。だからこそ、拙僧の法力を打ち破れんことも当然のこと」

「っ……」

「それ見たことか。童子切殿、貴方は鬼に囚われすぎている。その身も、心も。在り方でさえも! なぜそう在ろうとしてしまったのか、拙僧には理解に苦しみます!」

「黙、れぇ……!!」

 太刀を持つ手に力が入らず、童子切は歯を食い縛って手首の数珠を壊そうと力を込めるがその頬に数珠丸恒次の蹴りが叩き込まれて地に伏せる。

 

「何故にそのような重荷を背負ってしまったのか! 天下五剣筆頭格ともあろう御方が、なにゆえに! それほどまでに身を焦がすのか!」

「――黙れぇ、数珠丸恒次!」

 貴様に何がわかる。貴様に何がわかる、何もわからぬだろう。

 仏僧の腰巾着であった貴様に、俺のなにがわかるというのだ――!

 

「古今東西通して俺が日ノ本最強と誇るのならば! 俺が背負わねば、他に誰が気負うことができようか! 三日月宗近はもうおらん! 大典太も討たれ、今はどうだ! 貴様と、この俺と! 鬼丸しか残されておらんではないか! ならば聞こう、数珠丸恒次! 貴様、付喪神総大将として皆を率いて鬼へ立ち向かえるか!」

「無論、否で御座います! 拙僧はみなの上に立つ器に非ず。ましてや、同じ(ともがら)の妖怪へ立ち向かうなどと、とても」

「その鬼どもが、貴様の見逃した玉藻御前が、人を喰らうとして何故良しとする!」

「人も同じこと。命を食らう、それに感謝する。ゆえに食前に手を合わせる。それは妖怪とて同じこと」

 

 あの悪鬼と共に居た、今の世のおなご達を見た。

 誰もが、心和やかにさせてくれる笑顔を見せた。

 それを見て、今の世を良しとしたのだ。

 そのように、無邪気な笑顔を誰かに向けられる今の世を。

 ――だからこそ、許せぬ。赦すわけにはいかぬ。

 俺を呼び起こし、俺を求め、俺を遣わした変化大明神も。

 おなごを涙に昏れさせるあの悪鬼めも。

 ……ゆえに、斬らねばならぬ。押し通さねばならぬ、この道を。

 

「――それを、良しとするならばっ! 俺は、貴様を斬って捨てねばならんのだッ! 例え同じ天下五剣と評された、仲間(とも)であったとしても!」

 

 ――斬らねばならぬ、鬼がいる。

 ――行かねばならぬ、道がある。

 例えそこに、道がなかったのだとしても切り開かねばならぬ明日がある。

 今の日本に生きる者達のために、他ならぬこの俺が――!

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