【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二四幕 無謀なる諦観

 

 宇宙空間を漂う少女がひとり。足を組んで退屈そうにしていた。

 衛星軌道の重力を振り払って星が動く。無重力空間においてなおもティアの動きは変わらない。星と星の間を飛び回り、軌跡で線を描きながら自らの神気と瘴気で“異界”と結びつける。

 ただの落星では物足りない。それでは意味がなかった。きっと人類はそれでも生き残る。それじゃあ意味がない。一人残らず消えてもらわなきゃ。この宇宙もろとも消えるエネルギーが必要だ。

 異界の門。異星召喚──。喚び出された星は、どのような質量であれ、この世界線を更に“ズラして”くれる。そうなれば、どんどん異物が侵入してくる。どんどん壊れていく。そうして、膨大なエネルギーの流入に耐えきれなくなった宇宙が“どかーんっ”と消滅する。その崩壊現象を推進力にして脱出すれば、何処にだって行ける。何処にでも辿り着ける。

 ──そうしたらきっとボク達は“終わらない物語”なんかじゃなくなる。

 きっと、どこかに、“三人目”がいるはずなんだ。その子がいたら、ボク達はやっと立ち止まれる。

 ヒナおねーちゃんの言う“るんっ”が、きっと、どこかに。

 だから立ち止まらない。立ち止まらない。誰にも追いつかせない、先になんか行かせない。

 

 ティアは剣指を立てて星を描く──五芒星。旧神の紋章。酷く冥く汚れた、ドス黒い暗黒神話の瘴気に侵された凶星。

 堕ちろ──墜ちろ、落ちろ。天上にあってなお輝くことは許さない。お前の輝きはそこにない。

 そこはイカロスの目指した果てなき空。辿り着くことのなかった栄光の道標。

 宇宙が歪む。空間がひしゃげていく。

 果てのない道も、終わりのない空も、広がり続ける宇宙も、全ては自分達の庭だ。

 時間も。距離も。速度も。概念すらも蹴っ飛ばして駆け抜ける。

 

 一度だけ、ティアは自分の唇に指を当てた。

 “おっかないの”はきっと自分達を逃さない。

 “つまんないの”は一度火が点くと止まらない。

 “わかんないの”は何が狙いなのか、わからない。

 ──それでも。だが、誰にも。

 

「ボク達には、誰も追いつかない。追いつかせない。辿り着かせるもんか……」

 

 “のろま”め。どいつもこいつも、欠伸が出るほどの鈍足で付き合いきれない。

 最愛の双子めがけて、ティアが反転する。頭上に仰ぐは青い星。地球に向けて銀の流星が燃え尽きることなく急転直下した。

 観測衛星に。国際宇宙ステーションが捉えた空間の歪みに、米国航空宇宙局は一時騒然となる。だがそれが如何なる方法で発生したものなのかは判明しなかった。

 

 

 

 成層圏を突破して、大気圏を越えて、その目が捉えるのは羽丘女子学園の校庭でティオと追いかけっこをしているのろま。

 エヌラスが殺気を感じてその場から横っ飛びで回避するが、校庭を穿つ衝撃に吹き飛んでいく。舞い上がる土埃の中から一条の閃光が肩口を殴りつけた。それは、銀のナイフ。蹴り飛ばした衝撃波を魔力で固めた刃を受け止めたサイバネコートの表面が薄く焼け焦げる。

 

「おっかえりー、ティア」

「はーい、ただいまティオ♪」

「「いぇいっ☆」」

 ──ぱーん。

 ハイタッチをすると、すぐに二人が手を繋いだ。

 一人を相手にして、ただでさえ手も足も出ない状況だったというのに二人が揃うとなればますます絶望的な状況となる。だが、エヌラスの闘志は一向に衰えない。その逆境にあって、尚も燃え盛る。むしろ、その逆境も絶望的な状況も初めてではなかった。

 “たかがその程度”“たかがこの程度”の絶望など、とうの昔に踏み越えてきた──身体を苛む激痛も、身体を蝕む瘴気も、左胸の鼓動も物足りない。

 

「さーて、と。こっちの仕上げも終わったけど、おにーちゃんはどうする?」

「どっちみち、どうしようもないんだけどさ。おにーさんには?」

「「いい加減諦めたらどう?」」

「…………」

 息を整える。呼吸を整える。静かに、深く。自分の内面で荒れ狂う激情を、感情を理性で制御して魔力と融合させる。

 氷のように感情を凍らせるか、或いは。自らの身を焦がすほどの炎とするか。エヌラスは後者だが、師匠は前者だ。方向性は違えど、魔導の真髄として辿る道は同じ。

 紫電が迸る。それは体内の電気信号を魔力で増幅させた形で発現する放電現象。

 

「──諦めろ。諦めろ、か。そんな風に聞き分け良けりゃ、俺もこんな苦労してなかったんだろうな。身体中いてぇし、寝不足でねみーし、魔力は安定しねーわ計算は終わんねーわ。テメェ等に踏まれるわ蹴られるわ馬鹿にされるわ、散々だ。ふざけんなよクソが。いい加減にしろクソッタレ。誰に向かってそんな口聞いてやがんだ、テメェ等はぁぁぁっ!!!」

 砂塵が舞う。吹き荒れる暴風に、ティオとティアが不快な顔をしていた。大嫌いな風だ。忌々しい風だ。凶風だ、良くないものを運んでくる不吉の兆し。

 “風の後ろを歩むもの”が、エヌラスの左手に魔術刻印となって顕現する。

 手にするは白銀の回転式拳銃。指向性を持たせた魔術媒介としての形が最も安定して機能するリボルバーを手にして、エヌラスは銃口を突きつけた。

 

「そんなものでボクらを撃ち抜こうたって──!」

「ハンティングホラァァァッ!!」

 叩きつけるように叫ぶ。鋼鉄の魔獣と共に咆哮する。

 星空へ向けて銃口を掲げ、エヌラスは魔力を手繰り螺旋を描く形で白銀の回転式拳銃に纏わせると天を貫く。銃声は一発、放たれた弾丸は装填されていた全六発の魔弾。

 鋼鉄の魔獣が駆ける。地を駆け、野を走り、不意にエンジンタンクを開いてその内部からノートを無数にばらまき始めた。紫電を受けて術式が起動する。

 

「誰がテメェ等に無駄弾使うって言ったよ? 当たらねぇんだろ」

「……だったら」

「あー……うん、マズイよティア」

「……っ。そういうこと、かっ!」

 身を屈めて、飛び立とうとするティアだが、その足が動くことはなかった。

 

「追いかけられるはずがねぇわな。“風の後ろを歩むもの”だ、あれを追いかければお前たちは自分達の足を否定することになる。一応言っておくが、俺の“電導(コイル)”で加速させてるから光速程度だ」

 風より速い。光の速度で地上から発射された弾丸は宇宙へ到達し、そして──同時に六発の魔弾が星に刺さる。僅かに揺らぐ星辰、だがその程度。破壊には至らない。

 

「決定的な矛盾を抱え込んだ魔弾に対してお前たちの脚が反応するはずがねぇ」

「──だから? それで、こんなのでボク達の術式を壊せると思ったら大間違いなんだけど」

「バカかテメェらバーカ。自分で言ったんだろうがよ、ぶっ壊すのは俺の専売特許だ」

 屑星で結ばれた円陣を駆け巡る紫電は六発の魔弾による術式構成の核を逆探知。そして、基点となる一つの星に収束したエヌラスの術式が裁断していく。もはや邪神の策略などそこにはなく、ただ星星が瞬くばかり。

 それを見上げていたティオとティアだったが、さほど落胆した様子はない。別にその程度なら何度でもやれる。日付を跨ぐ、世界線を跨ぐその瞬間に術式さえ構成すればいいのだから。

 

「テメェらは逃さねぇよ」

「ふーん? おにーさんは追いつけないのにそういうこと言っちゃうんだ?」

「のろまのおにーちゃんは何言ってるんだろうねー、ティオ」

 脚を振り上げて、地面に打ち下ろす。

 結界の展開。陣地作成──自身に有利となるフィールド作成。魔術師であれば基礎中の基礎だ。それを極めるとどうなるのか。土地に寄るものではなく、自身に結界を纏う形で形成される。それは魔術の鎧であり、不可視の要塞だ。

 エヌラスはその基礎中の基礎ですら難しい。しかし、目指す背中は果てしなく遠い。その一歩が無駄だと、師は笑わない。ただ死ぬ気で駆け抜けろ、その一歩から諦めるなと背中を押してくれるだろう。

 いつだってそうだったのだから。

 

「悪いが、俺が追いつけない背中は一人だけで十分だ──テメェら如きに追いつけないようじゃ師匠に殺されちまう」

 ちょっとばかり、理解の範疇を越えて常識外の領域で生きる破天荒破茶滅茶支離滅裂にして奇妙奇天烈な無茶振りをしてくるような畜生オブ鬼畜ド外道の師匠ではあったが──ただの一度も、見捨てはしなかった。

 ハンティングホラーがばら撒いたノートに書かれた無数の暗号が、打ち込まれた魔力によって起動する。自分自身を基点とした領域内に効能を及ぼすもの、それは羽丘女子学園の敷地内を覆う形で顕現した。

 屋上にいた紗夜と日菜の目にも見える形で、その異変は起きる。

 身体の芯から揺さぶられたかのような感覚に目眩を覚えた。だが、頭を振るとすぐに症状が収まる。周囲を見渡す。何も変化が見られないが、日菜は外の景色が変わっていることに気づく。

 

「おねーちゃん、外。学園の外!」

「外? 敷地の外側が一体……!?」

 外側が、見えなくなっていた。まるで学園ごと場所をズラされたかのように、外の景色が霧に包まれている。

 ティオとティアは、それが人払いの効果を強化したものであるとすぐに看過した。確かにこれならばどれだけ暴れたところでこれ以上周囲へ被害が広がることはないだろう。

 落星術式の構築も、エヌラスを倒さない限り不可能だ──だが、それは決して二人にとって無理な話ではない。

 

「ふーん、こういうこと?」

「でもまだまだ、ぜーんぜん未熟だね。結界の維持が自分の魔力依存なんて三流もいいとこ」

「そうそう。こういうのは土地に打ち込まないと。こんな風にさ」

 二人が同時に脚を振り上げて、校庭に結界を打ち込んだ。テントを張るためのペグのように、一箇所。二箇所、三──合計六ケ所。エヌラスの結界を補強する形で。

 領域拡大のみならず、位相差結界として固定される。敵に塩を送る形で、余裕の笑みを崩さない二人に対してエヌラスは割れた額から流れる血を拭う。戻ってきたハンティングホラーが足と地面の隙間の空間に潜り込んだ。

 

「ありがとよクソガキ共」

「「どういたしまして」」

「くたばれ」

「そっちこそ」

「いい加減、野垂れ死んでくれていいよ」

 刀を鳴らし、銀の脚を閃かせながら両者が激突する。しかし、一人を相手にしていただけでも攻撃が当たらなかったというのに手数が増えてしまった以上は勝ち目など何処にもない。

 それでもエヌラスは諦めない。蹴り上げられ、打ち上げられて屋上に踵落としで吹き飛ばされて壁に身体を打ちつけても、まだ前に進む。治したばかりの身体がまた壊れていく。その都度、再生していく。まるで壊れたブリキの玩具のように全身が軋む。

 裂傷打撲に出血骨折と、激痛に苛まれ押し止められても。レスキューサインを全てねじ伏せる。自分を突き動かすのは、怒りだけだ。吐き出しようがない、堪えようのない怒りだけが衝動のままに身体を動かしている。

 

 エヌラスは、泣きそうな顔で目を伏せていた紗夜にサイバネコートを脱ぎ捨てた。それを受け取り、戸惑う顔に一言だけ警告する。

 

「それを二人でかぶって、屋根のある場所に避難しろ」

「な、なんで……!?」

「いいから早くしろ、怪我したくないならな」

 

 ──血が出ていた。数えきれない怪我をしていた。手負いの獣が、目の前にいた。なのに、止めることが出来ない。

 自分がやるべきこと。やらなければならないことに向けて、まっすぐに。本当に血反吐に塗れて死力を尽くしている。

 光に向かって進むような輝かしさはないけれど。

 無限に広がる絶望の中にあって、折れない心が進む足取りは強かった。迷いなどないのだと。猛弁に語っていた。

 コレしか無い。自分には、この道を行くしかないのだと。血を滴らせながら背を向けて離れていく姿に、手を伸ばしそうになった。引き留めなければと。

 

 日菜は、宇宙の外側に行ってみたいと言った。もしも、その先に広がるのが新世界だったとして──孤独に耐えられるのだろうか。

 家族も、友達も、姉妹も、誰も頼れない場所にたった一人で来て。

 ずっと、こんな戦いをしてきたのだろう。地球に来る前から。ずっとずっと昔から、遠い過去から、果てしなく遠い旅路の最中に、出会ってしまった。

 燃えるような獣を見た。自身の炎で身を焦がし、心を焼き尽くす程の怒りに燃える獣を見た。

 鮮血を焚べて、傷を抱えて、それでも前に進む──その先に、光が無くても。

 妹を殺されたと言っていた。心が引き裂かれる、さぞ悔しい思いをしたのだろう。

 右腕が壊れたとも言った。左目の刀傷も。

 

「──どうして。そこまでして…………あなたは」

 気がつけば、問いかけていた。

 そこまでして。

 その疑問に、足を止めて。ただ一言だけエヌラスは答えた。

 

「許せねぇんだ。俺を含めて、全部」

「……全部?」

「邪神は殺す。眷属も皆殺しだ。一匹残らず鏖殺する。俺の一身上の都合だ。そんなんに巻き込まれたくねーだろ、お前たち人間は」

「だからといって、そこまでの怪我を……」

 指を突きつけて鼻で笑う。

 

「オカルトハンターの仕事も楽じゃねぇんだ、わかったら行け」

「…………、」

 紗夜は、日菜を連れて扉に手を掛けた。ノブを回そうとして、それでもやはり一言だけでも言わなければ気が済まなかった。

 

「エヌラスさん」

「あ? なんだ」

「────」

 なんて、言おうか。何かを言いかけて、言葉を探して──。

 

「……死なないでください」

 そんな、くだらない当たり前のことを口走っていた。

 左腕に風を纏い、右腕に業火を掴んで。二挺拳銃を携えると後ろ手を振りながら、軽い調子で。

 

「生憎と、生まれてこのかた一度も死んだことはねぇよ。心配すんな」

 そんな当たり前のことを言うものだから、呆れてしまう。

 屋上の扉を閉めた瞬間、銃声と衝撃に背中を押される。早く離れろと言わんばかりに。

 日菜と階段を駆け下りる紗夜の手には、しっかりと妹の手が握られていた。

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