ラウンジに全員が揃っていることを確認してから、エヌラスはソファーに座り、腰を落ち着かせた。その隣に童子切安綱が座る。
「全員分に贈り物用意するって話だったんだが――すまん、ちょっとスケジュールがギリギリだったもんで用意できたのはバンドごとのプレゼントになっちまった」
「計画性のない奴め」
「テメェがいなけりゃ用意できたんだよ」
「なんだ俺のせいか? むしろそれを見越して予定くらい建てられんのか貴様」
「俺の人生で建てた計画がうまくいったことなんて一度もねぇよ、主に他人のせいで! というわけでハンティングホラーはいズドーン!」
ぶおん。ラウンジに突如現れる大型自動二輪、流石に慣れたのか驚いているのは少数。慣れってこわい。
タンクから取り出すのは、まずは香澄達へのプレゼント。
ひし形のペンダントはライトに照らされてキラキラと光り方を変えている。それに合わせて香澄の目も輝いていた。
「いいんですか、こんなに綺麗なの貰っちゃって!」
「プレゼントだって言ってんだろうが。好きな色持ってけ」
「やったー! ありがとうございます!」
大喜びで香澄が選んだのは、ピンクのペンダント。有咲は黄色、沙綾はオレンジ色。たえは青色、りみは紫色とそれぞれを手にする。目聡く何かを見つけたたえが「あっ」と声に出した。
「どうしたの、おたえ?」
「これ。横のところにポピパって書いてある」
「えっ! あっ、ホントだー!! すごーい! これ全部手作りなんですかエヌラスさん!」
「…………そうだよ」
「照れてます?」
「こんな無邪気に喜ばれると、小っ恥ずかしい」
少しだけ顔を赤くしながらエヌラスが視線を逸らす。その先には、蘭が立っていた。思わず目が合ってしまって、何故か同時に顔を背ける。
「もうひとつ仕掛けがあってだな。香澄、それの横側を他のとくっつけてみてくれ」
「有咲ー!」
「ちょまっ、くっついた!?」
「じゃあもしかして……」
五人のペンダントがくっついて、ひとつの星を形作ると香澄が大盛りあがりしていた。
「まー喜ぶだろうなと思って仕込んだんだが、こんなに喜ばれるとは思わなかった……」
「貴様あんな仕掛け用意したなら他のもそうなんだろうな?」
「やめろや人のハードル上げんの! 一生大事にしろよ! はい次アフグロ!!!」
喜びのあまり、感極まって香澄が泣き出す。笑ったり泣いたりと忙しい感情だ、と横目で見ながら蘭達に手渡したのは細いチェーンを通した指輪。
「指輪……これ、サイズとか大丈夫かな……」
「蘭、悪いがそれは指に入れるようには作ってないんだ……」
「残念だったね~蘭」
「……別に期待してなかったし」
それぞれが手にして、それから何か仕掛けがあるかとひまりが尋ねる。エヌラスはチェーンを外してから、指輪を重ね合わせていく。すると、その中心部の空洞に淡い光が現れた。
指輪の中心で茜色に弱い光を放つものが何かと聞かれ、マジックアイテムの共鳴反応による活性化エネルギーだという。それ自体に何か効力があるわけでもなく、ただ光るだけ。
太陽のように眩しいわけでもなく、月明かりのように優しいわけでもない。だが、その灯りは心が安らぐ色で光っていた。
「……あっ」
しかし、蘭達が魅入っているうちに効力を失ったのかかき消える。
「消えちゃった……」
「そこまで強い鉱石使ってなかったからな。それでもたまにこうやって重ねると光るから、気分でやってくれ」
「……大事にします」
「でも本当にいいんですか、私達ジャケットまで作って貰っちゃったのに」
「それはそれ、これはこれ。いいから貰ってくれ、でないと俺が持て余す。はい次」
エヌラスが手招きしたのは『Roselia』。何を用意されるのかと身構える友希那の前に差し出されたのは――青薔薇。
「……――これは?」
「おーまーえーらーのぶん。いいから受け取れ」
「私達の?」
「そうだよ」
その青薔薇は受け取れば確かに重みを感じられる。ちょうど掌に乗せられるサイズのそれはライトの光を乱反射しており、輝いていた。
「これもしかして、宝石で作ったんですか?」
「そうだが? っていうか他のも全部そう」
思い出されるのは、宝石で作られた妖精のとんでもない価値。――まさかそれを作った張本人が手掛けた道具がこぞってこの場にいる全員に配布されることになろうとは考えもしなかっただけに手に収まっているペンダントや指輪の価値を考える。総額なんて考えちゃいけない。
青い薔薇の茎と葉は濃い紫色の鉱石で彫られており、高級感の漂う逸品となっている。燐子とあこが興味津々といった様子で手元を覗き込んでいた。
「本当はもうちょっと普段遣いできるような小道具にしたかったんだが、そういうのよりもこういうインテリアみたいな方が友希那達らしいと思ってな」
「……ありがとう」
「それとは別に。リサ、これやるよ」
エヌラスが握らせたのは、ノンホールピアスの青薔薇。雫の中に収まった満開の薔薇は花弁一つ一つに至るまで精巧無比な技術が盛り込まれており、目を凝らせば葉脈まで見える。
「…………手作業?」
「職人技ってそういうもんだろ?」
気が遠くなりそうだった。
「一番世話になったしな。おまけ。はい次、ハロハピ!」
「どんな贈り物を用意してくれたのか、ワクワクするわね!」
「お手柔らかにお願いしますね……」
「バカ言いやがれ手加減なんかしねぇよ」
そう言いながらもエヌラスが取り出したのは、五人分のブレスレット。ハロハピらしい、黄色と赤とオレンジに白のラインを織り交ぜられていた。ミッシェルの顔と、風船のアクセントも目を引くデザインとなっていた。これに、香澄に負けないくらい顔を輝かせたこころがエヌラスに飛びつく。危うく倒れそうになるのを童子切安綱が片手で押さえていた。馬鹿力め。
美咲が手に取り、ブレスレットの裏側に黄色いラインが走っているのが見えた。花音が手にしたのを見れば、紫色。それから髪の色を見て、頷く。
「これ、こころのじゃないかな。裏側のラインが髪の色になってるし」
「じゃあこっちのは、みーくんのだね。黒いもん」
「ならこちらは花音のだろうね。ふふ、こういう細やかなデザインもまた儚いね……」
目立たないように位置も考えられているのか、ちょうどミッシェルの顔の裏側となる留め具を外して手首に巻いてみると驚くほど違和感がない。そもそもにしてブレスレット本体の重量が感じられないほど軽かった。試しにと軽く腕を振ってみてもズレることがない。
「あの、エヌラスさん。これものすごく付け心地良いんですけど」
「付けてるの忘れちゃいそうなくらいかるーい! すごいすごーい!」
ブンブンと腕を振っているはぐみだが、その手首に巻かれたブレスレットが動く気配はなかった。そしてこころはエヌラスに抱きついて離れようとしないのを見かねて、美咲が何故か照れつつも引き離そうと肩に手を置いてからやっと離れる。
エヌラスに突き刺さる紗夜の絶対零度の視線。蘭からもどこか嫉妬の混じった薄暗い視線。じっとりと嫌な汗が吹き出してくる。隣の童子切安綱は大あくび、ぶん殴ってやろうかコイツ。
「随分嬉しそうでしたね」
「ちゃうねん……」
「嬉しくなかったんですか」
「いやそうとも言い切れなくてですね……」
「役得だな貴様」
「ぶん殴られてぇかテメェ童子切テメェ!」
「痛いわ馬鹿が!!!」
「テメェのぶんだ受け取りやがれ!」
殴られながら放り投げられたのは、何の飾り気もない、紐を通した勾玉。
「……なんぞこれは?」
「執事さんに聞いて、日本っぽいアクセサリーがねぇかと探してもらってそれにした」
「……礼を言う」
感謝しつつ童子切安綱はすぐに首に通す。一通り全員に渡し終えて、紗夜に声をかける。
「なんでしょうか?」
「これ。日菜に渡しておいてくれ、パスパレの分だ」
綺麗に包装された中身は、花弁をイメージされた雫のネックレス。ポピパと同じように組み合わせると花びらのように開く仕掛けがある。そのことも合わせて説明してから、エヌラスは肩の力を抜いた。
これでひとまずは思い残すことはない、はず。
「まぁ、なんていうか間に合わせの品みたいになって悪いな。本当はもっとちゃんとした奴用意してやりたかったんだが」
「そんなことないです! 全然凄いですって! むしろこれじゃ私達の方が気後れしちゃうっていうか……」
「いいんだよ。人間なんて、結局自分にできることで精一杯なんだから。俺はそれが戦うことだけだったって話だ」
だから、気にするなと付け加えて――エヌラスは肩をすくめる。
本当なら、もっと戦いから遠ざかって香澄達と共にいる時間を用意することができたはずだった。それでも自分から距離を置いて戦いに身を置いたのは、やはり。
――か弱い、人間の女の子が苦手だからだ。
「だからその分、お前たちには思いっきり歌ってもらうからな」
目一杯、元気な返事をしてから香澄達と共にライブステージへと向かう。
今日の観客は、此処に居る全員と、自分と童子切安綱。
「そういや、るーのやつは?」
「二代目は忙しいらしい。化け猫に聞いた話だがな」
「なんでぇ、別に猫なんかほっときゃいいのに」
貴様その猫に助けられてたんだがな? とは言わずにおいた。
こんなやつにも名誉のひとつくらいは守られるべきだ、だがそんな童子切安綱の妙な気遣いを感じ取ったのかエヌラスがケツをしばいた。殴り返された。
ポピパに始まり、続いてハロハピ。そしてアフグロから『Roselia』と、観客の少ないライブであることが申し訳ないほどの熱量を込めて。ロビーにいたまりな達スタッフも感心するほど熱の入った声量に驚いていた。
ただ、彼女たちの歌声から伝わってくる。オカルトハンターとの別れを惜しんでいるのだと。それでも送り出そうと、歌に精一杯気持ちを込めてステージに立っている。
それでも楽しかった時間はあっという間で、立ち止まってくれない。――いっぱい歌って、たくさんおしゃべりして。
『Circle』オーナーが気を利かせて用意した食事も、みんなで食べて。
最後まで童子切安綱とエヌラスは喧嘩を辞めなかったけれども、そこに以前まで感じられた敵意や殺意といった感情はなく、ただの戯れ合いということだけはみんなが知っていた。
――エヌラスが予定していた無重力体験ツアーまでの時間が迫っていたことから、日が落ちる前に貸し切りライブパーティーはお開きとなった。
これが本当に最後のお別れになると、実感だけが込み上げてくる。
貰ったペンダントを抱きしめて、弦巻家のリムジンに乗り込もうとするエヌラスを香澄が呼び止めた。
「エヌラスさん――!」
「ん? なんだ?」
「あ、の…………あの――!」
まだまだ話したいことはたくさん残ってる。
伝えたい言葉は、まだあふれるほど残っている。
たくさん、たくさん胸の中に詰まっていた。
それでも、香澄の口から出てきた言葉は――。
「――いつか、きっと! 絶対! 私達の歌を、また! 聞きに来てください! その時はもっとキラキラした時間にしますから!」
大粒の涙をこぼしながら、香澄は自分の気持を込める。感情の波に押し負けて、言葉を詰まらせながらも。
「だから……、がんばってくださいっ!」
月並みな言葉しか出てこなくて、涙を何度も拭って。ひまり達まで泣き始めて。
エヌラスは困り果てた顔で、肩をすくめた。
「正直。世界がどうなろうが、地球がどうなろうが知ったこっちゃねーけどよ――待ってろ」
――それは、最後に見せた表情だった。
最初で最後に、初めて見せた笑顔は――。
「――お前らのためなら、地球くれーどうにでもしてやるよ。それじゃあ、またな」
疲弊しきった、優しい微笑みだった。
弦巻家のリムジンが走り出す。その車内で、エヌラスは頬杖をつきながら最後まで香澄達から視線を外そうとしなかった。
黒塗りのガラスに映る自分の顔を睨んでいるようにも見えて、しかし。その頬を伝う涙を見て運転手である執事が声をかける。
「エヌラス様。泣いていらっしゃるのですか?」
「……笑えねぇ冗談だな」