【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二二七幕 三馬鹿ちぐはぐ連合軍

 

 迫る玉藻御前の蹴撃を篭手で受け止め、鵺の電撃と爪を太刀で捌きながら童子切安綱が後ろへ下がる。羽交い締めにしようとする鬼を逆に片腕で掴み上げて地に叩き伏せるなり足蹴にして胸を踏み抜く。嫌な音と感触を残して黒い霧となって消えていく様に、玉藻御前は鼻で笑った。

 やはり自分達はまともな妖怪ではないのだと。だがそれがどうしたというのか。頭の中にある記憶を辿れば、忌々しい源氏の武士共に追われたことばかり思い出す。ああ憎らしい、腸が煮えくり返る思いだ。

 玉藻御前は狐火を目眩ましに用い、童子切を蹴飛ばす。後退りながらも堪えていた姿に鵺が飛びかかり、丸太のように太い前腕で殴れば大通りを転がっていく。しかし、即座に受け身を取って体勢を持ち直すなり鬼を小石のように吹き飛ばしていた。

 

「ちっ……!」

「かかかっ! どうした源氏の重宝! 結界が気がかりか!」

 後方で腕を組みながら傍観している酒吞童子の傍らにいた鬼一法眼は既に学園へ侵入を果たしている。だが、妙な気配に眉をひそめたのは玉藻御前も同様だった。

 酒吞童子も気づいたのか、童子切に目を向けている。

 

「……なんだ、この気配? 童子切安綱。貴様の他にまだ仲間がいたか?」

「仲間? はっ、馬鹿言うな。コイツ等以外におるものか」

「そうか。それもそうだ。いや妙な話だったな。無礼を許せ、()()?」

「――――誰が貴様なんぞと!」

 よそ見をしていた童子切に玉藻御前と鵺が再び襲いかかる。だが――、遥か遠方より接近してくる獣の咆哮に距離を置いた。

 鵺が身体を深く沈ませて威嚇している。玉藻御前も人の耳に手を添えて澄ませていた。

 花咲川女子学園方面より、一台の車両が鬼を轢殺しながら迫ってくる。恐ろしい速度だ。法定速度も糞もない。それどころかアクセルを全開にしてブレーキなど踏む気配がなかった。

 飛びかかる鵺に対し、人影が飛び出したかと思った次の瞬間。短く悲鳴を挙げて鵺の巨体が蹴り飛ばされていた。その毛並みに紫電が奔っている。身体を身震いさせて振り払うと、怒りを露わにして吠え立てていた。

 童子切安綱の背後で横滑りしながら停車したのは、漆黒の巨大なフルカウルバイク。その座席は無人だったが、道路に着地した人影であることは明白だった。

 

 上半身を包帯で覆ったままの男は、隻眼で童子切を睨みつけている。

 

「コイツは一体全体どういうことだ? なんでまた妖怪共が列挙してんだ童子切テメェこら。まだ完全に魔術回路安定してねぇって言ってんだろうが、っつうか街のど真ん中で白昼堂々と暴れるんじゃねぇよ馬鹿かテメェはふざけんなよ!? 何をどうしたらこんな状況になんだよ! っていうかテメェ戻ってこいよ! さっきまで爆睡こいてて朝飯食いそびれた挙げ句昼前だから飯食ってねぇんだぞ俺! 邪魔ぁ!!!!」

 バゴォン!!!!

 にじり寄っていた鬼の一匹がぶん殴られてアスファルトを陥没させながら沈んだ。

 

「あそこの不細工な粘土細工みてーな顔した獣はなんだ? 妖怪か? そっちの不釣り合いに美人な女も妖怪か? んであの後ろで偉そうにふんぞり返ってんのは誰だ妖怪かよーしわかった全員まとめて俺の敵だな!!! ぶっ殺す!!!」

「…………」

 まくし立ててキレ散らかしている男の登場に、酒吞童子が冷ややかな視線を童子切に向ける。玉藻御前も頭を掻いている。

 

「……童子切、そいつはお前の仲間か?」

「そんなわけがあるか。こんな馬鹿と肩を並べて歩けるか、恥ずかしい」

「誰が馬鹿だテメェおらぁっ!」

 ノーモーションで童子切の頭に思い切り拳骨を叩き込むと、倒れそうになるのを堪えていた。だが、頭蓋が割れるような痛みを訴えている。こめかみに青筋を浮かばせながら童子切が太刀を振るうと素早く白刃取りで止めていた。

 

「な・に・を、しやがるか貴様ぁ!!! 来るのが遅い、出てきたかと思えば好き放題言いたい放題ほざきおって!! もうよい、即刻この場で首を刎ね飛ばしてやるわ往生しろ!!」

「はははそりゃ結構なことだテメェこら! こちとら寝起きの頭に酒とクスリキメてちょっとイカレポンチなことになってんだよ! 誰のせいだと思ってんだテメェ! こんなところで同類哀れみの令ではしゃぎ倒してっからだろうが!!!」

 喧々囂々、非難轟々、罵詈雑言。口八丁手八丁、丁々発止。大妖怪連合など完全に無視して二人が互いに指を突きつけながらツバを飛ばして責任をなすりつけあっている。

 酒吞童子が静かに顎で鬼達に指示を飛ばし、包囲していた者共を一斉に差し向けた。

 

「「取り込み中だ失せろぉ!!!」」

 だが、瞬く間に太刀と倭刀が一閃して炎と紫電を奔らせながら消滅させる。

 少なくとも、只者ではない。ただのバカにも思えるが、酒吞童子はその男に興味を示した。

 

「成る程。腕に覚えがある馬鹿のようだな」

「うるせぇぞカッパ野郎、誰だよテメェは。黙ってろ、死ね」

「……名を聞いておこうか?」

「馬鹿に名乗る名前はねぇよ馬鹿が、死ね!!! テメェが名乗れタコ!!!!」

「――――」

 隣の童子切安綱が笑いを必死に堪えている。玉藻御前は吹き出したかと思えば腹を抱えて膝を叩き、顔を覆いながら抱腹絶倒していた。酒吞童子は頬を引きつらせながら、なんとか平静を保っている。

 鵺だけは、漆黒のモンスターマシンと睨み合っていた。

 

「頭数で言えば二人と一匹。雑魚は数えるだけ無駄、童子切。テメェの相手はどれだ」

「あそこのカッパだ」

「おうそうか。ところでカッパってハゲてんじゃねぇの?」

「ぶふっ! ……、コホン。他は任せてよいのだな?」

「任せろ。俺より先にぶっ殺してなかったらテメェごとたたっ斬るからな。ハンティングホラー、テメェはあの不細工なキメラだ。たまには思い切り暴れてこい。っていうかちょっと待て。それだと消去法で俺の相手はあの姉ちゃんじゃねぇか。ふざけんなちくしょう!」

 

「かっかっかっ! 良いではないか良いではないか! おうい、酒吞! わらわはあの馬鹿が気に入った。わらわの獲物はアレで良いな?」

「好きにしろ、あんな馬鹿は八つ裂きにしてこいっ」

「重畳、重畳。場所を移そう! ここで巻き込まれてはひとたまりもないからの!」

「散々人様に迷惑かけておきながら言えた義理か! っていうかテメェも馬鹿っつったな! 覚えとけボッコボコにしてやる!!!」

 ハンティングホラーは大型自動二輪の状態から水銀のように身体を変化させていく。顔のない漆黒の猟犬――『化身(アヴァタール)猟犬(ティンダロス)』形態となって鵺と共に空を駆けて遠ざかった。

 乱入してきた相手も玉藻御前と共にその場から離れる。

 

 ――そうして、残されたのは指折り数えられる程度の鬼達。

 その首領である酒吞童子と、童子切安綱が睨み合っていた。

 

「……なにがおかしい」

「いいや、なにも!」

 ほんの僅かにでも、大妖怪連合を前に臆しそうになった自分が恥ずかしい。あんな馬鹿がいては尻込みしている暇などあるはずもない。

 ――あれを斬るのは、この因縁を断ち切ってからだ。

 

 

 

 ――羽丘女子学園を襲撃しようと現れた烏天狗達の前に現れたのは、他ならぬ二代目賢人バルザイ。傍らのロシアンブルーキャットは最初こそ息巻いていたが、能面のように眉一つ動かさない修験者達に尻込みしつつあった。

 自分達を阻むかのように現れた少年を目の前にして、鬼一法眼はただ静かに錫杖を鳴らす。それを合図に、数十の烏天狗達は羽を大きく広げて跳躍する。

 腰に帯びた刀を抜き、四方より二代目賢人バルザイを狙う。だが、ロシアンブルーキャットの首根っこを掴んで茂みに投げながら横っ飛びに避けると右手に持った偃月刀を放り投げる。

 回転しながらも数を増やした偃月刀から逃れようと飛び上がる烏天狗たちだが、それを指の動きだけで制御すると追従させて翼を断ち切っていく。次いで、偃月刀の多重遠隔鍛造による鍵の檻によって今度は烏天狗達が四方より囲まれる形となって裁断されていった。

 十数匹が瞬く間に霧散し、消え失せていく。それを静観していた鬼一法眼は低く唸った。

 

「……腕ヤ、良し……名もナキ、もののふよ……」

 一瞬、自分達が出るかと目配せしてきた近衛天狗達を片羽で制して、鬼一法眼が一歩前に出る。錫杖で地を叩き、鳴らしてから構えた。

 天狗の面頬にヒビが入り、その下から露わになるのは鴉の顔。だが、その額に浮かび上がるは第三の眼。“燃える三眼”の大天狗が二代目賢人バルザイへ殺気を飛ばした。

 瘴気を孕んだ衝撃となって駆ける風を、偃月刀を地に突き立てた防御陣で羽丘女子学園の校舎を守る。ビリビリと震える窓ガラスに生徒たちの間から小さく悲鳴が挙がった。

 

「相手ニ、とって不足なし……鞍馬山僧正坊、鬼一法眼ガ……お相手仕ル……!」

「――――」

 低く身を沈めて、水平に構えた錫杖。長槍であれば、一撃で相手を刺し貫く戦法であるのは明らか。必殺の構えに、しかし“魔術師”である二代目賢人バルザイは遠方より剣指を立てて多重遠隔鍛造によって偃月刀を殺到させる。

 だが――鬼一法眼の体捌きはそれよりも僅かに速かった。元が妖怪だけに、人の術理より乖離した己の肉体を活かした殺法。黒羽根を大きく一度羽ばたかせて飛び上がり、最低限の攻撃を錫杖で打ち払うと一瞬だけ滞空、のちに全身を使って彼我の距離を詰めてきた。

 

「ッ――!」

 突き出される錫杖が地面を穿つ。ひび割れ、捲き上げられる瓦礫に二代目賢人バルザイは偃月刀を両手に鍛造して構える。

 小柄な体躯を活かした素早い連撃を、しかし、鬼一法眼は難なく錫杖一本で捌き切っていた。眼を凝らせば、その柄にはびっしりと呪符が巻かれている。

 

「喝ッ!」

 左手に略式数珠を携えて、放つ神通力による衝撃波に一瞬だが動きを止められた。その隙を逃さず最小限の動きに寄る刺突が二代目賢人バルザイの身体を突き飛ばす。身体は瞬く間に校舎へ叩きつけられ、窓ガラスを破りながら二年A組の教室へと叩き込まれた。

 窓際に居た生徒達は慌てて離れ、机を巻き込んで廊下にまで転がり込んで二代目賢人バルザイの身体が止まる。

 

「るー!」

 真っ先に駆け寄ったのは、巴だった。それに続いて『Afterglow』の全員が駆け寄る。

 

「大丈――、っ」

 声をかけて手を貸そうとして、思わず固まった。

 

 ――パーカーの下。左胸を基点として全身に光が広がっていた。それは、エヌラスと同じように全身に魔術回路が施術されている証拠だ。

 それを見た瞬間。自分達とは決定的に違う生き物なのだと、本能的に躊躇してしまった。

 魔術師。オカルトハンター。外にいる妖怪達と同じく人外の理にあって人に寄り添う怪物。その考えを振り払おうとして、巴の前で二代目賢人バルザイが立ち上がる。

 

「…………」

 なんて、声をかけてあげればいいのか迷った。だが、それよりも先に二代目賢人バルザイは額から垂れてくる血を袖で雑に拭う。

 

「るーくん、それ……」

 つぐみの声に、自分の身体に浮き上がる魔術回路を見てから一度息を整える。その魔力光は静かに光を失い、何度か自分の身体の感覚を確かめるようにしていた。

 イレク=ヴァド王から授けられた新たな“心臓”は、自分の魔力に応じて回転数を引き上げている。その仕組みはエヌラスの“銀鍵守護器官”と同等の性質を有していた。だが、それに耐えられるだけの身体的強度を有していない二代目賢人バルザイは、同様に“バルザイの偃月刀”を制御装置(リミッター)として設けている。

 

 巴の手を取り、二代目賢人バルザイは自分の頭に乗せた。

 

「…………、るー」

「――ともえ、いってくる」

 その真っ直ぐに見つめてくる青くて大きな瞳を、疑うことなど出来ない。擦り切れたパーカーに、シャツに、ズボンと。ちょっとだけみすぼらしい格好だけど。

 だけど、今間違いなく言えることは――自分達のために、がんばってくれている。

 巴は手に力を込めて、二代目賢人バルザイの頭を撫で回した。

 

「ちゃんと、帰ってくるんだぞ」

「……約束は、できないけど」

 だけど、と。一度そこで区切る。

 ヴーアの無敵の印において、力を与えよ――魔刃鍛造。

 

「だけど……俺が、みんなを守るから。待ってて」

 壊れた窓から飛び出して、構えを崩さずに待っていた鬼一法眼の前に立つ。

 自分の左胸に抱えている鈍い痛みを抑え込みながら、だが――二代目賢人バルザイは薄く笑っていた。

 撫でられた頭が、心地よい。それがなぜか痛みを和らげてくれていた。理由は定かではないけれど、この手に剣を執るに足る理由はそれで十分過ぎる。

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