【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二三四幕 妖艶乱舞

 

 ――花咲川女子学園の中で繰り広げられる肉弾戦。エヌラスの魔道発剄を、玉藻御前は妖怪である己の手足で捌き切る。反撃に転じ、それをまた聴剄によって流れを汲み取り受け流す。一見互角に思えて、その実エヌラスの方が劣勢だ。長期戦が不利になるのは理解している。短期決戦に持ち込みたいが、それを見越して玉藻御前は受けに徹した。

 ドラッグシガーと“黄金の蜂蜜酒”の効力が切れかかって、補給に手を伸ばした瞬間――玉藻御前が攻めに転じる。

 

 二年B組より廊下に跳ね飛ばされ、生徒たちの悲鳴を背に受けながらエヌラスは体勢を整えて玉藻御前の身動きを封じた。

 

「早くこっから離れろ!」

「ええい、小癪な!」

 肘鉄からの背負投げ。廊下に背中を打ちつけて咳き込む頭に、震脚が打ち込まれそうになる。それを寸でのところで避けながら足を払う。エヌラスは香澄達が避難するまでの時間を稼ごうとやぶれかぶれで玉藻御前に組みつき、力任せに投げ飛ばした。空中で軽やかに体勢を整えて着地する姿を見てエヌラスは眉を寄せる。

 それから、悪い顔をした。

 

「はっはぁん? へぇ、ほほう……なるほど?」

 パキ、パキと指を鳴らして二度三度とその場で軽く跳ねる。それから構えた。

 戴天流派の構えではない。腰を軽く落とし、足を開いて両手を顔の高さまで上げて前へ。

 その構えを見た玉藻御前が鼻で笑う。先程までの内家拳の矜持を捨てたであろうことは構えで分かる。外家拳としての方がまだ理解に及ぶ。

 

(血迷ったか、所詮は人の子だ!)

 玉藻御前が屈み込み、地に這いつくばるほど身を伏せてから跳躍する。上空ではなく、水平に。長く伸ばした爪を振るうが、エヌラスはそれを外側から受けて側面に回り込む。次の手に玉藻御前が対応しようとして、細くしなやかな腰に優しく手を回される。

 階段の踊り場まで避難していた有咲と美咲がそれを見て、足を止めた。突然抱きついてどうしたのか、と。

 エヌラスは両手をしっかりとホールドして、震脚で校舎を揺らしながら玉藻御前の身体を持ち上げる。

 ブリッジを組む形で後ろへ放り投げる、それは綺麗なバックドロップだった。

 

「あの人どんだけ格闘技やってんだよ……」

「拳法にプロレスに銃と刀と……考えるだけで頭痛くなりますね」

 あと魔術。声に急かされて二人が慌ただしく階段を駆け下りる。

 

 頭から廊下に叩きつけられた玉藻御前が眩む頭を揺らしながら起き上がる。しかし、振り返ってもそこにエヌラスの姿はなかった。

 どこへ、と振り向こうとした瞬間に影が伸びる。

 

「む、がっ!?」

 頭を挟む形で足が伸びてきた。ヘッドロックと同時に上体を起こして、エヌラスは腰を捻りながら玉藻御前の首を折る勢いで全体重を総動員する。

 起き攻めのフランケンシュタイナーによって二度、頭部を廊下に叩きつけることとなった玉藻御前が悶絶した。今度は起き上がらせる隙を与えずに身体を翻す。

 エヌラスは玉藻御前の手を引き、起き上がらせながら柱に頭を打ちつけた。攻撃を頭部に集中させて相手の判断能力を奪う。たたらを踏む玉藻御前の首に手を回す。

 一瞬の整息。フロントネックロックによって首から息が絞り出される。

 

「ガッ、か、か……! ギッ、いぃ――――!」

「流石は大妖怪、この程度じゃくたばらねぇか! いーのかぁ、そんな力んじまって!」

 頸動脈を絞め上げられて、歯を食いしばる玉藻御前はエヌラスの腕を振りほどこうとするが首の骨をへし折らんばかりに力が込められていた。

 足が持ち上がる。身体が宙に浮いた辺りから異変に気づいた。このフィニッシュホールドは何かがおかしい。自分の視界いっぱいに広がるのは、地面。

 ネックロックからの垂直落下式ブレーンバースターが玉藻御前の頭部を直撃する、もちろん受け身など取っている暇など無い。

 花咲川女子学園に響く轟音は、大妖怪が廊下に打ちつけられた衝撃からだった。

 顔を覆い、玉藻御前が悶絶している。指の隙間から血が滴り落ちた。

 

 エヌラスの目論見どおり、玉藻御前は“これらの技を知らない”ようだ。時代が違えば栄えた武術も異なる。あくまでも見世物としての格闘技ではあるが、それでも使い方と場所次第では殺人技になり得る。――もっとも、エヌラスの場合は相手が総重量が何百キロというサイボーグだったこともあるのだが。

 額から流血した玉藻御前が鼻を鳴らす。脳の奥にまでこびりつくような、柑橘の香り。見ればエヌラスはこれみよがしに、余裕の一服を燻らせていた。

 

「どうした。おら、立てよ? なんべんでもぶん投げてやる」

 煙草を咥えたまま挑発する素振りを見せる相手に、玉藻御前は腸が煮えくり返る一心だった。揺らぐ視界に、額から流れ出る鮮血を拭い去って犬歯を剥き出しにして歯を食いしばる。その背後が陽炎で揺れた。それはまるで、九本の尻尾のように。

 

「ふ、ふふ……くっくくく、カカカカカっ!! 怒りで頭がどうにかなってしまいそうだ! 貴様のような馬鹿、殺すだけでは飽き足らんわッ!」

「馬鹿ほざけ。この程度の重症人に手間取る妖怪なんぞに殺されるかよ」

 ドラッグシガーによる強制励起の反応が薄くなってきたことにエヌラスは背筋に薄ら寒さを感じながら駆け出し、案の定、急激な目眩に襲われた。足取りがふらついた顔にすかさず打ち込まれる玉藻御前の掌底。直撃したエヌラスが廊下を転がり、体勢を整えた。その背後から小さな悲鳴が聞こえてくる。

 振り返れば、三年生達が避難しようとしていたところだったようだ。先陣を切っている紗夜が何か言いたげにしている。

 エヌラスは視線を下に向けて、咥えていた煙草を掌の中に隠した。

 

「校内全面禁煙だっけ?」

「馬鹿なこと言ってないで早くなんとかしてください!」

「へいへい。相変わらずおっかねぇこと」

 すかさず距離を詰めてくる玉藻御前の気配に向けて、虫を払うような鞭打。ぺちん、と蚊ほども痛くないはずの牽制に、しかし「ぎゃっ!?」とうめき声を挙げていた。

 見れば、エヌラスの指の隙間に火が点いたままの煙草が顔を出している。片目を閉じて憤怒の形相を見せる玉藻御前に怯える紗夜達に、ヒラヒラと手を振ってエヌラスが背を向けた。

 

 滲んだ血と、汗でよれた包帯。その背中を見て、ああやはり、と思う。

 この人は、戦いの中でしか生きられない人なんだと。

 それが、どうしようもなく現実として突きつけられて、少しだけ寂しく感じてしまう。

 それからふと、思い出す。――この人は、いつから魔力の最適化をしていないのだろう。

 

「エヌラスさ、――」

 何かを言いかけた紗夜の口に、エヌラスが新品のドラッグシガーを咥えさせた。それからすぐに取り出して、自分の口に咥える。

 

「今はこれで我慢してやる、さっさと行け」

 飛びかかる玉藻御前と激しい肉弾戦を繰り広げ、やがて互いの拳が顔面に突き刺さった。後ずさる足を電磁加速で無理やり前へ押し出してヘッドバットが相手の小綺麗な鼻っ柱に打ち込まれる。首と足の隙間に手を回り込ませて担ぎ上げると、廊下を走り、勢いよく飛び上がった。

 着地の衝撃によってアルゼンチン・バックブリーカーが玉藻御前の背中から悲鳴を挙げさせる。さらに相手を肩に担ぎ上げる形から、エヌラスがクラッチ。

 三度、花咲川女子学園の廊下に玉藻御前の頭部が突き刺さる。ツームストーン・パイルドライバーによって玉藻御前の身体が横たわった。

 受け身を取り、離れたエヌラスは相手の様子を窺う。先程よりも妖気が膨れ上がっているのが肌で感じ取れる。

 

 ざわ、と。廊下を生ぬるい風が駆け抜けた。黄金の髪が波に漂う。その頭部より、一対の耳が跳ねた。

 腰から二本の膨らんだ尻尾が姿を表す。それを見たエヌラスが、ドラッグシガーに点火しながら舌打ちをこぼした。

 

「やっべぇなオイ……」

 

 

 

 ――校舎より避難してきた紗夜達を、香澄達が迎える。校庭に教師達と集まって息を整えていたが、それからすぐに誰かが校門を指差した。視線を向ければ、そこには赤い鬼が一人。

 酒吞童子を討った後、玉藻御前の様子を見に来た童子切安綱だった。騒々しいメンバー達の顔を見てすでにもう嫌な顔をしている。駆け寄ってくる香澄達から事情を聞いて、呆れていた。

 

「と、いうわけなんです! エヌラスさんを助けてください!」

「断る。誰があの馬鹿の助力などするか」

「そんなぁ~……」

「……が、あの女狐を放っておくわけにもいかん」

 生徒達の波をかき分けて、童子切安綱は太刀に手をかける。だが、校舎へ向かう足取りを止めて眉をひそめた。

 窓ガラスを突き破って二階から飛んでくる人影を見てすぐさま空中でキャッチする。

 

「相変わらず血だらけだな貴様」

「うっせぇわボケカス」

 見れば、上半身を覆っていた包帯が真っ赤になっていた。身体を引き裂く爪痕を見れば一目瞭然、着地した童子切安綱はエヌラスを突き飛ばす。よろけながら立ち上がり、互いに食ってかかる姿を眺めていた紗夜と千聖は頭を抱えた。ああ、またか、と。

 

「大体テメェどこで何してたんだよ来るなら来るでもうちょい早く来いやこちとら絶不調極めて割りとギリギリなところで踏ん張って頑張ってどうにかしてきてんだぞ!」

「ええい、うるさいやかましい騒ぐな馬鹿か貴様! いいやすまん、何も言うな。喋らずとも馬鹿が滲み出ている」

「喧嘩売ってんのかテメェ!?」

「買って三枚に降ろしてやろうか貴様!?」

 喧々囂々、なんというかいやはや。喧嘩するほど、とは言うが時と場合と状況を選んでもらいたいものだ。等と言っている暇もなく、校舎から飛び出してきた新たな人影――それは、白金の炎を揺らす玉藻御前の姿だった。身体のところどころが獣となっているのは、本性の顕れだろう。

 揺れる二本の尻尾を見て童子切安綱が舌打ちをこぼす。

 

「魔術はどうした」

「ほとんど使えねぇから生身だ」

「……それであれと張り合ってたのか?」

「馬鹿の一つ覚えだ、覚えとけバカが」

「おい。そこを動くなよ」

 鯉口を切り、エヌラスからやや距離を置いて童子切安綱が刀を抜いた。その刃は、狙い澄ましていたかのように顔を掠める。

 それから、顔を押さえて後退るエヌラスの指の隙間から血が滴り落ちた。それを見ていた紗夜達がどよめく。

 

「ふん。言っておくが、貴様に助太刀するわけではない」

「ったりめぇだ。人の手柄を横取りなんかされてたまるか!」

 影が揺らめいた。

 

「――ハンティングホラー、《終焉(ヲワリ)の太刀》寄越せ。でなけりゃ《モーラ》だ」

《…………》

「あ!? お前さては使ったな!? 使った上にぶっ壊したな!? 人に許可なく使いやがったなお前!?」

 ブォン。突如、影から出てきた大型自動二輪車にエヌラスが轢かれる。腰を押さえてよろめく姿に、野太刀の柄と鞘が突き出された。

 

「いってぇ!! て、っめ覚えてろよ……! あと倭刀落としたから拾っといてくれ」

 ハンティングホラーは二度轢く。エヌラスの顔面を強打するフルカウルの車体。主人を足蹴にして満足したのか、すぐさま影の中に消えていった。

 

「……貴様はいつもそんな調子でやってきたのか?」

「こんな調子でもねぇとやってらんねぇよ……!」

 鼻血を拭いながら、改めて玉藻御前と向かい合う。

 

「さて、こちらは二人がかりだ。卑怯などとほざくなよ、大妖怪」

「カッカカカ! 誰が! むしろ望むところ! ええ、源氏の重宝! 貴様が忘れてもわらわは忘れんぞ! この、恨みばかりはなぁ!」

 妖気の陽炎とともに、その身体が衣服を引きちぎりながら膨張していく。徐々に、徐々に、際限なく大きく。

 人の姿から、前屈みに。地に這いつくばり、二人を。そして花咲川女子学園の生徒達を見下ろす程に。

 

 白面金毛九尾の狐、玉藻御前が本性を表す。

 黄金の怪物が二人の前に立ちはだかっていた。だが――エヌラスは鼻で笑う。

 この程度の怪物など、自分の知っている“黄金の獣”に比べればかわいいものだ。

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