【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二三三幕 雷獣・鵺と漆黒の猟犬

 

 ――空を舞う黒雲。その内部では赤と黒の不吉な雷鳴がうなり続けていた。

 空を疾走る漆黒の猟犬。宙を走るなど、常軌を逸している。だが、そもそもにして互いの存在そのものが常識から外れていた。ならば、当然、この現象も不思議なことではない。

 雷獣、鵺。現代に復活した大妖怪が一匹。時の帝を病に伏せて、最後は源頼政の放った矢によって討ち取られた。そして、付喪神・獅子王が不倶戴天の敵と認めてやまない存在でもある。

 その容姿はお世辞にも良いとは言えない。醜く、おぞましい。在ってはならない生態。

 顔は猿、胴は狸、足は虎、尾は蛇。加えて雷を自在に放ち、黒雲に姿を変える。

 所詮は獣、知性こそ有しているが首魁・酒吞童子の復活に乗じたに過ぎない。それでも並の妖怪を遥かに上回る存在であることに変わりなかった。

 

 ハンティングホラーもまた、他の生命体とは一線を画す。無機物魔導生命体として生きてきた。

 もしも、エヌラスが他と同じ人間だったら協同関係とはならなかった。

 造られて、ひとりぼっちでお互いに寄り添い合ってきた腐れ縁。別に契約を結んだわけでもないのに、邪神狩りの旅路でずっと支え合ってきた。

 そこに理由などない。ただ、他に生き方がないだけ。――結局、お互い様というわけだ。

 

 鵺の雷撃をハンティングホラーが虚空を蹴って避ける。

 気づけば、地上から遥かに離れた青空が二匹の戦場となっていた。なにも街の損害を気にしていたわけではない。ただいつの間にか此処にたどり着いてしまったというだけのこと。

 

 “ここならば、思い切り暴れられる”という双方無言の合意による結果。

 

 大気を震わせる鵺の咆哮に、猟犬が応じる。瘴気と、妖気と、魔力を孕んだ突風が衝突する。

 

 ――ハンティングホラーは思考していた。

 主人の無茶に付き合うのは毎度のことだ。そして毎回非効率的な手段ばかりが残される。その結果がどうなるかなどわかりきっているのにどうして毎度毎度そうなるのか。ちょっと呆れる。そしてもう呆れを通り越した、諦観にも似た感情があった。

 そんな無茶を通して、どうにでもしてきたのが自分の主人だ。そう簡単に死なないからとやっていいことと悪いことがある。バカなのかあの人? …………思い返しても馬鹿な真似しかしてなかった。うん、馬鹿だわ。

 しかし飼い犬は飼い主に似るという言葉があるように、きっと自分も馬鹿な犬なのだろう。

 あの人がいない生き方と在り方など考えたことがない。

 

《…………》

 ハンティングホラーは、エヌラスの容態を思い出していた。少なくとも今日一日は絶対安静にしてなければならないはずの身体。その上で自分がいなければろくに武器も使えないはずだ。病み上がりに大妖怪と素手で殴り合おうというのだから、いや、まぁ、なんというか……寝ぼけた頭に酒とクスリぶちこんでたから判断能力が死んでいたと擁護しようと思ったが多分無理。

 結論として――眼の前の妖怪を即座に消滅させて合流が最適解と導き出した。

 

 雷撃を回避して、魔術で反撃に出る。だが、黒雲と化している鵺の身体を素通りしていく。暖簾に腕押し、柳に風。まるで手応えというものが感じられない。

 正体不明の怪物として君臨していた鵺に対する有効打となる魔術をハンティングホラーは研鑽していく。――魔術の基本理念は、知識の編纂と自己の研鑽。

 魔道書の『機械語翻訳版』は全て焼失してしまった。ならば自分に残されている物はなんだ?

 無数の歯車と、鋼鉄の臓腑と。出鱈目で荒唐無稽な戦場を駆け抜けてきた経験がある。

 そして、自分の腹の中にはおびただしい数の呪術兵装が眠っている。その全てが、エヌラスを邪神狩りに駆り立ててきた。中にはガラクタもある、スクラップもある、鉄くずもジャンクも、使い潰されてきた武器がごまんとある。

 

 ――ならば教授しよう。あのブサメンキモ妖怪に、魔術というものを。

 不条理で、理不尽で、出鱈目で荒唐無稽な万物の理を覆す超常現象を。

 

《――“Transtion”》

 鵺の前で、空を走っていた漆黒の猟犬の身体が無数の鋼片となって散らばった。だが、それはすぐに空中で止まり、一点に凝縮されていく。

 空に浮かぶ黒い点。まるでポッカリと空いた穴に、鵺は自らの肉体を再構成して警戒していた。

 そして、突如として黒点より腕が突き出された。

 人間の腕。だが、その肌は黒く、樹脂のような素肌だった。

 空間を突き破りながら、千なる影より産み落とされた『化身(アヴァタール)熾天使(マギウス)』形態となったハンティングホラーは黒いコールタールのような血液を払いながら鵺を見つめる。

 あらゆる呪術兵装のくず鉄を炉心である魔導燃焼機関へ注ぎ込むことで可能となる、漆黒の鋼殻天使。

 

《……――》

 ハンティングホラーは五指を握りしめ、感触を確かめていた。動作に問題なし。続いて背面武装の展開。天使の羽のような武装ユニットの内部は、エヌラスの呪術兵装が詰め込まれている。

 鵺は目の前に現れた黒い天使に向けて吠え立て、食らいつこうと飛びかかった。だが、ハンティングホラーはそれに向けて、ただ手を突き出す。

 前腕部のカバーがせり上がり、無数の砲口が鵺の顔に照準を定めた。

 

《――“我、埋葬に能わず(Dig me no grave)”》

 呪砲兵装の展開。無数の光条が直撃するのを視認してから、ハンティングホラーはフレアを燐光を散らしながら引き絞った拳を鵺の腹へ叩き込んだ。分厚い皮と肉に覆われた中に、しっかりとした頑丈な骨を打つ手応え。

 鵺が苦悶の声を挙げる。身体を捻り、後ろ回し蹴りが顔に叩き込まれたことで悲鳴が続く。

 尻尾の蛇がハンティングホラーの首にまとわりついて締め上げた。だが、腕のカバーがスライドして現れた“ロイガー・ツァール”によって胴体を斬り飛ばされる。

 尻尾を犠牲にしながらも離れた鵺が怒りに満ちた顔で帯電していく。咆哮と共に放たれた雷球をハンティングホラーは引き絞った拳による拳圧だけで粉砕した。その拳に紫電が奔る。

 エヌラスの技である“紫電”鬼哭掌――さしずめ、電磁発剄といったところか。その再現。

 鋼鉄の四肢に、機械の臓腑。そこに気功術を再現する“套路”が存在しない以上、発剄など以ての外。だからこそ、サイバネ拳法家達は尽く、例外なく外家拳を極める。

 だが此処に存在するハンティングホラーこそは、その“最たる例外”であった。

 

 誰よりも傍で共に戦ってきた。誰よりもその無謀な戦いを見てきた。だからこそ、誰よりもエヌラスの戦い方を憶えている。決して忘れることのない記憶が、鋼鉄(マシン)の脳髄に焼き付いている。

 ハンティングホラーの鉄拳が鵺の頬を叩く。振り払おうとする虎の前足を捌き、抉りこむような掌底が臓腑を突き上げた。浮かせた拳からは、再び砲撃呪法が至近距離から撃ち込まれる。

 腹の毛を焼け焦がしながら鵺が距離を離して自らの身体を黒雲へと変化させた。

 

 なるほど、確かにそれならばこちらの打撃も斬撃も通らない――普通ならばそうくるだろう。だが生憎と“例外”ばかりを相手してきた当方に迎撃の用意あり。ハンティングホラーは指を揃えて鵺に向けていた。

 空を叩く。空間を振動させて打ち抜く発剄は、魔力も込められている。だがこれもまた魔導発剄のひとつだ。“虎砲”によって叩かれた黒雲の鵺は、身体の一部を霧散させられる。しかし、それもすぐに元通りになった。

 再び鵺が雷撃を放つ。それを同様に、空中で迎撃したハンティングホラーはすぐさま攻勢に転じる。このまま逃げられるようでは埒が明かないと即座に判断したからだ。

 

 跡形もなく壊れた『エイボンの書:機械語翻訳版』の残留魔術から、結界を構成する小型ドローンである『ガルバ』『オトー』『ウィテリウス』を再構築する。それも自らの身体を構成している部品からだ。

 逃げられるよりも先に結界を展開。自らを含めて相手の逃げ道を塞ぐ。それは相手も本能的に理解したのか、再び本来の妖怪の姿へと戻った。

 全身から放たれる無数の電撃を、ハンティングホラーは切り離した部品の“影”に隠れる形で避ける。間一髪といったところでその攻撃を回避した。

 

 鵺は姿をくらませた相手を警戒して周囲を見渡す。不意に自分の視界に影が降り、顔を上げた次の瞬間には頭部に鈍く、重い打撃が突き刺さっていた。ハンティングホラーの全体重を載せた踵落としが打ち込まれた鵺が顔を覆う。

 背部に浮かぶ武装ユニットより刀の柄が伸びる。それこそはエヌラスが愛用する『終焉(ヲワリ)の太刀』だった。

 

《“装填(チャージ)”――》

 魔導燃焼機関より発せられる熱量(カロリー)を紫電に変換し、抜刀する。

 

超電磁抜刀術(レールガン)

 音を置き去りにして放たれた超電磁抜刀術は、きりもみ回転していた鵺の左前脚を斬り飛ばした。その手応えにハンティングホラー・マギウスは距離を詰める。納刀し、更に別な武装ユニットに手を伸ばした。

 エヌラスの保有している武器庫の管理者は他ならぬハンティングホラーだ。必要に応じて渡しているが、こうして自らの手で使う機会など数えるほどしかない。

 バランスを崩した鵺に迫るハンティングホラーの手には、巨大な戦鎚。対吸血鬼専用スレッジハンマー『モーラ』が握られていた。先端にスパイクの付いた戦鎚を叩き込まれた鵺が更に苦悶の声を挙げる。

 持ち手の引き金を引けば、内部機構の射突型鉄杭が弾丸によって勢いよく突出。鵺の毛皮をかいくぐって内蔵にまで先端が達していた。もとより、“真祖”の吸血鬼ですら打ち倒せる程の威力を秘めた怪物殺しのハンマーだ。その内部には曰く付きの水銀まで投入されている。

 

 魔人の軍勢を相手にまだ壊れなかっただけ御の字だが、もはや廃棄寸前だ。おそらく、耐えられるのは一撃が限界だろう。

 

《――“Ashes to Ashes(灰は灰に)”》

 ハンティングホラー・マギウスの聖句に呼応して、『モーラ』の内部に装填されている対吸血鬼機構が展開されていく。

 

《“Dust to Dust(塵は塵に)”――》

 戦鎚が開く。トラバサミのように大口を開けて、鵺に食らいついた。柄から鎖が伸長されていき獲物を締め上げながら振り回す。

 鵺が身体を黒雲へ変化させて逃れようとするが『モーラ』の戦鎚諸共に結界で捕縛されては逃げ場がないことに気づく。

 吠える。吠え立てる。獅子のように、激怒を込めて鵺がハンティングホラーへ向けて届かぬ怒号を響かせる。だが、その程度で魔術で編まれた強靭な結界は緩まない。

 

 ハンティングホラー・マギウスは、鵺に見えるように大きく腕を振り上げ――サムズダウン。

 その手元のボタンを押して『モーラ』の戦鎚を起爆させた。

 対吸血鬼用に調整された、戦闘水銀『ヴェアヴォルフ』が魔術によって無数の剣山となり鵺の全身を貫く。その爆発は結界によって阻まれ、逃げ場のない鵺は爆炎と水銀諸共に消滅するしかなかった。

 

 ジャラリ、と。柄から伸びる鎖を見下ろして、ハンティングホラー・マギウスは結界を解除。

 戦闘を終えたことで地上へ向けて高度を落としていく。忘れる前に武装ユニットも解除、自らの身体をいつもの馴染んだ大型自動二輪形態へと戻す。

 普段から人型の『熾天使(マギウス)』形態を取らない理由は簡単なものだ。

 ――あれは大量の部品を使うし、何よりも疲れる。

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