銀鍵守護器官で自己再生するエヌラスと違い、童子切安綱は身体を起こすこともできずにいた。それを見下ろして腕を組み、ため息をひとつ。
腰に帯びた天下五剣の“権能”を、扱うことができる――そう言っていたのを思い出した。首を落としかけた大典太光世の“剣術無双”すら今やお手の物。それを思えばこそ、童子切安綱は太刀を全て手放して挑んだ。
「……俺の首を獲らんのか」
「いらねぇよ、大将首なんか。お前は必要だ、リサ達を守ってもらうためにもな」
最初に喧嘩と言ったはずだ。命のやり取りではなくて。それなのに、口をついて出た言葉は、やはり合戦の習慣。
郷に入りては郷に従え。
「それでも――お前が望むなら、その命は俺が預かる。だからまだ勝手にくたばるんじゃねぇぞ」
「…………この程度で、誰がくたばるか――阿呆めが」
エヌラスから顔を背けて、童子切安綱は動かない。どれだけの怪我をしているかなど、殴り合った当人達が最も理解している。
「刀持ってくる、そこで寝てろ。リサ、なんもしないだろうけど見張っといてくれ」
逆のような気もしたが、リサは頷いた。
遠ざかる背中を見て、それから仰向けになったままの童子切安綱を見つめる。
額は割れて、顔は腫れて、青痣まで作って。無数の内出血に、血だらけで。どうしてこんなになってまで喧嘩なんて始めたのか――それはきっと、多分。男の子にしかわからない。意地とか、譲れないものがあったからこそ。
「……今井リサ」
「ぅえ!? な、なに?」
「貴様、どうやって結界に入ってきた?」
「ど、どうって? えっと……普通に?」
多分普通じゃないけど。
リサは童子切の気を紛らわせようと、外から見た状況を説明した。すると、そこにエヌラスが天下五剣と篭手を持って戻ってくる。ついでに自分のコート等も一緒に。
「ほれ。さっさと治せ」
倒れて身動きの取れない童子切安綱の胸板に放り投げられた国宝四振――正確には、鬼丸国綱は御物として国宝に換算されないが――に、傷口を殴られて悶絶していた。
「ぐぉぉぉぉ……!!!」
「ちょっと、そんな雑に扱わなくても」
「いーじゃねーか、これくれぇで死なねぇよコイツ」
「……っていうかエヌラスさん、怪我大丈夫なの?」
「治った」
ただの殴り合いだったしな、と付け加えて。
「化け物め……」
「てめぇが言うか、日本妖怪め」
いつの間にか腕の怪我も治っている。左目も元通りに視えているのか、しっかり開かれていた。
「で。なんでリサは入ってきたんだ? 人払いの結界も含めていつもより強力なのにしてたはずなのにな」
「――外に氷川日菜を待たせているようだぞ」
「なんで見えてんだよこの結界がよぉ。お前手ぇ抜いたんじゃねぇだろうな」
「たわけ。そんなはずがあるか。問題があるとしたら貴様の術だろう」
「頭に問題あるやつの作る術が問題ないわけねぇだろうが」
「張っ倒すぞ貴様!」
しかし、エヌラスもそれは疑問に思っていたのか腕を組んで考え始める。
リサと日菜の共通点。――秒で解決した。そして、もしそれが予想通りならえらいことになる。
「……うん、わかった。解決したわ。ほんっとクソみてぇな体質だわ」
「言ってみろ」
「俺とキスしたからだな」
「――――」
みるみるうちにリサの顔が赤くなっていく。耳まで赤くしてから、顔を背けて俯いてしまっていた。
「魔術師との粘膜接触ってのは、そういうこと。残留魔力が反応してちょっと見やすくなってるんだろ。まぁそれも俺がいなけりゃ一月経たずに無くなるとは思うが……だから心配すんな、リサ」
「原因貴様か」
「うるせ、やかまし。なんなら地球で起きてる事件そのもの全部そっくりそのまま俺が原因だ」
「はやいところ用事済ませて貴様日本から出てけ。これ以上面倒増やされてたまるか」
「俺の仕事増やしやがった野郎が何ほざきやがるか!」
童子切安綱が跳ね起きて腰帯に太刀を結んでいくと、首を鳴らす。
「……治ったか?」
「ああ。ひとまずは動ける、問題ない。外に待たせてるのだろう? さっさと出るぞ」
「お、おう……」
てっきり斬り掛かってくるものだと身構えていただけにエヌラスは少しだけ拍子抜けした。が、童子切安綱が足を止める。
「貴様あとで覚えていろよ……」
「はは、こわっ」
エヌラスの嫌な予感は的中した。
氷川日菜を待たせていた、という童子切安綱の言葉から察するに。つまりはそういうことになる。粘膜接触経験者が結界を目視できる、という意味。
氷川紗夜がいた。日菜と二人で揃って話し込んでいた様子。
弦巻こころがいる。当然そうなればハロハピも揃っているが、なんとも言えない顔をしていた。
何故かポピパも揃っている。……なんで?
頭を抱える当事者を置いて童子切安綱がそそくさとさりげなく逃げようとしていたのを見逃さず、アトラック=ナチャで拘束しておいた。
「貴様なんだその蜘蛛の糸は! よもや土蜘蛛の生まれ変わりか血縁か!?」
「うるせぇ黙れ知らねぇ日本妖怪に親戚はいねぇ!!! 逃さねぇぞテメェ!!!」
おかしい。ポピパと粘膜接触した身に覚えがないが、果たして一体全体これはどういうことなのか。もしかすると自分の記憶にないところでなし崩し的にとかなんかこうそういうニュアンスでやっちまったことがあるのではないかとかなんとかかんとか、エヌラスは必死に思考を張り巡らせて――!
「こころちゃん達の付き添いです! 多分エヌラスさんが居ると思って!」
膝から崩れ落ちた。考えすぎだった。
「どうかしましたか?」
「なんでもねぇ……そんでもってなんでまたこんな勢ぞろいで。いや俺のせいだな悪かった」
「ハァ……。日菜もいるとは思いませんでしたけど」
「アタシも付き添い♪」
「それで、あの。勝負の結果って……」
二人が結果を言おうとするがその前に日菜が指を差してくる。笑顔で。
「エヌラスさんの勝ちでしょ」
「…………なんでまたそう思った? いやいい、言わなくてもわかった」
「「“るんっ”てきた」」
「エヌラスと日菜は本当に仲良しね♪」
とにかくこのままでは人目につく。場所を変えたい、という童子切安綱の提案に移動することになった。それなら別に結界の再展開で良いような気もしたが、無駄な労力を省きたいという考えらしい。
そしてエヌラスはなんとなく――非常に嫌な予感がしていた。
――ライブハウス『Circle』にて
「…………」
「………………」
どっかの誰かさんが大暴れしてくれたせいでお店で飼ってる閑古鳥絶好調。一日二日程度では傾いたりしないが、それでも犯人が連行されてきたら誰でも怒る。月島まりなだってそうなる。
「どうもー、エヌラスさんご無沙汰ですねー」
「はははそっすねー元気そうでなによりですぅー」
「なんで血だらけなんですかぁー?」
「なんででしょうねぇー俺めっちゃ血の気が引いてるんですけどねぇー?」
「うふふふふ、面白い冗談ですねー」
「あはははは、そっすかー。じゃあ俺帰って寝るんでー」
「逃がすか貴様ぁぁぁあああッ!!」
踵を返してフロントから立ち去ろうとするエヌラスを童子切安綱が低めのタックルから背負投げで床に叩きつけ、腕を抑え込んでいた。あまりに綺麗な一連のフォームに呆気に取られている。
「ぬぉあぁぁぁ……!!! ばかやろう離しやがれ、折れる折れる折れる!!!」
「ははははは! 貴様この程度だったか。離してほしければ自力でどうにかしてみろ!」
「……そっちのお馬鹿さん二人は放っておきましょう。香澄ちゃん達、この人たち連れて歩いてよく騒がれなかったね?」
「なんかエヌラスさんがいい感じにやっといてくれたそうです」
「魔術ってべんりねー」
実感のこもっていないまりなの後ろ。エヌラスと童子切安綱が再び取っ組み合ってる。
この二人、本当にまっっったくもって懲りない。だが、何故かそれを見ている日菜は嬉しそうな顔をしていた。
「なんだかエヌラスさん楽しそう?」
「楽しくもなんともねぇわ!」
「ふたりとも、それ以上暴れると通報しますよ」
紗夜の容赦ない一言に、エヌラスと童子切安綱が振り上げた拳を静かに下ろす。
「すいませんでした……それだけは勘弁してください……」
「……貴様本当に同一人物か?」
「はは、
「…………もし俺に来世があったらまず貴様から殺す」
野郎二人の物騒トークを聞き流しながら、香澄達は既にまりなと話をつけていた。
「エヌラスさん、行きますよー! 童子切さんも喧嘩ばっかしてないで早く来てください」
「今行く。ほれ、貴様が面倒見ないでどうするんだ」
「テメェが絡んでくっからだろうが、殴んぞ」
小突き合いながらも香澄達のあとに続くエヌラスの後ろ姿を見つめていたまりなが女性スタッフに声をかけられる。
「元気そうでよかったじゃないですか、エヌラスさん」
「本当にねー。別に心配してたわけじゃなかったけど、ちょっとは肩の荷が下りたのかな」
思い詰めた表情ではなく、あんな風に肩の力を抜いているのを見たのは、少し前に“友達”を連れてきていた時以来だったか。
それはそれとして病院には行ったほうが良いと思う――そうだあの人不法滞在の外国人だった。
……それはそれで通報したほうがいいのでは?
「「治った」」
そう主張して譲らないエヌラスと童子切安綱の二人は、濡れタオルで顔の血を拭う。ついでにアルコール消毒。綺麗さっぱりとしたところで、ようやく腰を落ち着かせる。
「はい! エヌラスさん!」
「なんですか元気な戸山香澄ちゃん」
「みんなと話し合って決めました! やっぱり、私達ライブしたいです!」
「香澄、それじゃ多分伝わらないと思うよ」
「あーーー……まぁニュアンスは伝わるわ……」
(すげぇなこの人……)
香澄は話し合った結果、やはり自分たちのしたいことがしたい、という意見に落ち着いた。
「エヌラスさんの送別会……っていうわけじゃないんですけど、それでもやっぱり私達の音楽を聞いてもらいたくて。それで紗夜先輩達にも声をかけてみたんですけど――」
「パスパレはちょーっと厳しいかなって。エヌラスさんの名前出したら多分いけると思うんだけどなー」
「俺の名前は脅迫の免罪符か?」
(違うのか?)という視線の訴えを審議拒否。
「『Roselia』としては、微妙なところですね。湊さん次第でしょうか」
「個人的には?」
「……折角の機会ですし参加して損はないかと」
相変わらず素直じゃない、というべきか。リサはそんな紗夜の意見に笑みを浮かべていた。
「そういうことなら、わたし達も参加するわ! 世界を笑顔に、ハッピー!」
「ラッキー!」
「スマイル!」
「「「イェーイッ!!!」」」
いつもの合言葉。
童子切安綱はそれを聞いて――ああ、たしかに悪くないな、と。薄く笑っていた。
「エヌラスの笑顔を今度こそ見せてもらうの! 楽しみに待っててちょうだい」
こころの一言に、美咲が疑問を抱く。
「エヌラスさん、まだこころの家で寝泊まりさせてもらってるんですか?」
「他に行く宛ねぇしなぁ、俺もコイツも。ま、別に出て行ってもいいんだが……」
「ずっといてもいいのよ?」
「それはそれでなんつーか、ちょっとなぁ。居心地良すぎて困る。香澄、そのライブってひまり達には伝えてあるのか?」
「バッチリです!」
その自信満々の笑顔にエヌラスが頷いた。
「なら、俺だけ遊んでるわけにもいかねーな。全員分の贈り物用意しとくよ」
「妖怪退治なら俺が引き受ける。そっちに専念しておけ、エヌラス」
「言われなくても任せるっつーの」
ぶっきらぼうな会話をする二人に、視線が集中する。
なにかあったかと眉をひそめるエヌラスに、何故か――みんなが少しだけ笑っていた。