【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二二九幕 鬼哭啾々――哭いた赤鬼

 

 

 

 ――羽丘女子学園から鞍馬山僧正坊、鬼一法眼の気配が消えたことに酒吞童子は嘆息した。呆れて物も言えず、肩をすくめてフードを直す。童子切安綱の暴れっぷりには感心するばかりだ。百を越す軍勢を連れてきたというのに、既に片手で数える程度しか残されていない鬼たちは既に腰が引けている。

 

「鬼一法眼が討たれたか。まぁ、よく保った方か……」

 よそ見をしている隙に鬼の胴を貫いたまま童子切安綱が酒吞童子へ向かって突撃していた。鬼の身体を盾にした姿へ向けて、片手を向ける。その掌より放たれるのは、黒い稲妻。不浄なる黒雷を受けて鬼の身体が黒く崩れていく。それを投げ捨てながら童子切安綱は再三に渡って間合いを詰めた。だがこれを再三、繰り返したように刃を避ける。大きく飛び退いて距離を取ると、すかさず数少ない鬼が道を阻んだ。

 

「……致し方ない、こちらも遊んでばかりもおられんか。おおい、童子切。少しばかり待て」

 周囲を見渡し――酒吞童子は歩道へ向けて歩み寄る。何をするのかと警戒しているとガードレールを掴むなり、ねじ切った。長さを確かめて、拳の骨を鳴らす。

 指の合間に挟み込むと鬼火で鍛造していく。丸い鉄の棒から、薄っぺらな板切れに。

 

「ふむ……?」

 掌に当てて、その出来栄えを確認する。そして、それでは切れ味が足りないと見たのか酒吞童子は口を大きく開けて噛みついた。

 その口腔より青い鬼火を漏らしながら、奇怪な音を立てて刃を研いでいく。

 口に含んだ鉄片を吐き捨てて、出来上がった粗末な鉄の剣を軽く振りながら童子切へ向けて歩み寄ると自分の近くに居た鬼へ声をかける。

 

「おい、そこの貴様。動くなよ」

 

 振り向いたその瞬間、無造作に斬り捨てた。袈裟懸けにされた切り傷を見て、唖然としている鬼の首を返し刃で斬り落とす。その姿が掻き消えるのを見てから、顎に手をやって「ふむ?」と出来栄えに頷いていた。

 

「まぁ、よかろ。足りぬ分は鬼火を焚べれば良しとしよう」

「――――酒吞。貴様、今自分が何をしたかわかっているのか?」

「ただの“試し切り”だ。それがどうした?」

 目深にしたフードの下で、酒吞童子が嗤っている。だが、その顔に童子切安綱は太刀を突きつけた。

 

「俺が知っている貴様は、少なくとも仲間を切捨てるような奴ではなかった! よく笑い、よく呑み、よく語るような奴だった! 仲間をそう簡単に斬るような奴ではなかったはずだ、酒吞!」

「ああそうか。()()()()()()? いやなに、なにせ千年前の話だ。変わりもするだろう、我ら妖怪は。貴様がどうだかは知らんがな、童子切安綱」

「そこまで堕ちたか、貴様」

「一度は地獄に堕ちた手前、どうかしてるかもしれんな? はてさて、それではここから先はオレが相手をしてやろう。どうせコイツらは役に立たんことがわかっているからな」

 右手に持った粗末な鉄剣に鬼火を焚べて、左手に黒雷を帯びながら酒吞童子が間合いを詰める。道を阻む鬼を斬り捨てながら。

 童子切安綱は、酒吞童子に対して違和感を覚えていた。

 忘れるはずもない。千年前の宿敵だ。かつての仕手である源頼光がその首を刎ねたのを、我が身のことながら覚えている。忘れようがない。鬼の本堂で酒を呑み、油断させようと人肉さえ共に喰らった一夜を。

 だが、ただの一度も仲間を見限るような鬼ではなかった。快く受け入れ、共に盃を交わすのを何よりも愉しみにしていた首魁だ。それがどうだ。草木を薙ぐように斬り捨てた。あるまじき鬼の姿に、童子切安綱が憤怒の炎に塗れる。

 

「……刃を交わす前に今一度、貴様に問おう。――()()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()()()()()

 鬼は嘘を吐かない。その言葉に偽りがないことだけは信じていた。だが、童子切安綱の胸中にはそれが嘘であってほしいという一抹の願いがあった。

 俺の知る酒吞童子という鬼の首魁は、このような男ではなかったはずだ。

 黒い小具足に、胸元を大きくはだけさせた着物の上に薄汚れた黄色の雨合羽を羽織っている。

 そのフードを目深にかぶりながらも、覗く鬼の角。眼光は赤く、そして目が黒い。おおよそ人ならぬ気配が見て取れる。

 だが。――だが、だがしかし。童子切安綱の脳裏には、受け入れがたい考えがよぎっていた。

 

 太刀を振るう。袈裟懸けに。

 鬼火を焚べた鉄剣が刃を防ぎ、火花を散らす。一太刀で刃ごと斬って捨てようとしたが、見れば刃を研ぐように鬼火が沿っている。ならば、と同様に童子切安綱は太刀に赤い鬼火を纏わせた。

 鬼火同士がバチバチと音を立てて鍔迫り合う。その火花に照らされて、目深にかぶったフードの下にある輪郭がよりハッキリと見えた。

 

 太刀を弾き、二度、三度と打ち合う。足捌きから、刃を躱す体捌きに合わせて童子切安綱は身を屈めて鉄剣の下をかいくぐり、逆袈裟に太刀を振り上げた。最小限の身動き、半身を反らす形で太刀を避けた酒吞童子の雨合羽の留具が溶解し、解けていく。

 熱波に晒され、風に吹かれて薄汚れた黄色い雨合羽は宙を漂い、木の葉のように地に落ちた。

 

 白日の下に晒された酒吞童子を名乗る大妖怪の顔を見て、童子切安綱は言葉を失う。胸を締め上げられるように声が出なかった。

 そうであってほしくなかった、という現実だけが目の前に突きつけられる。

 

「お前なのか――――鬼丸……国綱……」

 それでも童子切安綱が辛うじて声に出したのは、一振りの仲間の銘だった。

 ()()()()が笑う。自らの胸に手を当てて、破顔する。

 

「ハッ、ハッハッハッ! ハハハハハハハ――――!!! 馬鹿な、男だ! 馬鹿な奴だ! 敵ながら天晴と言わせてもらおう、だがそれ以上に哀れな男であった! 鬼を斬りすぎたが故に、鬼と成り果てた! それがオレだ! ()()()()()()()()っ!!!」

 

 ――最初から、どこか既視感があった。ひと目見た時から、何かがおかしいとは思っていた。

 ただ一人、皇室の所有物である「御物」として。千年、鬼達を退け続けていた。滅私奉公。御国のために。世の平穏のために。

 ゆえに、天下人ですら遠ざけようとした。所有した家が滅亡してきたという不穏な過去もある。

 それでも、ただひたすらに鬼を退け続けた。だからこそ、付喪神となった身であっても半身が鬼と化していたのだ。

 それでも良いと思った。そうであったとしても、共に天下人の手にあった兄弟分として。

 

「鬼丸国綱は、鬼を斬りすぎたが故に、鬼から畏れられた! この意味がわかるか童子切安綱! オレ達妖怪は恐怖だ、“恐れの化身”だ! それが意味するところは、妖怪の恐怖だ! 小鬼共が恐れを成した! 鬼が恐れたのだ! そうしてアイツはオレとなった! 妖怪が最も恐れる妖怪である、酒吞童子と成った!」

 それほどまでに、鬼丸国綱は単身で一騎当千の戦働きを見せた。

 鬼神の如き戦いを、たった一人で続けていた。茨木童子を討ち取り、星熊童子を討ち取り、土蜘蛛さえも討ち取り――そうして、鬼達が恐れをなした。故に、成り代わってしまった。

 

「アイツは最期に自らの首に刃を当てていた! だが一手遅かった。危うくこのオレが生まれる前に死ぬところであった」

 酒吞童子が首を覗かせる。そこには、薄っすらと刀傷が走っていた。

 鬼丸国綱は、惑うことなく自害しようとしていたのだ――己の銘に恥じぬ行いと振る舞いを最期まで貫き通そうとしていた。

 

「だからこそ、貴様に返したのだ。鬼丸国綱には感謝している、このオレの器としてこれほどうってつけの武士はおらんからなぁ! それでもオレを斬れるか、童子切安綱! それでも貴様は、兄弟と呼んだ鬼丸国綱の身体を斬ることが出来るかぁ!!」

 

 酒吞童子が吠える。暗く冷たい鬼火を纏わせた鉄剣を大きく振りかぶりながら。

 童子切安綱は、ただ静かに俯いていた。太刀に朱く熱い鬼火を纏わせて。

 

 ――起きろ、鬼丸。なぜ何も言わぬ。

 柄頭に置いた左手から、鬼丸国綱へと呼びかける。だが、沈黙を貫き通していた。

 

 ――起きてくれ、鬼丸。俺は貴様に詫びねばならぬ。

 再度、呼びかけようと。氷のような沈黙だけが返ってくる。

 

 ――他でもないお前の口から、俺は聞かねばならぬことがある。だからどうか頼む、応えてくれ鬼丸国綱。

 何度問いかけようと、鬼丸国綱は口を貝のように閉ざしていた。もはや己に語る口など持たぬということか、諦めかけようとしていた童子切安綱の耳に、しかし、静かに声が返ってくる。

 

『――童子切。詫びねばならぬのはオレの方だ。すまぬ』

(馬鹿をぬかせ! 何故あの時言わなかった! ああなることが貴様はわかっていただろうに!)

 酒吞童子の鉄剣を太刀で打ち払い、朱と碧の火の粉が舞い散る中、童子切は鬼丸へと語りかける。

 

(あの時、貴様を残して俺が乗り込んでいればよかった! 何故そうと言わなかった!)

『――憶えているか、童子切。付喪神となったその時に、顔を合わせて。何故“顕現した”のかと尋ねた時のことを』

(憶えているとも! ああ憶えている! それがどうした!)

『――オレは、それが嬉しかった。我が身のことのように、嬉しかったんだ』

 酒吞童子が車道を滑り、片腕で投げ放つ自動車を童子切は正面から断ち切った。切断面は赤く溶断され、その影から青い鬼火の鉄剣が迫る。太刀を逆手に持ち替えて刃を防ぎ、胴体を蹴り飛ばしながら順手に持ち替える。

 

『――お前は“鬼を斬る”と。そう言ったんだ。だから、オレはそれが嬉しかった。……この男になら、命を預けても後悔はしないと心底思ったんだ』

(だがそれは、貴様を斬るという意味でもあったのだぞ!)

『――ああ。だから、嬉しかったんだ。オレが鬼と成った暁には、お前が斬ってくれるだろうと信じて』

(…………鬼丸、貴様。最初からそのつもりだったのか!?)

『――日本最強の付喪神。天下五剣筆頭たる童子切安綱より、鬼を討てと言われたのだ。オレが千年続けてきた鬼狩りを、他ならぬお前の口から頼まれては断れるはずがないだろう?』

(――しかし!)

 黒雷を太刀で弾き、青い鬼火を拳で打ち払う。その顔を蹴り飛ばされて童子切安綱が体勢を整えると酒吞童子の凶刃が迫っていた。身を捩って回避しようとするが、避け損ねて肩に焼けるような痛みが走る。

 

『――なら、童子切安綱。オレからひとつ、頼まれてはくれないか?』

(言ってみろ! 貴様の頼みなら、俺は仏でも斬って捨てて見せるとも!)

『――オレに免じて、あの悪鬼を斬るのを思い留めてはくれぬか』

(それ、は……)

『――鬼を、斬りすぎた。オレは疲れた、だから童子切安綱。どうか頼む……オレを最後の鬼斬りとして終わらせてくれ』

(何故だ、鬼丸国綱! なぜお前までが、あの悪鬼を庇い立てする!)

『――正道を断てば、それは邪道を断つことになる。ならば、その逆もまた然り。邪道を断てば、それは正道をも断つことに他ならない。あの悪鬼は、確かに鬼だ。外道の鬼だ。悪鬼羅刹と言っていい。然し、それでもだ。それでもアイツは――人を、守ろうと命を賭していた。なぜだ?』

(………、)

『――オレは思うんだ。アイツは、人を守るために正道を外れたのではないかと。正しく在るだけでは救えない誰かを救うために、道を外れたのではないか? ならば、確かに外道だ。鬼の振る舞いも合点がいく。それはオレ達の領分から外れた行いだ』

 酒吞童子の太刀筋は、粗末とは言い難い。それもそのはずだ。その肉体は、その器である本体は鬼丸国綱その人なのだから。得物がどれほど粗末な出来とはいえ当人の戦闘能力は大妖怪として底上げされている。

 

『――童子切安綱。鬼切の“兄弟”よ。オレからひとつ尋ねたい。……オレは、銘に恥じぬ行いと振る舞いが出来ていたか? お前のその燎原の火のように赤く熱い眼に、どう映っていた』

(…………当然だ、鬼丸国綱! お前は、誰よりも気高く、誇り高く在った! お前の銘に恥じぬ、正しき行いと振る舞いであったぞ!)

『――感無量だ。その言葉が聞けて、オレはもう思い残すことはない。だからどうか、童子切安綱』

 

 ――お前のそばで、お前の手で。お前の銘に恥じぬ、行いと振る舞いをオレに誇らせてくれ。

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