【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二四八幕 罪なき華の、明日のため

 

 ――エヌラスを見送ってから、香澄達は弦巻家へ集まっていた。というのも、送別会の余韻に浸っていたからである。

 童子切安綱だけは、腕を組んだまま岩のように黙りこくっていた。豪華な応接室のひとつ隣の席では市ヶ谷有咲が香澄に振り回されている。その反対側では『Afterglow』が揃っていた。

 向かい側、テーブルを挟んだ正面には『Roselia』の面々。ハロハピは通常運転。

 

「……アイツはよくこんな空間で正気でいられるな。気が触れそうだ」

 苦虫を噛み潰したような表情の童子切安綱が重苦しく呟いた。蚊帳の外だったことに気を遣ってか、蘭が声をかけてみる。

 

「あの」

「なんだ?」

「……これからどうするんですか?」

「エヌラスを送り出した手前、今や俺が戦う他にないが。この俺も自慢ではないが猫頼りだ」

「…………二代目ねこあつめ」

「先代ねこあつめは女も集めるのが得意だったようだな」

 冗談のつもりだったのだが、思いの外ノッてくれたことに驚く。しかも陰口付きで。

 

「童子切さんも、猫ちゃん集めてるんですか?」

「あいつら喋るからな。猫の分際で。猫又なんだろうが、こちらに利益があるから斬らずに置いてるだけだ」

「物騒ね」

「武士だからな」

 童子切安綱の話では、喋る野良猫が邪神の眷属達を引き受け、自分達の縄張りで倒している。だが日に日に数を増していき、猫の手も借りたい、と。一言一句間違いなく話すが微妙な空気。

 

「猫ちゃんが猫の手も借りたいって泣き言を?」

「言っていた。俺の耳で聞いたから間違いない。何だその顔は」

 目の前にいる武士が、猫と喋っている姿を想像して――香澄の頬が緩んでいた。

 

 トン、トン。窓枠を叩く音。皆の視線が集中すれば、カリカリとひっかく音が聞こえてくる。

 なおーう、にゃおー。猫の鳴き声に、童子切安綱が椅子を立つ。内鍵を外せば、三毛猫が顔を覗かせて室内に入ってきた。だが、奇妙なことにその猫の尻尾は二又に別れてゆらゆら揺れている。

 部屋を見渡してから、テーブルに向けて歩いて――二足歩行になるなり飛び乗った。

 

『ふぃー、長旅は堪えるよ。ここにいるお嬢さん達は“将軍”から話を聞いてるよ。なんでもアタイ等に理解があるって話じゃないか? なら遠慮するこたぁないね』

「何用だ、猫又」

『なに、妙な話さ』

 今まさに目の前で起きている出来事自体が奇妙極まりないのだが、慣れてきてしまった。

 

『――昨夜までの眷属、急に数を減らしているのさ。逆に言えば、増えなくなったという裏返しだね』

「良いことではないのか?」

『波を引くように数を減らされたら流石に怪しまないとねぇ? アンタだってそう思うだろう』

 ケラケラと笑う三毛猫に童子切安綱が鼻を鳴らす。

 

「それで? お前たち猫又はどうするつもりだ」

『将軍のお仲間の話じゃ、例の魔術師が月の亀裂に突入したのを確認したようだよ。まずそこは喜んでいいんじゃないかな?』

「エヌラスさん、本当に月に生身で行ったんだ!?」

「っていうかマジで宇宙空間行けたのかよ……」

 ――本人もちょっと驚いていたがそれはそれとして。

 

『だがね、そっからだよ。地球に向けて飛来していた眷属共が急激に減ったのは。おかげでこっちはようやく野良生活に戻れそうだ』

「……他に何か情報はあるか?」

『そうさねぇ……』

 老齢の三毛猫は器用にも顎に前脚を添えて考え込む素振りをみせていた。ちりん、と鈴を鳴らして。

 

『アタイの聞いた話じゃあ、将軍んところの王様が“奥の手”引っ張り出したって話だよ。おっとそれで思い出した。邪神の目的が判明したってさ』

「本当か」

『間違いないと思うよ。よその土地の猫が言うんじゃあ間違いないからね、こらちょっと。アタイの尻尾を触るんじゃないよおチビちゃん』

 あこが興味津々で二股の尻尾を捕まえようと手を伸ばしていた。

 

『知ってるかい。この地球、もとい“覚醒世界”には邪神の眠る神殿が存在するって』

「知らん」

『だろうね。この宇宙が“ズレた”時に、それがどうも出てきちまったみたいなのさ。本来なら将軍とこの王様が魔術諸共封印したはずなんだけどね。薄氷一枚、化けの皮が剥がれちまった今となっちゃまさに触らぬ神に祟りなしさ』

「そのための奥の手だと?」

『さてね、どうだか。猫目線でもわかるよ――ありゃ、世界を救う気なんて露ほども頭にないね。用心しときな。機嫌ひとつ損ねたら星ごと“ドカン”とやっちまいそうな御仁だからね』

 三毛猫の忠告に、しかし――童子切安綱の視線は裏庭に向けられている。

 

「……些か手遅れのようだがな」

 

 

 

 ――その男は、まるで我が家のようにくつろいでいた。

 弦巻家の庭は広大だ。ゴルフ場もかくや、という敷地に加えてライブステージに雑木林に山も見える。

 裏庭のオープンテラスの椅子に腰掛け、弦巻家の従者が用意したティーセットをテーブルに置いて書物に目を通していた。――なお、タイトルは『地球の歩き方』という旅行雑誌である。

 誰もが目を惹かれるだろう。その長く伸ばした黄金の髪に、薄ら寒さすら覚える均衡の取れた顔立ちに。ラフなスタイルにまとめたファッションを着こなしているが、人によってはそれを出不精と呼ばれるかもしれない。しかし、それを許さないのがこの男の持つ人外の魅力に他ならない。

 

 弦巻家の従者に言われて、客人が待っていると裏庭に通された童子切安綱達の前に居たのは、形容しがたい存在だった。

 その顔を見ずともわかる――生命として立つ舞台(ステージ)が違うと。胸に感じる圧迫感は、一目惚れと呼ばれる錯覚か、それとも本能の恐怖か。いずれにせよ、その男はただ椅子に座って読書しているだけで人を殺しかねなかった。

 

「…………――――」

「友希那?」

 リサが顔を覗き込んだ湊友希那は、顔面蒼白となっていた。青ざめ、唇からも血の気が引いている。目を見開いて、呼吸すら忘れていた。

 

「――……どう……して、貴方がいるの?」

 

「また会ったな、湊友希那――」

 

 “タンッ”と。本を閉じて男が立ち上がる。

 黄金色の瞳と目が合ってしまった。夢幻境とは比べ物にならないプレッシャーに、危うく意識が飛びそうになる。だがそれでも、友希那は胸を押さえて握りしめ、怪物を睨み返していた。

 

「ッ……大魔導師(グランドマスター)――」

「知っている方ですか、湊さん」

 ウルタールでテーブルを挟んで会話をしていたが、それがどれほどの自殺行為だったのか。こうして生身で目の当たりにすればするほどに痛感する。

 

「グランド……マスター……?」

「ええ。あの人の名前よ」

「名前というか、称号だがな。名前なぞ、私にとってはどうでもいい。()()()()()()()()。そう堅苦しく気構えるな、お前たちに興味など微塵もない」

「それならどうして此処に貴方がいるの」

「ふむ。将軍から話を聞いていなかったか? まぁいい。どうしてかと聞かれれば、そうだな……ひとつは、古い知人の使いといったところか。そういう意味でないのなら――」

 大魔導師(グランドマスター)の泳いでいた視線が童子切安綱に向けられていた。怯むことなく、臆することなく、堂々と睨み返している。その瞳の奥に、憎悪と、嫌悪と怒りの炎を滲ませながら。

 

「この世界で。最も強いやつの近くに来たというだけの話だ。それに少々“おまけ”がついていたという程度の話でしかない。だからお前たちに用はない――それで? 貴様は先程から何故そのような眼を私に向けている」

「……話の最中、斬りかからんだけ有り難いと思え。怪物」

「最低限の礼儀を弁えている点は評価する、付喪神」

「――――!」

「その程度、見ればわかる。見たところこの国に縁ある器物、そうだな……腰に佩いた刀の付喪神といったところか?」

「……なら説明する手間が省ける。俺は天下五剣筆頭、童子切安綱。改めて名を聞かせてもらうぞ」

大魔導師(グランドマスター)。ただの暇人だ。わけあって邪魔しているぞ」

 貴様のような暇人がいるか――童子切安綱はこれ見よがしと盛大に舌打ちする。だが何が面白いのか、大魔導師は鼻で笑った。

 

「なに、お互い肩書だけは大層な間柄だ。話し相手というだけならば不足はなかろう?」

「……簡潔に尋ねるぞ。貴様、邪神を倒しに来たのか?」

「答えは“否”だ。それは私の仕事ではない」

「人類を救いに来たのか」

「それもまた“否”と答えさせてもらう。()()()()()()()()

「――、貴様一体何をしにきた!」

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

 怒りの沸点を越えて太刀を抜こうとしたが、その刹那。童子切安綱は辛うじて烈火のごとく激情を抑え込む。

 

「賢明だな。貴様が刀を抜いていれば、諸共“蹴り飛ばしていた”」

「……で、あろうな。貴様の目にはこの少女たちがそこらの草木と変わらず映っているように見える」

「そこらの小石同然だ。道を歩いて邪魔なら蹴り飛ばす、それだけの話だ。それに、いくつか勘違いをしている」

「勘違い?」

 一度頷き、大魔導師は椅子を引いて再び腰を下ろす。そして、旅行雑誌を再び開いた。その傍らで手を触れてもいないのにティーポットが浮かび、カップに注ぎ始める。

 

「私は古い知人に、確かにこの覚醒世界の為に力を貸してくれと頼まれた。そして承諾した。だがそれだけだ。この世界にそれだけの価値があるかどうか、それに尽きる。そうでなければ滅ぶべくして滅ぶといい。なに、乙なものだぞ? なにしろ宇宙の終わりに立ち会える人間など、それこそ何億年生きていようと一生に一度あるかないかだ」

「そんな……」

「折角の機会だ、楽しむと良い。せいぜいが……そうだな、二十八時間といったところか」

「……それは、もしかして」

 説明が必要か? とでも言いたげに、大魔導師はティーカップの取っ手をつまみ、紅茶を口に含む。ゆっくりと舌で味わい、飲み込むと唸った。

 

「ほう、良い茶葉だ。気に入った。持ち帰れるか?」

「……貴様、ふざけてるのか?」

「いいや? 私は大真面目なつもりだ。もう少しわかりやすく噛み砕いてやろうか――私はな、納得がしたいだけだ。この世界の価値を知りたい。かの王が、魔術を放棄し、邪神より秘匿した守護すべき覚醒世界。その価値が、釣り合うものかどうなのか。なにせ相手は曲がりなりにも世界を滅ぼせるほどの邪神だ。そんなものを相手にするというのに、ただ働きなどと都合のいい話があるものか。ゆえに、だ――わかりやすいだろう? 私を相手に納得させてみろ。手段は問わんさ」

 その黄金色の瞳が、挑戦的な色合いを含んでいることに童子切安綱は気づく。

 人の命を路端の小石同然と見なす怪物を相手に、説き伏せることなど不可能だ。何故ならば、怪物は言葉を介さない。仮に通じたとしても、そこに情や心は無いからだ。

 童子切安綱が、香澄達より前に出る。大魔導師へ歩み寄り、太刀の間合いよりやや離れて立ち止まった。

 

「その言葉、二言はないだろうな」

「当然だ。約束しよう」

「貴様を納得させる手段は問わぬ、と」

「ああ、好きにしろ」

 息を吸い込み、深く吐き出す。深呼吸をしてから、童子切安綱は大魔導師を睨む。

 

「俺はこの世界のことなど知らん」

「そんな……童子切さん!?」

「俺は、この国さえ守れればそれでいい。海の外のことなど皆目知ったことではない」

 驚く香澄達を他所に、童子切安綱は続けた。

 

「だがそれでも。今の時代に生きる者が、海の外の世界を必要とするというのであれば……俺は俺の銘に恥じぬ行いと振る舞いを誇る」

 鬼火が鞘走る。火の粉と共に抜刀された太刀は、怒りに燃えている。それを片目で一瞥してから大魔導師はカップを揺らして、飲み干した。

 

「刀を抜いたな、童子切安綱。その意味がわからんお前ではあるまい?」

「それでもだ。俺は託された。あの者たちを、代わって守れと。預けた命に替えてでも」

「正直なことを言うと、私はお前が嫌いだ。初対面ではあるが、どうにもお前のその目が気に入らん。気に食わん、あぁ癇に障る眼をしている」

 旅行雑誌を閉じてテーブルに伏せ、カップを置いてから大魔導師が立ち上がる。気だるそうにしながら手を差し出して指を鳴らす。

 パチン、と小気味良い音を鳴らされて、一瞬だが目眩を覚えた。しかし、すぐに治まる。

 自分達が先程まで居た世界から、隔絶されたという感覚と錯覚だけ知覚して、周囲を見渡す。だがそこは間違いなく弦巻家の裏庭から変わっていなかった。

 

「……これは」

「ただの結界だ。つまらん物だがな」

(この結界は……見覚えが)

 紗夜はその結界の中に覚えがあった。これは、そう──あの夜の。視線に気づけば、大魔導師と目が合う。しかし、すぐに外された。

 

「腕に覚えはあるのだろうな?」

「当然。今も昔も、この俺こそが日本最強の付喪神であると自負している」

「そうか。それは結構」

「残りは立ち会いにて」

「いいや、待て。ふむ……そうだな」

 顎に手を添え、考え込む素振りを見せた大魔導師は無造作に片手をポケットに入れる。そのまま残る右手を燃える太刀を構える童子切安綱に差し出して、手招きした。

 

「手加減してやる。全力で来い」

「……この俺を相手に、片腕で十分と?」

「不服か? 私としてはこれでも不十分と思えるが。ああそれとも──」

 

 爆音。疾駆する童子切安綱の太刀が振り下ろされて……“ガキン!”と、硬い金属音と共に阻まれていた。目を見開き、背筋を怖気が走る。

 

「片腕と言わず、指先ひとつで相手をしてやろうか。力自慢?」

 渾身の一撃は指先で受け止められていた。目を凝らせば、刃は指先に触れてすらいない。ただ鬼火に混じって何かチカチカと光る壁に阻まれていた。その正体を掴むよりも先に、童子切安綱は太刀を押し返される。相手はまるで軽く指で押しただけだというのに、腕ごと吹き飛ばされそうな勢いに踏みとどまった。

 その顔面を、大振りのストレートで殴りつけられて童子切安綱の身体がまるで冗談のように吹き飛ぶ。屋敷の壁を壊して、表の芝生にまで転がりながら。

 

「ああ、ひとつ言い忘れていた──私は大魔導師(グランドマスター)。ただ魔術の一点にのみおいて、神をも超越した男だ。この私を、“武力”を持ってして納得させるというのなら」

 血を拭い、首を慣らしながら童子切安綱が駆け出す。

 その手に携えた鬼火を更に怒りで焚べて。

 

「貴様は、神をも殺す刃でなければならない。存分に参れ、童子切安綱。退屈させてくれるなよ?」

 

 爆炎と咆哮と共に駆ける、鬼が居た。

 今を生きる少女たちの明日を願う鬼が居た。

 神を斬れねば、勝機などそこに無いと知りながらも──盟友との誓いを胸に宿した護国の鬼神がそこにいた。

 ──挑むは万物の理を超越した怪物。

 己の死期を悟りながら臨むは最期の大合戦(おおいくさ)

 罪なき華の、明日のため──!

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