「あれ、童子切さん髪の毛染めたんですか? 真っ黒になってますけど」
「地毛だ」
「でも昨日は髪の毛真っ赤になってませんでした?」
「地毛だ」
「そういうの、童子切さんみたいな人に流行ってたりします?」
「俺の居た時代ではお歯黒とか流行ったがな」
「何年前だよ!?」
「ざっと千年」
ついうっかり、いつもの調子で有咲が突っ込んでしまったが童子切はそれを苦もなくスルーした。香澄は先を歩く童子切の半歩後ろからついてきている。その袖を引いた有咲が耳打ちした。
(ばっか、香澄! お前あの人アレだぞ、妖怪なんだぞ!? っていうか昨日の出来事もう忘れてんのか!)
(えー、でも悪い人じゃないって! 髪が黒いとエヌラスさんに似てるよね)
オカルトハンターの顔を思い浮かべた有咲だったが、どうしても昨日殴り合いをしていた姿しか思い出せない。
「似てねーと思う」
「そうかなぁ……雰囲気とか!」
「似て……ねーと思う」
帯刀した和服姿の男性が歩いているというのに、すれ違うハナジョの生徒達は何事もなく挨拶を交わしていく。多分それも全部エヌラスとかいうオカルトハンターのせいだ。
やれ、ねこあつめのおにーさんだの。問題児の巣窟である天文部顧問だの。果ては映画撮影で殺陣の練習をしたスタントマンだの、霊能学講師、etc……一人の人間に付与されるべき肩書の数が多すぎる。が、全部真実であるのがたちが悪い。
結局、商店街の方まで童子切がついてきてしまった。沙綾とりみとも合流して、やはり二人とも童子切の髪が黒くなっていることに驚いている。
「お、おはようございます。童子切さん……」
「おう。今日も良い日和だな」
「……髪の毛、どうしたんです?」
「俺が知るか」
バッサリと一言で会話を切られた。
「っていうか刀持ち歩いていることに誰も疑問ねーのかよ」
有咲の言葉に、香澄を筆頭にして沙綾もりみも首を傾げる。「え、なんで?」とでも言いたげに。
本当に大丈夫だろうか現代日本。銃刀法違反が機能していない。というかそもそも大手を振って白昼堂々と歩いているのが天下五剣の付喪神とは誰も思わないだろう。ちょっと本格的にコスプレしてるだけの人に思われているに違いない。そうでなければ、すれ違う人々が元気に朝の挨拶運動なんかするはずがないのだから。
艶のある黒髪になっているだけに余計馴染んでしまっているもなにもくそも日本生まれ日本育ちの付喪神なのだが。
「で、でも童子切さんどうしたんですか? 朝から商店街の方にまで……」
「たまたま近くで足を休めていただけだ。もののついでにな」
「なにかあったんですか?」
沙綾の質問に童子切は正直に答えた。だが立ち話をしていて遅刻しても悪い、いつもより少しだけゆっくりとした歩みで歩きながら事情を話す。しかし、その内容は有咲の時よりも中身をぼかしていた。
「――とまぁ、そういう事情だ。数珠丸恒次のやつとは意見が分かれてな、このとおりだ」
右腰に帯びた太刀の柄頭に手を置いて、童子切はため息をつく。
「まぁ、そんなことはどうでもよい。お前たちには関係のない話だ、忘れよ」
「わかりました! ところで童子切さん、ものは相談なんですけれどいいですか?」
「聞こう」
「はい。エヌラスさんって何をしてあげれば喜ぶと思いますか? こういうのってやっぱり同じ男の人に聞いた方がいいかと思って」
また突っぱねられるだろうな、と誰もが思ったが意外にも相手は顎に手を当てて悩むような素振りを見せていた。
「
「しとね? って、なんですか」
「布団だ」
「添い寝じゃねーか!」
有咲、朝から絶好調。
童子切の言葉に、一瞬遅れてから香澄が耳まで真っ赤にしていた。
「別になんら不思議なことではないだろうが。証拠に、あいつはほれ。弦巻家の娘にしがみつかれて一度も振りほどいていなかった」
「……言われてみればそうですね! で、でも。いやぁ……一緒に寝るのはちょっと……」
「他になにかありませんか?」
沙綾からの助け舟に、童子切が腕を組んで悩み始める。
「そうは言われてもな。俺とて戦くらいしか取り柄がない手前、他と言われてもな……」
「でも、ちゃんと悩んでくれるんですね」
「ただ気を紛らわせたいだけだ。あの馬鹿のことなのが腹立たしいが」
「あ、おたえだ! おーたえー!」
香澄がたえに駆け寄り、ポピパ勢揃いとなった。経緯を説明するとすんなり理解した挙げ句あっという間に溶け込む。
「童子切さん、おはようございます」
「おう。健康そうで何よりだ」
「おたえと前から知り合ってたりします?」
「朝のジョギングしてると見かけたから」
「俺が悪霊退治を終えた後に何度か見かけた」
「いやそうならそうと言えっての!?」
「? だって聞かれなかったから」
マイペースここに極まれり。
「今日は猫ちゃん少ないですね」
「そうか?」
「おたえに言われてみれば確かにそうかも。ちょっと前はあんなに大量にいたのに」
「やっぱりねこあつめのおにーさんが居ないからじゃないかな。結構現金だってエヌラスさん言ってたし」
「アイツは化け猫の首領か何かか?」
「エヌラスさん猫耳とか似合いそう」
「ぜってー嫌がると思う」
ちょっと見てみたい気もするが、絶対嫌がるのは容易に想像できた。想像してみるが……猫というより、凶犬。尻尾振ってる姿とか考えられなかった。
有咲の顔をたえが覗き込むと、驚いて童子切にぶつかる。
「ぉひゃあ!? な、なんだおたえ!」
「有咲、なんかやらしいこと考えてた顔してたから」
「えっちなこと考えてたの!?」
「んなわけあるか! って、そうだ。ごめんなさい……」
「別にかまわん。お前らいつもこんな調子で賑やかなのか」
それに元気よく応える香澄に続いて、沙綾達が頷いた。ぶつかったことについては特に気にしていないらしく、有咲が胸を撫で下ろす。
どうにも、元気にエヌラスと殴り合っていた姿と似ても似つかない。本当に同一人物であるかどうかも疑わしいほどだ。まるで、そう。憑き物が落ちたといった具合に。
「そうだ。尋ねたいことを思い出した。このあたりで人の集まる場所を知らないか。お前たちの学び舎以外に」
「ハナジョと、羽丘以外に? ん~、それだとショッピングモールとか」
「駅前とかも結構人通り戻ってきたよね」
「ふむ……なるほど」
エヌラスとクァチル・ウタウスとの死闘によって破壊された諸々の施設の解体や再建で忙しいが臨時バスなどの運行によってある程度は戻ってきている。あれほどの異常事態を目の当たりにしても職務に打ち込む様は流石仕事の国ニッポン。ましてや、残り十日で人類滅亡の危機が迫っているなどとは誰も考えていないだろう。
「どうかしたんですか?」
「人の集まる建物であればそれだけ守るのが容易になるからな。こちらで数珠丸の力を借りて法力による結界を張っておいた方が良さそうだ。どうにも、西の方から嫌な気配が近づいてきているようだからな。俺が足を運んで見に行くわけにもいかん」
「ちょっと待っててください。そういうことなら……」
りみがスマホで西日本の情報を検索すると、真っ先に天気予報が出てきた。
西から東に向けて雷雨が移動中との予報に空を見上げる。こんなにも空が晴れているのに、雨の予報が出ていた。折りたたみ傘を持ってきていないと嘆く香澄に、全員が同意する。
その雲の動きもまた奇妙なものだった。まるで雨雲の塊がそのまままるっと移動しているような軌跡に画面を覗き込んだ童子切が眉を寄せる。
「……急いだほうが良さそうだな。“しょっぴんぐもーる”はどっちだ」
「あっちの方です」
「成る程。駅前は以前暴れたことがあるからわかる。少しばかり敷居を跨ぐぞ」
「ど、どこのです……?」
「決まっておるだろうが、お前らの学び舎と、もう片方の学び舎だ。数珠丸、龍脈の位置は感じ取れるか。四の五のほざくな、時間が惜しい」
柄頭に手を置いて言葉を交わし、それからすぐに童子切安綱は駆け出した。
呆気にとられる香澄達を置き去りにして、有咲が「あー……」と。この後に起こるであろう騒動に頭を振った。
「今度は何が起きんだよ……」
――花咲川女子学園の敷地を堂々と跨ぎながら童子切は、左手で剣指を立てると念仏を一つ唱える。左手首に巻いたままの数珠が淡く輝き、その手に呪符が握られた。手を振れば、それが無数に数を増やす。宙に撒くと、それはひとりでに飛び回り学園の敷地を囲う形で落ち着いた。
当然、それを目撃した氷川紗夜が一度は呆れたが童子切に向けてずんずんと歩を詰めていく。
「いきなり学園の敷地で何をしているんですか貴方は!?」
「やかましいっ!」
一喝するなり、背を向けたと思った次の瞬間には羽丘女子学園に向けて駆け出していた。学園の塀を軽々と飛び越えながら。
次々と聞こえてくる悲鳴に、嘆息する。
「どうしてこう、怪異狩りをする方は常識が通用しないのでしょうか……」
――羽丘女子学園に到着した童子切が眉を寄せた。この学園の龍脈に違和感を覚えたからだ。ほつれている、というのが正しい。それを感知できるようになったのも数珠丸の法力によるもの。
「あ、童子切さんだ」
「ひゃわぁ!?」
校門前で朝の挨拶運動をしていた氷川日菜と羽沢つぐみがすぐに気づき、声を掛けるが童子切は地面に手を当てていた。
「おい。ここで何があった。龍脈が乱れている。なにか良からぬことでもあったか」
「最近は特になにも……ですよね、日菜先輩」
「んーーー……ちょっと前に学園でエヌラスさんが暴れたってことくらいかな」
不機嫌さを隠しもしない童子切がこめかみを押さえる。
「あの男は森羅万象を敵に回すつもりか……まぁいい、少しばかり邪魔するぞ。すぐに済む」
「なにするの?」
「結界を張る。気休め程度かもしれんが、備えに越したことはない」
花咲川女子学園でやったのと同様に、学園の敷地に呪符をばら撒く。そのついでに、印を結んでから地面に手を当てる。龍脈のほつれも整えてから、童子切は手の土埃を落とした。
「あとは駅前と“ショッピングモール”か。この他に人の多い場所は」
「他? んー、月ノ森女子学園かなぁ」
「どっちだ」
「あっち。でっかい学園だからすぐわかると思うよ」
「助かる、ではな!」
駆け出す童子切の背中を見送ってから、日菜は気を取り直して朝の挨拶運動に戻る。
「童子切さん、なんだか焦ってた様子でしたけど……」
「ん? 数珠丸さんを下げてたから、多分あたしの予感だと妖怪が来てるんじゃないかな。でもあの人の逸話からすると、大妖怪とかなのかなー」
「日菜先輩、笑ってる場合じゃないんじゃ……」
「だいじょーぶっ。童子切さんがダメでも、エヌラスさんなら絶対助けに来てくれるって信じてるもん。……あ、でも今日一日は安静にしてなきゃいけないって言ってたっけ」
「本当に大丈夫ですか……?」
――月ノ森女子学園で一騒動、後に駅前までひとっ走り。それから更にショッピングモールでも同様に結界の用意を済ませた童子切安綱だったが、さすがに人目につく格好だからか注目を集めていた。しかし、我関せず焉の態度を貫く姿を止めようという人間は居合わせていない。
情報通り、往来の多い場所は結界を張っておいた。あとは数珠丸の力を借りてどれだけ結界の範囲を広げられるか。強度も併せて、どれほどの時間を要するか。とかく、時間が惜しい。
龍脈の流れに合わせて童子切が近隣のエリアに結界の用意をしていると、やがて湿った風が吹いた。
空を見上げれば、雷雨が迫っている。
分厚い黒い雲に唸るような雷鳴。それは遥か遠方にあったが、それでも童子切安綱には確信めいたものがあった。
鬼が来る――と。