【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二三八幕 矜持と責務

 

 二人の食事は、特にこれといった会話もなかった。そして終えるなり「俺は寝る」とだけ告げて童子切はどこかへと立ち去る。どこに行ったのかと聞けば、ベッドが気に入らないらしく外で寝ているらしい。現代文化の扱いに馴染んでもそこだけは慣れないようだ。

 キャンプとか好きそうだなアイツ。なんてエヌラスは考えつつも、食後のデザートまできっちり頬張りつつ寝ていた頭を起こす。とりあえず現在の状況確認。

 

「街の騒動はどうなったんだ?」

「はい。それについては概ね事態は収拾しました。ただやはり問題は……」

「俺のことか」

「……非常に申し上げにくいですが、その通りです」

「なんだ、その程度か。慣れてる、問題ない。それにこっちもそろそろ支度しておかないとな」

「そのことですが、こちらで幾つか品をご用意させていただきました」

「へ?」

「エヌラス、クリーム付いてるわよ」

 口の端に付いていた生クリームをこころが拭き取る。

 

「ハンティングホラー様よりご要望がありましたので」

「……おいちょっとハンティングホラー、なに請求したんだお前?」

 椅子に座ったエヌラスの足元から音もなくハンティングホラーが姿を見せた。屋内では大型二輪形態ではなく猟犬形態であることが多い。

 まず取り出したのは、黒のロングコート。その手触りと質感にエヌラスが頷いていた。

 

「俺が着てたやつにそっくりだな。耐久性はこっちでなんとかするが」

「どういった繊維質での構造なのか把握できておりませんでしたので、ケブラー繊維で仕立てさせていただきました。予備もご用意させていただいております」

「いや、これひとつでいい。なんなら、そっちの予備もちょっと手を加えるから寄越してくれ」

「よろしいのですか? しかし、一体なにを」

「世話になったついでだ。地球で再現不可能なマジックアイテムにしてやる。本物の魔術師が手掛けるんだ。大事にしてくれよ?」

「……具体的にはどういった」

「極限環境対応。防刃、防弾性能。撥水加工かつ対魔術コーティング。俺の故郷じゃそれくらいしないと軍用で出回らないレベル」

「戦争でもされてるんですか?」

「戦争の方がマシ」

 続けて、取引で入手した火薬をハンティングホラーより渡されて満足そうにしている。

 

「これはまた良質な奴だな。ちょうど切らしそうになってたんだ」

 在庫の状況も保管庫の主である愛犬が一番詳しい。だからこそ注文したのだろう。その代わりに何を渡したのかを尋ねると、貴金属の原石。それならば手元で腐らせているのでちょうどいい。

 

「そういえば、このような品を譲っていただきましたが。これは?」

「なにかしらこれ。ぷかぷかしてて綺麗だわ」

「ああ、それか。大したものじゃないが、そんなんでいいなら譲るわ。部屋のインテリアにでもしといてくれ」

「どういった物なのですか?」

「あー……ナイトランプみたいなもんだ。月明かりに反応して中の鉱石が光を放つってやつ。なんでそんなもん持ち歩いてたんだか忘れたけどよぃってぇ!!!」

 エヌラスが愛犬に手を噛まれる。

 

「なにしやがんだテメェは! ったく……、でもコイツが譲ったんなら俺が使うことはないってことだ。部屋にでも飾っといてくれ」

「わたしがもらってもいいかしら。ぷかぷか浮いている石なんて不思議ね」

「絶対に蓋を開けるなよ。危ないから」

 どう危険なのか尋ねると、魔術の触媒やら霊薬や何やらをうまい具合に調合した品。並の魔術師であれば浴びれば即死級。なんでそんな物をインテリアに使うのか理解に苦しむものの、それぐらいでもなければ“インテリア”ですらないという。常に死と隣り合わせくらいがちょうどいい。

 こころもそのナイトランプが気に入ったのか中の鉱石に負けない程目を輝かせていた。そんな横顔を見つめて――エヌラスは、不意にそれをなぜ持ち歩いていたのか思い出す。

 取るに足らない、些細なことだったが。

 

「……お前のせいで余計なこと思い出したじゃねぇか、こんにゃろめ」

 軽くハンティングホラーの頭を叩く。

 

「その商品の名前、“月の心”って言うんだ。月の満ち欠けで光り方が変わるからな」

「そうなのね! すっごい偶然だわ、わたしとおんなじ名前だなんて」

「アタッチメントパーツでランタン代わりにもできるけど、あったっけな……」

 用意がいいことに、すぐに持ち手とケースを取り出した愛犬に目も合わせずに受け取ると、こころが持っていたナイトランプの瓶に取り付ける。

 さてはお前、商品名覚えてて渡したな? エヌラスの視線に気づいたのか、ハンティングホラーがそっぽを向く。この野郎。

 

「そうだわ! わたしからもエヌラスに贈り物があるの! あとで見せてあげるわね」

「お、おお……そっか。楽しみにしとくわ。執事さん、他には――」

 エヌラスは執事達が用意してくれた品物と交換した品々の説明をしていた。その全部がマジックアイテムだったが、影響の無いレベルの物ばかり。安全性に考慮したものばかりなのを確認したのち、それらの対処法も加えて伝えておく。しかし、術者の手元から離れれば自然消滅するばかりのものだ。危険性は皆無に等しい。

 とはいえ、だ。弦巻家には返しきれない恩があるからといって贔屓するのも忍びない。

 エヌラスは童子切が就寝している内に、ガールズバンドメンバー達への贈り物を考える。もちろん、自分のことは最優先。コートを魔改造しながら、あれでもないこれでもないと手を動かす。

 こころはそんなエヌラスのそばに付きっきりで手元の作業を眺めていた。

 

「……見てて楽しいか?」

「? たのしいわよ?」

「ならいいんだ。さて、自分の分は終わったから軽く気分転換だ」

 童子切安綱の様子でも見てこようと腰を上げると、やはりこれまた付いてくる。学校の方はどうしたのか、と聞こうとも思ったがどうせ不審者だの学校の工事だのでごたついて休みだろう。

 

 弦巻家の邸宅に世話になってからというもの、勝手知ったる人の家。我が家のようにくつろいでいるが、もうじきここともお別れかと思うとやはりどこか寂しさが込み上げてくる。

 しかし、エヌラスはひとつ疑問があった。これだけ長期間滞在していたが、一度もこころの両親の顔を見たことがない。

 

「どうかしたの?」

「そういや、こころの両親の顔見たことねぇなって思ってよ。考える余裕もなかったんだけど、普通に考えたら一つ屋根の下に大事な一人娘と、こんなよくわからん奴を置いとくものか?」

 自分で言っておいてなんだが。しかし、それについては執事たちは事情を聞いていたのか、顔を見合わせて頷いている。

 

「そのことについてですが、エヌラス様。覚えていらっしゃいますか? 最初の刀剣付喪神事件のことを」

「ああ。苦い記憶しかねぇが、それがなにか関係あるのか?」

「その時からすでに、旦那様はエヌラス様の存在に気づいておられました」

「…………は?」

「より正確には、新種の未確認生物『ブラッド』として世界的に有名になられた頃からです」

「ちょ、ちょっと待て? えーとそれは確か……俺が現地人に影で呼ばれた頃だからー……」

 まだ凶星の双子、ティオとティアの二人を追っていた頃――つまり、ほぼ最初から存在を認知していた?

 

「なんで!?」

「覚えていらっしゃらないと思いますが、一度エヌラス様は旦那様方と出会っています」

「いや全っ然覚えてねぇわ。なんだったら意識してなかったから顔も覚えてねぇし」

「ですがその時点で、何かただならぬ事態が起きていることは予期していたようです。まぁそれがまさか日本で、それもこれほど身近な存在になるとは思いも寄りませんでしたが……」

 付喪神事件の際、弦巻家の介入があったからこそ世間的には穏便に済んでいたことは記憶にある。だがまさか、それよりも以前に自分が出会っていたとは思いもしなかった。記憶にすらないのは自分がそれほど余裕がなかったからだ。

 思い出そうとしても朧気にしか出てこない。

 

「……とんでもねぇな」

 そんな相手の一人娘が甘えん坊の猫ちゃんみたいに隣にいるわけですがこれについてはなにか一言ないんですか旦那様。

 

「こころお嬢さまが大変楽しそうなので。エヌラス様もご不満はないようですし」

「お客様満足度アンケートがあったら花丸満点くれてやるわちきしょうが」

 しかし、そうなるとエヌラスとしては面白くない。まるで掌の上で踊らされていたようで。不愉快というわけではないが、自分の至らなさに腹が立つ。

 廊下を歩いて、ふと外を見れば木陰に童子切安綱の姿が見えた。太刀に頭をあずけ、あぐらをかいたまま目を閉じて眠っている。燃え盛る赤い髪が黒髪となっていることに眉をひそめつつも、エヌラスはすぐに視線を外した。なにかあればすぐにでも駆けつけてくるだろう。

 気分転換に邸宅の散歩もしたことで、エヌラスは改めて気合を入れる。支度は早めに済ませておくに越したことはない。

 それに、別れの挨拶をする時間も必要だ。

 

 

 

 ――氷川家。

 学校が一日休みとなったが、明日からはまたいつも通りだ。氷川紗夜はそれでも気を抜くことなく予習とギター練習、それと少しだけ息抜き程度に『NFO』もログイン。

 その直後に、スマホに着信が入った。相手は誰かと画面を見れば「エヌラス」の文字。少しだけ息を整えてから、着信を取る。

 

「もしもし。珍しいですね、貴方の方から電話をしてくるなんて」

『言われてみりゃそうだな……元気そうでなによりだ』

「それは私の台詞です。みんなの前であんな無茶な姿を見せて、どういうつもりだったんですか」

『どういうって、ああしなきゃならんかったからだが?』

「……その口ぶりからすると、怪我も大丈夫そうですね」

 おかげさまで、と声の調子を聞くだけでわかった。

 そういえば随分と長く元気な姿を見ていなかった気がする。

 

「それで、なにか私に用でも?」

『まぁ世話になったし、渡しておきたい物があるんだ。ガールズバンドそれぞれにな』

「そんな暇があるんですか?」

『俺のスケジュールはともかく、忙しい青春生活のそっちは限りがあるだろ? だから聞いておきたいんだよ、暇な時間』

「明日には学校も再開するのでやはり週末に……」

 残り七日。週末になれば、残り二日もない。将軍の言葉を信じれば、人類滅亡までのカウントダウンだ。果たしてそんなギリギリで大丈夫なのだろうかと不安に翳る紗夜が押し黙る。

 

『大丈夫だ』

「……、」

『信じろ』

 誰を、とも。何を、とも言わなかった。

 だがその一言だけで、沈んだ気持ちが再び前を向いた気がした。

 

「わかりました」

『ああ。そういや、リサとかは大丈夫だったのか?』

「みなさん無事でしたよ。『Afterglow』も、日菜の話ではパスパレのみなさんも無事でした」

『それが聞けてこっちも安心した』

「……それで、こちらもひとつだけ聞いてもよろしいですか?」

『なんだ?』

 ――氷川紗夜の脳裏をよぎるのは、超電磁抜刀術を苦もなく打ち返した赤い鬼の姿。

 その鬼の口から宣言された。

 

「……童子切安綱さんとは、戦うんですか?」

 紗夜の言葉に、エヌラスは言葉を詰まらせている。悩む様子だったが、静かに肯定した。

 

「戦う理由を聞いても?」

『ぶっちゃけ俺には無いな。アイツと戦うのだけは避けたいのが本心だ』

「勝算はあるんですか」

『無いことは無いが、どうだろうな。滅茶苦茶強いしな童子切。下手すりゃ負けるかも知れん』

「そんな弱音吐かないでください」

『俺なんかよりもよっぽどアイツの方が頼りになると思うけどな、日本に限って言えば』

「……それでも、貴方の負ける姿は見たくありません」

『俺もだよ。だが、あいつが日本最強の付喪神なのは否定しようがない事実だ』

 なら、逃げてしまえばいいのに。戦う理由が無いと、逃げてしまえばいいのに。何も言わずに立ち去ってしまえばいいのに、とさえ考える。

 

「逃げないんですか」

『そりゃ、だってなぁ……? 鬼を切るんだと。そういう名前を授かって、その生き方をすると決めた奴が、俺を悪鬼と呼んで斬らなきゃならんとまで言ってるんだ。ほんと、なんつうか不器用な奴だよあいつは』

 人のこと言えた義理じゃないだろうに。

 

『――紗夜、覚えてるか。美術館で刀剣の展覧会に行ったこと』

「ええ」

『アイツはどうあれ、生き残った最後の一人なんだ。だから、童子切には責任と義務がある。この国を守るという責務がある。その務めを果たすために俺を斬らなきゃならないってのは筋が通った話だ。だってのに、俺だけ逃げるってのもなんつうかさ……後味悪ぃじゃん?』

「……どうしてですか? 貴方には、童子切さんの責務も、覚悟も関係がないじゃないですか」

『ある。俺は、同じような理由で和泉守兼定を斬った』

「っ――戦う理由はないのに、逃げる理由もないから……あの人と殺し合うんですか」

『困ったことにな』

 他人事のような気軽さに、喉まででかかった言葉を飲み込む。

 この人は、こういう人だ。なんだかんだお人好しなのだ。

 逃げずに正面から相手の気持ちを受け止めて、それでいつも痛い目とひどい目に遭っているのに懲りない、馬鹿なお人好しだ。

 

「本当に馬鹿な真似ばかりするんですね、貴方は」

『自慢じゃねぇが見てて飽きないだろ』

「心臓がいくつあっても足りませんよ」

『長生きしろよ。それじゃ、そろそろ切るぞ。他に連絡しときたいやついるし』

「はい、それでは。失礼します」

 通話を切ってから、紗夜は椅子の背もたれに体重を預ける。

 目に焼きついてしまった。耳に残ってしまった。

 あの人の背中が。あの人の意地が。

 満身創痍の矜持と咆哮を思い出すだけで、顔が熱くなってしまう。

 

 ずっと変わらないままのログイン画面に、そこでようやく気づく。

 自分が、もしも――ゲームのように戦えたら隣に居れただろうか。

 そんなことを考えて、すぐに振り払った。それでもきっと、隣には自分以外に相応しい誰かがいるはずだから。

 それが少しだけ胸を引っ掻いて、上手く言葉にできないまま氷川紗夜はゲームの画面に集中した。

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