【本編完結】冥き宿星に光の道標   作:アメリカ兎

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第二四九幕 ──折れた鍵星

 

 鬼火が舞う。火の粉を散らして。その太刀筋は傍目から見ても、見切れることなど到底できるはずもなかった。その踏み込みも、太刀捌きも何もかも。

 日本最強の自負と、誇りに満ちていた。事実、それらの全ては一切の迷いも躊躇も見られない。

 

「──アタシ達、悪い夢でも見てんのか」

 市ヶ谷有咲の呟きに誰もが同意していた。

 悪い夢だ。これは、まるで、そう。わるいゆめだ。

 

 大魔導師は、宣言どおり右腕一本で童子切安綱の太刀を捌き切っていた。火花を散らし、剣指で刃を受け止めては弾いている。鬼火の熱すらも凍りつくような精度で。

 

「……ふ」

 その口が薄く笑みを作っていた。

 童子切安綱の振り下ろす太刀が大魔導師の剣指によって正面から防がれる。ならば、と翻そうとした矢先、眼前に突きつけられる指先が鳴らされた(スナップ)

 空気が破裂音と共に顔面を強打された童子切安綱が機を逸らされ、その胸板に靴底を押し当てられて蹴り飛ばされる。

 芝生をめくり上げ、土埃を捲き上げながら童子切安綱の身体が小石同然に転がっていく。地面に二度、三度と叩きつけられては跳ねて再度屋敷の壁をぶち抜いていく。

 

 大魔導師は息一つ乱していない。それどころか、その場からほとんど動いていなかった。

 ため息をひとつ、落胆の色を添えて。

 

「その程度か?」

 絶対零度の冷淡さと共に、言葉を投げかける。

 命の鍔迫り合いも、殺し合いも、何もかもがこの男にとってただの暇潰しでしかない。どれだけの誇りと祈りと願いが込められていたとしても、そこに至る熱量の全てを正面より蹂躙してしまう。だからこその退屈、無為な時間。

 瓦礫を押し退けて立ち上がる姿を見ても大魔導師はその場から動かなかった。腕を組んだまま、ただ待ち構える。

 

 童子切安綱の手には一枚の呪符。数珠丸恒次の法力で身体を治癒させながら歩み寄る。

 

「いや、これは……参るな──よもやこれほどとは」

 そう語る口はどこか諦めを含めていた。だが確かに、笑っている。

 これほどの怪物を相手に、どれほどの意味があるだろう。

 この矜持が、誇りが、約束が。

 全てを意味を為さない。

 どう足掻いても、勝算など見当たらない。

 ──人間、諦めがつくと笑うしかないものだ。

 

 嗚呼……だから、あの鬼は。ただの一度も笑うことがなかったのか。

 

「この程度の意地も張り通せんようなら、面目が立たんのでな! 今しばし付き合え、怪物!」

「……ああ構わんさ。お前の気が済むまでくるがいい。どうせ暇を持て余している、参れ」

「応ッ!!!」

 童子切安綱は笑っていた。勝ち目などない。勝算もない。だが、それが理由にはならない。

 約束した。この命に代えても少女達の明日を守るのだと。

 誇りに思った。この銘に恥じぬ、行いと振る舞いを。

 みな、戦った。信じて戦った。そうして、俺一人だけが残された。

 ならば、付喪神総大将たらんとする矜持をこそ貫き通す。

 

 大典太の剣術も。

 鬼丸国綱の蒼雷も。

 数珠丸恒次の法力も。

 ──まるで、歯が立たない。太刀打ちできない。総力をもってなおも崩せぬ、獣の牙城に童子切安綱が肉薄する。それでも、まだ。

 大魔導師は、倒れる素振り一つ見せない。

 

 踏み込んだ足を払い、バランスを崩した相手の頭を鷲掴みにするなり大魔導師が地面に向けて、それこそゴミでも投げるように叩きつけた。顔から強烈に打ちつけられた姿に向けて手をかざす。

 次の瞬間、空間が爆発した。急激に膨張した衝撃波で吹き飛ばされて童子切安綱の身体が香澄達の前まで吹き飛ぶ。

 それを、さもつまらなさそうに眺めていた大魔導師が歩み寄ろうとして──眉をひそめる。

 

 鈴が鳴る。──ちりん、と。

 

「ヴーアの無敵の印において──力を、与えよ!」

 

 大魔導師の見上げた歪んだ空から降り注ぐ黒鉄の雨。その全てが殺意を込められたバルザイの偃月刀。しかし、その手に浮かべた防御円ひとつで最低限の攻撃のみを凌ぐと、大魔導師は初めてその場から動いた。

 甲高い金属音と共に、自壊した偃月刀が魔術炎と共に爆散する。

 その中から飛び出してきたのは、小柄な少年だった。

 手には、二振りの偃月刀。

 

「──るー!」

「……巴。あいつ、なに?」

 二代目賢人バルザイの目には、明らかな敵意と、明確な殺意が宿っていた。それほどまでに大魔導師を脅威と認識している。ここまで感情を露わにしている姿を初めて見た巴が口ごもっていた。それに代わり、倒れていた童子切安綱がせり上がってくる血を吐き捨てながら答える。

 

「見てわからんか。怪物だ。少しばかり手を貸せ、二代目。俺では歯が立たん」

「……見ればわかる」

 相手は無傷、それに比べて童子切安綱はボロボロだ。

 一目見ればわかる。魔術に通じていれば、アレがどれほどの規格外の化け物であるかは。烈光の邪神、クァチル・ウタウスよりも更におぞましい。その人の身体にどれほどの魔術を修めたというのか。警戒する二代目賢人バルザイに対して大魔導師は髪をかきあげて鼻で笑っていた。

 

「“また”会ったな、()()()?」

「────俺を知ってるのか?」

「ああ、お前の手にあるソレが雄弁に語っているではないか。そうだろう、バルザイの偃月刀。その付喪神。いやしかし滑稽なものだな。まさか人類のために戦うのが、よりにもよって揃って付喪神とはな」

「こちらは二人がかりとなるが、問題はあるか?」

「いいや、なにも。構わんよ」

 余裕を見せていた大魔導師は、やはり──“右手”だけで挑発してみせる。

 

「まとめて相手してやる。生半端な魔術などで退屈させてくれるなよ、二代目」

「……ちっ」

 巴もあこも驚いていた。ここまで露骨に感情を見せる姿を初めて見たからだ。だが、それは逆にそれほどまで危険である裏返し。

 

「勝手に合わせろ、先に行く──!」

「馬鹿抜かせ、貴様が合わせろ──!」

 二人が同時に駆け出す。

 大魔導師は、だらりと腕を下げたまま接近を許した。童子切安綱の斬撃と、二代目賢人バルザイの魔術を、正面から捌いてみせる。

 指先ひとつで太刀を逸らし、襲いかかる偃月刀の群れをスナップひとつで粉砕し、返し刃を足で押さえ込み、背後から斬りかかる相手を肘打ちで押しのける。

 童子切安綱を蹴り飛ばし、その反動で二代目賢人バルザイの胸に手をあてがい魔力の衝撃波で吹き飛ばす。

 

「どうした。人がわざわざ間合いに入ってやったというのにその体たらくは? さっさと立て、蹴り飛ばすぞ」

 跳ね起きた童子切安綱が蒼雷を纏って駆け出した。鬼火と合わせた斬撃に、しかし大魔導師は太刀筋を見切って避ける。二代目賢人バルザイは自分の周囲に偃月刀を多重鍛造させると追従させながら挟み撃ちという形で接近する、が、しかし。

 大魔導師は踏み込む童子切安綱の足を重力の波で払い、転倒させるなり襟を掴んで二代目賢人バルザイめがけて投げつけた。

 それを一瞬、受け止めるか迷い……しかし、二代目賢人バルザイは無視して飛び越える。恨めしげな目が自分を見ていた気がするが多分気の所為。

 飛翔する偃月刀の総数にして二十八本。斬撃の檻、風刃の舞う格子に、だが大魔導師は右手をかざすだけだった。

 飛び退きながら、最初に一振りを掴み取る。

 

「“開け”」

 

 ──“ガチャリ”と、錠の外れる音。そして、大魔導師の手が振るわれた。

 その手に、しっかりと“バルザイの偃月刀”を握りしめて。残る二十七本が、同様に斬撃の檻によって残らず粉砕された。

 危うくその真っ只中に自分から突入しそうになった二代目賢人バルザイは空中に偃月刀を突き立てて制動をかける。それでも勢いを殺しきれず、咄嗟に横へ飛び退く。大魔導師と目が合った。

 悪寒で総毛立つ身体が発した防御本能。全速力で防御円を展開する。

 

「遅い」

 手首の返しひとつだけで振るわれた軽さは、絶対の殺意と魔力を込めて振り下ろされた。

 二代目賢人バルザイの手にしていた偃月刀が両断され、防御円も同時に砕かれる。それから遅れて、肩口から血が吹き出した。だが、まだ浅い。

 傷口を押さえて再生する。それ以上に精神的動揺の方がダメージが大きい。

 

 大魔導師の手の中で、バルザイの偃月刀が炎に包まれて姿を変える。歪んだ三日月状の刃を持つ形から、細身の浅い反りを持つ刃へと。それは奇しくも、童子切安綱の持つ太刀と似ていた。

 

「鍛造速度は大したものだ。展開速度も悪くない。だがそこまでだ。お前の魔術には創意工夫がまるで見られない。魔術の基点も、術式の構築も、完成度は高い、が──それだけだ。単調極まるが故に早いのは当然の結論だ」

 再び、大魔導師の手の中で偃月刀が炎に包まれる。今度は、一振りのステッキとなって。

 

「お前は、形に囚われ過ぎている。本質を見誤っている。これは“鍵”だ。そしてこれは“杖”であり、魔術師の“剣”だ。どのような形に姿を変えたとしても、これは“人類のために創られた鍵”でしかない」

「────」

「ん? なんだ、お前まさか……本当に鍵を打ち続けたのか? 同じものを作り続けることに何の疑問も抱かなかったのか」

「……。だって、それは……、俺が──」

「言ったはずだ。これは、人類のための鍵だ。少なくとも、そのために創られた物だ」

 ああそうか、と。大魔導師はそこで区切った。飛びかかる童子切安綱の太刀を、ステッキで防ぎながら。丁々発止、四手、五手──七手で童子切安綱は打ち負けて胸板にステッキの先端を突きつけられて吹き飛んだ。その風の中に、確かにイタクァの瘴気が混じっている。

 

「それ故に、理解できるな? お前は……」

 ──やめてくれ、と思った。言わないでくれと、思った。今日この日まで、自らの誤ちに何一つ疑念を抱くことのなかった自分が砕けそうな気がした。

 

「──お前は、自分が守るべきものを何一つ理解しなかった不完全で、未完成の偃月刀だ。それでもしかし、最高傑作であることに代わりはない」

「……、────俺は!」

「何故お前は、人を理解しなかった? なぜ人に寄り添わなかった。人類のためであるならば、人の本質を知るべきだったのだ。師の言葉を額面通り受け取り、鍵の鍛造を繰り返したところで何一つ得るものなどない。断言できる。そしてお前には、その責任と義務がある」

 二代目賢人バルザイは──自分の生涯の全てを、正面から否定された。

 ああ、そもそもが履き違えていたのだ。

 守るべき物を守らずして、守るべきものを理解せずして、完成に至るはずがないというのに──!

 

「二代目。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの日、師が涙ながらに語った後悔とは、それだったのだ。

 ──器物に宿らぬ心に、涙したのだ。それだけは与えられなかったと、懺悔と共に。

 

 大魔導師は肩をすくめながらため息をつく。そうして、散々投げられてきた言葉を繰り返した。

 

「なんだ、お前そんなことにすら今の今まで気づけなかったのか──()()()()()()()

 つまらないやつ、面白くないやつ、さんざん言われてきた言葉。邪神の末席にあってもなお、投げられてきた“心無い言葉”に、傷ひとつつくことすらなかった。当然だ。

 そこに、傷つくはずのモノすら無かったのだから。

 

「返すぞ、二代目」

 鍛造された偃月刀が、風を切って音を置き去りに投げられる。

 それを防ごうとして。それを避けようとして。身体が言うことを聞かなかった。

 完敗だった。呆気のない敗北だった。完膚なきまでに。

 心がなければ、夢も見れないつまらない付喪神。それが、二代目賢人バルザイに押された烙印だった。

 

 偃月刀が身体を貫こうとして──童子切安綱の太刀が辛うじて割って入る。それでも逸らされた軌跡はほんの僅か、二代目賢人バルザイの右腕を半ばほどまで切り込んだ。

 腕の痛みよりも、魔術の練度よりも。何よりも。身体が動かなかった。

 ──何故ですか。何故、俺を置いていかれたのですか。我が師、我が親、賢人バルザイよ。

 あの日の後悔ばかりが心を囚えて離さない。

 身体は、もう。動きそうになかった。

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