【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二三幕 おねーちゃんの役割

 紗夜が夜の校舎に入り込み、階段に足をかけたその瞬間にエヌラスが羽丘女子学園の校舎を壊しながら吹き飛んでいく。それに足を止めそうになるが、今は日菜が心配だ。学校の修理費用とかそういったものは全部後回しにする。

 一階から二階へ、二階から三階へ駆け上がり、屋上への扉を開けた。

 

 日菜が目を凝らして星空を見上げていたが、紗夜が勢いに任せて開け放った扉へ振り返る。

 

「日菜──!」

「おねーちゃん、やっぱり来てくれたんだ!」

「はぁ……はぁ……あなたは、本当にいつもいつも……」

「ごめんなさい……」

 怒りを通り越して呆れる他にない。その手を取り、一刻も早く連れて帰ろうとする紗夜に、だが日菜は拒絶した。

 

「何をしているの、早くここを離れないと」

「ううん、だめ。あの二人からは逃げられないから何処にいっても変わんない」

「そもそも、こんな遅くに学園に何の用があって……」

「集合場所が此処だったから。今日はよく星が見えるね」

「……日菜、あなた何をしていたの? それに、あんな子供が邪神だなんて……」

「…………」

 信じられないのも無理はない。日菜だってそうだ。

 最初はただ、仲の良い双子だと思っていたから。

 仲良く笑って。仲良く手を繋いで。仲良く話していた二人の姿が、とても“るんっ”ときてしまった。度が過ぎるほど仲が良いくらいで。まるで一心同体みたいで──羨ましかったのかもしれない。いつか自分もそんな風になるのだと。だから仲良くする秘訣を知りたかった。

 だけど、それは叶わない。あの二人は最初から“一人”だった。

 二人で一人、一人で二人の二人三脚。何処にでも行ける脚を持って、何処にでも辿り着ける速さを生まれ持って全てを振り払ってこの国に来た。

 そして今は。星を落とそうと画策している邪神、ティオとティア。

 

 紗夜に、今話してしまおうかと考える。だがあの二人は決して誰にも話すなと言っていた。もしも口にすれば、どんな“お仕置き”が待っているのかは想像もつかない。

 けたたましい笑い声をあげながら、ティアがエヌラスに迫る。凄まじい速度で三次元機動を描いて刃をすり抜けては蹴撃を繰り返していた。空中を跳ねて、飛び回り、立ち止まってはフェイントを仕掛けて強烈な一発を叩き入れる。それを防御してはいるようだが目に見えて疲労していた。

 

「エヌラスさんの計算って、あの二人を倒すためにやってたのかな? だとしたら、どんな魔術を使うんだろ……」

 速すぎる。辛うじて残像が見える程度だ。音速を越えていれば衝撃波のひとつ起きそうなものだがそれがない。そうなると物理的な加速だけではないのかもしれない、そう日菜は仮定した。

 

「そんなことを気にしている場合?」

「あたしは興味あるかな。それにね、おねーちゃん……あれから逃げられる人類なんて、きっといないよ」

「…………」

 子供ながらに、その身に宿した神気と瘴気は折り紙付きだ。むしろ子供の姿だからこそか。

 ただ速くありたいが為に、その姿をとった。自らの脚以外は全ていらないのだと。

 銀の右脚が光り輝いて横薙ぎに払う。暴風が吹き荒び、校舎が揺れる。一階の窓ガラスがことごとく粉砕された。その衝撃を堪えていたエヌラス目掛けて、スタートを切った瞬間には再び蹴り飛ばされて校舎を突き破り、校庭に身体を投げ出している。

 勝負ですら無い、ただのなぶり殺しだ。とても見ていられない。

 ただの魔術師。なにがオカルトハンターだ。手も足も出ない状況に紗夜が目を背ける。

 

「おねーちゃん……あたしね。あの子達に、誘われたんだ。一緒に来ないかって。見所があるから、面白いからって」

「日菜……?」

「すっごく。るんって来た。きっと全人類がこの先辿り着くことがない世界があるんだって。この宇宙の外側にだって、未来にだって。過去にも行ける脚を持ってるって。あたし、行ってみたいって思ったの。でも、なんでだろ? あたしだけでいいのかな、って思ったらあんまりるんって来なくなっちゃったんだ。それってきっと、おねーちゃんが居ないからだと思ったの」

「…………」

「……だから。だから、おねーちゃんも一緒に来て──くれる?」

 日菜が不安に耐えながら、声に出す。大好きなおねーちゃんが一緒に来てくれるなら、きっと何処に行っても怖くない。何だってしてあげられる。あの二人を謀ることだって──紗夜は腕を組んだまま、目を合わせずになにも言わなかった。

 ただ静かに、目を伏せている。物憂げに、悲観にくれる。

 

「行かないわ」

「────」

 明確な拒絶、拒否。氷川紗夜は、氷川日菜の言葉を一言で全て否定した。

 一緒には行かない。一緒に行けない。一人で行ってくれ、と。そう断言していた。

 突き放されて、見放された。そう思うだけで日菜の胸からこみ上げてくるものがあった──。

 

「ねぇ、日菜。あなたは行きたいの? この宇宙の外側に。ここじゃない別な世界に」

「おねーちゃんは、興味ない? 見てみたくないの?」

「……興味があるのは確かよ」

「なら──」

「だけど、行かないわ。ごめんなさい、日菜。行くのなら、あなただけでいいわ」

「…………おねーちゃん」

「……パスパレのみんなには、なんて言うつもり? 神様の友達になったから宇宙の外側に行ってきます、とでも? 海外旅行とはわけが違うんでしょう。行ったら最後、帰ってこれないかもしれない」

「でも、だって……!」

 この宇宙はもう、ダメかもしれない。自分のせいで。星が落ちてきて、地球が壊れてしまう。みんなみんな消えてなくなっちゃうかもしれないのに。

 

「あたしのせいで──!」

「私は、裏切れないわ。『Roselia』も、ギターを続けると決めた自分も。負けたくないもの」

「だって、この宇宙が無くなっちゃうかもしれないんだよ!」

「そうだとしても。最後まで弾いていたいわ。私、あなたに怒られたじゃない」

 やめてしまおうかと考えた時、本気で怒られた。今でもたまに思い出す。だから、というわけではない。やめてしまう言い訳を探すのは、もうやめにしようと思った。

 過去の自分は裏切れない。決めた時はそれが正しいと思ったのだから。自分の正義に押し潰されてどうする。

 紗夜は手を差し出した。まるでそれが最後のお別れだと言うように。

 

「…………ねぇ、日菜?」

 優しく声を掛けられて、呆然と立ち尽くす日菜はじっと手を見つめている。

 

「多分……いえ、きっと。あなたのいない家は、寂しいわ。あなたがいなくなってしまった生活はとても静かで、暗くて、耐えられないかもしれない。あなたの「おかえり」と「ただいま」が聞けないのは、自分の胸に穴が空いたように。物足りないのでしょうね」

「────」

「あなたの代わりなんて、誰もいないのよ。それなのに、私を置いて、またどこか遠くへ行ってしまうのなら……せめて」

 せめて──最後に。

 これが最後になんてしたくない。だけど、見向きもしなかった時間を取り戻すにはあまりに遅すぎて、あまりに短すぎた。もっと向き合う時間が欲しい。もっとそばにいてほしい。

 どれだけ遠ざかっても忘れないように──せめて。

 

「……最後に、手を繋いでくれる? “おねーちゃん”からの、お願いよ。日菜」

「────……、ううん。ううん、そんなことしなくていいよ。あたしも、おねーちゃんと離れ離れなんて嫌。だから最後なんて言わないで」

 しっかりと手を繋ぐ。お互いの温もりを握り、離さないように。

 もしも今夜。宇宙が崩壊するとしても、繋いだ手だけは離したくない。

 

「──あれ、まだ終わってなかったんだ?」

 

 それは、冷水のように二人に浴びせられた。

 声のした方向へ振り返ると、ティオが宙に浮かんでいる。腰に手を当てて、まだ遊んでいるティアを見て肩をすくめていた。

 

「もー、しょうがないなぁティアは。遊びすぎなんだから」

「あなたは……」

「ん? ウチはティオ。ま、別にどうでもいいんだけどさ。おねーさんはヒナおねーさんのおねーさん? ふ~ん……そっくりだけど、似てないね」

 まるで足場から飛び降りるように空中から二人の前に着地すると、ティオはまじまじと紗夜を見つめる。観察、あるいは値踏みしていたが、その目が好奇心にそそられることはなかった。

 

「あんまり()()()とこないね。まーいいや。どっちでも。仕上げはティアに任せて、ウチも少し遊んでこようかな」

「……あなたみたいな子供が、悪い神様とは些か信じられません」

「そういうものだよ。これが一番動きやすくて、わかりやすいでしょ? 人間には」

「あなた達は、何が目的でこんなことを」

「別に、なんも? 面白そうだったから。それだけ。人類なんてどうでもいいよ。ウチらは裏切り者で追われる身。この星も飽きちゃったから、外に逃げ出すついでに有効利用しようって話。それで思わぬ拾い物だったヒナおねーさんも連れて行こうかな~って。面白いもん」

 自らの頬に手を当てて、ティオは笑う。子供のように無邪気に笑うティアと違い、目を細めて静かに笑っていた。

 

「日菜は、あなた達に渡しませんよ」

「ん、そう。じゃあどうするの? たかが人間に、何かできるわけでもないでしょ?」

「……っ」

「だから別に、いてもいなくてもいいってこと。じゃ、ウチは交代してこよっかな」

 銀の左脚を鳴らして、宙返りから舞うように飛び立つ。その姿を追って校庭を見れば、まだエヌラスがティオの蹴りを凌いでいた。防戦一方だったところへさらにティアが合流して、今度こそ防御する暇もなく地面を転がっている。

 ハイタッチした二人が手を繋ぎ、すぐに離した。そして再び銀の流星が夜空を駆け上がる。

 

 

 

 身体を伸ばして準備体操を始めるティオは、倒れているエヌラスが立ち上がるのを待つ。

 

「あーあ、ティアってば遊びすぎ。もうちょっと手加減抜きで蹴り飛ばしてもどうせ死なないんだから腕の一本くらい折っていけばいいのに」

「頑丈なのが取り柄でな……」

「そうみたいだね。でもウチはティアと違って厳しいよ?」

「世間様の風当たりに比べりゃ屁でもねぇ」

 軽口を叩くだけの余裕はまだあるのか、倭刀を手にしたまま立ち上がる。それを見てから、左脚の爪先で地面を叩く。一回、二回と。

 

「星辰の調整はしてきたから、後はティアが繋いで結ぶだけ。そうしたら、日付が変わるまで待てばいい。どうせ人類には止められないんだし? 今頃世界中大騒ぎかもね」

「今更だろうが。テメェ等が三ヶ月も世界中飛び回ったせいで、あちこち怪現象起きたんだぞ」

「最初はこの国に来たんだよ? でもあんまりにも平和で狭っ苦しくて飽きちゃった。飛び回ったはいいものの、どこも似たようなものでつまらなかった。少しくらい面白くなればいいなーって思って。ま、結局人類なんて見ててつまらなかったんだけど──ヒナおねーさん以外は」

「テメェ等本当に日菜が好きだな」

「うん、大好きだよ。多分一目惚れみたいなものだと思う。だから貰っていくし、連れて行くつもりだから。そのつもりで死んでくれていいよ、のろまのおにーさん」

 三回──トン、と音が耳に届くよりも先にティオはエヌラスの眼前に迫っていた。空中で回し蹴りを三段、踵落としからの水面蹴り。そこまでの動作を一切の減速無しで見舞うのは人間業ではないし、事実人間ではない。だが魔術でもなかった。それは、純粋に神体能力として。継ぎ接ぎだらけの身体で補強された結果として手に入れた強度を振るう。

 ティアは直線的な異常な速度で翻弄してきたが、ティオは違った。あくまでも緩やかに、曲線を描く。軽やかに舞う足取りに、羽が踊るような重力を感じさせない立ち回りでエヌラスの凶刃のことごとくを避けていた。

 一閃。太刀筋を避けて、宙返りをするティオに向けて踏み込みながら握りを返す。

 逆刃に構えた刃を振り上げるが、掌で宙を叩いて魔力を使った推進力を利用してあっさり避けられた。脚はあくまでも武器だ、手を使って姿勢を制御すればどんな無茶な体勢からでも難なく加速できる。問題は、そんなことをするまでもなくエヌラスの攻撃は避けられるということだが。

 

「ねー、おにーさん。もうそろそろ飽きてきたから、いい?」

「ダメだと言ったら?」

「んー、どーしよっかな? どうしてほしい? 待ってあげよっか、あははは」

 ティオはケラケラと無邪気に笑う。

 整息をしながら身体の損害を確認し、自己再生に魔力を割く。治癒、ではなく再生。痛みが和らぐわけでもない、壊れた身体を元に戻す。折れた骨を叩いて直す。破れた血管を繋いで直す。身体の内側から響く生理的嫌悪感すら覚える音と喉までこみ上げてくる熱に咳き込む。再生した際に不純物として流された壊れた細胞を吐血して、口元を拭う。

 痛みが残っているのに、身体の調子が戻るというのは筋肉痛に似ている。

 極限環境でも耐えられる強度を誇るサイバネコートの防御力のおかげで直接的な身体の損害は抑えられているが、それでどうにかなる相手ではない。

 

「ところでさ、おにーさん。これだけ大騒ぎしてるのに、どーして人間は誰も気づかないんだろうね? さっきウチが宇宙に向かった時も誰か見ててもおかしくないのに」

「テメェが瘴気垂れ流しにしてるせいだろうが」

「それにね。どうしておにーさんの魔力探知に引っ掛からないと思う? なんでウチらは感知されないと思う? そういうやつを取り込んだのもあるけどさ、どうやってると思う?」

「…………」

「その気になればおにーさんの前から姿を消すことだってできるよ」

 こんな風に、と指を鳴らしたティオの姿が夜闇に溶ける。だが、あくまでも目視できないだけであって存在感は確かにあった。

 わかりやすい殺気に、エヌラスが首の後ろへ倭刀を回すと甲高い金属音と共に弾ける。

 

「てっめ……!」

「あっはははは! うん、こんな風にしてきたからね! そりゃあおにーさんは気づくはずもないか! “イブン・ガズイ”を取り込んでるから逆もまた然り。不可視の存在を見ることも出来るしウチらは姿を消せる。これほどぴったりなのもないでしょ」

 再び地面を銀脚で叩いたティオの姿がかき消えた。今度は純粋な加速でエヌラスの死角から迫るが──刃が空を切るそこに、やはり姿はなく。

 代わりに、頬に柔らかな感触が押し当てられる。

 

「──ふふ、あはは。あっははははは! のーろまっ。そんなんじゃ何万光年先でも追いつけないし辿り着かないよ、おにーさん♪」

「……ひとついいこと教えてやる」

「ん、なに?」

()()()()()()()

 そんなことは関係ない。

 今、この瞬間もエヌラスは演算を続けていた。最初から答えは出ている、だがこの計算を終わらせるための要素がまだ足りない。それは命懸けになるだろうが、さほど問題ではなかった。

 問題は、氷川紗夜と氷川日菜の安全だけだ。

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