破壊された羽丘女子学園の修繕作業として二代目賢人バルザイは巴達のいる教室と、友希那達のいる教室で魔術を見せた。
時間を巻き戻すように、壊れた天井や窓ガラスがひとりでに動き出す。時間遡行現象を目の当たりにして遠巻きに見ていた生徒達からは「おぉ~……」と感動の声。だが二代目賢人バルザイは不思議でならなかった。初めて見るはずの魔術に対して人々から忌避感が感じられない。一体これはどうしたことかと首を傾げていたのも束の間、結界に侵入してきた気配に眉を寄せた。
窓から身を乗り出して正体を確かめれば、それは結界を用意した張本人である童子切安綱。自分に向けられる奇異の視線に気づいているのか、堂々と真正面から乗り込んできていた。生徒達の顔ぶれを見て、それから二代目賢人バルザイの顔を捉える。
逆手に構えたバルザイの偃月刀を手にして窓枠に足をかけたところで、後ろから巴に呼び止められた。危うくバランスを崩して転落しそうになるが、踏みとどまる。
「るー、そんなにボロボロになってるんだから、戦っちゃダメだ」
「…………」
確かに、鬼一法眼との戦いでだいぶ怪我をした。連戦だけは避けたい、しかし。
脳裏をよぎるのは、一夜の敗北。手も足も出ずに防戦一方だった。今は、きっと違う結果になると実感がある。
「そ、そうだよ! 童子切さんだって、話し合えばわかってくれるいい人……、だし?」
「なんでそこで言い淀んじゃうかな、ひまり……」
敵意が無いように感じられるが、それでも二代目賢人バルザイの胸中にはハッキリとしないモヤのようなものがあった。
窓から飛び降り、音もなく着地して童子切安綱の前に立ちはだかる。が、相手は人の顔を見るなり肩をすくめていた。その態度が、なんとなく気に食わないのは――あの魔術師のようだからだ。
「誰かと思えば、貴様か」
「…………」
「そう身構えるな。別に手合わせに来たわけではない。どんなやつが鬼一法眼を討ち取ったのかと顔を見に来ただけだ」
二代目賢人バルザイの表情は、相変わらず無表情ではあるがその眉が僅かにつり上がっている。しかし、童子切安綱はそのことに気づいていないのか。
警戒心を露わにしている相手を鼻で笑った。
「まぁ、あの時よりかは多少マシな顔になったな。……さて、貴様が覚えているかは些細なことだが。俺は貴様を斬らねばならん」
「……そのつもりなら、最初からくればいいのに」
「とはいえ、だ」
そこで区切り、童子切安綱は鯉口を切る。
「俺も暇ではないし、大一番を残している。ゆえに……一撃だ。それで今回は仕舞いとしてやる」
「……それは、どういう……?」
「別にどうだってよかろうが。構えろ」
太刀を抜いた童子切安綱の周囲を火の粉が舞う。抜刀と同時に灼熱に包まれる赤鬼を目の前にして、二代目賢人バルザイが偃月刀を持ち直して構えた。
一撃。ただ一撃、それが与えられた
間違いなく、自分を殺しに来たとばかり思っていたからだ。
「……俺が手合わせで済ませようとしていることが、そんなにも不思議か?」
そしてそれを、まるで見透かしたような言葉に二代目賢人バルザイは驚く。童子切安綱は偃月刀が揺らいだのを見逃さなかった。
「事情が変わった。それだけのことだ――往くぞ」
太刀を鬼火が覆う。
偃月刀が炎を切り裂いて風切り音と共に振るわれる。
お互いに、今ある全力を載せた一撃。太刀と偃月刀が甲高い金属音を鳴らし、爆炎に包まれた二人が後ずさりながら火柱の中から飛び出してきた。
互いの手に在る刃は、刃こぼれひとつなく健在。それを見て、童子切安綱は笑って太刀を納める。
「成る程。まぁ、良しとしてやろう。せいぜい養生しておけ。こちらは俺
「そんな、勝手な……」
「ほざけ。人様の土地で好き勝手しているのは貴様らの方だろうが」
「…………」
それを言われては、二代目賢人バルザイは何も言い返せない。現地人に言われては仕方ない。だがそれを言われるべき相手はもっと他にいるはずだ。
「わかったら。貴様も自分がもといるべき場所で身体を休めておけ。時が来れば呼ばずとも来るだろう?」
「……ひとつ、聞きたい」
「なんだ」
「……おまえに何があったら、気が変わるんだ?」
二代目賢人バルザイの覚えがある限り。童子切安綱というのは熾烈にして苛烈な、鬼のような男だった。まるで燎原の火のような。それが今や、落ち着き払っている。だが、それでも先の一撃は間違いなく互いの全力だった。他でもない当人達が手応えを感じている。
鼻で笑い、肩をすくめて童子切安綱は二代目賢人バルザイに背を向けた。
「肩の荷をひとつ降ろした。それと気まぐれだ。ではな」
そうして、後ろ手に振って羽丘女子学園を後にする。
残された二代目賢人バルザイは呆然としながらも、腑に落ちない様子で首を傾げて――気に留めないことにした。
将軍にバレて大目玉を食らう前に、ロシアンブルーキャットを抱えて“抜け道”からドリームランドへと帰還する。
――弦巻家で爆睡こいてたのが朝六時。こころが学校に行くので叩き起こされて寝ぼけた頭で見送って、朝食ガン無視二度寝直行ベッドインしたのが朝七時。
現在。寝起きの頭に“黄金の蜂蜜酒”駆けつけ一本、ドラッグシガーを咥えたままハンティングホラーを半裸でかっ飛ばしながらポイ捨てして怒られつつも現地到着。頭のネジが何本か吹っ飛んでいる感覚は、酔っ払っているのに近い。
ノーヘルかつ飲酒運転で、付け加えるなら法定速度ぶっちぎりのスピード違反。免停待ったなし、教習所どころか親の腹から出直せと言われても文句の一つも言えない世の中。……俺は何を言っているんだ? ――エヌラスは玉藻御前と正面から肉体ひとつで互角に渡り合いながら場所を移していた。
意外なことに大妖怪にも武術の心得があったのか、徒手空拳で拳を捌き合いながら戦況は膠着している。左眼がまだ使えないことと、右腕の違和感を除けば互角と言ってもいい。
それのなにが面白いのか、玉藻御前は上機嫌で笑みを貼りつけたまま睨み合っていた。
「カカカッ! 良い、良いなぁお前! 鬼の首魁、酒吞童子に向かって恐れ知らずの身の程知らずの馬鹿さといい、武術の腕も良い! 名はなんという?」
「人様に名前尋ねる前に自分から名乗れって教わらなかったのかテメェは! 俺は教わってねぇ!」
「わらわは、玉藻御前だ。聞いたことないか?」
「日本妖怪とか河童と付喪神くれぇしか知らねぇ! っていうかどれも一緒! 俺はエヌラスだ、死ぬまで覚えとけ! んでもって地獄で忘れろ!」
玉藻御前との打ち合いに、エヌラスは既視感を覚える。この組手は記憶に新しい。相手が誰だったかを辿り、その相手が付喪神である聖徳王・七星剣なのを思い出した。
「日本妖怪ってのは、どいつもこいつも武術に覚えがあんのか!?」
「さて、なぁ! 少なくともわらわは隣国より日本へ渡り歩いてきたがの?」
「あん? どういうことか馬鹿でも分かるように三秒で説明しろ!」
掌打の腕を取り、そのまま合気で投げ飛ばそうとしてくる玉藻御前の勢いに乗じる形でエヌラスは足捌きで重心をズラし、逆に相手を力任せに投げ飛ばす。聴剄でその動きを感知していたのか難なく着地すると髪を手櫛でなびかせる余裕を見せていた。
「それはちと話すと長くなる」
「そうかよ、んじゃあ割愛!」
「だが、わらわはお前の武術の方が気にかかる! それをどこで学んだ?」
「地元じゃヴォケェ!!」
「ほう、ほう! となれば同郷か!」
「んなわけがあるか! 何なら地球生まれじゃねぇし日本生まれでもなければ妖怪でもねぇし人間でもねぇんだぞ俺!」
「なんなんだお前は!?」
飛び蹴り、からの空中で身体を捻っての浴びせ蹴り。着地と同時に蹴り上げ、残心。更に裏拳から指取り、と絶え間ない連撃の応酬に、しかしエヌラスの身体が急にぐらついた。その隙を逃さず玉藻御前が胸板に手を当てて崩拳を打ち込む。
花咲川女子学園の塀を粉砕しながら、エヌラスがグラウンドに転がり込んだ。咳き込み、左のポケットに手を突っ込んで円筒状のシガレットケースを取り出す。カバーをずらせば、その中からドラッグシガーが一本だけ顔を覗かせた。口に咥えて引き出すとエヌラスがその場から飛び退く。
直後、玉藻御前の全体重を載せた踵落としが頭蓋を捉えていた。あと一歩遅れていたら地球とディープキスしていたところだ。
右手で指を鳴らしながら着火すると、主流煙で口内を満たす。口の端から副流煙を吐き出しながらエヌラスは不安定な魔術回路を強制的に励起させる。もちろん、自殺行為に近い。
紫煙を嗅いだ玉藻御前が不快な顔を隠さずに鼻を覆っていた。
「鼻が曲がりそうだ。なんだソレは? まるで魂を焦がしつくすような臭いをしている」
「ただのクスリだ。一本吸うか? 頭のネジぶっ飛ぶぞ」
「よほどの馬鹿と見える。気狂いめ」
「こちとら正気でやってけるほど上等な生き方してねぇよ」
――マズイ。エヌラスはそう直感する。場所を変えたいが、思いっきり暴れられるとしたら童子切が結界を用意した場所以外に無い。
距離を詰めてくる玉藻御前の掌打を捌きながら、反撃の機会を窺う。
全身の魔術回路が不安定な以上、魔術を使えば暴発の危険性がある。そのリスクを減らす意味合いでもこうして徒手空拳で打ち合っている。問題は、相手が同等の腕前ということだ。
放つ掌打に狐火を載せて玉藻御前が蹴撃から炎の軌跡を描く。
右手でクトゥグアの炎によって相殺しつつ、至近距離に相手を捉えて掌底を打ち込む。その手を横から捌かれ、勢いを逸らされると取っ組み合う。
「テッメ……!!」
「クッ、カカカ! 八極拳か? それとも形意拳か? ふぅむ、でもなければ八卦掌か。いずれにせよ、わらわと功夫で競い合うのは得策とはいえんな」
「どれでもねぇよ。そんだけ流派が存在してることのが驚きだわ」
「ほう。では、太極拳か」
「そんなに知りたきゃ教えてやる」
――その流派は、同じ天を戴くことを許さなかった。閉鎖的で保守的、神秘に包まれた流派ではあったが門を叩くものは後を絶たない。というのも今や昔の話だ。急速な時代の流れに取り残されて、いつしか廃れていった。
急速に普及した人形技術……、サイバネティクス・マーケティングは合法、違法問わず拳法家達にも組み込まれる。そうして主流となっていったのが“サイバネ拳法”というものだ。
全身機械のサイボーグを相手に生身の人間がどれほど拳を打ち込もうと意味がない。当然だ、生身の身体はどれほど鍛えようと鋼鉄に勝ることがないのだから。
――果たして。本当にそうか。
もとより功夫を重視していた内家拳、武術としての外家拳が主流の最中、ただ古き技を磨いた一門だ。ならば、それを“魔術師”が魔術理論に基づいて体得した場合どうなるか。
おおよそ、あらゆる武術において外道と箔を押された。
そして、あらゆる魔術において外道と称された。
どちらを名乗ることも許されない当代限りの氣功術。
我、同じ天を戴くこと能わず。
「俺のこいつは“戴天流”だ」
存在しない拳法だ。存在しない発剄だ。
存在してはならない技だ。
“魔道発剄”の完成形は、まず最初の一歩から大きく乖離している。
“震脚”からの発剄。それこそは玉藻御前も知る八極拳の
弾かれたように吹き飛び、グラウンドを滑りながら体勢を整えた玉藻御前が痺れる腕を振るった。紫電が霧散する。
「“魔術師殺しの暗殺拳”だ。もっとも、こんなん使うやつ俺だけだろうけどよ」
短くなったドラッグシガーを携帯灰皿に落としながら、エヌラスは大きく肩を回した。
「覚悟しろよ。今日の俺は頭のネジぶっ飛んでんだ。なにしでかすか分からねぇぞ」